第190話 本心……。
朝起きて辺りを見るとまだ飲んでいる人もいたが大惨事になっていた。何をどう酔ったのか手すりにお腹で引っかかるように寝ている大人。下まで脱げてそのまま高いびきをかいている大人。お酒を抱きかかえてそのまま寝ている大人……。
火事になっていないのは良かったが何人かはまだ料理していて楽しそうである。
もう陸地も見えているし周りの人を起こして解散することにした。
領都までこの状態で帰ったら心配している人が怒るかもしれないし酔っ払い共も起こして最低限の身なりを整えさせ、領都に帰った。
戻ってきてすぐだが……これから罵詈雑言や怒鳴り合いになるかもしれない。――――気の重いトップ同士の話し合いが始まる。
前世で培った倫理観では甘いと思われているがそれでもできるだけ人が死ぬのは嫌だ。私の大切な人が傷ついたり、理不尽な状況は特に嫌だ。
ドゥッガもシャルルもエール先生も、臣下も領民も友達も……護りたいと思った人には幸せにいてほしい。しかし襲いかかってくる理不尽は打ち払う必要がある。
前世で子供を助けたのは体が勝手に動いたからやった。
だが、家族の幸せを考えるのならやらないほうが良いことだったのかも知れない。やるにしたって「助けた上で死なないだけの能力」があってこそやるべきものだったのかもと考えてしまうことがある。
あの選択は人として正しいことで尊い行為だと思うし後悔はしていない。もしかしたら軽く受け止めて私も子供も両方怪我しなかったかもだしね。子供は助かっただろうか?それとも、私の体重で余計に怪我をさせてしまっただろうか?
……助けた行為には全く後悔はしてないが、ふとした時に前世の家族のことが頭をよぎると……やはり反省はした。前世の私の死はきっと家族を悲しませてしまったはずだ。
こんなモヤモヤするような思いをしないように努力しないといけない。それでこそ――――……きっと前世の家族にも胸を張れる。
こちらの世界に来てすぐの頃は自分の身さえ守れるか怪しい状況だった。そこから抜け出すことが目標だったが、今は護るものが、護りたいものができた。今度は誰も悲しませずに生きたい。
護りたいものができた以上、クーリディアスの王がもしも負けを認めずに戦おうとするのなら……脅さねばならないのかもしれない。騙さないといけないかもしれない。――――首を、落とさないといけないかもしれない。
彼の態度次第だ。彼が悪いわけではないのかもしれないが……それでも私の護りたい大切なもののためにはやらないといけない。
「クーリディアス周囲の海はリヴァイアスの支配下になりました。如何しますか?」
「……全面的に降伏しましょう」
悔いの残る顔のイルーテガ王。ベッドで両手首を繋がれたままの彼はもう戦意はなさそうだがあの黒い腕がまた出てくれば脅威だ。
いきなり降伏すると言われたが……この人が降伏すると言ってもそれが成立するかはわからないが…………そもそもあまり信用もできない。
「本当に良いのですか?本心を聞かせていただきたいです。今後のこともありますし」
「何に操られていたのかわかりませんが国としては守護竜王も失った、このままでは他国に食いつぶされて終わりです。……クーリディアス王家の長い歴史が自分の代でこんなことになるのは不甲斐ないですが」
家内には問答無用で首を落として晒したほうが今後の統治や関係のためにも良いという意見もある。
この人がこれからどうしたいのか本心が聞いてみたい。恨み言を吐かれるか、私を騙そうとするか、何を言われるかは分からないが――――その上で決めたい。
もしかしたらあの魂まで響くような恐ろしい言葉が、出て来るかもと思っていたし拍子抜けした部分はあるが……印象が違いすぎて疑わしいと先入観が出来てしまっている。
「元々クーリディアスは他国のように王家に強力な力があるわけではありません。それでも王家の自分や側近が操られていたということはその程度の力しかないのです」
苦悩に満ちた顔をしている。
彼は敗戦国の責任者である。処刑の可能性もあると本人もわかっているのだろう。
