第263話 体調不良 の 思考


倒れたミキキシカだが怪我や後遺症はなかった。


彼女の目は魔力や精霊など人には見えないものまでよく見える。ぶつけられた魔力によって何かしらのダメージを受けたのではなく、自分がどう立っているかもわからなくなってしまったそうだ。


他にも数人、問題がなさそうだったエール先生まで具合が悪くなってしまっていた。私のコントロールが甘かったのも原因かもしれないから御免なさいした。


向かってきていた令嬢以外にも会場の何人か膝をつかせてしまっていたそうだし申し訳ない。



こちらもすぐに自室で寝込む羽目になってしまった。



好戦的なリヴァイアスだったが私が止めると不機嫌っぽくなり、なんとなくだが「大きくないから舐められている」と伝わってきて……半強制的に大人モードになりそうだった。それをなんとか、ギリギリ、かろうじて抑えた。


なにかに使えそうな大人モードがバレるのは別に問題はないが――――子供の服で大人の体つきになってしまえば、多くの目のある中で服が脱げてしまう。しかも気絶させた人以外の会場全体の視線を集めておいての全裸だ。


精霊による肉体の変化は『名誉』という風習もあるかもしれないが乙女としてそれはありえないから無理矢理抑え込んだ。結果としてなんとか人のたくさんいる場で全裸にならずに乙女の尊厳はなんとか保てたが……無理に抑えようとしたからか体に負担がかかって寝込むこととなってしまった。


全身がプレスされているような圧迫感がしてまともに動くことも出来ない。目を動かすのも大変だし、体も熱っぽい……内臓の動きが脈動に沿って分かるような気がする。自室で大人モードのままだらりと寝込んだ。


リヴァイアスも悪気があってやったわけじゃなさそうだけど……髪もなんか光ったままである。…………ん?



「君た 、もしかし なにかして ?」


「…………」

「<キュアッ>」

「<クァーン!!>」

「クァルルル」



リヴァイアスに舐められてからアホ毛と大人モードが出来るようになった。そういえば伯父上も戦闘中には体に青い線が出て常人以上の耐久力があった。髪が光るのは強い魔力で軽く光ることもあるが……なんだろう、私の髪もいつもより光ってる気がする。


何を言ってるかわからないという態度でこちらを見つめるルカリムに、微妙に不機嫌そうに部屋を泳ぐリヴァイアス。リューちゃんに軽く突進するオルカス、オルカスに対してぶつかりに行くリューちゃん……皆自由である。


普段謎に元気になる水を飲んでるからか疲れとか体調不良を感じることもあまりなかったのだけど……これはきついなぁ。



「どうか御自愛くださいませ。フリム様は頑張り過ぎなのです」


「…………」


「わかりましたから……ごゆっくり、お休みくださいませ」



喉も腫れているのかありがとうの一言も出せなくなってもどかしい。


耐え難い眠気があるのに全身の痛みで中々寝付けない。


仕事は多くあるがこうして何も出来ないとどうしても色々と考えてしまう。



どう生きれば良いのか。どうすれば守れるのか、どうすれば……正しく生きられるのか?



今の私は以前よりほんの少し出来ることが多くなった。


水を出せただけだった路地裏の私じゃない。貴族になってもやるべきことだからと流されるままに仕事をこなすだけの私じゃない。


今の私には信頼できる人がいて、誰かを少しではあるけど助けることが出来る。自分で何をするか決めることが出来る。


ただ生きる事自体が目的でもそれはそれで人として正しい。でもちょっとだけ、生きていると「余裕」が生まれてくる。


生きるために必ずしも必要では無いのに美味しいお菓子を食べたり、何処かに旅行したり、ちょっと良い服を買ったりする。


だがそれも生きる楽しみ、生きる意味の一つだ。


酒や煙草を「これを知らないなんて人生の半分破は損をしてる」なんて言ってくる人はいた。


前世の私はお酒はそこそこ好きだったが自分からガンガン呑んでいたわけではない。機会があれば楽しんで飲む程度。ほんのりと心地よく酔うことが出来るあの感覚が良かった。


だから誘われれば飲みに行くし、両親の晩酌に付き合うように言われれば少し付き合ったりもした。


しかしお金に余裕がなければきっと飲もうとも思わなかった。しかし人によってはお金がなくても「これがなくちゃやってらんねー!」という人も知っている。漠然とだが……『自分が楽しむことも人生の一部』だと思える。


