第230話 迷宮っ!!


シャルルに簿記や制度について分かる範囲で教えたりとで色々あったが、ついに迷宮に行く日程となった。



「装備を忘れた者はいないか!毎年忘れるやつはいる!先に申告しないと退学もあるからさっさと前に出ろ!」

「あれ?俺の剣がない」

「去年のように土の魔法使いに負けるなよ!屈辱を思い出せ!いいな!!」

「お菓子持った?」

「俺は代表になれなかったが狩りの数では負けんぞ!」

「…………やべ、薬割っちゃった」

「実はもう食べちゃった」

「薬誰か割っただろ、くせーよ」

「新型の魔導具があるしこれで風のクソどもには勝つぞ」

「競争じゃない!協調して事に当たるんだ!迷宮を舐めるんじゃない!!」

「だりー」

「ホント嫌よねこの行事。薬は持った?」



騎士科の生徒と火と風の属性魔法使いは特に気合が入っている。


火の魔法使いは他の属性を出し抜いた殺傷能力を持っている。火を放射できる範囲が20メートルはあるし火は燃え移り、拡散する。


きっと草原のような距離を取れる遮蔽物のない状況だったらインフー先生には太刀打ちできなかったように思う。火のムチ使いも何らかの制限があったはずだ。あの時は時間稼ぎを考えて攻撃よりも水のバリアにはかなりの魔力を集中していたし、いや、相性が良かっただけかも?


モーモスの体重と短剣アタックでやっと貫通したバリアを火のムチは簡単に貫通していた。物理的なムチのみよりも威力が上がっていたし……。いや、足を引っ張られたのは痛かったなぁ。


私の水は一瞬で出せる量も多いからこそ火の魔法にも対抗できるが普通はそうじゃない。


火の魔法を使える生徒はやはり別格だが風と土の魔法使いは戦闘力の点では似たようなもので争っているらしい。


風は高速移動が可能で空から戦場を俯瞰出来るため索敵には最適だ。土よりも風のほうが優位じゃないかとも思うがここは迷宮である。


迷路のような閉鎖した環境は風魔法使いの行動範囲は大きく損なわれる。空からの索敵は出来ずに移動には制限がかかる。フィールドと違って高所や木の上に逃げることも出来ない。


それに比べて土の魔法使いは壁を作り出すことが出来るため防御能力が高く、狭さ故に石の砲弾の威力が発揮されるそうだ。


風と土では環境次第で役割が違いすぎるし、それぞれにはそれぞれの良さがあると思うのだが……行事となれば競い合う事もあるか。学生だし。


どちらかと言えば戦闘に関しては風のほうが勝つ場合が多いそうだが、まだ優位性のあるダンジョンでは土魔法使いの学生は「ここだけは負けてなるものか!」と気合が入っているようだ。


水は火と別の意味で争いようがない。火の魔法使いは風と土の魔法使いを合わせた数よりも多いし戦闘に関してかなりの成果を挙げられるが、我ら水の魔法使いは戦闘ではクソ雑魚扱いだ。


水の魔法使いは魔法攻撃よりも短剣のほうが強いからか、今日はメイスや槍を持ってきている生徒もいる。


全体的に水の魔法使いは保護され、危険がないように扱われる。



しかし、見てみると他の属性の生徒との仲はよろしく無いように感じる。



政争で減りに減ったのには「戦闘ができる魔法使い」の影響がある。つまりは他の属性の魔法による水魔法使いの死亡者が多かったことになる。なにせ高位の貴族には水の魔法使いがつくし、まとめて毒殺されたり、ついでで焼かれたり……。


お陰で水の魔法使いは他の属性の魔法使いに優しくされるがそれは一方的で……なにか言いたげな生徒も少なくはない。


水の魔法使いの縁者を他の属性の親族が殺した可能性も大きくあるのだから……気持ちはわからないでもない。私だってもしも前世の家族が誰かに殺されればその相手を恨んでいたかもしれない。


