第163話 トルニー……。
ネジやドリル、旋盤と言った金属で作られたそれらは人類の文明の発達に大いに貢献した。ドリルは同じ大きさで穴を開け、ボルトとナットは物を接合した。旋盤は硬い金属をあっという間に加工し、家を、車を、兵器を……文明を作った。
最先端の技術レベルではミリどころかナノレベルでの精度で物を作っていた。現代の技術は「まるで魔法のようだ」と思ったことはよくあった。
文明を発展と破壊を繰り返し成長させた工作工具。その最たるものの一つが『ベアリング』だ。使い道は作ろうと思っているアルキメデスのスクリューの芯の部分と馬車、それと輸送用のトロッコあたりを作りたい。
経済というものは人類の歴史を知れる側面があると言っても差し支えないだろう。
ベアリングは金属が主だが、セラミック、陶器製のものあったはずだ。たしか飛行機のタービンも金属製では変形してしまうから熱に強いセラミックが注目されていたというニュースがあった。
耐久実験もしていないがベアリングを使った旋盤を作ってシャルルに送れば良いのではないかと閃いた。まだまだ思案の段階だが。
政治的にも、お礼としても、子供たちの地位を安定させるのにも役立つはず。だけど色々とうーんと悩まざるを得ない。そもそもどういうものなのかを知ってはいるが細かくは知らないのだからとらぬ狸の皮算用である。
あまりにも異質な存在は「出る杭は打たれる」という言葉もある。
クラルス先生はもう少し配慮するように心配してくれた。それは私への優しさだとは思うがこれでも配慮したつもりだし……こうも思う――――間違った場所に建設してしまったとしても鉄筋コンクリート20階建てビルであればたやすく撤去されることはない……と。
というか自重したつもりでこれなのだが……一般の貴族から見れば私は小さく打ちでた釘か、それとも転びそうな場所に打たれた中途半端な杭なのか。
「むぅ」
「どうかしましたか?鏡に向かって」
鏡に向かって真正面、斜め、肘付き、杖を掲げる……いろんなポーズを取ってみるがいまいちうまくいかない。
いつの間にか部屋にいたエール先生には奇行に見えたのだろうか?
「むぅ……威厳のある人に見られるって難しいですね」
「フリム様にはまだ早いです」
「むぅぅ」
よく「人は見かけで判断してはいけない」というが「見かけは重要な判断基準である」とも相反するものも教わる。これはどちらも正しくもあり間違ってもいる側面がある。
一見してまともそうな人でも危険なことはある。逆に危険そうな人でもまともなことはある。
「身なりの良い老人」と「タンクトップに金のネックレスをジャラジャラ鳴らすゴリマッチョ」かでは明らかに危険度が違うと思う。もしかしたら老人はヤクザの偉い人で前科持ちかもしれないしゴリマッチョは心優しいスポーツマンかもしれない。
……しかし、もしも彼らが酔っ払っていたとしてどちらが危ないか?ゴリマッチョがいきなり腕を振り回せば私は一撃で死んでしまうかもしれない。老人ならまだマシかもしれない。
私は人の見かけは大事だと思う。その人がどんな中身かは分からないにしてもまずは見かけを判断材料とし、中身は実際に話してみてからだ……話してみるとその人がヤバイと思うこともあるが。
魔法のない日本では安全の基準があまりにも違う。この世界では身長や武装だけで人を判断するものではない。
魔法というとんでもパワーを誰しもが使える可能性がある。強い魔法を使えるか髪や服装である程度推測するしか無い。
だから私は魔法を使えるという意味では侮られることはない。この世界では上等な服を着るだけでもいきなり土下座されることもあるし服装の面では私は上等な人間に見えると思う。
だが、年齢だ。威厳と経験が足りていない。
大人の感性を持っているのに子供の体になってよりそう見られていると実感する。
お医者様でも「青年の医者」と「老人の医者」では医者としての経験値や能力が同じでも老人の医者の方が経験を積んでそうだし安心できると判断すると思う。
他領から来た商人や貴族は私を見定めるような目でジロジロ見てくる。
フリムちゃんは魔法の力はあるとはいっても幼女である。しかも、シャルルによって擁立された経緯から「お飾り」や「神輿」として見られることもある。リヴァイアス周辺の軍をまとめるのに「幼女がトップである」というのは不安も残るのだろう。
報告書を見ると「私の婿をこちらから送るから軍権は任せてくれ」という意味不明な手紙が来ている。何故に私の婿ができれば軍権をその人に任せることになるのだろうか?なんとなくは分かるが理解したくない。報告書に額縁付きの絵、お見合い写真のようなものがあるのだが立派なヒゲで……どう見ても年齢差がおかしい。
私に威厳があればこういうこともなくなるのだろうか?もっと筋肉が付けば侮られないだろうか?
