第262話 悪役 の 威圧


この数日で筆頭婚約者の四人には忍耐力があるとわかったし、庇護した彼女らについて誰からの文句も来ていないし今後なにか言ってくるような問題はなくなるはず。


何も起こらなければ良いなぁ……そう思って会場を見つめていたのだが、そうは行かなかった。



――――……一人、動いた。



「リヴァイアス侯爵、お聞きしたいのですがなぜ私どもに挨拶に来ないのですか?」



セルティー・ラース・デンレール。名前も立場もやってきた理由もなんとなくわかっている。


やってきた彼女に対して扇子で口元を隠したまま、もう片手でエール先生とジュリオンを止めて対応する。



「貴女は?」



知っている上で知らないと言わんばかりの態度で話す。


相手が取り巻きを置いて一人で来たのだから、こちらも私が対応しよう。



「……月満ち木々光る佳き日ですね。わたくしはセルティー・ラース・デンレール。シャルトル王陛下の婚約者です」



恭しくこちらに貴族らしい挨拶をして頭を下げたセルティーさん。


私も椅子から降りてしっかり挨拶したいところだがぐっと我慢する。彼女を挑発し、彼女がシャルルにふさわしいか見ないといけない。悪役令嬢として!



「ふふ……どうも、フレーミスです。こうして挨拶ができましたね。何か問題でも?」



椅子に座って扇子で口元を隠したまま、家名すら名乗らない。


一瞬だが彼女の眉間に皺が寄ったように見える。ひどく傲慢な対応だもんね。



「貴女の存在によって王宮に混迷がもたらされています。故に挨拶に来たのですが……」


「なるほどなるほど、しかし、挨拶はなんてものは必要であったり、したいと思うのならすれば良いものであって……気にし過ぎではないですか?」



私がシャルルの婚約者になったことで彼女らからすれば気が気ではないのだろう。


しかし「筆頭」婚約者なんて言われる程度にはシャルルの結婚レースは大詰めの状態だったはず。他にも候補はたくさんいる中でも家格や状況から五人に絞られていたわけだし……国の政治事情もある程度落ち着いてきていることもあって結婚は誰といつしようともおかしくない。



「これも歴史あるオベイロスの礼儀の一つですわ」


「ふむ、礼儀、では貴女はこの私に向かって直接無礼だと言いに来た……そういうことですか?」



なぜ挨拶に来ないのかと聞いてくるあたり自然とこちらを見下してきている。


王宮の令嬢はわがままで忍耐力に欠ける者もいると聞くが……挑発しすぎだろうか?



「そう聞こえてしまったのなら申し訳ないです。ただ、今後、ライアーム前王兄殿下のご子息やご令嬢、それに他国からも姫君が来られます。その前にシャルトル陛下を支えようという気があるのなら少しでも協力すべきではないでしょうか?」


「ふぅん、貴女は聞いていた通り、仕切りたがりで、お節介なのね」


「――っ!?」



私からすれば腐っている印象しかない貴族院だが、この国の貴族として歴史と実績のある貴族しか所属できないし、特にその上層部は国を代表する貴族で構成される。


今でこそゴミ貴族も多くいるが、一応はオベイロス国内の貴族を国や王のために統制するような役割を持っている。


クーリディアスやリヴァイアスの利権を中央貴族に割り振ることができれば彼らは金や権力を持てる。それと同時に中央にとって「何をするかわからない子供の当主」の力を削いで反乱を防ぐこともできるかもしれない。だからこそ私に対して無茶苦茶な要求をしてきている可能性があるとディア様に教わった。


セルティーさんは情報通り生真面目なタイプである。親が貴族院の重鎮だからか令嬢の中で問題が起きれば解決しに行く仲裁役を自ら買って出る。ただ的はずれなこともあるため「仕切りたがり」と影で言われている。



「まぁ良いわ。でもここの流儀では中央だから辺境だからと晒し上げるような挨拶が当たり前なのよね?――――……侯爵であり王の相談役でもある私にもそうしろというのかしら?」


「そのような真似はいたしません、わたくしが挨拶を仲介をさせて頂きますから何卒」



いじめているわけじゃないが申し訳無さそうにしている彼女がちょっと可哀想になってきた。


……うーん、ならこうしてみようかな。



「結構です。しかし、こうしてお節介にも忠言しに来た貴女に免じて挨拶はしましょう」


「……ありがとうございます」



彼女なりの判断なのだろう。


これから来る別の令嬢にライアームの息子と娘に対抗するためにも自らが泥をかぶってでもこうして挨拶に来た。自分のほうが上位者であるというスタンスではあるものの仲を取り持とうとしている。


挨拶に行くように説得しに来たあたり思うところがないわけではないが全体を考えて行動した結果と感じるが……私の役割は悪役令嬢として彼女らを挑発し、本性を見抜くことである。



