第189話 クーリディアス一周……。


この遠征ではケミールたちには近くにいて貰う必要があった。



「こんなに集まるのは初めてですな。このような遠征を行えることは殆どないのでとても光栄です」



テロスによると海の種族は多種多様で、殺し合わないまでも縄張り争いなんてものもあるから同じ目的で行動することがそもそも少ない。数年前に領主がいなくなってから別の種族同士で話せなくなってここのところ特に関係はギスギスしていたようである。


人魚の種族はリヴァイアスの領主のように海の種族であれば意思疎通が取れるので仲裁役や代表としてありがたがられているそうだ。ただ陸の種族とは共通語しか話せないのであくまで海の中の代表である。


クーリディアス近海一周の旅、海の種族の中で戦える人間を完全武装で集まってもらった。


鎧や盾を磨き、しっかりと武装した彼らは結構な数になってしまった。どれほどの数がいるのかわからなかったのだが「領主の号令」というのは彼らにとっても重要なものらしく、予想の何倍も人がやってきた。種族によっては子供も居るが……まぁ良い。



「みなさん!リヴァイアス侯爵フレーミスです!会ったことがある人もいますね!」



ジュリオンに両手で持ち上げられて見やすいように大声を出す。


海から私を見ると見にくいだろうしね。



「これからクーリディアスまで行きます!護衛よろしくお願いします!!」



クーリディアスはなにかに操られた王が強権を使った結果、現在国元には殆ど戦力がいない。


今回は調査段階であり、国を一周するだけである。戦闘がしたいわけではない。交渉のための下見だ。ついでに水の大精霊リヴァイアスが統べる地になればそこに住む人も決断を迫られることになるので現地で海の種族の人がいればある程度事前に交渉ができる。


情報社会ではないし、向こうにはリヴァイアスすら知らない人もいるだろう。しかし、これだけの戦力を動かせると知れば無為に侮ってくる人もいなくなるはず。戦わずとも見せるだけでいいのだ。


その海の種族の中でもトップである人魚の当主がいないと面倒なことになるのでどうしてもケミールも必要だったが……ちゃんと仕事はしたようだ。彼女は他の族長には何やら小突かれながらも好意的な関係ではあるようだ。



「はやいはやいはやいはやい!!!??」

「ハッハー!すげぇな!!」

「おぇっぷ?!」

「ふにゃぁああああああ!!?」



船は一隻、爆速で進む。船の周りにも海の種族の方々もいる。


船を中心とした一定の範囲の水は動かさず、その外側の水を動かすことで一気に移動している。海図もクーリディアスの軍から接収済みである。


一つの国をまともに移動すれば何日も何週間もかかる。速度重視で鳥人部隊と私だけで行くのもありと言えばありだが飛べる人員は少数になるしクーリディアスに残った軍に襲われればひとたまりもない。


故に爆速での移動である。きっとジェットスキーのフルスロットルより早い。海を切り裂いているからこの周辺だけ異常なほど穏やかな海だが……私が動かせるのは水だけで風圧はそのまま受けるから…………若干、船からメキメキ聞こえる。


もしも敵軍や海賊と遭遇してもできる限り逃げるだけでいい。身を守る最低限の兵力は海中にいてもらっている。一隻に見えるだろうが海中には数千人いるから、遠くから見ればこの集団は「爆速で進む船の生えた巨大なクジラ」のように映るかもしれない。


リヴァイアス周辺の海はとても動かしやすい。氷河も作ってから武装した仲間がいる領都まで動かしていたが王都じゃこんな規模の魔法は絶対に使えなかった。


海は予定通りに簡単に進める場所もあったがそうではない場所もあった。陸地が近くなると海底までの距離を考えないといけない。ずさんな海図を見て進路を考えてもたついている間にケミールによる現地民との交渉で道案内してもらえて助かった。


そもそも船には喫水という「船がどれだけ水に沈むか」の差があり、船の重さや大きさでどれだけ沈むのかが変わる。それに満潮や干潮によっては海底までの深さが日々変わるのだから船によって進める航路も変わる。水を動かせばある程度はカバーできるがまた船がばらばらになるようなことは避けたい。船は意外と脆いのだ。


