第246話 水の大家っ!!



「……なんで、なんでこんなことに」



記憶にない自分の両親の愛に、そんな言葉が出てしまっていた。



感情がぐちゃぐちゃだ。



重病患者しかいられない隔離された屋敷の中庭、その樹の下で私をあやす両親に。


こんな事態になった『精霊が王を決める』システムに。


最良の選択肢を求めて藻掻いていた伯父上に。


シャルトルに、シャルトルの兄たちに、シャルトルの父に、ライアームに、ルカリムに……そして何も出来なかった自分に。もっと良い道はなかったのか悔やんでしまう。俺がもっとうまく出来ていれば。道を誤らねば。



「――――<反吐が、出る>」


「魔力を抑えろフリム。儂の感情につられすぎている」


「すいま、せん」



伯父上は両親を失って不安定でオドオドした私を養育した。他の人間に任せれば水属性の人間ではあるが「政敵の側近の子」ということもあって殺されかねなかったからだ。


そこまで見て私が耐えられなかった。


自分でもよくわからない強い感情が沸き起こってしまう。涙がどんどん出てきて、髪のあたりから精霊たちも出てくる。


これは私の感情か、それとも伯父上の感情なのかもわからない。



「大丈夫なの?ヴェルダース?」


「儂の記憶の中のオルダースたちを見せたのだ。――――待て、その棒をおろせ。そうだな。これを見ると良い」



クラルス先生も部屋には居たんだった。薬を準備していたはずだが棒を手でポンポン叩きつつ伯父上に近づいていった。



「なんですかっ!もう!」



伯父上から記憶が流れてきてちょっと笑ってしまった。クラルス先生がこちらを見て止まった。


儂と、いや、私と食べた私のごちそうした料理。ものすごく美味しかった蒸し餃子には内心驚愕していた。そしてクソ小生意気にも挑発してくる私……おぉ、この時の挑発は効いていたようだ。


ルカリムの手がリヴァイアスに噛みつかれて離れた。掴まれていた頭を離されてすこしふらついたが伯父上と向かい合う。



「フリムよ。ルカリムに上位竜がいる上、領地のこともある。ここから俺がどうするかわかるか?」


「わかります。伝わりました」


「そうか、ではこれからのことは――――」



どこか覚悟を決めたかのような伯父上。


クラルス先生は抜きにして二人だけの部屋で取り繕う必要もないと思ったのかもうカッコつけて「儂」なんて言わなくなった伯父上。記憶の中には長となった後に威厳をつけようとして自分を儂と言うようになっていた。



「あ、そのことなんですが別の方法を取りましょう。<ルカリム>」



私の感情に伯父上の記憶が混じって先程まで複雑だったが今では接続が切れて落ち着いた。


伯父上の言葉を遮ってルカリムに再接続してもらって伯父上の計画に大きく修正案をいれる。



――――だいたい、この伯父上は運が悪い。やったこと選択することがその時々でベストなはずなのにだいたい裏目に出ている。



伯父上の考えでは当然らしい「大家の長を私に譲って隠居もしくは処刑される」というアホな計画を阻止する。



「うるさいわい」


「いや、どう考えたって被害が増えるでしょう。それとも伯父上は潔さや名誉のために水の眷属を危険にさらしますか?」


「いや、しかしな」


「まぁ私の考えを聞いて下さい」



ルカリム感情通信システムでは伯父上の記憶だけじゃなくその時々の感情や計画も混じってくる。


伯父上はライアームの怒りを鎮めて引退して裏から水魔法使いの支援をするか、ライアームに自分を殺させることで家臣たちの支持を完全に無くしてライアーム派閥を離散させる気である。


だからなんとなくわかったが…………なんか使うの難しいな。



「しすてむ?なるほど、仕組みか」


「おっと、まぁそういうことです。ついでに見ていくと良いです。黙ってみてください」



ついつい考えてはいけないと考えるあまりか前世のことを思い浮かべてしまった。伯父上の困惑した感情が伝わってくる。


それよりもここでの会話は両陣営、いや、もしかしたらシャルトルや貴族派も聞いているかもしれない。



「水のルカリム。私の精霊よ」



適当につぶやいておいた。ついでに伯父上には私が悪魔憑きではないことやこれまで何があったのかの証明のために前世のことも流し込んでおく。状況から考えた相談と計画もね。


