雨傘を晴るる空に

@hiiiiina117

プロローグ

あ、と思ったときには遅かった。


眼前に迫る車体を認識した直後、身体に重い衝撃が走って、意識が薄れていく。目に映る景色の全てがスローモーションに見えて、それからなにもわからなくなった。


看護師になってたくさんの人を助けるのが夢だった。明日はそのために選んだ学校の入学式。夢が叶う、最初の一歩だったのに───────


「おーい、はやくおきないと“ちこく”するぞ」


目覚めかけのふわふわとした頭に、聞き慣れない声が響く。うっすらと開いた瞳に映るのは、真っ白な天井。


「(ここ、どこだろう?私、昨日、事故に遭って……。)」


迫る車体。スローモーションに流れる景色。呆然とする誰かの顔。


「……っ」


確かに“見た”はずの事故の記憶に、美深はがばりと身体を起こす。恐ろしい記憶に思わず身を縮めて、気付く。身体は五体満足、無傷どころか痛みすら感じない。


「ゆ、ゆめ……?」

「どっちが?」


突然差し込まれた声に肩を跳ねさせる。真っ白な部屋に消え入るような真っ白な肌、髪、服。そして淡い金色の瞳だけが白のなかに浮かんでいた。


「おはよう、ねぼすけ“みみ”くん」


のんびりとそう告げるその声は、目の前の顔から発せられているはずなのに、直接頭に響くような不思議な感覚がした。


「あなたは……」

「うん?まあ、この“せかい”の“かみ”とでもいえば、きみたち“ひとのこ”にはわかりやすいかな?」

「かみ……か、神様?」

「うんうん。ちなみに“ゆめ”とやらでもないぞ。とはいえ、“ほほ”をつねっても“いたみ”はかんじないだろうが」


“神”を名乗る謎の人物に、美深はここが元の世界とは違うことを確かに理解する。


事故に遭って、知らない世界に生まれ変わる。友達に勧められて、そんな話を読んだことがある。前までいた世界をあえて前世と表現するのなら。これはいわゆる異世界転生というやつなのではないだろうか?


「ああそうだ、“じかん”がないのだった」

「時間、ですか?」

「そう。もうすぐ“にゅうがくしき”なんだよね。いそがないと“しょにち”から“ちこく”だぞ」

「入学式って……」

「ああ、もう“じかん”がない。“てみじか”にいこう」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!なにがなんだか、私これからどうすれば」

「いけばわかるさ」


そう言って“神”が一度瞬きをすると、部屋全体がうっすらと透け始めた。


「あ」


自分自身の姿も薄れさせた“神”が呟く。これだけはきいておかないとな、と。


「きみの“みれん”はなんだ?」










──────そんなの決まってる。

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