椅子から降り、後ろで浮いていた杖を手に取る。


既に会場は静まり返って私たちの成り行きを見ていた。



「ここにいる以上、私が誰か知っているでしょうが……<私こそがリヴァイアス領主フレーミス・タナナ・レーム・ルカリム・リヴァイアス侯爵です>」



片手で持つ杖でトンと床を叩き、片手に扇子を持って口元を隠しつつ魔力を込めて会場全体に響くように挨拶し……また椅子に戻って膝を組んだ。


魔力は強く込めたわけではない。ただ、ここにいるのは魔法が使えて当たり前の貴族ばかりだし、大声を出さずに目立つためにした。杖も扇子も挨拶には邪魔だったが偉そうにできたはず。


席に戻って様子を見ると……きっと何が起きたのか理解するのに時間がかかったのかまだ誰も動かなかった。



「ふざけないで!たかが田舎の領主ごときがっ!」

「子供のくせにっ」

「そうよ!それが挨拶?品がないわね!」

「<リーナ様の前に出て頭を下げなさい!!>」

「小娘のくせに!地に手をついて謝罪しなさいよっ!」



筆頭婚約者の取り巻きたちが静寂を破った。持っていたグラスを床に投げ、会場にセッティングされた机を押しのけてこちらに歩き――――ブチギレて暴言を吐いてくる。


私のもとに予約して挨拶に来た他の人には最低限の礼儀と考えてお菓子のような軽い品を出していたし、それまでと同じ対応を心がけるためにもこの会場で挨拶した人には菓子を渡した。辺境貴族が見世物のように挨拶し、中央の貴族が顔も見せずに眺めていたのを真似して……偉そうに扇子で顔を少し隠して挨拶した。


自分たちが見下している辺境出身の貴族と同じように「下に見ている」と言っているようなものだ。


挨拶の品もない、頭を下げる気もない、扇子で口元を少し隠した……舐めすぎた挨拶。



「オベイロスに軍を率いて来たリヴァイアス領主よね!知ってるわ!この反逆者がっ!!」

「<それが挨拶のつもりか!礼儀も知らない小娘!!>」

「調子に乗ってんじゃないわよ!野良犬!!」

「成り上がりもの!」

「さっさと貴族院に領地を渡しなさいよ!!」

「<その無礼!死んで償いなさいっ!!?>」

「何処の生まれかもしれぬ娼婦の子めっ!!!」



…………何人かは杖を抜いて、こちらに向かってくる。ただ攻撃魔法は使ってこない。


集団心理なのか理性はどんどん剥がれ落ちて殺意がむき出しになってきた。筆頭婚約者の中でもリュビリーナもこちらに歩いてくる。


ただ、しかし……流石に魔法はぶっ放しては来ない。


一人なら杖で攻撃して来たかもしれないが、流石にこんな場で魔法を使えばどうなるかわかっているのだろう。



「「「「「「< 頭 を 下 げ な さ い !!>」」」」」」



一番多くいるリュビリーナの一団が魔力を体から噴き出し、声に魔力を載せて思い切り威圧してきた。


ルカリムとあったときのように精霊による圧を擬似的に行う――――王宮ならでは方法。


集団で魔力を放出することによって自分の派閥の強さを見せつけ、相手に膝をつかせる。魔法を使えば明確に処罰の対象となるがそこまではせずに相手を失神もしくは失禁させて恥をかかせる嫌なやり方。


効果はあるようでルカリムを前にして動けなくなったものとは違うが魔力で肌にビリビリと来る。不思議と令嬢たちの存在感が大きく見えるが……この程度なら私は耐えられる。



トサリと何処かから音がした。



――――私の後ろで誰かが倒れた。



チラと後ろを確認すると……ミキキシカだった。


彼女は特殊な目のため、身分に関係なくこのお見合いに呼ばれているが彼女自身は魔法を使えない。魔力に耐性もない……目を押さえて倒れてしまっている。


杖を手にとり、魔力を放出する。



「<舐められたものですね>」



そう、舐められている。


私が幼女で、弱く見えるからだ。


出る杭は打たれると言うが私の存在は彼女らの地位を脅かしている。故に目障りで……排除できそうなら排除するのが自然かもしれない。


他の取り巻きも多く前に出てきているが筆頭婚約者で向かってきたのはリュビリーナさんだけか……。



「<なによっ!田舎者っ!!>」

「<這いつくばってリーナ様に許しを請いなさい!>」

「<そうよ!>」

「<だいたいあんたが来るような場所じゃないのよ!!生まれもわからぬ下賤めっ!!!>」

「<杖を持ってどうする気!?>」



相手も声に魔力を載せてぶつけてくる。


私の魔力の放出はこれまでも誰かに止められるようなこともあったが、それでも相手も強い魔力を持っている。


私の言葉でほんの一瞬だけ静かになったが私の想定より効果はないようだ。



「<本当にこの国は腐ってますね……領地をよこせよこせと喚く中央貴族>」


「<あがっ?!>」

「<こんなのって??!>」

「や、やめっ」



気合を入れ直して魔力を相手に向かって強く放出する。


ミキキシカが倒れたように、他にも後ろにいた誰かに影響があったはず。終わらせねばならない。



「<それを止めぬポヨ大臣に貴族院。戦争になりそうだったのに力を貸さぬ魔導省。何十万という敵に悪魔に……動いたのは『自由将軍』のみ。国難であるにも関わらず軍も騎士団もよこさぬ始末>」



