第239話 ローガンっ!!
兄のことが嫌いでした。
兄は雷属性を使える大天才で、ローガ家の新たな英雄として既に王宮でも人気があった。
ケディ兄様は父親と言えるほどに年が離れていて……ものすごく可愛がられた。
何度も可愛い可愛いと言われ、姿を絵に残すのに一体何人の絵師を雇っていただろうか。
優秀すぎる兄は軍で働いてよく土産を買ってきてくれた。風属性のフリフリした服や民族服、亜人の服まで……心の底から可愛がってくれているのはわかるがうんざりだった。
でも逆らえない。嫌だなんて言うことは出来ない。
自分は庶子で、母の身分が低かったから。兄様がいないときは家の人間の目は凍えるほどに冷たくて……家では「良い子」でいないといけなかったから。
ぬいぐるみや土産物を買ってきてくれる兄様は成果を上げて騎士として有名となっていた。
しかし、最悪なことに自分も兄様と同じく珍しい雷の属性が使えて……人生が変わった。
それまで見下してきた人間が怯えた目でこちらを見てくる。当然だ。触れるだけで人を倒せるこの電撃にはそれだけの力がある。そして兄の婚姻が舞い込んできた。名家である土のタロース家だ。
縁談としてはこの上のないタロース家。
ただ、兄様はタロース家に婿入りするかどうかという立場となって…………兄様も乗り気であった。
「この家には立派な弟もいるしな!」
なんて……家督を譲ろうとしてきた。
それは弟である自分のことを想ってのことだった。だが兄様は訓練だと言っていつも家を空けていて……家の中の力関係を知らなかった。三割ほどが父親筋の力、兄様の母親筋が五割、分家の力が二割、僕の母親の力は家の中にはない。
そんな状況で自分が当主になれば良い?無理だ。
まだ婚姻の話は来たばかりだけど「タロース家の身内となったケディ兄様」と「ローガ家当主としてタロース家を支えるケディ兄様」では意味合いがまるで違う。
年齢が離れていることもあるし、僕が当主になるにしても兄様がローガ家を継いで次の代のための予備としてでも良かったはず。
電撃の魔法も覚えたばかりで何処まで成長できるかわからないし、周りの期待通りの成長を出来るかもわからない。しかし、兄様の母親筋からすると、僕が当主になる可能性なんて排除したほうが良いはずだ。これまで虐げてきたのだから。
タロース家からしても「婿の弟がローガ家当主になる」よりも「婿の子が将来ローガ家当主になる」方が都合が良い。
兄様は国でも最も強い雷の魔法使いである。しかし、どうしたって戦場に行くのは命の危機がある。誰が爵位の継承をするかでその家の人間に利益不利益があるのだから皆必死で考えていた。
……誰につくか、誰を立てるか。どうすれば家のためになるのか……皆考えて行動する。
ローガ家の人間の顔色をうかがい、笑顔を絶やさずに家にいることがどれほど苦痛だったか……もう少し成長すれば「学園に入学して、その後は何処か跡取りのいない家の養子になるなり、何処かの婿養子になれるように動けばいい」と信頼の置ける教育係の商人に教えてもらえた。
だからそれまでどうか何も起こらないでくれと願って日々を過ごしたが……ある日毒を飲まされ、国外に奴隷として売られた。
「名前はなんて言う?」
「ローア……家っ?!ローガ、ンごふっ家ゲフッ!?」
「ローガンな。次、お前の名前は何だ?」
名を名乗ることを強く禁じられたため聞かれてもうまく答えられず、この日からアールゲース・エフヨー・チャチャクス・ローガはただの「ローガン」となった。
居場所も危うかったローガ家で「良い子」でいるためには武術も魔法の訓練は欠かさずにしていた。兄様ほどではないにしろ、雷系統の魔法がもう少し伸ばせれば別の未来も考えられたからだ。
だから戦場では……負け無しだ。電撃を飛ばすことは出来ないまでも纏うことが出来る。適度に戦闘奴隷として戦って生き残った。
絶対に死ぬはずの戦場から生き残ったわけだしこの紫の髪は目立つ。兄様は自分を探しているそうだがあんな家に戻りたくないし、伸ばすように言われた髪を全て剃ってまた戦いに出る。
隷属もかけられた時に抵抗できてそれなりに自由にやらせてもらっている。
思い直してもあの兄は本当に嫌いだった。決断が遅いし、お陰で奴隷落ち。大体男に対してフリフリの服だのぬいぐるみだのは何なんだ……。
母が無事か心配だがそんな事を考える余裕はなかった。今更自分が戻っても殺されるだけだろうから戻る気にもなれなかった。
そのうち別の国で勝ったり負けたり、傭兵になれたり騎士になれたりもしたが……いつの間にか仕えていた貴族の家ごと敗北、借金もあってまとめて売られ――――なぜか祖国オベイロスで賭場を経営しているドゥッガ様のもとに行くことになった。
ドゥッガ様と仲の良い兄であるバーサルによって「強くて教養のある奴隷」として買われて裏で流された。
部下の統率も慣れたものだったし、文字も読めるし貴族の相手も少しは出来る。顔色をうかがうのは得意だ。