私は伯父上からのルカリム通信システムで感情が揺さぶられたが伯父上は色々といっぱいいっぱいのようである。


伯父上から少し私のことを悪魔か何かと疑ってくる感情も伝わってくる。私のことを「学もなく力を振り回す調子に乗った愚か者」で「軽く捻ってわからせようとしていた」ことも伝わってきたので…………企業の経営指標、自己資本利益率、貸借対照表、流動比率、科学、業種ごとのパーセンテージ、文化、長期財務安全性分析などなど、それぞれの計算方法や世界経済も含めて私のインテリジェンスを証明するために流してみた。


首から頭まで真っ赤になっていく伯父上。伯父上の頭が沸騰する前に切るか。



「ゲンユ、ヒコウキ……いや、そこまでいかずとも……いや、フリムよ。貴様こそ阿呆だろう」


「酷くないですか?」


「訂正する。フリムちゃんは阿呆だ」


「うっせーですよクソ伯父上。うっわ、これ気持ち悪いですね。<ルカリム>」



感情が互いに少しだが引きずられているのがわかって気持ち悪い。ルカリム通信で私の知識の源である前世や、なぜそんなものがあるかの推察に口止めまでしておく。


色々あったが、いや、想定以上にありすぎた。


伯父上の知識と照らし合わせても私は異質だがシャルトルと精霊の加護は貴族が加護と血筋を持って婚姻を重ねた結果、強い精霊と縁を持つことが出来るケースが増えた。


つまり、フリムにはそれだけの器があったから今の私が出来ているのではないか?などの意見も伝わってくる。普通の人間だったらいきなり高位存在との加護や精霊との縁が出来れば無事で済まないこともあるのだとか。アホ毛は我慢しろと。


……私にはいろんな精霊がくっついているがヒトデらしき精霊なんかもいつの間にかいて不思議に思う。何故か今は私の後頭部にくっついているがルカリム側の精霊じゃなかったのね。


伯父上の記憶を見て思い出したが、自分の名前を言おうとしている自分にはほんのりとだが自分の記憶があったような気がする。前世の自分の知識が幼い自分に何がなんだかわからずに怖くて、意味もわからずに恐れ、混濁し、よく泣いていた。しかし、だからこそそこそこ早熟だったようである。


これまでの自分をよく考えてみれば、バーサル様や一国の王様と会うのに前世の自分であれば「いきなり土下座」よりも「正座もしくは背筋を正しての立礼」を選んでいたように思う。父や母の姿を見て無意識に虫の構えにつられていたのかも知れないな。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「こんな愚か者が水の属性の生徒とはな!オベイロスの未来は暗いものだ!!」


「その愚か者に負けてどう思ってます?ねぇねぇ今どんな気持ちなんですかぁ?」


「この!!」



超魔力水は伯父上には使っていない。凍傷ということで腕にギプスをはめている伯父上。私の煽りからか怒りの表情でこちらに来ようとするのを周りの人間に抑えられている。


自分では魔導鎧の使用もあって勝った気はしていないが王都から西に帰る伯父上を思い切り大衆の前で煽る。



「さっさと帰ってくださいよクソ伯父上!あ、ほら、水の大家の長として命じますんで!」


「 儂 こ そ が 水 の 大 家 の 長 だ !!!!!」


「 わ た し に ま け た じ ゃ ぁ な い で す か ぁ ? ん ? ん ぅ ? ? 」


「あ”ぁ”ん”っ”!!?」



水の大家の長と学生の属性代表、その立場を最大限活かして――――伯父上とは公衆の面前で喧嘩別れした。



私こそが水の大家の長だと面と向かっていう宣言をかましてやった。正式にはまだ認められてないけどね。


伯父上は私に軽く指導するどころかボコボコの姿をさらした上にルカリムと大家の長としての面子を失った。


ライアームにオベイロス国、そして水の眷属をどうにかするためにはこれが一番いいと考えた。


伯父上の考えではこれまではライアーム陣営の筆頭家臣ではあったが争いはできるだけ止める派閥だった。そりゃ戦闘苦手な水属性だし当たり前なんだけど。


その伯父上が好戦的に見せればライアームも伯父上を使うはずだ。伯父上の大家の長の立場を交代するように言って当主を交代してもその人物がライアームにつくかどうかの保証はない。ライアームに傾倒しているような人物もいるそうだが……やはり伯父上の戦闘力は水属性の中では特異で飛び抜けている。大魔獣を倒せた伯父上は西にいる水の魔法使いからの支持は厚いしまだまだ利用価値はあるはずだ。


