第187話 お酒……。
私が寝ている間に交渉は終わっているかと期待したがクーリディアス王は昏睡してまだ目を覚ましていなかった。家を作るために使うような大木槌で頭をフルスイングされていたし死んでいてもおかしくない。あのよくわからない腕や靄が出ていたしそもそも人間なのだろうか?
ジュリオンとアモス、うちの兵を超魔力水で治した後に王様も漬け込んでおく。またあの黒いのが出てくるかも知れないし完全武装で取り囲んだ上でだ。
クーリディアス陣営で彼を説得できそうな人も連れてきている。
「何だ……?この状況は?ここはどこだ」
「ここはリヴァイアスです。何を覚えていますか?」
「リヴァイアス……?どこだ?」
起きた王様はぼやっとしている。
拘束されて壺に入ったままなのにそこには何も言ってこない。
「オベイロスの領地です」
「オベイロス?……精霊国だな。何故剣を向けられている?俺何かやったか?昨日、昨日、昨日は釣りをして身の太いカルサマを釣ったんだが……どうなっている?ここがオベイロスなら、いや、頭でも打ったのか?」
ぼんやりとだが混乱しているクーリディアス王。
恐ろしいほどに憎悪や敵愾心を剥き出しにしてきた……呪いを吐き散らした彼ではないように思う。
頭は打ったと言えば打ったが打ったどころではないと思うのだが……。
「どうなってる……?なんで俺の側近まで俺を見ている?イリーアンもなんでドレス……??……体がすごく痛いんだが???」
「どうやら記憶が曖昧なようですね。薬師を連れてきます」
黒い靄が何だったのかよくわからないがクーリディアス王は意識を取り戻すとここ数年の記憶がなかった。いや、ぼんやりは覚えているようだが夢心地で殆どが曖昧のようである。
なぜ精霊を敵視していたのか。彼の側近に聞いても彼らも何故か「オベイロスは滅ぼされて当然」と本気で思っていたらしい。しかし今では別に興味もない他国のことだと困惑しているが…………攻められたこちらはたまったものではない。
「クーリディアス王、どう決着をつけようと思いますか?」
「待ってほしい。なぜクーリディアスがよく知りもしないオベイロスを攻撃したんだ?」
「こっちが聞きたいです。使者のゴーガッシュは無事ですか?」
「ゴー?ゴーがクーリディアスに来ていたのか?いや、王宮で俺がもてなしたような?――――気持ち悪いな。何だこの記憶。俺が話していたはずなのに、俺が俺じゃなかったような……」
意識は取り戻したし外傷らしい外傷も無くなって布団に寝かせて拘束する。
未だに困惑しているように見える。おそらく嘘は言っていない。……が、この人は操られていたとしても責任者である。何かしらの決断をしてもらうなり、落としどころを模索しないといけない。
「しばらく時間を取りましょう、こちらは攻められて、あなた達は捕虜の身です」
「待ってほしい!クーリディアスは、俺の国はどうなっている!!?」
「知らないです。こちらは一方的に攻められたりもして大変だったのでそんなの知りませんよ」
「それは、そうなのか?何故、何故こんなことに」
「……イリアさん、よろしくお願いします」
王の娘であるイリアさんにこちらの兵の監視下のもとで世話係を任せた。彼女は王子としてクーリディアスにいたがあまり祖国に愛着がありわけではなく、戦後できれば私に仕えたいという話だった。しかし、流石に父親の異常事態に手助けがしたかったらしく介助を申し出てくれた。
……しかし「攻めこんでくるか?使者はいつ来るのか?」と待っているよりも大きな問題が生まれてしまった。なんで敵国の王様が攻めてきて事情がわかってないのだ?
