第174話 遺言……。
船の帆にディガッシュ商会のマークを描いてもらって乾かす。
その間になにか準備が必要かと聞くと酒を中心に持って行く商品を選んでもらった。
「多くの商材を積み込まれていましたがそこまで手持ちはありませんぞ?」
「こちら持ちです。売ったお金もそのまま好きにしていいです。これからの商売に使うと良いでしょう」
「そこまで信用してもよろしいので?」
「裏切っても構いませんよ?ただそんなことをすればディガッシュ商会に対して私が不快に思うだけです」
「それは裏切れませんなぁ……。しかし海は恐ろしいもの、国に届かず何も得られませんかもしれませんぞ?」
「それなら請求はしません。ただ報酬のお店は小さくするかもですね……どちらにせよちゃんと生きて帰ってきてください」
彼の腰の治療では特別な秘密の薬液に私の魔法を使うと言って私がゴーガッシュの前で超魔力水の魔法を使っている。
魔法薬に使う水は魔法使いの水を使うことはよくあることなので怪しまれずに使えている。私自ら魔法を使うことで恩を売るのだ。
対面でやることのないゴーガッシュはよく話しかけてきた。
初めは痛みが出ることもあるがそれは治療で体が治っているからだと説明すると頑張って耐えているようだったが途中から顔がほわぁっととろけてて気持ちよさそうになった。
「そうだ、昨夜のうちに遺書をしたためておきましたので問題がないようにこちらにも保管していただいてもよろしいでしょうか?」
「はい?」
ゴーガッシュの脱いだ服の横に紙の束があった。それぞれルゥガッシュ、ロクガッシュ、パーガッシュ、ドドルガッシュ、愛しのラーフィー……家族多いな。
情報社会じゃないからこそディガッシュ商会では名前に「ガッシュ」とつけることで地域の人間にわかりやすくしているのだろうけど一族が集まってる場で「ガッシュ!」って大声で呼べばどうなるかなんてアホな考えがちらついてしまった。……親分さんも子供が多かったな……元気かな?
「ガッシュとつく名前が多いのですね」
「商売をする上でどこと繋がりがあるのかわかりやすくするのは大切ですからね。祖父ディガッシュは元々別の商会をしていたのですが次代になっても「ディガッシュさんのとこの!」で通じるので商会名よりもディガッシュの名が商会名になったのですよ!そして名の重みと便利さからくふふ……儂の代より下の男には全員「ガッシュ」が入ってます。ふふふはは!!!ラーフィーは我が妻でしてなぁ!ふはは!いやぁいくつになっても可愛くて、マディガッシュはじーちゃんじーちゃんと儂のヒゲを掴んで来ての!ヒィーハハハハハ!!」
「薬の効果が出ているようですね。そのまま耐えていてください」
「なんっとも心地よいものですなぁ!!ハァーハッハッハッハ!!!くすぐったくも!ヒヒヒありますが!!」
どうやら治癒効果はでているようだ。痛みの後はくすぐったくて笑ったりすることがあるし良いことだが近くで見ると超魔力水やっぱりヤバイものなんじゃないかって不安になる。今なら何を聞いても話してくれそうだけど流石にそれはよろしくないだろう。
彼は商会長の座を息子に譲って今は自由に行商をしている。既に部下にも遺書を運んでもらっていて、今ここにあるのは手紙が届かなかったりした場合の不測の事態のための写しである。
……やはり命がけになるのだと思う。もしもクーリディアスで食糧事情が悪いと仮定して、警戒して広域の哨戒をしていたとすれば食料を奪って皆殺しにしようと末端の兵は考えるかもしれない。単純に嵐か何かで船が沈むかもしれない。
だからこそちゃんと遺書が必要なのだろう。私が無理強いしたとは思われたくないしパーティの場にいた他の商人に証人になってもらおう。……そういえばこの城の何処かにもそういった物はあるのかもしれないな。
「治療には物を多く食べたほうが良いので一杯食べてくださいねー」
「はぁ!ヒヒヒヒ!!」
「お願いしますね」
「にゃー!」
ずっと居続けなくても多分大丈夫だし海猫族の方に食料を食べさせてもらう。
一旦場を離れてゴーガッシュについていく人選をする。海の種族の護衛を船員として数人配置しておく、可能なら逃げられるようにしておかねばならない。ゴーガッシュがこちらの情報を売るのは信用を得るためにも少しぐらいは構わないが完璧に裏切る行動をされるのは困る。
プゥロは魚人で海も泳げて腹芸も出来るし汚名を晴らしたいと立候補したので採用。彼の里の亜人全員リヴァイアスに受け入れて恩に感じているみたいだし大丈夫だろう。
「水足しましょうか?」
「お願いします」
商人としてトルニーもいれよう。
そう考えていたのだが何処かからキュポンという音が鳴った。
