第173話 和平の使者……。


視察はうまく行った。基本的にクーリディアスの出方を待っているし防衛拠点として備えないといけない。


……しかし、この場が攻められない場合、別の領が狙われることとなるはずだ。


相手は船を使ってくるのだから攻めやすい場所を攻め落とせば良いのだ。他の領地が攻め込まれたとしても領民を受け入れられるだけのキャパシティを作っておかねばならない。


毎日他領からくる来客のためにパーティを行うことになった。


ここに来る集団は皆立場は違うし事情を1から10まで知っているわけではない。ときには「我らのような勇士が来たんだから頭を下げて出迎えるべきだろう」なんて声を上げて私を呼びつける人もいる。


代表者だけでも事情を知った方がいい。今後の連携という課題もあるから顔を知っている方が良い。



「しかし、クーリディアスですか。彼の国といえば若き頃に出向いたことがありますが野心ある王とは思いませんでした」


「面識があるのですか?」


「えぇイルーテガ王子、いや、今は陛下でしたな。オベイロスの珍品を以前取引しまして……」


「しかし貴殿は南で大きな商圏を作った豪商ではありませんか」


「えぇ、我が一族は曽祖父の頃から変わらぬ商いをしておりますが……誰にも若かりし頃があるというもの」



ディガッシュ商会の商人ゴーガッシュはオベイロスの南で大きな商圏を作っている商人の一族である。若い頃は海の外に夢見てリヴァイアスから船を出して流れ流れてクーリディアスに、そこで当時王子だったイルーテガ陛下と仲が良くなった。


しかし、それを良く思わなかったイルーテガの臣下によって部下を殺されてクーリディアスから逃げたそうだ。


本人は今でも友と思っているようだが因縁が出来て、それきりとなった。


当時の船は難破。それからゴーガッシュは大人しくオベイロスの地で商売を続けている。政争も落ち着いて息子に商会を任せて自分は新たな商売を探していたところ王命でうちに来ることになって……他の馬車を追って砦に行ったと…………うーむ。



「民思いで酒好きな良いやつでしてな。……いや、失言でしたな。攻められたリヴァイアスの人間に言うことではありませんでした」



――――わざと言って私の様子をうかがっているのだと思う。


パーティの形式で酒は置いているがこの人はなにか私に言わせたいのだ。…………ならのってみるかな。



「では彼の地に赴いて和平の交渉を行ってもらえませんか?」


「しかし、儂には船はありませんでなぁ」


「成功報酬に一隻与えましょう。いかがですか?」


「よろしいので?」



多分これが言わせたかったのだろう。私を測っている気がする。


ちょうどよい人材である。リヴァイアスの人間であれば決死隊となるが彼は商人という立場であって問答無用で攻撃される心配が少ない。



「現状リヴァイアスはクーリディアスの出方を待つしかありません。日にいくらの金子がオベイロスから失われているか……船の一隻など比べようがありませんね」


「では、もう一声!」


「調子に乗らないでください。しかし、それも商人の性なのでしょうね。生きて話を持って帰ってきたのなら店をひとつ与えましょう」


「話は決まりですな!では約定の酒坏を!」


「私の年齢を考えてください。飲み過ぎに見えますし、水にしておきましょう<水よ>」



顔は酒で赤く、酔っているように見えるがそこまで酔ってはいないのだろう。目がまだ完全に酔って無いように見える。


領主である私の支援があるとは言え彼は商人である。彼自身に交渉を望むわけではなく「交渉の余地があるのか」「そもそも交渉をする気があるのか」などの下準備のためにも見てきてもらいたい。


海に出る上、警戒しているクーリディアスの軍がいるのだから安全というわけではない。命の危険があるとは明らかだし少しぐらい優遇してもいいだろう。ちょっと図々しい願いではあったが名のある大商人であるようだし、こちらが少し損をするぐらいの気持ちでいよう。



「そう言えばなんでベスがここに連れてきた中に貴殿はいなかったのですか?」


「運び方が荒っぽかったのと私めが山道で腰を痛めていたのですよ」


「では報酬の前払いに腰の治療もおこないましょう」



ベスさんの砦は山の中だし、腰は痛めると大変だからなぁ。


できるだけ味方になりそうな人に使おうとしている超魔力水だが、彼のような戦闘を領分としない派閥もうちとは関係ない人間であれば問題はないだろう。恩を売っておけば南部の貴族の情報も知れるかもしれないしね。



「ありがたく!いやぁ歳をとると色々と体も思うように動かず……年若き領主様にはわからぬ話かもしれませんが」


「いえ、よぉくわかります。体を痛めると何をするにしても辛くなりますよね!」



うむ、腰や肩を痛めると辛いのだ。


デスクワークで凝り固まった体に親戚の子供の抱きつきミサイルで腰をやったことがあるが……あれは非常に困った。体のよくわからない部分から異音がしたし、全く動けなくなる。身を捩るだけでも辛かったのは今でもよく覚えている。


……あれ?なんか悲しい顔をされている気をするが、まぁいい。膠着状態を打破できそうな人材も確保できたしパーティも連日行う予定で私がいる必要はない。ミニフリムちゃんで報告を受けないといけないし離席しよう。やることが多いのだ。



「これはどうでしょうか?」


「革新的な試みかと思われますが」


「防衛力も上がりますし良いのではないでしょうか?」



アルキメデスのスクリューを作ったボルッソは実験を成功させていて新たな都市開発計画を皆で考えていたようだ。都市中に水路を巡らせて街の中を船や手紙が移動、私に情報が集まりやすく、何処にいても水を操れる体制にしようとしているようだ。


そもそもこれ大丈夫なのかとツッコミを入れたい部分はある。錆や荷重の問題は考慮されてるのかとか書かれた図面は明らかに非効率な構造があったりするし失敗するだろうとも思うが……。


水の利用法はこの世界のほうが積み重ねがあるはずだし失敗したら失敗したで技術の積み重ねになる。もしかしたら荒いと思える部分も私には見えない何かしらの利点があるのかもしれない。



「水道も作ってください、この水路とは別に」


「水の道とは何でしょう?」



そうだった。下水道は排水設備があるし、スライムが繁殖して水は自動的に浄化される。


しかし、上水道は無い。井戸が基本で水に困れば川や井戸から汲んで飲む。偉い人は水の魔法を飲む。もしかしたらそういう試みもあったのかもしれないけど水の魔法を使える人がいるのなら敵対する人間によって上水道の破壊は簡単なはずだし、何処かで毒を混ぜることもできると思う。


偉い人が不便と考えていないのであれば技術や発明は普及はしにくいものだし……。



「一旦実験しましょう。水道は蛇口を捻れば水が出てくるもので――――」


「ジャグチ?」


「あぁ、その、やっぱり農地で実験しましょう」



全員から「こいつ何いってんだ」みたいに見られたので一旦停止する。そう言えば蛇口の中も金属だけじゃなくてゴムの素材が使われていたはずだし配管の品質や腐食も考えないといけない。私が便利と思ってすすめても水質の汚染による病気だって考えられる。塩素とかで消毒するんだったかな?


色々足りてないな…………とりあえず私が水を貯められるタンクだけはいくつか作ってもらおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る