第258話 モーモス と パキス


「痩せガキ、いい加減フレーミス様に挨拶しに来い」


「うるせー……で、これはどうやるんだ?さっさと教えろ肉団子」


「この強情な!……はぁ、それはだな」



痩せガキには金をもらって授業をしている。


痩せガキには礼節が足りなかったし、俺には蓄えが足りなかった。


もちろんフレーミス様から給金を頂いているが額は貴族としては心もとない。実家とは縁を切ったのだから仕方がないとはいえ……金が無いのは見栄もはれない。


いつか何かがあったときに懐に宝玉の一つもなければ男として格好もつけられまい。……フレーミス様に感謝を示せるような物を贈りたい。


こういう時に他の貴族がどうしているか調べると「写本」や「有力な豪商や貴族師弟への教師」などがよくある仕事であるが写本はフレーミス様の筆では線が太くなるため売りにくい。教師をするにもそこまでの時間はとれない。


家で物を作ったり体を使った労働もあるにはあるが……貴族として恥ずべきことであるとされる。物を作るのは土の奴らのようでやりたくはない。


しかし、この太りきった体を搾り取るためには肉体労働が良いと思うのだが……貴族として恥ずべきことのないように稼ぐ他あるまい。


可能な限りフレーミス様の事業を手伝うようにしているが、フレーミス様の配下は増えている事もあって仕事は奪い合いとなっているのに学園にいる自分にはなかなか良い仕事は回ってこない。


将来フレーミス様の傘下に入ろうとする有望な生徒への教育はフレーミス様の懐の大きさを示すのに有効だと思えるし無料でいい。むしろこれも仕事になっているとキエット様には言われている。



「チッ、何が悪いんだよクソ」



戦闘訓練では貴族として儀礼が必要となる場合もある。決闘にだって規則はある。


やり方を間違えれば貴族として礼儀知らずとされるし、所作が流麗とも見える行為を自然と出来るようになるまでには調練が必要だ。なのに、そもそも痩せガキは教えを理解できていない。何が悪いのかもわかっていない。……ただ怒鳴るばかりの教官も教官だが。



「教えてやろうか?」


「…………いくらだ?」


「金はいらないが?」



俺がフレーミス様の傍についていると建物の影などにこの頑固者はたまにいる。フレーミス様は気がついてなさそうだがエール様には気が付かれている。危険なら見逃されるわけがないし、本当に何がしたいのだろうか。



「……払う、チッ、いくらだ?」


「他の貴族と同じぐらいでいい。額はダワシ殿に聞けば良い」


「わかった」



珍しく弱りきった痩せガキ。


こいつはフレーミス様との因縁があり、俺と同じくフレーミス様の役に立とうとしているようである。口には出さないが態度でわかる。


実戦派のダワシ殿からはきっと「どんな手段でも使って勝て」というものもあるのだろう。痩せガキは同種の魔法の打ち合いのような力試しですら落ちている石を投げるし、倒した相手にも蹴りを入れる。集団戦では人質まで取る。……優雅さがどこにもない。



誰かに教えを請う必要のある痩せガキ、蓄えの欲しい俺。利害が一致してしまった。



俺も自分を鍛える必要もあるがどうやら俺はこれまで他の生徒よりも過剰なまでに教育を受けていたようである。必要無いとされていた計算には手こずっているがノータ嬢には助けられている。


このまま深く学んでいってもいいがフレーミス様が高等学校に進学する間はこの学園に在籍する必要もある。出来るからと先に進みすぎるのも良くないだろう。フレーミス様は多忙故に試験に出れていないしな。


それに痩せガキは筆頭家臣であるドゥッガ様と菓子開発部門のラキス様の息子である。さらに大家である土のドゥラッゲン分家当主、戦闘においてはドゥラッゲン家門でも最強とされるダワシ殿の庇護下にある。我が家としては縁を深めておいて損なことはない。


ドゥッガ様にも痩せガキのことを「頼む」と言われているのもあるが俺もこいつからは何故か目が離せん。



話して数日後、金貨のどっさり詰まった革袋を部屋に投げ込まれた。



敵か誰かからの嫌がらせかと思ったがダワシ殿の手紙もあったからよかったものの……痩せガキは礼儀を知らんのか。いや、知らないからこそ教えを乞おうとしているのだろうが…………金をもらった以上、何がダメなのかをしっかり教え込んだ。



「俺の教わったこととはちげーな……じじーの教えも必ず正しいってわけじゃねーのか」


「実践で使う戦闘と、誇りをかけて戦う戦闘は全く違う」


「かちゃー良いんだろうが」


「違う。そこからか……」



風もよく音を聞いて情報を奪うことから卑怯と言われるが、土だって卑怯だろう。


土の奴らは大抵自分の領都や屋敷を要塞化する。壁から斧が飛んでくる仕掛けとか扉に見えるだけの壁とか……あまりに陰険。だいたい地下や壁に通路はあるし。そもそも居住空間そのものが偽物の場合もある。