敗北から憔悴していればライアームもなにかしてくる可能性はあるが……。


ライアームはここのところ何もうまくいかずに荒れているが自分を諌めていた人が自分以上にブチギレていれば落ち着くだろうという考えもある。記憶によると説得したって王位を諦められないライアームには何を言っても無駄そうだし、伯父上が権力を維持し、その間に伯父上の護りたい人員をこちらに移せるよう動くのだ。


伯父上はライアームに水属性の保護を約束してもらって家臣としているらしいが……ライアームも伯父上をこちらに送り込んだ以上、水属性の人間の保護を破るような動きをしていると言えなくもないし……。真っ向から『水属性の人間の保護のため』という名目で動かせれば良いのだが、お怒りのライアームを見るに人質にされかねない。


引退や処刑の道に進むよりかは当主のまま好戦的に見せようとしているわけだが、うーむ。


そもそも伯父上がライアームを討つか、説得できればそれはそれでありだとは思うのだが……さて、どうなるかな?



………………伯父上がいらないことをしでかさないかちょっと、いや、かなり心配である。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「本当に心配しました……えっ」


「……ちょっとそのままでいてください」



伯父上を見送って、部屋に戻るとエール先生に修練場で突然居なくなったことで心配されてしまった。


何も言わずにエール先生に近づいて抱きついて目からこぼれる熱いものを見せないようにする。



伯父上のせいで、まだ感情が不安定な気がする。


何も差し出せずとも私を愛して伯父上に頭を下げた両親の愛に、エール先生の心配が重なって見えて……涙が溢れてしまう。



「ど、どうかしましたか?!」


「…………」



涙が止められない。他にどうすればよかっただろうか。


戦い方は初見殺しをこれでもかと詰め込んで本気で戦いに行った。


もっとうまく出来たかもしれない部分もある。


氷河の上、クーリディアスとの戦いでローガ将軍の電撃を一時的に防いで壊れてしまった国宝魔導具を直せていればまた別の形で戦えていただろうか?また、水同士であるのだから風魔法使いや火魔法使いの介入の可能性が低いこともあって火種の心配もなく、爆発の危険性は低いのだから高濃度の酸素を伯父上に吸わせればあっさり勝てたのではないか?


しかし、壊れた魔導具は直せなかったし酸素あるいはオゾンは人体にどんな害が起きるかは知らない。酸素は大気に存在する気体の中でも窒素や酸素があって授業では「高濃度の酸素を吸うのは危ない」と習った程度。


何がどう危ないのかわからないし、オゾンも毒性があるという知識はあるのだが、もしも使えばどうなるかわからないのだから使いようがなかった。



「エール先生」


「はい」



頭を撫でてくれているエール先生。顔を見ることもなく話す。



「私、頑張ります」


「はい」


「頑張って、生きます」


「……はい」


「頑張って、私は私の生きたい生き方を、後悔しないような、良い生き方を目指そうと思います」


「フリム様……あの、一体なんの――――」


「誰も餓えず、誰も理不尽に暴力に振るわれず、誰も無為に死なないような道を目指したいです」



エール先生には何のことかはわからないかも知れないな。



「無理かもしれないです。失敗するかもしれません。後悔するかもしれません」


「…………」


「それでも最良の道を選んで、諦めずに選び続けることで――――誰にも恥じることなく生きれたって、いつか胸を張ろうと思うんです。……前世の、今世の両親に、皆に、家族に」



一度死んだからこそ、たまに考える。


それに自分のために頭を下げた両親にはもう何も伝えられない。だから、彼らに報いる事ができるように自分に誓ったのだ。エール先生は困惑してるかも知れないな。



「できると、良いですね」


「はい。すいません、急に」


「いえ、私もフリム様の生き方に寄り添えるよう、努力しますから」



柔らかく抱きしめられていたのだが、エール先生は微笑んだまま半歩離れて膝をつき、私の手を取って自らの額に当てた。



「はいっ!」










――――この時の私は、まだあんなことになるなんて思っても見なかった。


まさかライアームがあんな手で来るなんて。そして、私がまさかあんなことになるなんて……。

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