戦闘にならないまでも現地の海の種族の人間に「これだけの戦力がいる」とわかってもらえるだろう。ちゃんと会うことはできたが脅かしてるようで少し心苦しいが仕方ない。


今回は交渉に長けた人魚を数人、使者として置いていけたし、進みやすい航路も教えてもらえた。


クーリディアスの海を一気に回ったがリヴァイアス的にはこのあたりの支配は問題ないようである。元々この周辺は水の守護竜王という追いかけてきたドラゴンの支配領域だったそうでリヴァイアスはこの領域を得られることがなんだか嬉しそうだった。むしろもっと大きな範囲でもいいって?精霊の事情とかよくわからないんでおまかせします。


船が超高速で動くのにはドゥッガは楽しそうにしていたがローガ将軍は船酔いでグロッキーだ。もう二度と私が乗る非常識な船には乗らないと精霊に誓っていた……乗るって決めたのローガ将軍である。途中で降りるって言われても……。



「ご飯にしましょうか、皆さん休憩です<水よ。出ろ>」



人が多ければ食べる量も多い。船には逃走用の煙幕や武器、医療用品なども積んでいるが食料が最も多い。


何故かいつも海にいる人達なのに高速移動で酔ったという人たちが船に上がってきて寝ているが……実はもうリヴァイアスにかなり近いはずだ。


小休止で携帯食は食べたがかなりの強行軍で一気に回った。一日爆速で移動してもうすぐ帰れるのだが暗くなってきた。……ここまで来ると領都も近いから自分の住処に離脱したい人もいるし、なにより暗い中での爆速の移動は事故の危険があるからと総出で止められてしまった。



岸も海も真っ暗で、船が風圧で壊れそうな速度で港に帰るのは危ないし、事故を恐れたのだと思う。



むぅ、私は海を触覚のような感覚で把握しているから事故の心配はないのだけど………………自分がわかると言っても他の人もわかるわけじゃないから仕方ない。


真っ暗な道路をライト無しで走っているような感覚なのかも知れない。



「ここで料理して食べていってそれで解散していきましょう!食材は使い切ってもいいのでガンガン食べてくださいね!」



味付けして冷蔵しておいた壺入りの肉を出して焼き、海の人たちにどんどん渡していく。船の上でも大きな鉄板と燃料があれば料理はできる。網や炭も出して海上BBQだ!!



「姫様!これどうぞ!」

「私達も食べたーい!」

「きゃー!かーわーいーいー!手ふってもらった!手ふってもらった!」



料理を渡していると海から人魚の人たちが現れた。このあたりはもううちの領民の居る海だし集まってきたようだ。


魚介類を渡してもらったが自信満々で渡してくるだけあってすごいのもある。



「食えるのか、これ?」


「食べてみましょう!」



数人がかりで持ち上げてきたホタテに見える大きな貝。大きなホタテらしき貝はこれまでにも献上されたがこんなに大きなものは初めてだ。身の部分だけで大人よりも大きい。ロープで船に引き上げた。


泥っぽい部分を処理すれば全部食べれる種類のようで詳しい人に身を一口大に切りわけてもらい、殻に戻してそのまま火にかけて……秘密兵器を取り出す。



「それは?」


「バターです。乳の脂肪分で、バターと醤油、この2つでバター焼きができます」


「ばたー?……乳脂か、美味いのか?匂いは……うまそうだな」



冷やしていたバターが溶けていき醤油もどきをかけるとジューと音を立てた。


独特な香りが辺りを漂う。他の料理も焼かないといけないのだけどホタテへの期待は計り知れない。


食べて見るとぷりっとしていて味がすごく濃くて美味しい。バターも味が濃いが、このホタテっぽい貝も強い味だ。フランス人はバターを料理によく使うがそれだけの確たる美味しさがあるから使うんだよなぁ……。