誰かを助けるのは心地よい。賊や悪漢を見過ごすのは気分が悪くなる。


人生はただ生きるのではなく、どのように生きるのか……きっとそこに意味があるんじゃないかな。


なにかの冒険や偉業を成し遂げるも良し、惰眠を貪るも良し、子どもを育てるも良しだ。何をしたって本人がそれで満足すればきっとそれが――――『良い人生』となるはずだ。


きっと間違いも成功もするはずだ。それでも……それこそ人生だ。



寝付けない。風邪で夢と現実を行ったり来たりしているような。10分を2時間にも三時間にも感じるような嫌な感覚。まともに思考できているのかも定かではない。



平穏に生きるだけなら力は隠したほうが揉め事は少ないはずだ。前世でも有名人がパパラッチに困らされたり強盗や空き巣の被害が出たなんてニュースは見たことがある。


経済を調べていると国家や企業の経済だけではなく、個人にしては巨額過ぎる「裁判の賠償金額」や「田舎の何の変哲もない老人がタンス預金で何億円も溜め込んでいた」なんてニュースも目に入ってきた。


大きな屋敷があるだけで悪人にとっては狙い目かもしれないが、もしもそこに銃を装備した警備員が見えていればどうだろうか?もしかしたらそれ以上の武力で襲いかかってくる可能性もあるが諦める方が多いはずだ。


犯罪の被害者になるのは加害者より弱そうに見える人が多い。それは相手を選んでいるからだ。


もしも私が身長2メートルのヒゲで筋肉の塊、貫禄のある男ならどうだろうか?


年齢は人生経験を、その肉体は身体能力の高さを見て取れたはず。


もしもドゥッガ親分が現代の日本にいたとして声をかけに行くような人はなかなかいないだろう。だけど私が一人でいたら……きっと「保護者はどこか?」と心配されると思う。


見かけや印象で、人はどう対応するか変わる。


今の私にはそんな筋肉も威厳あるヒゲも無い。身長も低く、見ただけで人生経験の少なさが伺えてしまう。


この世界には、この世界の貴族には「子供だから助けなきゃ」という意識よりも「子供ならば蹴落としてやろう」という輩のほうが多く感じる。もちろんシャルルやエール先生、クラルス先生にインフー先生のような優しい人もいるのだが……。


夜会で感じたが私のことを知らなかったり、伯父上との戦いも知らない人もいて……やはり私に対して敵対的な人も多くいることがはっきりとした。



舐められている。――――では、どうすれば良い?



力を見せるだけでいいのか?もっと直接的に……叩き潰したほうが良いんじゃないか?いや、もっと静かに、大人しくしていたほうが良かったんじゃないか?


モヤモヤする。こんなのやってみないと答えが出ないと分かっているのに考えてしまう。


力は隠したほうが安全な場合もある。タンス預金をしていた老人がもしも「儂の住所はどこでそこのタンスに10億円持ってるんじゃ!」なんて日々声高に言っていれば事件に巻き込まれていたんじゃないかな?きっと前世で見たタンス預金でニュースになった老人は静かに生きて、誰にも気付かれなかったんじゃないかと推察できる。


ケースバイケース、人によって違うのは分かっている。


私は今回、力を見せた。後ろの仲間を守りたかった。


力を見せることで、きっと誰かを守ることも、正しい生き方もできる……かもしれない。


今より更に面倒事に巻き込まれる可能性はあるが、それでも、今のまま大人しくしていたほうが危険と判断した。


強い人とはなんだろう?王様?いや女王とか女帝だろうか?


誰も私を舐めない。そんな人物になったら……身近な、手の届く人ぐらい手助け出来る余裕もできるんじゃないか。


私は、私が強くあることで私の守りたいものを守れるようにしよう。そう……誰かを助けて、悪漢を打ち払う……強く!ムキムキで!誰にも生きる邪魔をされない「女帝フリム」を目指すのだ!!ヒゲの!!!




すやぁ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る