使い勝手の良い奴隷だろう。オベイロス国内の政争もあってたまに貴族や別の組織と戦う事もあったが、訓練された正規騎士と比べて手応えもないし楽なものだ。
流石にオベイロスにいれば兄さんのことはよく話に聞く。
過去に実家で何かが起きて政治が大嫌いとなった頑固親父。「命令してくる領地貴族をぶん殴って去った」「孫馬鹿」「平民にとって助かる仕事を率先している英雄」「上の命令も無視する」「行き場のない貴族子弟の受け入れをする」「雷親父」「声のでかい老人」とか……奴隷落ちしてから20年以上は経ったというのにまだ自分を探しているようだということを知った。
自分の幼い頃の絵をいくつも手配書のように貼り付けるなど……何度も剃って禿げ上がったこの頭に、ずっと戦場にいて傷だらけのこの肌。正面から会っても見つけられるわけがない。
今ではあまり恨みはないが自分の幼い頃の絵姿を国内外にばらまいていた兄さんは一発ぶん殴ってもいいと思う。美化されていつの間にか女性にしか見えない絵もあった。兄さんが家の統率を出来てなかったから起きたことだし……いや、あの頃の兄さんはまだ若かったからそれも仕方ないか。
まぁ、まさか……幼い主が出来て、その縁で会うことになるなんて思ってもみなかったが。
「アール!おぉアールゲース!!よくぞ!よくぞ生きていてくれた!!!」
「ケディ兄さん……」
泣いて目の前に来たケディ兄様に強く抱きしめられた。
「すまんかった!もっと儂にあの時、力があれば!」
「本当に、僕のことがわかるの?」
「誰が見間違うものか!あの頃と同じ目をしとるじゃないか!あぁ苦労をさせてしまったなぁ……」
自分ももう50ほどだ。
ずっと戦場にいて――――餓えた日もあった。凍えた日もあった。強く恨んだ夜も確かに、あった。
再び顔を見ることができれば大通りであろうとも首を折ってくれると考えた日もあった。
だけど出来ない。
この大嫌いな兄は、それでも自分の兄で、幼い頃は本当に可愛がってくれたのを、愛してくれたのを知っているから。
「ただいま。ケディ兄さん」
「おかえり、アール。本当に、探したぞ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ローガ将軍を見た時、何処かで見たことがある気がしたのだ。
ドゥッガもそう言っていたし、やはり見た目に似ている要素があったのだ。子供時代の絵はあんなに可愛かったのに歴戦のダンディーハゲマッチョになっていたとは……これじゃ見つけられるわけがない。
一応超魔力水漬けにして全身の傷痕や髪を復活させようとしたのだが何故か髪はモヒカンとなった。横向きに寝るのにスライムがいたことが何度かあったからかもしれないと本人は言っていた。何故かモヒカンの状態で治療は終わった。本人がいいなら良いけど。
ローガ将軍は弟を見つけられた者の願いは何でも叶えてくれるそうだったので、この模擬戦への出場を依頼した。
最初は政争ど真ん中に行くことを渋っていたのだが、リーズが「父さんはクソッタレなことにフリムの身を探れって言ってくるのよ」と告げ口するとブチギレて参加を表明していた。彼的には「身内が政争で使われるのを正すため」という大義名分が出来たのでいきいきと謎の仕置き棒を用意していたのが印象的だった。
まぁその棒が出る出番はなかったが……。現在運ばれていった控室で何かは起きているかもしれないがそこまではフリムちゃん良い子だからわからないや。
全員分のゴムスーツが作ることが出来ればよかったがローガ将軍の分をギリギリで用意できた。ちゃんとローガ将軍による電撃への耐性も実験済みだった。
相手方を見るとヴェルダース伯父さんも膝をついていたが、その前にいたタロースやフェニークスの人は倒れて動けないでいるようだ。
更に前に出ていた『雷剣』ブレーリグスも……。
だが審判の静止を跳ね除けて立ち上がり、剣を振るう仕草を見せる伯父上。
そのまま訓練は再開。相手はヴェルダース伯父上のみ……戦闘不能判定で何人も連れ出される中、私は大丈夫だと手を振る。
そもそも会場に入ったと同時に電撃ぶっ放してくるのはずるいと思うんだ私。
「何だあれは!!?」
「あー、美味いのぉ……あれは、リヴァイアス侯爵が作った水魔法で動く決戦魔道具らしい」
――――ずるいのは私もか。
試合再開の合図を聞き、ゆっくりとこちらを睨む伯父上に向かって……身長四m弱の魔導鎧で駆け寄る。
「何だそれはっ!?」
「事前に通達した……新開発した魔導具です、よ!」
「ぐぅっ??!」
魔導鎧の圧倒的体格差から――――剣を叩きつけた。
会場に激しく響く金属音。かろうじて剣で受けられた。
驚く伯父上、まだ足は動かせないのか。避けられないと悟ったのだろう。
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