色々考えて話してみたがどう選択しても不確定要素が大きすぎる。
もしも彼らを国元に戻したとしよう。謝罪や賠償をたっぷりもらった上でだ。そうするとおそらく国としての賠償が大きすぎて約束を反故にするためにあの王様は殺される。……新たなクーリディアスがまたあの黒い靄の影響を受けて攻め込んできかねない、靄は関係なくてもこちらで捕まえている捕虜や隷属兵を取り戻そうとするのではないかと考えられる。
ではオベイロスが勝者なんだから属国にするか?それも無理だ。船で数日のクーリディアスを一度は抑えることが出来たとしても民の反乱があれば鎮圧に時間が掛かるし、補給線が絶たれているも同じだ。いつでも鎮圧できるだけの兵力を駐在させる兵力をライアームと睨み合っている今のオベイロスが出せるわけがない。
クーリディアスの人のことなんか知らないと良心から目を逸らすのなら全員奴隷として売っぱらって、王という統率者のいないクーリディアスを制圧、国庫を奪えるだけ奪って、民も全員売り払うか?
――――選択肢としてかなり外道なものも浮かんでしまう。しかし、私が思いつくように、他国がこの騒動を知っているのならそのようにするかもしれない。旨味の有りそうな国など攻め込まれて当たり前、他国から見ればまな板の上の鯉である。さばいて食べるべき。美味しいかは調理次第。……どれだけの死者が出ることだろうか。
「うーん、うーーーーん」
「大丈夫か?フリム様」
「おや……ドゥッガ、どう落としどころをつけるかが問題でして…………よく来ました」
戦場に現れたドゥッガには本当に驚いた。
王都から彼ら家臣団が出発してからかなりの時間が経っていた。どうやら迷っていたらしいが来てくれて助かる。仕事の面ですごく助かりそうだ。
起きてから顔は見ていたがちゃんと挨拶したわけではなかったのでちゃんと話す。
「遅参しました」
「いえ英雄のようにかっこいい登場でした!功績も十分ですよ!」
「お、おう」
目を逸らして頬をポリポリ掻いているドゥッガ。あまり褒められ慣れていないのだろうか。
あの悪魔らしき存在は敵も味方も動けなくなるほどの強敵だった。
それを殴り倒したのはまぎれもないドゥッガだ。体から出てきた靄は精霊たちが食べちゃったけど、それでもあの場で動けたのはドゥッガだから出来たことだ。
ちゃんと褒めつつ王都とこちらの状況を話しあう。
王都は王都で新生ルカリム家が侯爵領を手に入れたことでこれまで以上にうちの派閥に人を送り込んでくる貴族たち。お見合いの申し出の数がとんでもないことになっている。なんでひ孫もいるようなおじいちゃんから私にお見合いが来てる……?え?向こうは借金あるけど歴史があるって?勘弁して下さい沈めますよ?
「……はぁ、問題だらけです」
「こうも目立てば仕方ねぇよな」
「そうですね。とにかくクーリディアスへの対策を考えましょう。なにか意見はありますか?」
かなりの無茶振りである。ただ、もしかしたらなにか解決策が出てくるかもしれない。
口元を手で覆って真剣に考えているドゥッガ。
「……海のことはわからねぇんだが、リヴァイアスにクーリディアスを任せることは出来ねぇのか?」
「というと?」
「今まではクーリディアスには水の竜がいたんだろ?それがいなくなった。ならこっからリヴァイアスが支配できねぇのか?」
「……出来るんですかね?<どうなの?リヴァイアス>」
この場にいないリヴァイアスだが声に魔力を乗せてみた。出てくるのかわからなかったがキュアッと声が聞こえたと思ったら杖の先の球の中から小さなリヴァイアスが現れた。
しかしよくわかってないようである。何となく伝わる意思によるとクーリディアスという場所がどこかわからないようだ。私もよくわからない。
どうやら精霊には人間の考えた地名では通じないようである。ついでに色々聞いてみよう。念じれば反応があるしリヴァイアスと向かい合ってみる。あの黒いのは何だったのか念じて聞いてみるもそれはうまく答えてくれない。私の体が大きくなった理由を聞くと「大きくなったの?」となんとなく返される。
