第164話 逃げてるわけじゃ……。



「トルニー、事情はわかりましたが時期が悪かったようですね。」



トルニーはエール先生に教育を受けたのか、頭を下げたまま微動だにせず……かしこまっている。


ドゥッガの息子のトルニー、ドゥッガも期待する息子のだったはず。だけどとてもタイミングが悪い。



「………………直答をお許し願えますか?」



ドゥッガは表向き筆頭家臣という立場だがほぼ同じ立場にエール先生とキエットがいる。


エール先生は信頼できる人材を王宮から連れてきてくれるし、キエットは吸収合併でなくなった水の名家レーム家の家臣だった経歴もあり派閥の決まっていなかった水属性の人間が身を寄せるように家に来て取りまとめてくれている……ライアーム派寄りだった水属性の魔法使いも彼の手腕か続々と人が増えている。


ドゥッガの派閥は様々な人材が恭順してくる最大派閥だが跡継ぎ候補だったレルケフは大いにやらかした。兄弟がやらかしたことによって要注意人物のこのトルニーだが……本人がどうしたいかは全くわからない。


彼がどう生きたいかで私の派閥も大きく変わることになるだろう。



「もちろんです。私も貴方がどう生きたいかは知りたいです……<水よ。出ろ>」


「……ありがとうございます」



土下座状態だった彼だがテーブルに茶菓子を用意し、私の水を注いだ。


身なりも強制的に整えられたであろう彼はまだシンプルな装いとなっていた。ドゥッガのように筋肉はないが細身で背丈はある。顔は自信と覇気のあるドゥッガとは似てはいないが髪の色は同じだ。


私が出した水をおそるおそる飲んで驚いた表情をしているが……



「っ!!?…………その、父とフレーミス様のお役には立とうと考えておりますが私は家臣としては役に立たないでしょう。ヒッ!?わ、私は体が弱いのです!お許しを!エール様っ?!」


「……エール先生?」


「少し生意気でしたので、フリム様の前で不審ですよ?」


「スイマセンッ!!」



私よりも私の後ろのエール先生を気にしているトルニーは若干挙動不審だ。……きっと結構な取り調べがあったのだろう。



「いつものようにして大丈夫です。私に仕えずに商人を続けるとしても貴方の選択を尊重することにします」


「……いいのですか?」


「はい、不幸な行き違いはありましたが私は貴方に強要はしませんよ」



彼は商人をずっとやってきていた。従業員は賭場の人間だしお金はドゥッガから出ているから完全に身を立てているかというと微妙だが何年も商人の世界で生き抜いてきた実績がある。


ドゥッガからすればまともな息子はこのトルニーとミュードであり、後継ぎとして最有力候補である。残りの三人のうち二人はどこに出しても恥ずかしいチンピラだしもう一人は行方不明だ。


消去法でトルニーとミュードの二人のどちらかが将来ドゥッガの男爵位を継ぐのだと思うけど既に商人として成功しつつある彼がどうするかの選択は尊重したいし、この一件で彼に不利益が生じるのも避けたい。


彼の作ったリストから南部の商人や貴族の情報を説明してもらい、彼らの得意分野や商売の仕方、弱みなどを教えてもらう。……弱み。


堅実な商売をやっている商人も多いが賄賂が当たり前の世界である。やはり大なり小なり悪いことはしているし、商品の品質や商売へのスタンスは異なる。渡されたリストを見ていくと……毒性の高い岩塩を持ち込んでいる商人も居るのか、アウトだな。



「体が弱いというのはどう弱いのですか?」


「……生まれつき喉が弱くて息が詰まるし、力がないんです」



聞いてみると喉か胃か肺か、呼吸器の辺りが悪いのと、虚弱体質であるのだという。


いつもレルケフには馬鹿にされて玩具のようにボコボコにされていたそうだ。



「私の魔力水には人を癒す効果があります。治せるものかはわかりませんが治ると良いですね」


「はい?あぁ、ありがとうございます」



あ、信じてないやつだ。


私は本心から言ったのだがトルニーは「ありがたい水だから飲んでいくといいよ。ちゃんと恩に着ていってね」とでも解釈したようだ。


彼の体調面が治るかどうかはともかく、自分の状況と立場から自分と他人の利益を考えた彼は有用であると私は見ている。


彼が新生ルカリム家に仕えるかはともかく、ドゥッガの元で数年、このリヴァイアスで数年ほど経験をつんでもらう選択肢はありだと思う。


彼の調べた商人のデータには食品や鉱石の品質や取引値段が書かれているし物の価値がわかっているのはとても良い人材だ――――彼が今後どう生きるかはともかく既に敵に回っていないのなら友好的な関係でありたい。



