第270話 盤面 を テーブルごとちゃぶ台返し


「フレーミス様!また贈り物が!」


「目録を作って、空いてる部屋に詰めてください」


「いえ、既に空いている部屋は全て埋まりました!!」


「えぇ……」



ポヨ令嬢を見送った後に始めた新たな事業はどれも好評だった。



――――それよりももう一つの計画も一緒に行ったからか……反響がとんでもないことになってしまっている。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「慈悲深い水の聖女様に絶対の忠誠を」

「シャルトル陛下にも感謝してあげてください。私が貴方を治す機会を作ったのは彼の紹介あってのことです。それと私は聖女とかじゃないです」

「おぉ……王家は我らを見捨ててはいなかったのですね…………!」



リヴァイアスでも引退した人はそれなりにいた。負傷が主な原因だが、病気や失意……様々な形で現役を退いていた。それだけ政争の影響があったということだが辺境でそれなのだから中央はもっと多くの人がいると踏んでいた。


国を動かすのは人である。……なら、その人を治していこうという算段である。超魔力水の解禁だ。



「まずはリハビリ……じゃない。おとなしく療養してください。治ったからと言ってはしゃいで骨を折るような人もいますので」


「体が動くというのは良いものですな!今ならすぐに剣を振れそうな気分ですわい!!」


「やめてください。……どうしても体を動かしたいというのであればまずは怪我をした貴族たちの世話や説得をお願いしてもよろしいでしょうか?治療の初めは痛みますし『怪しい治療だ』『詐欺だ』と拒否するような人もいますので」


「治るとしても耐え難い痛みを感じる者もいるようですしの。……ずっと叫んでる御仁もおられたからの」


「彼は目と耳を痛めていたので状況がわからなかったのでしょう。配慮できずにすいません」


「いえ、聖女様は我々を寝ずに癒やしてくれました。寝台の一部となって残りの人生を死に誘われるしかなかった儂に新たな生を授けてくれて……ほんに感謝しております。――――ガストリー家は精霊に誓ってこの恩を末代まで忘れませぬ」



超魔力水は自陣には普通に知られているが公にはなっていない。が、獅子身中の虫というかうちの陣営にも不逞の輩は存在する。情報が流出している可能性はある。


そろそろ秘匿できないかもと言う時期でもあったし……この際、怪我人を治すことを決めた。


集めた患者は大人から子供まで……かなり痛々しい傷の人が王都にはいた。四肢欠損や大きな火傷など。


彼らだってなりたくてこうなったのではないのだろうし、治していったのだが……やはりずっと体を蝕んでいたことで体ではなく精神が疲労している人もいる。『治る見込みもなく、ずっと痛んで仕方がない』……患者にとってその状況は気力も失ってしまうのかもしれない。



まずは現状の何処の勢力の計算にも入っていない彼らを癒やすことで少しはゴミ貴族を減らすことができるはず。シャルルは私の影響を心配していたようだがちゃんと人を紹介してくれた。


超魔力水による治癒はこちらの想定以上に恩を売れているし、許可を取ろうとしていた部門も一部を除いて好評である。


ニャールルさん筆頭によるエステとリハビリ部門、豪華なドレスを作る服飾部門、謎の占い部門はとてつもなく好評である。……お菓子も一気に売り込もうと思ったがお菓子部門の計画は頓挫している。



「特にオッヴァーディア様からの贈り物で更に大部屋分必要です!!」



少量の食べ物や誰かの夜会の料理であれば責任を取る人もいるし軽いチェックで終わりなのだが購買には審査が必要だった。


まずはリストにある食品をディア様が先に味見……じゃない、厳しくチェックをし、料理人も厳かな身元調査などが行われている。



「やりすぎたかもしれません」


「かもじゃないですぅぅううう!!?」



ナーシュ先輩の嘆きを聞きながらやりすぎたかもしれないと少し反省する。


薄めた超魔力水と前世の知識を使ったエステは婚姻関係なく美を求めるおばさま方に超がつくほどの人気だし、先着順なのにその順番を権力で奪い合っているのだとか……予約横取り禁止の項目を追加しないと。


服も服でリヴァイアスや海からやって来る外国の布が物珍しいらしく人気である。王都の布の品質も素晴らしいが外国の布は海を渡ってきた希少性もあってか王都では人気である。しかもエステの間に一着できる。占いは不定期だがそこそこ当たるみたいだし既に信者がいる。ガニューラはスキンヘッドのカリスマ占い師としてもお針子としても大変人気である。


私に秘術を使って吐血させた経緯からガニューラは物凄く家の人間に厳しい目を向けられているようで……仕事は多いはずなのだが本人は「もっともっと働きます!」と頑張っている。


ガニューラを見た瞬間、他の家臣は杖に手をそえたりもするし、私に近付こうものなら隠そうともせずに殺気立つからなぁ。……だけど口を挟むとそれはそれで妬みとかありそうだし何も言わない。


外の問題、クーリディアスもリヴァイアス、それにライアーム派閥もそれなりに落ち着いている。現在の問題点は令嬢たちの反応だ。水の宮以外は大荒れである。いや、ある意味水の宮も荒れているが。


特に婚約者筆頭で前に出てきたリュビリーナ。彼女は真っ向から集団を引き連れて威圧までしたのに私一人に倒されたからか王宮では彼女の評判はガタ落ち、彼女と縁の深い王都の商会がうちに砂糖を売ってくれなくなった。