私の両親は水の魔法使いには珍しく戦闘もできていたそうだが……。戦争や人の死、仇に恨み。何年も経っているのに、嫌だなぁ……。



――――手や魔法が出るほど険悪ではないようだが……それでも、やはり水の属性は水を出す関係から懇意にしている家がそれぞれあってそれぞれ挨拶に来てくれる。



学園では生徒同士の私闘はほぼ無いし、今でこそマシだが……やはり政争時には学生同士でも争いもあったようだ。


私の元にもクライグくんや、モーモスにミリー、騎士科志望のダーマにミキキシカが挨拶に来てくれた。…………それとうちの派閥に入った貴族師弟の親族の方々。


戦闘を想定された実習だけあって他の属性の生徒には侍従や護衛と言った保護者はいないが、水の魔法使いにはそれぞれ護衛がいる。お陰で空気は最悪だ。


エルストラさんの護衛である『雷剣』ブレーリグスがずっとジュリオンと睨み合っている。エール先生もニコニコ笑顔で私の傍から離れることはない。



2時間ぐらい挨拶を受けたり準備を整えた。装備や携帯食料、道具を忘れた人が怒られて取りに行ったりして……やっと迷宮に行くことが出来た。


幌馬車に詰め込まれて1時間ほど。割り当てられたのがリヴァイアス製スプリング、ベアリング、ゴムタイヤつきの幌馬車で良かった。研究用の合同開発品である。



「揺れなくていいのぉ」

「これフリム様が作ったって本当?」

「ミリー、ちょっと違います。リヴァイアスにある素材と、学園の、そこにいるユース老先生の金属で作った合作ですね」

「そうなんだ!凄い揺れないね!」



ミリーは私の馬車にいる。それと馬車の使い心地について実際に体験してもらうためにユース老先生も一緒だ。


水魔法の生徒の集まる中で一人だけ水の魔法も使えずに鎧甲冑姿でいるミリー。彼女は光の属性を持っているそうだ。


彼女によると平民で農作業をしていたのだが「畑仕事の後に昼寝してたら力持ちになって髪の色が変わった」そうだ。しかし彼女は治癒の魔法は使えないし抜群の筋力もあって騎士になりたいそうだが……学園側は光の属性の人間は希少だから将来は治癒の魔法を使えるように学んでほしいそうである。


今のところ治癒の魔法は使えないが護衛対象が集まる水の属性魔法使いと一緒に行動している。入学しても勉強できなかったのは特殊な才能ゆえだったのか。



「おー……」



迷宮は入口が遺跡のようでテンションが上った。古代遺跡とか!城とか!テレビで見るだけでもちょっとワクワクしたものだ!


入口の守衛さんを横切って中に入ると……中は洞窟のようであった。


ただ、照明もないはずなのに、何故か暗くないし視界の端まで見える。



「不思議ですね……」


「ちょっと私には狭いかもしれません。離れないように心がけてください」


「はい」



ジュリオンに注意された。ボディガードにはボディーガードのやり方があるし、ちゃんと従う。


競うように先行した騎士と他の魔法使いの集団が魔獣や魔物をあらかた対処してくれたようで何もいない洞窟をただ進む。


穴は広いしジュリオンでも頭が当たるわけではないが一定の幅や高さではないし、大岩が転がっていたり、足場が悪い場所もある。



「リヴァイアスの迷宮とは様相が異なりますね」


「そうなのですか?」



リヴァイアスでも山の奥の砦に囲まれた迷宮と海の中の迷宮があるとは知っていたが中に入ったことはない。



「はい。迷宮はそれぞれ自然にできたとか高位の精霊が遊びで作ったとか、色々言われますがそれぞれ別の姿をしています。草が伸びた地形の迷宮などでは新兵が蛇や罠にやられるので厄介なのですが……ここは訓練には向いていますね。私には狭い場所もありますが…………あの、なんでしょうか?」


「「「なんでもないです」」」

「リヴァイアスにも迷宮があるのですね」

「何に注意するべきでしょうか?」

「その剣は儀礼用ですか?」

「その翼で飛べるのですか?」



学生の中には王都から出たことがない人もいる。ジュリオンは珍しい竜人で王都の外の人だからか何故か他の生徒が聞き入っていた。政争のしがらみも関係がなく、生徒たちにとって何も身構える必要のない貴重な存在だ。


学生に質問されてジュリオンは少したじろいでいる。


身長3メートル超えのジュリオンは大きく強そうに見えるからか生徒にとって人気があるようだ。私になにか言っていた一部の生徒は恐れているようだけど……こら、そこ!スカウトしないで!!?




