6日目

 今日の晩ごはんはエビチャーハン。

 カロリーに優しくないメニューが続くが、エビは私の大好物なので抗うことができない。

 エビと卵の相性ってどうしてこんなにいいんだろう。

 砂糖を使わずに独自の甘さを生み出す二つの食材のハーモニーが止まらない。

 エビにカロリーを分解してくれる作用があったらいいのに。


 今日は、待ちに待った文化祭実行委員の二回目の会合だった。

 つまり、昨日までの茶番が嘘のように、合法的に彼に会うことができる。

 この日を座して待っていればよかったのでは? という疑問がよぎらなくもない が、でもおかげで私は一日早くキミに会うことができたし、なんといっても寝姿を拝むこともできた。

 なので結果オーライというやつだ。


 前回、会合ブッチを決めたバレー部の彼も、今回は出席するという。

 先週はごめんなんてことをヘラヘラと謝りながら、彼は私の後をついてくる。

 彼曰く、今回からはちゃんと出席するし、私に用事があるときには自分が代わってくれるとまで約束してくれた。

 先週までならそれで手打ちにしたところだったが――今となってはそんなことどうでもよかった。

 だって、そもそもキミがいる限り、私に実行委員を欠席するという選択肢は初めからないのだから。


 ぶっちゃけてしまえば彼の存在は邪魔なのだ。

 こいつが近くにいてセットみたいに扱われてしまうと、キミが近寄りがたくなってしまうかもしれない。

 はい二人組を作って! と言われた時、こいつを合理的に無視するための口実を考えなければいけなくなる。

 私は独りぼっちになって、捨てられた子犬のようになって、キミに拾ってもらいたいのだ。


 そういった自分勝手な事情が積み重なった結果、今日一日、彼にはものすごく塩な対応をしていたと思う。

 断じて、先週のことを恨み続けているわけではないし、それを生涯引きずるほど粘着質な女ではない。

 ただ、今は優先すべき問題があるというだけなんだ。

 ごめん、ごめんて。


 実行委員会の出席状況は前回に比べて結構増えていた。

 正確に人数を数えたわけではないが、クラスごとにほぼ二人ずつ出席しているように見える。

 やっぱり、前回いなかったのは全員バレー部だったんじゃないかという疑問が湧きおこるが、今は飲み込んでおく。

 もはや大事なのはそこじゃない。


 私はすぐにキミの姿を見つけた。

 ちゃんとした再会はこれが初めてになる。

 キミの顔を正面から見たのはあの時以来だろうか。あの時ですら横から覗き込んだだけだから、しっかりと色んなアングルの顔を見るのは初めてかもしれない。


 相変わらずの細めの体躯に浅黒い肌。真っ黒で真っすぐな短く切りそろえられた髪。

 真面目そうに一文字を結ぶ眉に、やや黒目がちな一重まぶた。

 キミは、私の空想の中に住んでいたキミよりも、ずっと平凡な顔をしていた。

 でも、そのことがかえって嬉しい。


 キミは隣の男子となにか談笑していた。

 自分の記憶が正しければ、キミと同じクラスの男子――つまり、もう一人の実行委員だ。

 前回の会合では彼の姿は見かけなかったと思う。そもそも、前回も出席していたとしたら、おそらくキミの隣にいて話していたと思う。

 つまり、出会った時の私たちは互いに独りぼっちだったということだ。

 どちらか一方にパートナーがいたら、目が合うこともなかったかもしれない。

 私が視線を泳がせていたのは、他に見るものがなかったから――お互い、自分しかパーソナルスペースがなかったがゆえの奇跡なのだ。

 孤独な二人が惹かれ合った……みたいなことを言ったら大袈裟だと思うけど、この偶然の積み重ねで、私たちは出会うことができたと思うと、なんだかロマンティックな気がしてくる。

 やっぱり、私たちは運命なのかもしれないと、会話をしたこともない相手に舞い上がる。

 ただ欠席しただけのキミの相方に無言で感謝を送る。


 ん、まてよ……前回休んでいたということは、こいつもしかしてバレー部か?

 ごめんね。キミの友達でも、バレー部だけは許しちゃいけないんだ。

 感謝してないと言ったらうそになるけど、それとこれとは別問題なんだよ。


 さて、そういうわけで相方がいるキミの左隣は既に埋まっていた。

 そうなると当然、キミの右隣に座るのがセオリーだ。前回も隣だったし、ポストイットの縁もあるし、いきなり隣に来たところで不審に思われることはないだろう。

 そうして、意気揚々とキミの右隣の席に座ろうとしたとき――彼の右側のスペースが一人分しか空いていないことに気付いた。


 ちらりと後ろを見る。うちの方のバレー部は、忌々しいことに途中で脱落することなくアホ面をぶら下げて私の後をついてきている。……スタッフも途中に即死トラップとか用意しておけばいいのに。

 もちろん、こいつを放置して、適当な理由をつけて隣に座ることもできる。

 でも、まだ空席も十分あるというのにわざわざ同じクラスの二人が別々の席に座るのはおかしいだろう。

 もしこれで不仲説が流れようものなら、キミの私に対する印象がクラスの人間関係にトラブルを抱えている地雷女というものになるかもしれない。私は名誉暇人認定を受ける程度にはクラス内での地位がある。

