お姉様に奪われた物を全て取り戻すために

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 燃える王宮から逃げ出す私は見た。

 姉の嘲るような顔を。


「メザワリダッタノヨ。オマエモリョウシンモ」


 姉が何を言っているのか分からない。


 理解を拒否したかった。


 まさか、数週間前に事故で亡くなったと思っていた両親も姉の仕業?


 燃え盛る建物の中で、姉のそばにいるのは私の使用人。


 一年前に、私に親切にしてくれていた人と交代でやってきた女性。


 女性はニヤリと笑って口を開いた。


「あなたが、万が一にでも女王になる事がないように、ご両親の遺書は始末させてもらいました」


 勝手にそんなことをされていたなんて。


 そこにはなんて書いてあったのだろう。


 知りたかったけど、もう永遠に知る事は、できない。


 その場に新たにやってきたのは、騎士の男だ。


 両親に忠実だと思っていた騎士。


「亡き王も王妃も、この私の才能を見落とすなんて、見る目がない。私の実力なら、もっと上にのぼりつめることができるというのに」


 彼は怒りの表情で語る。


 事故に見せかけて二人を殺害する時は、小気味よかったのだと。


 悔しけれど、こらえた。


 私は背中の痛みをこらえて、彼女たちに背を向ける。


 その時私は誓ったのだ、いつか奪われたものを取り戻そうと。






「どうしてこんなことになってしまったの。お姉さまがあんな悪女だったなんて」


 七歳になった私は、ある日突然、全てを失った。

 王女の身分を失い、姉の手によって住んでいる王宮から逃げなければならなかった。

 両親亡き後、姉妹で支えあって生きていこうと思った矢先だった。


「そう思っていたのは、私だけだなんてね。私は王位に就こうだなんて思ってもいなかったのに」


 そうは思わなかった姉は、確実に王位につくため、妹の私を火事を起こして殺そうとしたのだった。


 燃える建物から逃げ出した生き延びた私は、姉の姿を見つけて安堵していたけれど、姉のそばにいた兵士が弓で矢を放ち、騎士が剣で斬りかかってきた。


 その時私は、姉が完全に敵である事を悟った。


 他の人へ助けは求められなかった。

 気づけば、王宮の中は、姉の支持者ばかりになっていたから。


 だから私は、生き延びるために、必死にならなければならなかった。


「でも、これからどうすればいいというの?」


 着の身着のままで逃げた私は、寒さをしのぐ場所へ行くこともできず、空腹を満たす食べ物も買えない。


 そのままでは、間違いなくのたれ死ぬだろう。


 それよりも、町中に追ってが放たれているから、彼等につかまるほうが早いかもしれない。


 私の心は絶望感でいっぱいだった。


「なんだ、薄汚い小娘が転がっていると思ったら意外と素材は良いではないか。面白そうだ、俺が拾ってやろう」


 その時、偶然通りかかった誰かの声がした。


 それは、貴族の男性だった。


 親のお金で好き放題している不良貴族なのか、その手には酒瓶が握られていた。


 あまり良い人物には見えなかったが、彼を頼る以外に、生き延びる方法はなかった。


「お願いします。私を助けてください。助けてくれるのなら何でもします。命だってあなたのために使います」


 自分で自分に驚いた。


 恵まれた環境で育ってきたというのに、とっさによくそんな言葉が出てきたものだと思う。


 趣味で読んでいたロマンス小説に似たような場面があったからかもしれない。


 或いは、全てを失った事で、そこらへんにいる一般人よりも、自分の命に価値がないと思ってしまったせいなのかもしれない。








 そのような流れで、気まぐれをおこした様子の貴族の男性は、私を拾い上げた。


 最初の出会いが最悪だったが、彼は意外と常識人だった。


 見るからに訳あり少女である私を、ほかの使用人と同じように扱ったからだ。


 不当に差別されたり、嫌がらせされたりする事はなかった。


 問題があったのは私の方で。


 初日は失敗の連続だった。

 働く以前に、すべてのことが初めてだったから。

 けれど、姉から奪われたものを全て取り返すという目標が、私を奮い立たせた。


「入ってきたときは何をするのも不器用過ぎて、大変だったわ。食器は割るし、バケツはひっくり返すし、いつまで持つものかと思ったけれど、まさか一年も続けられるなんてね」


