第245話 両親っ!!
私たちが誰もいない会場から戻った現場では事件が起きていた……。
魔導鎧で修練場に入って……いつからか私と伯父上が会場から消えた。
そこまでは良い。賢者たちによって修練場全体が少しだけ異界化していることが判明、互いの陣営の人間が困惑した。
その間に雷対策を考えてたモーモスがその巨体でミリーの盾になっていた、ミリーは光属性でほんのりとだが強化と自己回復ができるのでモーモスを盾にして電撃を食らって……一度は倒れるもリタイアはせずにのろりのろりと別の出入り口を出ようとし、一応ゴールした。
しかし「この競技は水属性の生徒を護るものであって護衛だけ別の出入り口に行けても無効」という伯父上派閥の人間。それに対してうちの人間は「そんな規定はない」と反論。賢者たちは競技そっちのけで異界化を人の精霊だけで発生したことを調べ始める。副審たちは何も出来ず棒立ち。数人は水の砲弾で治療中。
議論が白熱してきたところで主審席が突然半壊。雲が割れるなどのどさくさに主審のフィレーが落下。いきなり床が崩壊とか怖すぎる。
ここまででもとんでもないことになっていたようだが……この騒然とした騒動に更にガソリンがぶちまけられた。
――――鎧の頭、つまり私の頭が真っ赤な状態で転がって現れ、いつの間にかエルストラさんが気絶した状態で倒れて現れた。
私の搭乗する魔導鎧の頭も、エルストラさんも……両陣営にとってとてつもなく重要だ。
魔導鎧の頭は真っ赤で、まるで「敵将!討ち取った!」状態。そんな状態で転がって……両陣営共に観客席から飛び込んでくる。
倒せたとしても中がどうなっているか、ちゃんと打ち取れたかを伯父上の派閥の人間が確認しに来るし、その中に私がいないと知っているうちの人間もあれだけ頑丈な鎧が傷つけられていて焦っていた。
それにエルストラさんは伯父上の娘であるが、私を守ろうとしていたのに気絶して戻ってきた。つまり私は異界で殺害された可能性があった。
そして事件が起きた。魔導鎧の頭部を巡って伯父上の派閥の風魔法使いが奪おうとし、うちの人間が当主の装備を取られるものかと阻止しようとして……内部の香辛料と赤の塗料が風で盛大に舞い散って会場中が酷いことになった。
狭いとは言え杖を抜きにすれば私が入れるサイズの頭部だ……その中に詰めこんだ染料と激辛香辛料は最大限効力を発揮していたようである。
両陣営、いや、学園側も地獄のように悶えている。
「うわぁ……」
「クァルル」
両陣営、それもトップ級だけではなく末端まで会場に入ってきて倒れている。既に風で香辛料などは吹き飛ばされたようだが死屍累々と言っていいだろう。
あまり辛く無さそうなリューちゃん。その愛らしい頭を撫でてこの惨状から目を逸らした。
一応私が勝利したことは宣言し、皆の治療を行うことにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「フリムちゃん、今なら少しぐらい痛めつけても大丈夫よ?何をしたって覚えていられないでしょうからね」
クラルス先生が木製の棍棒を手になにか言ってきた。それは物理的に記憶を消すという意味でしょうか?
「ふん、長としての話し合いがある。フリム以外は部屋から出ていってくれ」
「出来るわけ無いでしょ?!」
「クラルス先生。大丈夫ですから棒はしまってください。これは水属性の問題なので全員部屋から出てください」
伯父上は何本も骨が折れているし、凍傷も酷い。
双方の陣営の人間はまだ収まっていないように見える。
「しかしっ!……フレーミス様、危険すぎます」
「大丈夫。だから双方!部屋から出ていって!絶対に争わずに待っていてください!!」
「私も?私は治療のためにいるのだけど……」
「凍傷もありますしね、じゃあクラルス先生以外!はいはい!」
私と伯父上の間にはルカリムが出たままで、リヴァイアスとオルカスたちは杖に入ってもらった。
「話したいことが、あるんですよね」
「そうだな。……<ルカリム、我が記憶をフレーミスに見せよ>」
ルカリムの手が伸びて私と伯父上の頭に触れられた。
――――……伯父上の記憶が見えてきた。
伯父上は、水属性の人間が死んでいくのを抑えるために必死に行動し、ライアームについた。
若かりしライアームは前王とも仲が良く、素直に公爵位を授かり国の内外の難題を解消。精力的に国を良くしようと活動していた。
愛国者であり、精霊教への信仰も欠かさず、温和な前王と違ってあふれる覇気を持ってオベイロスを支えていた。
ライアームは天才ではない。
時に間違えることもあったが、人を見捨てず、善良で、最良の答えを模索する。伯父上にとっても他の臣下にとっても尊敬できて素晴らしい人間であった。少なくとも伯父上の目にはそう映っている。
ライアーム公爵と前王との仲は良かったが前王が亡くなって政争が勃発。ライアーム公爵は王位継承のため「殿下」として公爵位を返上、そこから全てが台無しになった。