「はふっ!はふっ!!グルルル!!!」

「酒に合いそうな味だな!」

「とても美味しいですね。初めて食べました」

「美味!美味!」



大きなホタテは皆にも好評だ。海の人達も食べたがったので焼いてはおろしてを繰り返していると宴会になってきた。



「それは生に見えるが……食えるのか?」


「あれ?ビビってますか?」


「なっ!?…………俺も食べるのでいただけるでしょうか?」


「どうぞどうぞ。美味しいですよ」



カジキマグロのような魚を獲ってきた海の種族の方々。少し刺し身にしてもらうことにした。


ドゥッガも生の魚が危険と思っているようで少し引いていた。少し煽ると大きく息を吸い込んでから丁寧に言われたので差し出す。


私が刺し身が好きと言ってから本当に食えるのかと試す人がいた。処理も雑だったり、時間が経ったものも関係なくだ。人が多いのだからそういう事故も仕方がないのかも知れないが当然のごとく当たった人が出た。雑菌か、それとも何かしらの寄生虫かふぐのように魚に毒でもあったのか。


怖かったのが私の治療だ。超魔力水は謎に人を癒やすがもしも雑菌や寄生虫が強化されれば逆に悪化させるのではないかと心配だった。症状から虫下しでは対処もできないという判断で一か八かで超魔力水を飲んでもらったら治った。意味不明だが、うん。


そういうわけで超魔力水を飲めば大丈夫なはず。それにこの魚は生でも食べれるという魚人のお墨付きである。種族差もあるし微妙に信用はできないが。


ちゃんとすぐに内臓を取って目視で確認もしているがやはりガッチガチに凍らせたほうが安心といえば安心なのだが、せっかく頂いたものだし少しだけお刺し身にしてもらった。



「美味いな。コクがあって……海の生魚も悪くねぇな」


「私の水なしだと冷凍したほうが良いと思いますが、人魚の方もこれは生で食べれると言ってましたね」


「……海は海で悪くなさそうだな」



残りは焼き魚にしてスパイスをかけて食べる。


どうせなので私が水を出せない場合や現地民との交渉に使えるかもと考えてお酒も積んでいたので降ろしていく。帰ったら戦勝パーティもする予定だけど来れない人のために持って帰ってもらうことにする。今飲んでもいい。案の定今開けまくってるけど。


オベイロスは果物が多くあるからか酒の種類も多くあった。発酵が進んで樽が割れたものもあったし少し減らしたい。


しかし、船から海にいる人達に食料を送るのは結構手間である。小舟に料理を並べて下ろすと海から小舟に手を伸ばして楽しそうに食べている海の人たち。松明で照らして上から見ると暗いのもあってなんかちょっと妖怪のようで怖いな。言わないけど。


ホタテの味付けも好評だったがやはり肉のほうが人気のようである。彼らは熱々の料理よりも少し冷ましたほうが好みのようで味付けして焼いた肉を分け合っているのが見て取れる。


果物も好まれるようで下ろせば皆食べている。オベイロスでは果物は多く取れるが流石に海では取れないのだろう。


逆にエール先生はホタテのような貝が気に入ったようでたくさん食べている。海産物は生きたままでの輸送が難しいものがあるし、王都でも食べられないようでうっとりして食べている。


お腹が一杯になったら船を進めるつもりだったのだが、集まる海の種族の人たちに……そもそも1000を超える人達にとって船一隻から作られる料理ではなかなか皆に回らない。料理スペースに限りがある。


しかもリヴァイアス領の仲間とは言っても陸の人と関わることが全くない人もいて、私の調理法や、ワーやクラルス先生のスパイスを使った肉料理は珍しいのか大人気で欲しがる人が止まらない。


その場で夜を過ごすことになって……いつの間にかドゥッガが鉄板を取り仕切る奉行となって忙しそうにしていて、それを見ているうちに眠ってしまっていた。


クーリディアス一周には数日かかるかも知れない予定でもあったし、少しぐらい良いだろう。幼いフリムちゃんにはまだ休養が必要なのだ。

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