 と、働きぶりに関しては、使用人長にそう言われて驚かれた。






 それからの数年は、その貴族の下で働きながら、逆襲の機会を探った。


 その日々の中、買い物でよくお世話になっている店の息子や、同僚の男性から告白されることはあったけれど、私は首を縦に振らなかった。


「どうしてなんだ? 理由を聞いてもいいか?」

「ごめんなさい。詳しくは話せないけれど、私には恋愛よりも大事なことがあるの」


 私は恋をしない。


 恋どころか、個人の幸福を求めない。


 全てを取り戻すまで、幸せにならないと決めていたから。


 使用人の仕事になれてきてからは、変装の腕を磨き、国の政務に携わる仕事につくことができた。


 私の拾い主が、ちょっとした名前のある貴族に登りつめていたからだ。


 王宮への雇用では大きな問題点はなかった。


 出会っていたころは、ろくでもない不良貴族だったのに。今では多少、真面目になっていた。


 何が彼をそうさせたのか分からないが、私の働きぶりをたまに覗きにくる事と関係しているのだろうか。


 いや、何が理由であってもどうでもいいことだ。


 私のやる事は変わらないのだから。


 しかし。


「なんだまた男を振ったのか、どんな奴だ? 詳しく話を聞かせてみろ。そいつの間抜け面を想像しながら、今夜はうまい酒を飲むか」

「趣味が悪いですよ。そんな様子じゃ結婚できないのでは?」

「必要ないな、俺には」


 人の不幸を酒の肴にして大笑いする癖は、少し注意したほうがいいかもしれない。







 国の内部でのぼり詰め、極秘文書を管理する書庫の仕事についた。


 もちろん仕事はちゃんとしているが、書物を管理するかたわらで、私を追い出した姉の弱みを探っていく。


 それと同時に、今の政治に不満を持つ者たちを集め、革命の準備をした。


「今の女王の姿を見たら、先代が泣いちまうぜ」

「先代の王がいた頃は、こんな暴政じゃなかったのにな」

「もう我慢ならねぇ、立ち上がらねぇと何もこの国は変わらねぇんだ!」


 姉とその一味は、民の事を一切考えない政治をしていたから、仲間を集めるのは造作もなかった。







 そして、その時は来た。


 姉達の不正を暴き立て、仲間たちと共に革命を実行。


 私の敵だった者たちはすべてとらえて、処刑台に送り込むのだ。


 過去のあの時の光景とかぶるように、燃える景色が目の前にあった。


 焼けた建物から出てきた姉は、私の姿を見て怒りを露わにする。


「まさか生きていたなんて! とっくに死んだものとばかりに思っていたのに!」

「お姉さまから奪われたものをすべて取り返す、その事を思えばどんな環境にいたって我慢できますわよ」

「いまいましい妹! 子供だからと油断しなければよかった! 父上と母上とともに事故死させておくべきだったわ!」

「今さらですよ」


 革命を起こした者たちが、なだれ込んできて、姉をとらえる。


 そしてなおもわめき続ける姉を、牢屋へ連行していった。


 姉が私に向けて言っていた、妹だとか家族だとかいう言葉は、気が触れた妄言ということにしておいた。


 後は、革命軍の幹部として、王宮に戻り、新しい国政をとりおこなうだけ。


 これで奪われたものは、取り返した。


 地位も、居場所も、権力も。






 私はその後、姉の代わりに国の王になった。


 革命軍にはリーダーがいたけれど、腕っぷしは強くても政治のことには弱かった。


 だから、話し合いの結果、私にその役目がまわってきたのだ。


 予想から外れたことで多少は驚いたけど、彼らがあんまりにも私を推すものだから。


 王女となっていたのだ。


 革命軍を動かした一人として責任があるから、簡単に放り出したりはしない。


 私はまだ当分は、忙しい日々を送らなければならないようだ。


「王女様、先ほど謁見の申請が」

「いいわ、この時期なら彼でしょう。執務室に通してあげてちょうだい」

「はっ! 了解しました」


 けれど、数年後か数十年後か、いつか自由になれたら、自分の幸せを考えようと思っている。


「また来たのね元ご主人様」

「はっ、勝手に俺の元からいなくなった使用人がぬけぬけと。まだ俺は解雇通知を書いていないぞ」


 そういえばそうだった。


 私は気まずくなって、視線をそらす。


 この部屋に顔を出したのは元の雇用主。


 巻き込んではいけないと秘密裏に動いていたため、正式に退職届を書いていないし、無断欠勤を続けている状態だった。


 私は口の端をひくつかせて、こめかみに青筋を浮かべている男に謝った。


「すみません、ご主人様」

「今日の俺は寛容だ、許してやろう。競争相手が増える前に、お前に会う事ができたからな」

「はあ」


 それは幸いだが、言葉の意味がわからない、それになぜ彼はその手に婚約届を持っているのだろうか。


 ひょっとしたら、とある予感が頭をかすめたが、今はまだ気づかないふりをする事にした。


「女王の見合いはこれからと聞く、男を振ったときは俺を呼べよ。酒の魚にしてやろう」

「あいかわらず性格が悪いですね」


 元ご主人様は、少し悩んだ後その紙をポケットにしまった。


 毎日忙しいが、とりあえずは、目の前のいるこの男の対応が大変そうだなと思った。


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