直接求婚してくる輩もいるがクラルス先生が容赦なく蹴りを入れていた。何代にも渡ってオベイロスに仕えてきたレージリア宰相の縁者であるという経歴もあるのでいざとなったらどうとでもできるのだと思う。辺境の木っ端貴族の子弟では相手にならない。
「ところでトルニーはどうでした?」
「本人はレルケフとは仲が良くないと主張しています。今は人をやって彼の商団を調べさせているところです」
レルケフとトルニーは母親が別でほぼ同時に生まれたそうだ。
レルケフはムキムキマッチョでトルニーは生まれつき体が良くない。力も強いレルケフは自分こそがドゥッガの後継ぎだと思っていて、トルニーは跡継ぎになる気もなく商人としてオベイロス国の内外で行商をしていて王都にはたまに寄る程度。
彼はドゥッガが大貴族の筆頭家臣、しかも士爵ではなく男爵になったというのは知っていたが「戻ったらレルケフに殺される」と考えて王都に戻っていなかった。ちなみに私のことは賭場で見たことがある程度だったそうな。
しかし、オベイロス南部から東部への移動中、リヴァイアスの領地に対して王命という特需が急に湧き上がった。
元々リヴァイアスはオベイロスでも随一の交易都市と言う側面がある。大きく海を囲んだ馬鹿げた大きさの壁があることで船が嵐で痛むということもない。
新たな領主はなんと自分の父親が筆頭家臣のフレーミス様。縁もあるし、周りの商人をまとめ上げて金を巻き上げた。周りにいた商人や貴族の情報もしっかり調べて……。
他の商人たちにとって交易都市のトップとの縁は垂涎である。しかも伯爵、上級貴族であるのだからトルニーに支払う口利きの金など今後の儲けから考えればはした金だ。
トルニーは金が目的というわけではなく金を貰うことで商人たちと距離が近くなり、情報を得られるから私にとってはそちらが重要だろうと踏んだ。しかもリヴァイアスにレルケフがいれば口利きに必要なトルニーの身は商人たちにとって必要なので護ってもらえる。
誤算なのはレルケフが既に裏切っていたこととその情報が伝わっていなかったことだ。結果トルニーは拘束されてしまった。
トルニーは商人や貴族の情報や家族構成、主要取扱品、商圏、取引量、取引先などをまとめて手記にしていたし、私の役に立つことを考えていたというのは正しいと思う。
可哀想だったのは彼らはリヴァイアスの重要施設に迷い込んだのは領都への橋が領主不在の間に自然災害で落ちていたことだ。馬車が移動できる道がなくて他の商団や貴族の集団についていった結果迷っただけらしい。砦に迷った貴族も案内の獣人を無視してこっちから行けるだろうと無茶をした
この国の交通情報はカーナビで数分前からの起きている渋滞の情報が見れるなんてことはもちろんなく、そもそも地図がないし道の状態すらまともかどうかもわからない。結果として荷物や商隊の人の大部分は迷い込んだ先の砦に置かれたまま貴族や商人の偉い人だけベスさんによって連れてこられた。
彼はほぼ白だと思われるが彼の商団にレルケフが隠れている可能性もあるしアモス達が商団を調べに行っている。
――――たった数センチの道路の割れでも補修されていた現代、歩道がカラフルに敷き詰められて安心安全に歩けていた現代…………橋が落ちて年単位で放置されていたとか食料供給に難アリとか……………………日本ではありえない事態に嘆きそうである。
しかも今は開発と整備を「指示する側」というのも頭が痛い。
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