第269話 喧嘩 を 売られた


うちの娘が恥をかかされたそうだ。


相手はリヴァイアス侯爵。爵位も領地もある大敵だ。ただ、リヴァイアス家は一度滅亡し、血縁のあるルカリム家とは敵対している。


あまりの急成長からローブを後ろから切り取ろうというものも多くいる。


真に信頼できる家族のいない小娘だ。だからこそ皆がこぞって手を出そうとする。うまくいけば爵位も領地も思いのままなのだからやる価値があるというものだろう。


普通であればもう潰されているか、取り込まれていてもおかしくはない……はずだが、リヴァイアス侯爵の躍進はとどまることを知らない。


多くの店を出し、強大な魔法を使い、大家の長すら打ち払った。


彼女を幼いと侮らずに考えてみても恐ろしいほどの成長ぶりだ。今ではルカリム家からリヴァイアス家に恭順する名士もいる始末。


彼女の周りには人も多く集まっている。自陣ではなくとも彼女のためであれば動く二つ名持ちも多くいる。


幼女趣味の国王陛下を筆頭に無敵宰相レージリア、自由将軍ローガ、竜滅ラディアーノ、過去ユース老、舞風エール、悪夢インフー、沼巨人アーダルム、岩殻ダワシなど……。



――――しかし、いつか誰かがリヴァイアス家を、フレーミスを打倒する。



なぜなら相手が悪い。リヴァイアス侯は不遜な態度を取ったがポヨ家のベッグ大臣は国内を取り仕切っている。セルティー姫には貴族院がついている。我が愛しのリュビリーナには大商人たる儂がついている。ラズリー様も……いや、あの方はどうするかはわからないが。


確かに侮れる相手ではないが、歴史も、家族も、戦力もある我らが負けるわけがないのだ。年月があれば積み重ねることが出来る。寄せ集めではない仲間がいて、頼れる縁もある。そもそも戦いにすらならないだけの力の差があるだろう。


水の魔法で水の魔法の大家を正面から倒したのは確かに凄まじいと言えるが、それは水属性の中の話である。


これまでの快進撃にはそれなりの犠牲もあったはずだ。本人ではないにしろ信用できる身近な家臣は傷つき倒れていることだろう。もはや支柱なき屋台、あとは誰がリヴァイアスを美味しく頂くかだ。


だが正面から喰らい合っても消耗してしまうやもしれん。


だから正面とは相対せずに誰かが潰し合い、それを横からうまく奪うのが最も賢いやり方で……皆そう考えていたのだが…………あまりにも傲慢なリヴァイアス侯爵に清く正しいリュビリーナがなにか言いたかったのやもしれん。それを……おのれリヴァイアス、よくも……!



凄まじい勢いで成長しているリヴァイアスだが取り返しのつかない大きな失態をしている。



塩の売買でおおきく成功しているようだが、それはライアーム公、いや、ライアーム殿下に喧嘩を売るも同然である。更に儲けた金の使い方に失敗している。


金は貯めればいいというものではなく、何に使うかが大切なのである。


彼女は若く、道理を知らない。賄賂を渡さずに貴族院にせっつかれているので明らかであるが……まず、自身の領地と占領地に金を使うべきだ。


誰も入れず荒れた領地であったリヴァイアス。そして戦争を仕掛けてきたクーリディアス。


商売はまず「家と家族」が大切となる。金をどこに置くか、どうやって守るか、信用できる場所に置かねばならん。金を貯める才覚があっても、誰かに持っていかれては貯める意味がないのだ。


金を稼ぐだけでは3流、金を好きなだけ貯められる場を作れて2流。


だと言うのに自身の領地にその金を使っていない。彼女は王都に次々に店を出し、その金を使っている。獣人奴隷を中心とした奴隷の購入にも力を注いでいる。つまりは「自領に信用できるもののいる状況じゃない」「領民を信用できずに機嫌取りに奴隷を差し出している」あるいは「自分の警備のために高価な魔法使いではなく安価な獣人を起用している」と察することが出来る。


他の者はその金の使い道を「流石はリヴァイアス侯」などと口にしているが、儂らからすればオベイロスの侯爵でありながらなんと悲惨なことか。


賢者と認められただけの魔法力と知識があるのは認めよう。だが、あまりに軽挙よ。


特に欲しいものを公言し、人の店のものを使って商売するなどという愚を犯している。今ではリヴァイアス向けに集められた獣人奴隷の値は釣り上げられているし料理に使う砂糖も野菜も肉も売らないようにしている。


砂糖のない菓子などうまくもないし、食い物のない飲食店など簡単に潰れるだろう。自領からいくらか運んでいるようだが、それも信用のおけぬ、味方かもわからぬ家臣からの物資など――――いつまで続けられることやら。


リヴァイアス家の家臣には惜しむことなく金を使って調略もしている。小娘をどうにかした後のことを考えれば……リヴァイアスの財や領地が手に入るのにこちらに人員がいれば他の者より優位に立てる。


信頼しているものが裏切っていることに気付くのはいつだろうか?気付いた時には全てが遅く、取り返しがつかない。



最大の愚はリュビリーナだけではなく他の姫君にも一度に喧嘩を売ったのだ。



貴族の当主としてただ強かろうともこれは勢力と派閥の争いである。


獣でも後ろ足に尻尾に背、どこかには隙がある。吠え立て、石を投げつけ――――皆で喰らえば良い。


商会だけでもリヴァイアスの足を泥沼に引きずり込んだようなものだが、正面から向かってくる悪意に、数えられる程度しかいない名士だけでその身を護れるかな?

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