「竜王を装備もなしでこちらに出したということはやったのは悪魔か天使か他国のものでしょう。……もしも次に操られて、家族をこの手で殺してしまっても、自分も!誰も!それが止められない!!そんなのは王として許されないっ!!」
血を吐くように苦悩に満ちた声が響いた。
私の考える以上に思うことがあるのだろう。彼の立場を考えると心が痛む。
「イリーアンにも聞いたがリヴァイアス閣下は仁徳と慈愛に富んだ素晴らしい君主と聞きます。で、あれば、降伏も出来ましょう。リヴァイアスという大精霊の力に護られるのは素晴らしいことです。――――国を、お頼み出来ますかな?」
「理解できました。私も貴殿のためではなく、クーリディアスとリヴァイアスの民のことを考えるとこの選択を受け入れるのもやぶさかではありません。……しかし、とても、渋いお顔をしていますがそれは本当に本心でしょうか?」
理解はするし、降伏するというのなら降伏してもらいたい。
だが、こうも眉間に皺の出来た悔しそうな顔を見てしまうと本心を偽っているのかと疑ってしまう。私の前だから、拘束されているからと下げたくない頭を下げるような無理やり態度を繕っている可能性もある。もしも今は殊勝な態度でも彼が内心では良からぬ計画でも考えているようならと考えると……疑り深くもなってしまう。
無理やり少しほほ笑みを浮かべたイルーテガ王。
「俺が悔しいのは国祖から国を守ってきた王家がこんな形で終わること、自分の不甲斐なさ故です。守護竜王を殺すような命令を飛ばしたのは自分で、イリーアンも死んでいてもおかしくなかった。俺の命令で国庫は殆ど空、他国から何万も奴隷を買った……何も出来なかった俺に王である資格などなかろう」
「では今後、クーリディアスはリヴァイアス一部となりますが……宣言しておきましょう。格差は生まれるかもしれません。クーリディアスの民が幸福になるかはわかりません。きっと統治すれば間違えることもあるでしょう」
これは、本心だと思った。だからこちらも正直に伝える。
外国の統治など、自領でも難しいのに100%うまくいくはずがない。
「――――しかし、私は圧政を敷く気もなく、民が幸福となれるように努力することを約束します」
私は統治者で何が起こるかわからないから格差は生まれるかもしれない。何かしらできっと間違えることもある。それも込みで本心を伝えた。
「そう言っていただけるのなら、望外の喜びです。どうぞこの首をお取り下さい」
「それはいらないです」
「は?」
「それも一種の責任のとり方かも知れませんが、私は貴殿が生きるべきだと思います。貴殿になにかした存在が貴殿に接触する可能性もありますし、私は武威と恐怖を持って統治したいわけではなく融和を持って統治したいのです。これからはクーリディアスはリヴァイアスの一部ですからね!」
「よろしいのですか?俺はリヴァイアスを攻めるように命令を出した張本人だぞ!?この首を取ったほうが示しはつくはずだっ!!」
ジャリリと鎖が鳴る。ベッドの上で両手を拘束されている彼は自分の胸に手を当てようとしたがそこまで鎖は長くなかったが強く私に向かって言ってくる。
横にいるジュリオンや後ろのドゥッガが反応して前に出てこようとしたが手で制する。
「その命令は貴殿の意思ではないです。その上で確かに攻め込もうとされた事実はたしかに問題かも知れませんが、首を落としたところで問題が解決するとは思いません」
「しかし……しかし…………」
「生きてクーリディアスの行く先を見守ってくださいね!あ、ちゃんと働いてくださいよ!」
首にして晒すことで王は死んだと喧伝するのも手かもしれない。だけど彼がこの態度のままなら他にも道はあると思う。
男泣きしてベッドの上で頭を下げているイルーテガ王だが統治を協力してくれるかどうかは重要である。
後ろで待機していたドゥッガの胸に抱かれて部屋を後にした。私を抱きかかえての移動が家臣で流行ってる気がする。
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