ライアーム前王兄殿下は弟に王位を持っていかれたことがあったがそれは完全に納得していた。しかし、その弟が亡くなって当然のように次は自分が王位にふさわしいと考えていた。
しかし、シャルトルの兄や姉は常人離れした魅力があった。それも火・水・風・土・光と各属性それぞれ特化していて貴族たちの支持もそれぞれ分かれていた。
ライアームは甥と姪の争いを可能な限り抑え、尽力し、国難に際してドラゴンの討伐にも成功、他国からの侵略も防いでいて……結果としてライアームだけが生き残った。
王家の人間が一人である以上、ライアームが次の王だ。貴族派のオッヴァーディア様は養子なので彼女には資格がない。
後はライアームは王都で大精霊と縁を持てばそれで王となる……そのはずだった。
――――焼けた王都の何処かからシャルトルが現れ、王になってしまった。
死んだはずだった。本人も王にはならないと表明していた。派閥も持っていなかった。なのに何処かに隠れていて、更には選ばれてしまった。
ライアームなら政争の最中にも関わらず竜を討伐し、王にふさわしいと誰もが思っていたし、有力な貴族は多くがライアームに集っていた。政治闘争に参加しなかったゴミみたいな人格の持ち主や、王都にいて生き残った者、シャルトルの兄たちの派閥の生き残り、そしてオベイロス北部・東部・南部の支持を地形的にシャルトルは得てしまい……国が二分するような状況が揃ってしまった。
この頃、水の属性を束ねた伯父上はその身体能力と頑健さで死なず、王となるだけだったライアーム派の筆頭家臣になっていた。
伯父上はシャルルの兄たちの陣営からもシャルルの陣営からも水属性の人間を安全のために拉致までしていた。今更シャルルに頭を下げれば配下の安全は危うい。
だからもう、ライアーム派閥から逃げることはできなくなってしまった。伯父上もライアームこそが王にふさわしいと認めていた。
伯父上の記憶は一定ではなく子供の頃や学生時代、それに最近のものまで行ったりきたりして見える。
伯父上は自分なりに本気で、配下や仲間の人のことを考えて行動していた。何人も何人も、両親や妻、数多くの親族も死んでしまって……それでも前に出て、時には自分の体を盾にしてでも生き抜いてきた。
ただ、伯父上の適性は死なない前衛。戦士としては優秀だが私のように大規模かつ広範囲の魔法は条件が揃わないと使えない。守ろうとしても何人も死なせて苦労してきていた。
「心揺らさず、水鏡のような静寂を以て見よ」
これ以上何を見せようというのだろうか?
伯父上の生き方、その行動指針は知れた。これ以上は……?
伯父上の元に、二人が転がり込んできた。
二人は夫婦で何かを大事そうに包んで持ってきた。
その夫婦は伯父上にとっての親族で……
二人は猛毒に犯されていた。
水の秘薬と精霊の力を借りてもほとんど動けず、それでもその夫婦は小さな子を育てた。
……声が聞こえてくる。
「フ、レー ミス ルカ リム よ」
「フルーム!」
「ちが わ フレー カ ム 」
「フムース!」
ドアから彼らを覗く伯父上の記憶。部屋の中からかすれた女性の声で小さな子供をあやす声が聞こえてくる。
遠くて声が聞こえないのではない。女性の声はもう、ほとんど話せていない。
「フリム!」
「ま ぁ」
「…………!」
「へへー」
まだ名前も言えないような年の子供。少しでも言えるのが嬉しいのだろう。
夫婦は目を細めていた。男は私の頭を撫で。女は完全に体を横たえたまま愛おしそうに子供を見つめている。
伯父上が部屋に入らず覗いているのは、伯父上が部屋に入れば体を動かすのもやっとな夫婦が伯父上の前に出て土下座するからだ。
声が出せるときの記憶では夫婦は「この子をお願いします」と何度も頭を床に、地面に擦り付けている。
水属性の家では積極的に戦闘はしないし、こういう時には受け入れるのも水属性としては当たり前だ。
だけどそれは「これまでの前例」であってこれまでにないほどに争った現状ではそれが守られるかというとその保証はない。夫婦は戦闘もできる人材であったし、例外ということも考えられる。
それでも夫婦にはその慣例と縁にすがるしかなく、差し出せるものがなにもない。
だから地面であれ、廊下であれ、兄弟であれ……伯父上を見かければ地に頭を擦り付けて懇願していた。
伯父上もルカリムを使って彼らの体を蝕む猛毒を自分の身に少しずつ移し、自分の体で解毒。秘薬も集めて出来る限り彼らを助けようとしていた。
転がり込んできた時点で生きていたのが奇跡。それを数年延命できたが……二人は子供を残して死んでしまった。
何度も何度も娘のために頭を下げる歳の離れた弟夫婦。
それが私の、両親であった。
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