第188話 海の種族の長……。


大氷河を作るよりも少し前、仕事を相手にしていると領民が次々に挨拶に来ていた。


翻訳スープは本来であれば年に一回の儀式に使うものだ。領民の大多数が来ていたのだが「怪我で動けない人」や「もう自分の部族内で生きるから翻訳スープはいらない」と領都まで来なかった人もいた。


領地は広いし距離がある。電車も車も飛行機もないのだからこんなものなのかも知れない。何やらジュリオンが人を呼んでいたようにも思う



「何か事情があるかと、反意はないはずですが……」



様々な部族が来る中で亀人テロスが偶にフォローを入れる人がいる。


陸に住む種族は重要な任務で動けない人を除いて殆どが挨拶に来たのだが海の種族の長の中でも海の種族を束ねる一番偉い人だけまだ来ていない。


テロスも亀人のコミュニティの中では偉い長老の一人であるようなのだが、その中でも一番偉い人だけ挨拶に来ていないという。


海にいる種族……人魚、魚人、リザードマンや亀人はリヴァイアス信仰もあってか私に好意的なのだが―――そこで家臣の中でも意見が割れている。


「新しいリヴァイアス侯爵に反意があるから挨拶に来ないのではないか」「むしろ挨拶に行ったほうが良い」「もう何年も見ていないしリヴァイアスの領地を見捨てたのではないか」「他の種族が挨拶が終わるのを待っているのではないでしょうか?」などなど。


一応協力的な海の種族の人に聞いても何も答えてくれない。陸上でも活動可能なテロスは数年間この城にいて海の中の政治事情もその族長さんがどうしているのかも知らないようだ。水の中にいる種族で陸上で活動し続けられる人は貴重なようで、そういう人はできるだけは領都で働いているようである。


もしもその族長とやらが私の領主就任を認めていないのなら海の種族が敵に回る可能性もある。流石に戦争前にそれはよろしくない。


しかし「偉い人だから挨拶の順番を最後にするようにまで気を使っている説」とか逆に「私が挨拶に行った方がいい説」もあって面倒だ。正直「ちょっくら私が行ってきます!これも大切な仕事だから!!」と説得していきたいところだが止められた。サボりたい訳では無いが。


領地の偉い人なら私が挨拶に行ってもいいと思うのだが私のほうがリヴァイアスに選ばれて偉いのだから向こうが挨拶に来るべきと皆に窘められる。うーむ。


ちなみに陸の種族で一番権力があったのはなんとアモスだった。いつもジュリオンにボコボコにされているから威厳はあまりないが偉い人のようである。


たしかに単体で見れば竜人というだけあってジュリオンよりも竜の要素が強くて威厳があるように見える。ただジュリオンの方が目立つ。アモスよりもずっと大きいし力強い。


ジュリオンはアモスと同じく頭の角や翼に尻尾はあるが肌が人間のそれで鱗がほとんどない。骨格もアモスよりも普通の人間に近く、何より身長が巨大である。3メートルぐらいあるんじゃないかな?大きさの単位が違うからよくわからないけど……もしかしたらもっと大きいかも知れない。



「ジュリオンは海の種族の取りまとめの方を知っていますか?」


「私は面識がありません。数年ほど寝ていましたし、その間に私の知っている族長は引退したそうです」


「以前の族長はどんな方でしたか?」


「人魚でなかなかに面白い方でしたね。良い筋肉でした」


「筋肉?」



テロスによれば海の種族には海の種族で役割があった。


海の中にしか無い薬草もあるし漁も彼らの助け無しでやってはいけない。航海の助けをしてくれる。


しかし今は戦時。いつクーリディアスが攻めてくるのかわからないし、挨拶の順とかはもう知らない。急ぎで会う必要がある。


戦いで必要でもあるしね。



「うわぁ……」

「う、う、海の中だよにーちゃん?!」

「さかなきれー」


「こらっ!静かに!遠足じゃないんだから!!」


「「「はーい」」」



ボルッソファミリーと兵を連れて海の種族に会いに行った。


というか近い。海の種族を束ねる族長のいる場所と言われて一体どんな場所にいるのか、どこかの島にまで行かないといけないのかと思ったら徒歩10分以内の海の中にいた。


城から海にある大きな壁を出てすぐの海中、マーメイドのお姉さんがいた。鎧兜、ピンクの髪、下半身は魚。水中の建物の前にいた。


空気のある私のもとに来て……土下座された。



「申し訳ありません!父がおりませんので!!」


「え?お姉さんが族長と聞きましたが?」


「違うんですぅ!私はおじーちゃん達に族長扱いされてますけど私が族長じゃないんですぅ!!」



下半身が魚のお姉さんは半泣きである。


聞いてみると数年前に全滅したリヴァイアスの家に仕えていた当時の魚人の族長。リヴァイアスの前の当主を手助けするべく川を伝ってオベイロスに向かって行き……それから音沙汰がない。


故に前の族長が生きているか死んでいるかわからないので人魚の族長の座を継承できず海の種族の代表もできないでいる。彼女は海の種族の中でも最大派閥の族長扱いはされているが号令できる立場でもないと。



「まずは挨拶を、精霊リヴァイアスに認められ、オベイロス王の承認も得て正式にリヴァイアス侯爵に就任したフレーミス・タナナ・レーム・ルカリム・リヴァイアスです。どうぞ席について下さい」


