1-3:入学式

『この学校で過ごす3年間は、皆さんにとって最後の青春となります。卒業する時には、悔いのない選択をできるように───────』


かくして、入学式はごくごく平穏に進んでいた。


「(席がこんなに前じゃなければ……ね」


さて、ところで。美深は特筆するほど不真面目ではないが、特筆するほど真面目でもない。全校集会が自由席と言われれば、できるだけ後ろの端の方に座りたいなと思う程度の真面目さだと本人も自負していた。


つまりは、美深の性格ならばこのような席──すなわち教壇の目の前の席になど、座る筈もないのである。否、美深に限らず、多くの生徒はその程度の“真面目さ”なのであろう。広い講堂に並べられた椅子は後方座席を中心に疎らに埋まっており、教壇の目の前に座る2人の周囲はぽっかりと空席が並んでいる。


美深の隣では、つぼみが興味深げに教師の話を聞いていた。


「(何がそんなに楽しいんだか)」


なぜ美深たちがこの席に座っているのか。それは、講堂に入った際、つぼみが美深の手をひいてこの特等席に一直線だったためである。きらきらと目を輝かせる、未知の世界における唯一の知り合いの手を放す勇気は美深にはなかった。かくして、当然のように中心へと進んでいくつぼみに着いていくしかなかったのである。


────夢だったんだ。


席に座ったつぼみは、本当に嬉しそうにそう言ったのだった。


『それでは最後に、学園長である神様にもお話頂きます』


あくびを噛み殺して椅子に座り直していた美深は、その言葉に意識を引っ張りあげられた。


慌てて視線を上げると、教壇の上には真っ白な存在、先程深美が異空間で話した神とやらが立っている。神様は最前列に座る深美を認めると、目尻だけで笑って見せた。


「“がくせい”しょくん、にゅうがくおめでとう」


講堂を見渡して、優雅な所作で拍手をひとつ。


「おもうがままにすごせ。くれぐれも“みれん”をのこさぬようにな」


いじょうだ、と言い放って神は踵を返す。長く豊かな白い髪が、雲のようにふわふわと靡いている。


ふわふわ、ふわふわ。


あっという間に姿を消した神の姿を、深美は呆然と見送るしかなかった。


式の終わりを告げるアナウンスが流れる。


その場で待機するようにという指示に従い、周囲の生徒たちは着席したまま談笑を楽しんでいる。徐に騒がしくなる講堂の中、深美の頭の中には“未練”という言葉が重く響き続けていた。


その時、忘れていた雨の匂いが、美深の鼻をくすぐった。


「美深ちゃん?」

「ねぇ、つぼみ。未練って」


ふと講堂を見回した、その時。


ざあ、と音が響いた。


大きな雨音と共に、美深の視界は突然暗く曇る。外は晴天、しかもこの室内ではあり得ない光景だ、と、頭では理解している。


それにも関わらず、バケツをひっくり返したようなどしゃ降りの雨は、美深の目には恐ろしいほどはっきりと映っていた。


「え………………。」


瞬きの合間に消えたその雨の光景は、美深の目に焼き付いて、離れなかった。

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雨傘を晴るる空に @hiiiiina117

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