「ふっふっふ……」


「せ、正式に謝罪します。レルケフについて、それと戦時に騒ぎを起こすような形になってしまいましたことを」



この繁忙期なんて目じゃない領地でこれだけの人材、承諾してくれたらどこのポストで働いてもらうかと考えて……少し頬が緩んでいたのかもしれない。私の様子に少し変に思ったのか急に謝ってきた。


世間話でもっと情報を聞き出したかったが、真剣に謝ってきたので私も応える。



「はい。正式に許します」



本当は「拘束してしまってすいません」と言いたいところだがややこしくなることがわかっているし立場からこれで正しい……慣れないな。


他の商人についてもちゃんと配慮すると約束し、一度ボルッソたちを連れて橋を見に行くことにした。


そこそこ広い川があってその橋が政争後の数年で崩れた。山か浜辺まで迂回すれば領都にはたどり着けるが馬車や重い荷物を運ぶのには道幅も足りないし重い騎獣も通りにくくて現地民は困っている。



城を出て歩くと……オベイロスから空飛ぶ馬車で来た時は領都の中央から離れた道は土がむき出しの道だった筈なのに石の敷き詰められた道になっていた。


日本の道といえば平坦に見えて排水のための勾配があったり、側溝がきっちり整備されている。それに比べれば平坦に見えるだけの構造は拙い気もするが土の道に比べれば格段の進化と言っていい。


土の道には自動車のようなゴム製のタイヤではなく木が剥き出しの車輪で出来た轍が深くくっきりとできる。乾くと固いし大人の足でも転けそうになる……しかも馬車は動物が引くので糞の匂いもする。土に糞が混ざると掃除もしきれないだろうし衛生的によろしくない。


それがたった数日であっという間に石の道にしてしまうなど……魔法の使える人間も数が揃えばとんでもない。しかも小さな砦を既にいくつも作ったというのに余力で作ったというのだから……ボルッソファミリーの力量は計り知れない。



「とんでもないですね……」


「きっとフリムちゃんの水を飲んでるからじゃないかしら……疲れ知らずでずっと働いてるわ」


「あ、なるほど」



私の水は力を込めなくても魔力持ちには効果がある。いきなり敵兵だけで10万人。さらにリヴァイアスの広大な領地の村々から集めた人員が数えられないけど多分4万人はいて、さらにさらに他領からも人や物資がガンガンきている。飲水は井戸からだけでは足りないから私が毎日まとめて出している。


超魔力水まで力を込めていなくても効いているのなら……隷属兵士には率先して井戸水を配ることにしよう。隷属兵士の中にはまだ隷属の魔法に慣れてないのか抵抗してる人はいるそうだし私の水が原因で隷属が解除されたり…………反乱が起こったら目も当てられない。


エール先生と一緒に領軍をジュリオンが率いて南に向かう。領地はテロスとアモスに任せる。



「なにもフレーミス様が行かなくてもいいと思いますがのぉ」


「テロス、任せましたよ。アモスにダグリムも」


「はい」

「BUMO」



テロスは心配そうだが私の決断を駄目だとは言わなかった。


むしろテロスは亀人で年齢が分からないが結構な年齢だと思うしそっちのほうが心配になる。アモスは立派な体格で見た目で侮られにくいし、他領からの援軍や物資はクラルス先生に任せればいい。


ダグリムは初対面こそ私やシャルルに襲いかかってきた牛人だが宰相に一撃でのされて宰相にメロメロだ。娘であるクラルス先生をめちゃくちゃ気遣っているし彼女がいれば亜人とクラルス先生の仲を取り持ってくれるだろう。なにかするにしてもリヴァイアスで名のしれたのダグリムさんがいれば安心できる。



「こちらはワーもつれていきますし大丈夫です」


「三馬鹿も連れて行ってください。お役に立てるでしょう」


「……はい」



橋の修繕に向うのに本当は私とエール先生、ニャールルさんたち海猫族監督でボルッソ達だけでもいいと思ったのだが……ニャールルさんたち海猫族は隷属兵士たちの監視や領都の仕事で大忙しだ。


領でトップの実力者のジュリオンに闇属性の狐人ワーと、三馬鹿こと星犬族ホーリー、狐人族リットー、鳥人族トプホーの3人に多数の部下たち……こんなに必要かとも疑念に思うが……道案内に必要なのかもしれない。素直に従おう。



――――……大量にある仕事の中でも一番大事なのだ!他の仕事から逃げてるわけじゃないんだ!!

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