「ゴムっ!!?」
「え?あぁ樹液の加工物ですね。フレーミス様の開発に使えそうだったので持ってきていますが……」
トルニーの石仮面のくちばし、いつの間にか水を入れる場所の蓋にゴムが加工されていた。
トルニーはドゥッガの命令によって私の開発物に対して更に使えそうな素材を集めていたそうだ。以前私が考えた万年筆は「ペン先は動物の角でペン先にはインクをつけて書く、ペン先にはキャップが装着可能」という日本のものよりも劣化した品質だった。
できればペンの持ち手の内部にインクを仕込んでインクをペン先に流したかった。インクの瓶は不便で仕方ない「こぼして困る」「触って汚れる」「持ち運びで割れる」という日本では考えられないほど不便である。インク瓶を倒して書類が真っ黒になるなんてよくある。
一応ゴムっぽいものはあるが洗練されていない。調理用のガラス瓶の蓋につけてはみたが固まりきってなかったりベトベトして微妙だった。
なのにこの男、いつの間にか仮面を改造して蓋を密封する形で作っていた。ということは砦から領都までの間で仮面を改良もしくは作り直してそれに合わせたということになる。
「これも作っては見たのですが……。使い勝手は微妙です。もう少し改良できてからお見せしようと考えていました」
「キモ!?……いえ、なにこれ?イカ?」
「ペンの改良を実験してみたものです」
イカをひっくり返したかのようなペン?さわり心地も気持ち悪い。というかペンなのか?
私はペンの持ち手の中にインクカートリッジを仕込みたかった。しかしインクを漏れないようにすることは難しかったし、どうしても樹脂やゴムがないのがネックとなった。それとインクは固まりやすいから初めはドバドバ出るのに時間が経てば詰まる。
以前こんな物を作りたいと理想の万年筆を絵で描いたことがあったがそこからどこをどう曲解したのか……彼の作ったものはペン先からインクの入った触手、イカをまるまるペンにしたような謎の物体ができていた。
設計図の持ち手の部分が木と書いていなかったのは既に完成していたからだが……ペン先以外はゴムのような素材でさわり心地も見た目も大変気持ち悪い。
「この部分を押すと色が出る仕組みです」
「…………」
イカで言う触手部分を指で潰してから目の部分を押すとインクがぶしゅりとイカの先端からインクが噴出した。……本当にデザインが気持ち悪い。
「なぜこんな物を?」
「可愛くないですか?それにルカリムといえば水の家系ですし水の生物の中でも力強いクラーケンをうまく表現したつもりですが……」
「どこをどう見ても可愛くはないです」
この男、仮面といいこれといい……デザインセンスは皆無のようだ。
そもそもペンとしては取っ手がぶよぶよして持ちにくい。ゴムが持ち手で握りもぶよぶよして安定しない。インクの詰まっているであろう触手部分が肘や肩に当たって気持ち悪い。そして大きくて重い。普通のイカのサイズでペンにするには重すぎる。機能としてインクを収納できるゴムの使い方やインクを噴出する機構は良いかもしれないが、これでは使い物にならない。
「他にもルカリム伯爵が気に入りそうな珍品を集めていたので贈答させてください。父からの贈り物ということで」
「わかりました」
いくつもよくわからない物を差し出された。ゴムは私の知らないもので木の液体と草を潰して混ぜ合わせて作るらしくそれらの種、水に関わる宝物らしい杖、ドレスに使えそうな布、豆のお菓子と苗木、水の中でも燃やせる特別な木、魔導書、子供サイズの装飾品、そして食料。
普段は商売をしていてドゥッガの命令どおりの物品を集めていたトルニー。嵩張る硬貨を宝石や金や銀に変えて持ち運び、贈答に使えそうなものも時に換金して儲けを続けていた。おまけに自分の体を癒やす秘薬や魔法使いを探していたと。
レルケフのせいで王都には行きにくかったようだが親兄弟の仲は悪くはなさそうだ。レルケフの裏切りからドゥッガの苦境をエール先生から聞いたのだろう。
商売をするなら商売をしてもいいと伝えたが病気の再発が恐ろしいのか近くで働くことを選んだようだ。
彼自身は粗野でもないし、物品にも詳しい。王都には偶にしか戻らずに商人としてやってこれたということは才覚がある。思い切りも悪くはない。…………デザインセンスやレルケフの裏切り、運とタイミングが悪い部分は否めないが良い人材で間違いはなさそうだ。
「なにか?」
「なんでもないです」
いつ見ても、頭の石製ペストマスクは不審に見えて仕方ない。
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