第244話 加護っ!!


伯父上の刀を手放し、誰もいない会場で距離を取って向かい合う。



「……異界になってしまっておるの、怪異も恐ろしい。――――手早く決着をつけねばな」



ちょっと恐ろしい言葉が出てきた……「異界」や「怪異」。


人が入るのも困難な自然の奥地やダンジョンの奥のような場所は人間の住む世界と異なる。


天使や悪魔、精霊に巨人、ドラゴンのような存在が普段から目にしないのは別の世界にいるかららしい。上位存在には上位存在の世界があって、その中間がダンジョンを含む異界。


オベイロス国は精霊の国と言われるだけあってそういう謎のSEIREIスポットはそれなりにあるそうだが……この現象は多分、上で争ってる精霊たちを出したからである。


あれだけ居たはずの観客も居なくなっているし、私の危機にジュリオンもアモスも飛んできていない。……よくみればこの修練場どころか、空までが水底に沈んだかのような雰囲気すらある。


異界になっているのはわかった。そしてそういう場所になれば怪異と呼ばれる通常の魔物以上におかしな何かが現れることがあるそうな。



――――決着は早くつけねばならない。



「伯父上、まだやる気ですか?」


「応、全力で向かってくると良い。無茶を喚く若輩の全身全霊を軽々受け止めてこその水の長である」



刀を一度横に鋭く振り、歪みなどを少し確認した伯父上。少し苦い顔をしている。



「――――もしも、フリムが儂を驚かすほどの何かを持っていると証明ができれば………………儂も考えを改めるやもしれん」


「香辛料ではだめですか?」


「いかんな。あれはあれで効いたし驚いたが……毒のようなもので勝つのではなく、その力量を見たい」



この伯父上は少し悩んでいるのだろうな。


初めは「若造が、軽く捻ってくれよう」みたいな態度も見えていた。


なのに、私の価値を見極めようとしているように感じる。



「ルカリムがいる儂が負けるはずがないがな……そら、リヴァイアスを呼ぶが良い」


「<おいでリヴァイアス、オルカス、他の子たちも>」



リヴァイアスもオルカスも怪我だらけだ。近くにいたオルカスはダメージから親指サイズになっていてもう戦えそうには無さそうだったが空から降りてきた別の大きなオルカスに吸収された。


ルカリムも体の数か所に穴が空いている。頭についているヒトデらしき精霊を投げ落とした。あんな子いたっけ?



今ならルカリムを見ても動けなくなるということはない。



頭のあった場所は凍らせて密封、軽く動いて拳を構える。



「殺す覚悟を持ってかかってくるが良い!!相対するは水の大精霊!開闢のルカリムである!!!」


「リヴァイアス、オルカス。他の子達も――――そこで見ててね?<水よ。凍りつき我が眼前の敵を打ち潰せ!!>」



開始位置が近い。


刀に対して全力でアッパー気味に拳を合わせる。



「硬い。硬すぎる!!?」


「アダマンタイトです!足元がおろそかですよ!!」




拳に仕込んだアダマンタイトの元的。伯父上は拳ごとぶった切って水の爆破を仕掛けにきたが切り込みも入れられなかったようだ。


私の狙いは伯父上の足元だ。一気に出した過冷却水の塊に伯父上は踏み込んだ。



「チィっ?!」



脛の当たりまで凍りついた伯父上から距離を取る。


伯父上に向けて過冷却水を大きく発射する。伯父上の後ろにいるルカリムもろともに。


限界まで冷却した水は出した途端に氷の塊になる。それは伯父上には奪えない。氷は伯父上に切り落とされもしたが数発は直撃した。……ルカリムには通用せず氷は蒸発してしまった。



「精霊の力は借りんのかっ!!」


「伯父上を納得させるためなら!こちらのほうが良いでしょう!!試してみたいこともありますので!!」


「良いぞ!……儂を驚かせてみるが良い!!」



氷の弾丸を避けて切り裂く伯父上。氷から抜け出し、こちらに迫ってくるが会場全体に水を行き渡らせるように水を撒き散らし……領域を広げる。


迫ってくる伯父上に向かって水の塊から槍の形に形成、氷で槍をいくつも作って槍衾を作っていく。


ダッシュで突っ込んでこようとすれば危ないと理解したのだろう。伯父上の速度が落ちる。ただ切り払って向かってくるので私も下がりつつ陣地を形成していく。


折れそうな細い柱を作り出し、上は膨らんだ塊のような重みを付けてすぐに凍らせていく。歪な金槌のようなそれはすぐに崩れ、伯父上に頭上から質量が襲う。


出し惜しみはしない。槍の穂先も一枚の刃ではなく十字槍、いや、氷の結晶のように刃を広げて近付かせないように工夫する。さらに氷の壁を作り、壁ごと伯父上に向かって魔導鎧で蹴り飛ばす。