「ご領主様、ケミール・ヴォ・ドールです。迷宮守りをしております。よろしいのですか?私にはとてももったいないと思いますが」


「貴女と話しに来ました」


「そんなそんな!恐れ多いですぅ??!」



まずは挨拶だ。ボルッソファミリーに作ってもらったテーブルと椅子に持ってきたお菓子を並べてもらって席についてもらう。


ダンジョンがリヴァイアスの海の中にあり、出てくる魔物を倒す仕事をしているケミール。よくわからないモヒカンの生えた兜を脱いだ彼女は美人だった。腰から下は魚でどうなってるか気になるが……ジロジロ見るのは失礼だと思うからやめておく。



「現在、リヴァイアスは戦時にあります。そこで海の種族を束ねる代表として貴女の名前が挙げられました」


「わ、私は族長じゃないんですぅうう!!!??」


「しかし、貴女が族長である資格を持つわけですし……このままでは人魚の種族、ひいては海の種族がリヴァイアスに反意を持っているのではないかという懸念が生まれています。貴女じゃないのなら誰が族長なのでしょうか?」


「それは……私じゃない、だれか?」


「…………」


「…………」



彼女はとても自信がなさそうである。


幼女である私の視線すら直視できずにうつむいている。



「……フレーミス様、此奴にやらせますので少々お待ちを」


「テロスじーちゃんまで!?わ、私には荷が重いって!だいたい皆、陸の言葉を喋れないからって押し付けないで」


「うるさいわい!親子揃って面倒をかけよってからに!!お陰で儂がどれほど苦労したことか!!お主のせいでどれだけの仕事を!」


「でもぉ」


「引っ込み思案な部分は変わらんの……。だがの、その分儂に仕事が来てるのじゃよ?わかるかの?族長5人分の仕事を儂がやってるんじゃが?」


「……ごめんなさい、やります。あ、でもやりたくはないっていうか」



べしべしと振るわれるテロスの前ヒレ、いや手で叩かれているケミール。あまり痛くはなさそうだが説得されている。


そう言えばテロスって亀人だけど海亀って手がヒレだったっけ?亀に詳しくはないがクサガメとかは手があった気がするが……。どうやって今まで書類作業をしていたのだろう?そっちのほうが気になる。


しかし、継承問題で当主の生死不明での不在。


うーむ、クーリディアスが攻めてくるのにはまとまって貰う必要がある。人魚の中でも彼女が推されているし彼女がやりたくないとなればそれはリヴァイアスへの反意があると見られるかもしれないからやってほしいと説得すると渋々だがやってもらえることとなった。


彼女はやりたくなさそうだし当主は父親であると言うが仕方ない。テロスによる説得によって「当主代理」ということで一旦落ち着いた。テロスは不服そうだが。



「えっと……よろしくお願いします、お嬢様。いまからでも辞退してもいいですか?」


「だめです、ケミール。これからよろしくお願いします」


「できれば私は誰も来ないような場所でひっそり働きたいです」


「……」



なんだか臆病であるようにも見える。しかし、他の誰に聞いてもこの人のことを族長と言ってくるし代役となれるほどの人はいないらしい……しかし、大丈夫か?


ネガティブながらも意見はちゃんと言ってくる。学園のリコライを思い出す。



「これからしっかり働かせますので!」


「やりたくないよぉ。ここの仕事ここに居るだけで楽だし、ここにいたいよぉ」


「いい加減にしないと、お主、独房にいれるぞ?」


「それも良いかもぉ?」


「飯抜きでな!」


「働きますぅ!ご飯は美味しいものが良いですぅ!!」



テロスは海の種族の中でも亀は陸上での行動が可能と言う理由で城でずっと御意見番のような立場で働いているが……人手不足で私が夜遅くまで働いているのを申し訳無さそうにしている時があったし色々とストレスが溜まっていたのかもしれない。


戦争ではクーリディアスがどういうルートでオベイロスに向かって来るかわからなかったし軍を動かすのにはやはり準備が必要である。


ボルッソファミリーを海底に連れてきたのは食料貯蔵庫を作ってもらうためだ。広範囲をカバーするための拠点があれば心強かった。それに現地の潮目や海賊の目撃例などの情報はどうしても必要だった。色々やりたいこともあるのに代表者を通さないと「リヴァイアス侯が海の種族の代表を軽視した」というレッテルが貼られてしまうかもしれない。非常にめんどくさい。


海の中に作る施設は海には海の魔獣が現れるため需要があるようで戦争以外にも使えるし便利だと思う。自分たちが海底に来る時は海面まで穴を繋げて呼吸しているが海の種族の助けがあれば例えば小舟と食料を海底基地に貯めておき、海の種族が駐留しておけばいつでも海底から小舟を海上に出してもらって鳥人部隊が交代で休める拠点ができる。索敵範囲の向上に便利だと考えた。


海底までの距離によっては木製の船が水圧に耐えられないかも知れないし、そのあたりはいい場所があればいいと思うのだが……。


海中の基地や拠点の作成は様々な利点もある。


もしかしたらクーリディアスも私のように海中から来るかも知れないという懸念もあった。水の魔法使いはそんなに強力ではないそうだが国家単位で魔法使いが集まれば可能かもしれない。


そうして海の中に基地をいくつも作り、鳥人部隊が休める場所をいつでも作り出すことが可能になった。おかげで広範囲を索敵ができたしクーリディアスの航路も知れて準備ができた。


軍を動かすのに確証もなしに行き当たりばったりではそれだけで戦う前に兵は疲弊するしどれだけこの情報には価値があるものだったか……鳥人部隊の皆さんには一度しっかり休んでもらおう。酷使し過ぎである。



クーリディアスとの再戦では海の種族皆さんは氷河の近くで待機し、渦潮で海に引きこんだ敵兵の捕縛をしてもらっていた。


そうして掴んだ勝利。これで「いきなり襲われて、民間人や他の領民が虐殺される」というものもなくなった。やはり準備というのは何事にも大切なのである。

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