たしかに総力戦であれば取れる手段は全て使うのが正しいはずだ。しかし訓練はそういうものじゃない。


かつて戦場だった王都で無敗を誇ったダワシ殿の教えは興味深いが、きっと学園の生徒同士の力比べや向上のための訓練にはそぐわないのだろう。



「だいたいパキス。それではお前自身訓練にもならないだろう?」


「名前呼ぶな肉団子」


「今は教師だ。モーモス先生と呼びなさい。もしくはボーレーアス先生だ」


「……チッ」



痩せガキは身体強化の魔法と土の魔法が使える。身体強化は明らかに一級品だ。騎士科の上級生でも身体強化で圧倒してしまうのもよろしくないのだろうな。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




痩せガキはダワシ殿の方針でか金で教育を買っているようである。


俺やインフー先生にクラルス先生、ナーシュ先輩にも何やら教わっているのだが……。


奴は何を目指しているのやら――――真っ暗な深夜に不審な人物が部屋に近づいてきた。



「これぐらいが風魔法使いの索敵範囲よ」


「なるほど」


「あの、なんですかクラルス先生?……と痩せガキ?」



笑顔のクラルス先生と頭から靴まで真っ黒な服で身を包んだ痩せガキが部屋の外にいた。



「なんでもないわ」


「気にすんな」



他にも料理を作って俺に持ってきたり、薬だとかよくわからないものを渡されたりもする。


よくわからんが痩せガキなりに成長しようとしているのだろう。借りた教室に教えに行くと新たに持つようになった暗器らしきものの手入れをしていて……本当にこいつはどこを目指しているのかわからなくなった。少なくとも真っ当な騎士ではない気がする。


そんな痩せガキだがフレーミス様が王宮に行くようになって……やはり痩せガキもいる。そして令嬢方に人気である。なにせダワシ殿の直系の孫に当たるし、分家とはいっても実力では本家を超えていると名高い『ドゥラッゲン』だ。急成長しているリヴァイアス侯爵家との縁もあるのだから令嬢方も目の色を光らせて狙っている。


本人は令嬢方を「失せろ」と跳ね除け、フレーミス様の周りをチョロチョロ動いている。


警備的には少し邪魔だが、またなにか調べているのかもしれない。


痩せガキには教えるばかりではなく、教わることもある。



「これは、食べて大丈夫なものなのか!?」


「……こんなに不味かったか?まぁ悪くてもちっとの間、腹が痛くなるだけだ」


「…………」



こちらも王都について教わっている。


屋台の食事を渡されたので食べたが、肉は硬くて臭い。酷すぎる味だが、何を思ってこれを食わせようと思ったのか……。


大通りではなく裏路地や抜け道を教わる。地形を知っているかどうかは戦いで有利となる。移動範囲の広い風の魔法使いには必須だろう。俺も王都の地形には詳しくはないし、案内は助かる。ただ――――


「なんでこう、案内先が物騒なのか」


「なんだ?文句でもあるのか?」


「いや、まぁいいがな」



案内される場所は明らかに治安が悪そうだ。


普通に生活している人もいるが、明らかに目付きの鋭い男もちらほら見える。



「あん?パキスじゃねぇか!」



どう見ても友好的じゃない集団に声をかけられた。


杖を抜くか、考えたがパキスの名を呼んだ以上、こいつの友人の可能性もある。



「ちっ」


「知り合いか?」


「敵対組織だ」


「ほう」



ということはフレーミス様の敵か?


男どもの身なりは汚れ、杖は持たずにいるが斧を携帯している。


声をかけてきた大柄な男の後ろには三人ほど手勢がいるが……どう見てもパキスを嘲ているのが分かる。



「お前貴族になったんだってな!いけねぇなぁ!お貴族様がこんなとこうろついてたら!どうなるかわかってんだろぉなぁっ!!」



頭目らしき男が斧を両手に持って近づいてくる。


建物と建物の間の路地。俺たちの後ろにも似たような破落戸が四人現れた。途中の細い路地で寝てる男は無関係として――――相手は八人か。



「敵で、いいな?」


「あぁ」


「後ろは俺がやる」



パキスの後ろに立ち、杖を抜いた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




勝負は一瞬で片が付いた。


俺は風で、パキスは身体強化で叩き潰した。


路地の中間で寝ていただけの男が襲いかかってきたのには心底驚いたがパキスが蹴りを入れて倒した。パキスの後ろで何かを投げようとする男がいたが風で潰し、完全に勝敗は決した。



「助かった。そちらは大丈夫か?」


「怪我一つねぇよ」


「そうか……どうかしたか?」



倒れた男を見ているパキスに声をかけた。


声をかけてきた頭目らしき男はそれなりに体格の良い相手であった。この男は腕利きの強者だったのだろうか?



「いや、こんなこいつら弱かったか?」


「俺が知るわけ無いだろう」



自分の拳を握って不思議そうに見ているパキス。


……相変わらず馬鹿である。



「訓練してればそれは身につくものだ。それに成長する。何を不思議そうにしている?」


「俺、成長してんのか?」


「当たり前だろうが」



なぜそう思ったか聞くと……ダワシ殿との訓練では毎回負けていて、学園での訓練では逆に苦も無く勝利を続けている。どちらも実力に差がありすぎる事もあって成長を感じるようなこともなかったようだ。


まぁ、こいつもこいつでなにか悩んでいるのだろう。


肉串の酷い味がまだ口に残っている。増援もいるかもしれん。さっさと屋敷に帰ってうまいものを食べるとしよう。

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