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




ジュリオンは昔から迷宮で鍛えていたらしく、多くの迷宮をアモスと巡っていた。


迷宮は何のためにあるのかはわからないが、その土地に無い希少な魔物や魔獣が出てくるため戦闘の訓練になる。特殊な鉱物や薬草、そして魔道具や武具などの宝物が出たりもする。


誰が何のために宝物を設置しているのかとかは不明だが……見つかる武具で身を整えてリヴァイアスの家に仕えることがハー家では伝統だったらしい。


ジュリオンは特別な装備は持っていないようだったが、ボロボロの状態でも生きながらえたのは高価な薬が必要だったはず……それらを売ったからなのかな?お腹に穴が開いてたときは本当に虫の息だったし……。


ダンジョンには様々なタイプがあって、ジュリオンとアモスは部下を引き連れてリヴァイアスや近隣のダンジョンを攻略していた。しかし、攻略できないダンジョンもあったそうだ。


砂が常に流れているダンジョンにものすごく臭いダンジョン、溶岩が流れているダンジョン、猛烈な風が吹き続けるダンジョン、それと狭すぎるダンジョン。



「これまででどんな迷宮が一番儲けられましたか?」


「床も壁も全てがトゲで出来ている迷宮は素晴らしかったです。私達には問題のない硬さでしたから……他に誰も攻略に来ませんし魔物も動けない。迷宮にある宝物も取り放題でした」


「砂の迷宮はどうして難しかったのですか?」


「あぁ……弟の鱗に砂が入り込んだのです。私も砂に触れた場所が痒くなったのですがアモスは鱗を剥がしてまで痒がってましたね。毛の長い獣人には問題のない迷宮のようですが体質が合いませんでした」


「なるほど」



アモスは可哀想に……。痒くなる砂が流れるダンジョンとか攻略できないよね。


臭いダンジョンは目に染みるほど臭いダンジョンで、亜人の多いリヴァイアスでは人気はないらしい。チャレンジしたら酷い目にあったようである。


ダンジョンは一般的な自然環境には当てはまらず、奥まで進めば体がほんのり浮いたり、全てが眩しくて何も見えないといったこともあるそうだ。


ダンジョンからは魔物や魔獣が発生するし、稀にそれらが外に出てくることもある。


美味しい鹿が出てくるダンジョンなんかであれば問題はないのだが、凶暴性と知性を兼ね備えた魔物が集団で出てきて畑を荒らしたり……村や町が壊滅することもある。一番最悪なのが高位の魔物や魔獣が出てきて、誰にも止められない場合だそうだ。


だから発見されたダンジョンには多くの場合見張りがつく。


ダンジョンの周囲が何も無い荒野などで「出てきても魔物が生きられない場合」や「ダンジョンに何もいない」などでは調べた上で何もしない場合もある。


誰も入ったことのないダンジョンには価値もつけられないほどの宝物があったりするから一攫千金を求めて冒険をする「冒険者」なんて職業もあるそうだ。


調べ尽くしたはずのダンジョンでもひょこっと宝物が見つかったりもするからそこそこ人気の職業らしい。冒険者には階級があって高位の冒険者ともなれば尊敬されることもある。



「もしかしてジュリオンはその階級を持ってますか?」


「私はリヴァイアスでは将軍級冒険者でした」


「あれ?オリハルコンとか鉱物の名前が等級につくんじゃなかったでしたっけ?」


「土地によっては希少な鉱物、星の数や強い魔獣から等級をつけるそうですね。リヴァイアスでは『その階級の軍人と戦っても倒せる』というわかりやすいものとなっています」


「というかジュリオンは将軍でもおかしくないですし……逆にわかりにく…………いや、なんでもないです」


「フレーミス様!?」



リヴァイアスではアモスが将軍をしているがアモスよりもジュリオンのほうが明らかに膂力があって強い。


しかし全ての面でジュリオンが勝つわけではない。アモスの方が鱗が出ているだけあって防御力は高いそうだ。溶岩の流れるダンジョンではアモスは楽々移動していたそうな。



「この迷宮程度であればおそらく大丈夫かと思われますが、油断無きように」


「はい」



ジュリオンのほうがアモスよりも空を飛ぶ速度や重いものも持って飛べるなどの差があるようだけど……この洞窟のような迷宮では飛ぶことは無さそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る