彼女の父親は上級伯爵にして『商売貴族』の二つ名をもつ。貴族には商売や計算がよろしくないものかのような風潮もあるが彼は商売が好きでたまらないようでそう呼ばれている。敬称ではなく蔑称だが本人は気に入っているようだ。


彼の商会の癖の少なめの砂糖は私も気に入っていたし結構な量を仕入れてたから少し困っている。でも飲食物は基本的に毒が怖いからリヴァイアスから大部分を取り寄せてるしお菓子作り以外に影響は少ない。


リヴァイアスでも果実が多いことから塩作りと並行して砂糖も作ってもらっていたし……そろそろ取り寄せてみるかな。過剰分があればいいんだけど。



皆に行動開始を指示したはいいものの、現場に出るとまだ危ないからと言われて暇になった……じゃない。私もなにかしなきゃと治療行為を開始した。



まだ私が倒した令嬢たちが荒れていて他の宮からはドッカンドッカンと激しい音がすることもある。騎士団には忙しくしているから安全のためにも表に出ないように言われている。……クールダウンの時間も必要だろう。


仕事に集中したからか、お陰で水の宮はかなりカオスとなっている。現在この後宮には「王と結婚している后」とかいないし男性禁止とかのルールは特にないが王の不興を買えば首になりうるので用がなければ男性は誰も近づいてこないはずだったのだが――――


「あひゃひゃ!ひゃはははは!はーっはっはっはっは!!」

「ふふ!ふはははは!!」

「くすぐったいわい!!?いっそころせぇーはっはっはっはっはっは!!」

「いたたたた?!この私にこのような狼藉を!!?」

「すぐ治るがまんせい!」

「足が!足が生えたァっ?!」

「あだだだだだだ!!!??」

「恥ずかしいわ、貴方!?」

「治療じゃから!侯爵の負担を減らすためにもそれぐらい我慢せい!!」

「グヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」



……もはや男女は関係ない気がする。


超魔力水もだいぶん練度が上がってきた。集中して作ればリューちゃんも飲む量が減るし、生物として水の飲み過ぎって良くないと考えて頑張った。リューちゃんも少しは大きくなった気がする。


怪我人たちは治療に影響がないと調査結果の出た素材を使った貫頭衣を着てもらって壺漬けにしている。老若男女の貴族の皆さまだが普通の人と同じく気品などまるでなく治っていく。


ただやはり短時間で腕は生やせないし、ずっと超魔力水の魔法を使いっぱなしである。


集中して魔法を使えば自分的にはボーッと立ってるだけでなぜかほとんど疲れないしあっという間なのだが……周りは『幼女が自分たちのために不眠不休で強い魔法を使い続けている』からか凄く恩義を感じてくれているようだ。


怪我さえなければ現役復帰できる人はたくさんいる。


当主に戻ってうちの派閥につくと宣言してくれた人もいる。その人の家の当主はうちの派閥と敵対気味らしい。無理でも家と縁を切るそうな……。



王宮ではお祭り騒ぎ、いやゴミ貴族たちにとって阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。



怪我で復帰も不可能になった貴族が数年も経って戻ってきたのだから当然かも知れない。一人や二人なら「療養がうまくいった」と考えてもいいだろうが……毎日多くの貴族が職務に復帰している。


私から権力を取り上げたい腐れゴミ貴族の群れに私に恩を感じている有能貴族が……それも元はその職についていたゴミ貴族にとって元上司のような無視できない存在が続々と帰ってきたのだ。この水の宮のみならず、王宮は何処も騒ぎになっているらしい。喧嘩も絶えなくなっていてオーガ宰相の目撃例も多数あるのだとか。けがにんふやさないでー。



……少し気が晴れる部分もあるし、正しいことをしているはずだが――――私にとってこれは結構危険なはずだ。


自国の敵対派閥からしても、他国の人間からしても……何年かけても治らないような傷を軽々と治してしまうような力だ。この国を攻め込もうと思えば殺さないといけないだろう。


しかし……いつかはバレるだろうし、力は貯めて、隠すばかりではそれはそれで危険もあるのだ。



「お母さん!目が!目が見えるよ!!」


「おぉ……もっと顔を見せて。火傷一つないわ、私の可愛い坊や」


「痛くない、痛くないよ……お母さん」


「あぁ、あぁ……わが精霊よ!!」


「本当にありがとうございます精霊様!なんて、可愛らしいすがたな…………ん、え?なにれ?恥ずかしいよ!この格好……え?なにこれ!?周り見てよお母さん?!ナニコレ?!怪我人ばかり!!?こわ!?怖いよ??!」



彼は顔の上半分が焼けていて、まぶたが溶けたかのように目が完全に塞がっていた。


私よりも多分少し歳上の少年、怪我したのは戦おうとした人だけじゃない。非戦闘員だろうと関係なく火は人を焼いていた。


わがままなクソ貴族もいるが……こういう子もいるし、素直に感謝されるのは嬉しいものだ。周りのひどい状況を見て薄布で隠された股を手で抑えつつ赤面している少年……混乱しているようだけど全裸よりもマシだと思ってもらいたい。



そして……しばらくお礼や贈り物によって馬車が列をなした。


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