それでも止められない。ブルドーザーのように向かってくる伯父上。



全力で後退しつつ氷でダメージを与える。これだけの氷の中でよく半裸で動けるものだ。



「この程度では負けられんのだ!!」



これだけの氷、これで止められれば良かったのだが止まる様子のない伯父上。


破壊される前提の氷の壁の裏から氷結ドラゴンハンマーを放って伯父上にぶつけた。



「ゴァッ!!?」



切り裂きそこねた壁ごと伯父上にぶつかって……伯父上の動きが止まった。


……想定の位置に近い。



「強い、強いのぉ!!儂もそれほどの力が欲しかったが……ぬぅ?!」


「終わってませんよ?伯父上<水よ>」



水で作ったちょっと大きめフリム像を数体、伯父上を中心に離れた位置に等間隔に作り出す。


水でできたミニフリムは本来通信連絡用であるが巨大フリムのように物を持たせることも出来るし、なんとなく触覚のような感覚もある。


それぞれに氷つかせた剣をもたせ、遠巻きから伯父上に向けて取り囲む。



「な、なにぃ!!?」


「しっかり防いでくださいね……<水よ!>」



驚く伯父上、水から凍りついて私の氷像となったその周りから伯父上に向かって氷の砲弾を連射する。


目をつぶっても、手の指先を集めることが出来るように……伯父上を取り囲んだ氷像から質量攻撃を行った。


氷像の大きめフリムは動くわけではなく、私なりの位置を把握するための目印のようなものだ。



「うぉおおおお!!!??」



伯父上に近づきすぎると水は領域によって使えなくなる。そして伯父上は斬撃で領域を切り裂いてくる。だが戦ってみてわかったが伯父上の領域は私の領域よりも範囲が狭い。


そこをついてのことだ。激しい破砕音が連続して続いたが……受け止めきれなかった伯父上を見て氷の斉射を止めた。



「…………儂も、これほど強ければ……、お前がもっと早くに、生まれていれば……」


「伯父上、負けを認めませんか?」



明らかな出血、明らかなダメージ。


ズタボロで刀も折れた伯父上だが、話すことは出来るようだ。


拳よりも大きな氷の塊が高速で、それも全方位から逃げ場もなく降り注いだのだ。なにかの魔法だろうが頑丈な伯父上だが、これ以上はミンチになってもおかしくはない。



「負けは、認めてやろう。だが、儂より少し強いぐらいでは、この世は動かせんぞ。儂が何人も死なせ、護れなかったように」



その場であぐらで座り込んだ伯父上。体にあった青く光る紋様も髪も色を失っている。



「そうかもしれません。しかし、もしかしたらなんですが……明らかに伯父上に勝ってる部分があるかもしれません」


「――――……なんだ?この、氷か?」


「いえ、試してみても?」


「この身をさらに痛めつける気か?」



「そういうわけじゃありません……<おいでませ、ルカリム>」



ルカリムは攻撃しても全く動かなかった。私がなにかに攻撃されれば、杖やオルカス、リヴァイアスは自動で攻撃する場合もある。


なのに伯父上の精霊であるルカリムが……伯父上の危機に全く動かなかった。



「……ぇ?…………あ?」



伯父上の驚く声が聞こえる。


ルカリムが私の目の前にやってきた。近くで見ると本当に美人で……私の顔を覗き込んで、頬を頬にこすり合わせてきた。



「今まで、私を助けてくれてましたよね?ありがとうございます」


「…………」



ルカリムは私を包み込むように、体を巻き付けてきた。ハグのつもりだろうか?親愛表現のようで敵意は全く感じられないから好きにさせる。



シャルルと勉強する時間にも私は本気で今回勝とうとして調べに調べた。


私に出来ること出来ないこと、経歴、戦闘訓練、その他色々……その中である考察が浮かび上がっていた。


私が水路近くの路地で倒れているところをドゥッガファミリーに拾われたわけだが……誰も私を水路から引き上げていなかった。


石で作られた水路は土と砂利ほどの吸水力がないためか水路は深い。


わざわざ汚い川に入る人もいなかったし、私の背丈ではその水路を出ることはできない。


なら、誰が助けたのだ?


水の中の精霊には可能かもしれないが……しかし当時はリヴァイアスともオルカスとも会っていない。リヴァイアスとの出会いは屋敷の地下からだし、オルカスはリヴァイアスの屋敷から出てくることはなかったはず。


なら誰が引き上げたのか?


覚えていないが……私がやった可能性や水路の中でオルカスが少し手を貸した可能性もあるにはある。だが王都はルカリムの領域である。


そして私の明らかに普通とは違う精霊のキャパシティ、シャルルの闇の加護魔法は「幽霊を見るようになった」という効果が確認されている。……これによって私の前世の人格が反映される状態を作り出したのであるのなら、もう一つ、シャルルの精霊、ルーラの闇の加護魔法の効果としか考えられない。


精霊に好かれている私だが、水の系統に好かれているのは何となく分かる。


だから「水の精霊に好かれる加護」もしくは「血縁と関係した精霊に好かれる加護」あたりが考えられた。


水路に落ちた私を助けたのはもしかしたらルカリムではないか?また、私とルカリムは縁を紡げるんじゃないか?味方してくれるのではないか?……と、考察はしていた。



「<キュアッ!!>」

「<クァァン!>」

「<…………>」


リヴァイアスとオルカスがルカリムに文句を言うように近づいてきた。ルカリムは私を体の中に抱いたまま余裕そうにしているようである。


小さくなった精霊たち。もう争う気は無さそうだ



修練場周りの観客が……審判がはじめからその場にいたかのように……人が戻ってきた。



「クァルルル!」



何処かからリューちゃんもやってきて私の足元にくっついてきた。



「上位竜だと?そんな…………そうか。――――――そうか」



伯父上はあぐらをかき、空を見上げて……動かなくなってしまった。

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