 もしくは、もうひとつ机をくっつけて強引に右に席をひとつ追加するということも考えた。

 でも、そこまで露骨に近付きたいという態度を見せてしまったら、キミは引いてしまうかもしれない。私は今は奥手なシャイガールという体裁を保ちたい。


 やっぱり、こいつは適当な理由をつけて殺しておくべきだったか――。


 結果として、キミの後ろの二席を陣取ることにした。 

 たまには背中からキミを見るも悪くはないと自分を納得させる――まだ二回目だけど、さ。

 キミの背は私よりも十センチほど高いので、黒板がほどよくキミのピシッとまっすぐ伸びた背中で隠れる。こういう場でちゃんと直立して座っているところに、キミの真面目さを改めて感じる。

 ……これはこれでアリかもしれない。


 今日の委員会の議題は文化祭に向けての実行委員の担当決めだった。

 入場の受付、見回り、物品、美化、装飾――様々な雑用がずらりと並ぶ。

 文化祭当日、シフトに従ってこのどれかの仕事をやらなければならないということのようだ。

 クラスのシフト、部活のシフト、そして委員会のシフト――なんだかんだで当日は忙しくなる。

 お姉ちゃんは来たがってたけど、案内する時間は果たしてあるだろうか。


「なあ、どれやるのがいいと思う?」

 うちの相方がひそひそと耳打ちして質問する。

「できれば楽そうなやつがいいよな」

 とぼそりと一言付け加えてくる。

 この点については私も同意だ。

 確かに、ここに集められた人間は、おおよその場合暇人かもしれない。

 でも、いくら暇だからと言って重労働を押し付けられるのはプライドが許さない。

 無条件に時間を供出できるほど、私たちの暇はそんな安い暇ではないのだ。


 ……なるべく楽したいという理由もちょこっとだけあるよ。

 ちょこっとだけだよ。


 改めてラインナップを眺める。

 一見、面倒そうなのは美化だろうか。

 校内のポイ捨てを処理したりゴミ袋を入れ替えたりといった大変そうな作業がずらりと並ぶ。

 でも、この作業には監視の目はないという点が肝だ。最低限、やることさえやっていれば、休憩の名目でいくらでも抜け出すことができる。

 装飾も魅力的とは言い難い。文化祭当日はほぼ作業がないというのは大いなる美点だが、そこまでの結構な期間を準備に追われることになる。

 地味に大変なのは入場受付だろう。なんといっても、一度配置についたが最後、逃げ場がない。抜け出そうものなら、正門前に長い行列ができて大ひんしゅくを買うことになる。

 物品は本部に待機して、臨時の備品の貸し出しに対応する係だ。

 基本的に本部待機という座っているだけで完結する作業内容は極めて魅力的だが、それゆえに競争が熾烈になることが予想される。

 そう考えると物品に希望が集中する裏で、大穴サボり狙いで美化を確実に抑えに行くのが賢い戦略のように思えた 。

 

 いやでも、と考える。

 美化や見回りなど校内徘徊系は基本的に個人行動だ。つまり、うまく計略を巡らせてシフトを噛み合わせたとして、キミと接点を持つ機会がない。

 一方、入場受付や物品などは、シフト時間中、ずっと隣に座ることができる。パンフレットを取り出そうとして、うっかり手と手が触れるなんてこともあるかもしれない。

 何重にも狸の皮を皮算用しているが、ない選択肢とは言えないのではないか。


 そうこうしているうちに、担当な割り振りが始まった。担当の先輩が係の名前を挙げていくと、希望者がパラパラと手を挙げていく。

 色々と打算したものの、結局、私はキミの希望に合わせる以外の選択肢はない。隣の席だったら、まだ隣のよしみで希望を擦り合わせることもできたのだが、なにぶん今は私はキミの視界の外にいる。

 ……まあ、私の視界はキミで埋め尽くされてるからいいんだけど。


 担当の先輩が装飾係の名を口にする。

 すると、キミはゆっくりとそして高らかにその右腕を挙げた。フォルムが意味もなく美しいな……かわいい。

 この瞬間を待っていた私も、キミに続くことコンマ一秒、ボクサーもびっくりの反応速度で手を挙げる。

 隣のバレー部も、私の勢いにつられて手を挙げようとしたので、思いっきりスネを蹴った。彼は苦悶に歪んでその手を下げる。


 すまないね。

 私は彼と二人きりになりたいんだ。

 正確には二人きりじゃないのはわかっているが、それでも私たち以外の全てはモブ……じゃがいもであってほしいのだ。

 つまり、知人のあなたは邪魔なんだよ。


 何が起きたかわからず、困惑の表情でこちらを見つめる相方に軽く謝罪を入れる。理由を説明したくないのだけど、うっかりバランスを崩したという言い訳は成立するだろうか?

 いずれにせよ、私の先の目論見通り、装飾係の人気はあまりなかったので、私とキミはあっさりと装飾係に決まった。


 文化祭当日のシフトはないが、そこまでの期間、頻繁に装飾づくりの作業を同席できる。

 つまり、仲を深める機会がたくさんできたということだ。

 さらに、当日時間があるということは、あわよくば一緒に文化祭を回ることすらもできるかもしれない。

 ここまで視界の隅っこに入れることしかできなかったのに、なんという進展か!


 私は意を決して、キミの肩をツンツンする。

 恋に落ちて一週間。

 ようやく私はキミに「よろしく」の一言を発することができたのだった。

 キミは特に緊張した素振りも見せず、作り笑いを浮かべて頷く。


 見ててよね。

 絶対にキミと文化祭デートしてみせるから。

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