1-1:異世界転生?
ふ、と気が付いた時、美深がいたのは大きな学校の校門前だった。見慣れない白いセーラー服に金のリボンを結び、膝丈のふんわりしたスカートが地面に広がっている。
へたりと座り込んでいる美深に怪訝な目を向けながら、同じ服を着た人達が通り過ぎていく。
「(入学式……って言ってたよね?神様。ここに入ればいいのかな。これ、明らかに制服っぽいし……)」
人波の中でちらりとこちらを見た少女の頭では猫のような耳が震えている。その光景が信じられなくて、美深は目を擦る。
再びそちらを見た時、その少女の姿は消えていたが、想定外の景色は美深をかえって冷静にさせた。立ち上がって、スカートの裾を払う。静かな風が顎下までの長さに切り揃えた黒髪をなびかせて、周囲の匂いを運んだ。
「(猫耳少女とか、いよいよ異世界っぽい感じね……。それにしてもなんだろう、この……雨の匂い?)」
雨が降る前の、土のような独特な匂いが、嫌に鼻についた。空を見上げても、雲ひとつない青が広がっているだけである。ハレの日に相応しい、まさに快晴と言えるだろう。
それなのに、雨の匂いは消えない。
それは濃くなったり薄くなったりはするものの、ずっと美深の鼻に残っているようだった。そして途端、ぶわりと匂いが強くなって、美深は立ちすくんだまま思わず手で顔を覆う。
「あ、あの……大丈夫?」
瞬間、優しい花の香りが漂って、雨の匂いが緩和されていった。
美深が振り返ると、モカブラウンの髪をおさげにした、心優しそうな少女が美深を覗き込んでいた。淡いピンクのインナーカラーが三つ編みに彩りを加えていて、少女の印象を華やかに演出している。その姿は、髪全体に散らされた小さな桜の花も相まって、“可憐”という言葉を思い起こさせた。
「気分、良くない?学校のひと呼んでこようか?」
「あ、ううん、えっと……違うの、いつの間にかここに居たから、驚いちゃって……」
そこまで言って、美深は黙る。
「(こういうのって、言っちゃ駄目なんだっけ?)」
いくつか触れた異世界転生の物語では、主人公は自分が転生者であることを隠して生きていた気がする。そう危惧する美深をよそに、少女は納得したように掌をぽんと叩いた。
「ああ、この世界に来たばかりなのね」
「え」
桜色の瞳を緩ませて、少女はあっけらからんと言い放つ。
「私も新入生なの。でもこの世界にはちょっと詳しいつもりよ」
ちょんちょん、と左胸の金色の薔薇を指して、少女は微笑む。美深はその時はじめて、自分の左胸にも同じものが飾られていることに気付いた。
「神様、あんまりちゃんと説明してくれなかったでしょう?案内するよ。一緒に行こう?」
促されるままに美深がこくりと頷くのを認めて、少女は歩き出す。風が吹く。三つ編みが揺れる。どこからか、桜の花びらが舞った。
あ、そうだ。
呟くと、歩みを止めて少女が振り返る。
「私、つぼみ。よろしくね」
微かに残る雨の匂いをかき消すように、花の香りが溢れた。
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