多分私の思ってることも半分も通じていない気がする。なんとなくでしかわからないのがもどかしいが……念じてるうちに他の精霊も出てきた。
首元に現れた海老とサンショウウオの精霊は「なになにー?」と……他の精霊達に聞いても「クーリディアスとは?」と首を傾げられた。
しかし、もしも海洋国家とされるクーリディアスをリヴァイアスが支配できるのなら他国からの侵略を防げる、となれば様々な解決策も見出せるかも知れない。今度行ってみることが決まった。
「精霊の愛し子、か……」
「あ、ごめんなさい放置しちゃって」
「いや、良いものが見れた」
半透明な精霊たちと触れ合っていてドゥッガのことを忘れていた。
目の前にいるのに失礼だったと思ったのだがドゥッガはまんざらでもなさそうである。
「こちらに来たばかりと聞きますし、いや、こちらでも働いてもらえますか?」
「おう、いや、もう働いてるが」
公式の場以外では気軽に話すことを許している。むしろそうすることも待遇を認め重用している証となる。
ドゥッガはちゃんと他所の貴族の前ではうやうやしく私に頭を下げてくれるし、そういう態度を見せることで部下の貴族の統率をとっているようだし……彼は人を動かすのが得意なのだと思う。基本暴力的だが。
「<水よ。出ろ>」
水差しに水を注いでおく。
ねぎらいも兼ねて城にあった酒を飲んでもらってその価値を調べてもらう。
当主不明で数年もの間、樽のままで放置されていたお酒。駄目になっているものもあるし熟成が進みすぎているものもある。
お酒は簡単に換金が可能なだけあって家臣でも勝手に触るのは憚られたようでお互いに牽制されて放置されていた。
売るにしても、そのまま寝かしておくにしても一度整理する必要がある。だから誰かに試飲して貰う必要があったのだけどその辺の大人に酒を出すと試飲ではなく飲み会になるので価値もわかるドゥッガに飲んでもらう。水の名家の酒ともなればとても貴重なものらしく銘酒揃い。筆頭家臣だしご褒美でもある。
水の魔法使いの家にはお酒を作る習慣があるらしく大量にお酒が眠っていたし戦勝を祝うのに出してもいいと思ったのだが……誰も管理せずに眠っていた酒なんて悪くなっていたら集団で倒れることになりかねない。チェック大事。
ここの料理と私の水も一緒に飲んでもらってアルコール中毒にはならないようにする。樽から少量ずつ抜いたのだが、同じように保存しているはずなのにやはり駄目になっているお酒もある、飲めるお酒は味や熟成具合をメモしてもらう。
お酒によっては……ダメ元でも蒸留してみようかな?消毒用のエタノールがあれば使える場面もあるだろうし。
エール先生も静かに飲んでいるがちゃんと味の評価を書き込んでいってくれている。
「私も少し飲んでみたいなぁ」
「うっ……だ、駄目ですよ?」
「はぁい」
前世ではお酒も飲めるほうだったし、私も飲みたいのだが上目遣いでおねだりしても駄目らしい。
「ちょっとぐらい良いじゃねぇか?絶品の酒ばかりだぞ?」
「フリム様の年齢を考えて下さい!」
「俺は物心ついた頃には飲んでたが?」
「まぁっ!」
ドゥッガは少しぐらい私も飲んでも良いのではないかと主張したがエール先生に却下された
この世界には「お酒は二十歳になってから!」というルールはないが流石にこの年齢でお酒は流石によろしくないのだろう。味の方向性が分かれば料理にも使いやすいし、蒸留酒にするのに確認したいってぐらいの味見も兼ねてという考えだったのだが……美味しそうに飲むドゥッガに釣られたというのもある。
飲みたい気もするが、明らかに健康に悪いかもしれない年齢だし仕方ないと自分でも諦めた。
「エール先生のお茶が飲みたいなぁ」
「今作りますね」
王都の話とこちらの話。夜が更けても三人で話していった。
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