体を支え合ってなんとか膝をつかないようにしているリュビリーナ一団と他の筆頭婚約者の取り巻きたち。


まだやる気はあるようで魔力だけはこちらにぶつけて、睨んで来ている。



「<あぁ嘆かわしい。国を守ったこの私が、こうも責め立てられる。何処の娼婦の子かとも蔑まれている……>」


「<ぐぅっ!?>」

「<も、もうやめてっ 」

「だ、だれか!この狼藉者をっ」



段々と力の放出を増やしていく。リヴァイアスや他の精霊たちが来てから私の魔力は底が知れぬほどに増えている。


相手を倒すだけなら攻撃魔法のほうが絶対に効率は良いが、これがここのやり方ならそうしよう。



「<この私が好きにしてはいけないのかしら?>」



杖はあくまで持つだけ、彼女らに向ければきっと騎士がこちらを止めに来るはず。今なら「この杖が誰かを殺さないため」と言い訳もできよう。


それより怖いのがまだ膝をつかず、目から対抗心の消えない彼女らだ。


戦意の残る彼女らにはまだ『魔法による攻撃』という手段が残っている。全てをなげうってでも攻撃してくる可能性が、まだ残っている



「<クーリディアスの侵攻で、国がよこしたのは一個軍団>」


「<桁違いに多かった敵兵を倒し、領地を平定したというのに……我がリヴァイアスの扱いはこのようなもの?>」


「<それにもしも私が、リヴァイアスが力を使わなければオベイロスの東は今も戦争していたでしょう。ここまで攻め込まれていたやもしれませんね>」



言葉を重ねながら徐々に魔力を増やす。何も言えず倒れていく取り巻きの方々。


止めようとこちらに向かってこようとする騎士もいるがチラリと目をやって動きを止める……これを止めるのならお前も敵だ。


彼女ら杖を手に持つ人間が全員倒れるまで――――私はやめない。



「<いえ、その前に内紛でオベイロス王都は落とされ、皆々様は奴隷になっていたかしら?>」


「<オベイロスにとって大功あるはずのこのリヴァイアス侯爵に対して、貴族の皆様の態度こそいかがなものかしら?>」


「<今もなお続く嫌がらせ……侮っているからこそでしょうね。悲しいことです。私はこれほどまでに国に尽くしているというのに……>」



向かってきた中で立っているのはリュビリーナただ一人、何人かは倒れてはいてもこちらを睨みつけてきている。


会場全体に向かって無差別にやっているわけじゃなくできるだけ彼女に魔力を集中しているがまだ膝立ちのままこちらを睨みつけてきて――――目には戦意が残っている。



「<貴族と呼ぶにもおこがましい者とこれ以上時間の無駄をかけたくはありません。文句あるものは杖を抜いて前に出てきなさい。受けて立ちましょう。おいで……ルカリム、リヴァイアス、オルカス、私の精霊たち>」



前に出て文句を言ってきていた人はもはや意識を保っていられないようで落ちていく。


かろうじて彼女らの精霊も彼女らの前に現れて来たが、戦う気はなさそうで許しを請うように、もしくは契約している令嬢を守ろうとしている。


ルカリムは私の直ぐ側にいるし、リヴァイアスは会場を覆い尽くさんとばかりに大きくなり、オルカスは幾重にも数を増やして威圧している。後ろでケージに入っていたはずのリューちゃんはいつの間にか出てきて鳴きながら「やるのか?やるのか?」と行こうとしているけど……君はまだ小さいからやめなさい。



「……もう、文句のあるものはいませんね?」



魔力の圧でリュビリーナさん含め全員を倒した。


こちらも攻撃されれば怪我じゃ済まない可能性もあったから後悔はない。



「私は私のやり方で……オベイロスの貴族として、国をより良くしようと動きましょう。――――これは警告です。ゆめゆめお忘れないように」



優雅さを見せつけながらも……周囲に急ぎであるとわからない程度に急いでこの場を去る。「もっとやれ」「敵は殲滅するべきだ」「精霊ごと皆食ってやろう」などとリヴァイアスは本気でやる気のようで……好戦的な思念が伝わってくる……彼らがやっちゃう前に!!?

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