第162話 アルキメデス……。
ミニフリムちゃん通信は半分ぐらいうまくいった。……半分ぐらい。
単純に新たな試みだからまだ慣れていないのもあるが理解していない人もいる。こちらには義務教育というものがなく学力に差がある。
鳥人による領内外の報告は地上を歩くより遥かに早いがそちらも要領を得ない場合が多い。毎日の進捗報告よりも出来たかどうかで判断した方がいいのかもしれない。
山程仕事はあるがちょっと楽しみなこともある。
人が一人がこなせる仕事には限りがある。時間が1日に24時間以上あればとも思うがそうもいかない……というよりも仕事は時間の経過でどんどん増えるしどう頑張ってもこなせるものではない。
だから仕事というのは分担してやるものだ。王都の屋敷も倉庫も学園も、部下にある程度任せておけばそれで成り立つ。方針の決定とイレギュラーへの対応と報告を聞くのは私の役目になるわけだが……。
現在は王都や学園の誰にも許可を取る必要がないし既得権益や周囲に配慮する必要もない。
「ボルッソ、こういう物を作りなさい」
ボルッソを呼び出して以前から考えていた設計図を描いて渡した。
「これは……何に使うものでしょうか?」
「『アルキメデスのスクリュー』と言います。水や粉末の移動に使うものですね」
「こちらは?」
「ベアリングですね。回転に関するものです」
「……???…………大きさや詳細な形状が書かれていませんが」
ボルッソは明らかに理解が追いついていない。……現代日本の技術者なら誰でも知っていると思うのだが学園で基礎的な勉強の息抜きに調べていたがこの世界では思いつく人はいなかったようだ。
この技術は水の魔法に関わるし便利だと思うのだが金属開発の基礎研究で盛り上がっている学園賢者には劇薬過ぎて水を指すことにもなりかねない。板バネとコイルスプリングも作りたかったが……。
食料危機の解決にリヴァイアスの西側の平地を農地改革している人たちは重いバケツで川から水を輸送している。一般的に魔法で作れる水は私が異常なだけでそう多くなく、クーリディアス隷属兵士にも水魔法使いはいたが10万人を満たすほどには全く足りていない。
「まずは試作してください。それらを使って使い方を見せますのでその後ちゃんとした大きさを作っていきましょう。期限は一週間ほどで――――」
「出来ました」
「早い!!?」
『アルキメディアン・スクリュー』紀元前のエジプトで開発されたと言われるそれは現代でもインフラに使われている。日本ではアルキメデスのスクリューと言われるそれはパイプに長い棒にらせん状の板がくっついたもので斜めに液体に差し込んで回すとその水や粉末の移動させることができる。
このスクリューを使えば水の高さを下から上に上げることもできるし、逆に上から流れる水にこれを使って発電することもできる。
生コン車の中もこれでこれに近い方法で撹拌してるんだったかな?パイプではなく板に壁がついているタイプのものもある。
塩を作るのに海水を加熱する方法もあるが直接海水を鍋に入れて海水を蒸発させるよりも一度海水を浜に撒いたり藁か何かで水分を蒸発、濃度が高まるか結晶化させてから茹でたほうが効率がいい……と習った気がする。そんなに詳しくはない。
ベアリングは回転するもの、自転車や自動車、工具、それに工場の製作機会に欠かさないパーツで人類の発展に多大なる貢獻したものだ。気が付かないだけで物を作る上では絶対に欠かせない。これを作るのには一週間はかかると思ったんだが……仕事が速いのは良いことだ。
ジュリオン経由で渡されたそれらはまだ精度が低い。
ボルッソの土魔法でできたものは大理石のような質感であるが使用に耐えられるだろうか?スクリューは図面通りらせん状の板の周りに小さな壁があるが若干芯がたわんでいる。ベアリングは数ミリは動くが詰まる感じがする。
「フレーミス様、これらは何に使うものでしょうか?武器にしては見たことがないものですが……?」
「この2つは世の中を少し変えることができるものです」
「世の中を?これが?」
「はい、子どもたちが処刑されないためにも少し成果が必要でしょう<水よ、出ろ>」
ジュリオン良くわかっていなさそうだ。水を浮かせて、ほんのり曲がったアルキメデスのスクリューを差し込んで回す。
僅かな湾曲で回しにくいが少量の水が持ち上がって溢れていくのが目で見れる。
「芯をまっすぐ作ることとこの壁の部分はもう少し大きくすることですね」
「何に使うものでしょうか?」
「これを大きく作れば誰でも高い位置に水を移動できます」
目を大きく開いたボルッソ。
彼の土魔法で作ったものが実用に耐えられるかは不明だが金属製の模型にはなる。彼の子どもたちは道や単純なものを作るのに驚愕のスピードで働いてくれているが道や砦もよりも川からの水路を作ってもらえば食料供給の計画が加速ができる。
「で、ではこちらのべあいんぐは!?」
「物を回転させると普通は金属同士の摩擦で劣化が激しくなります。馬車や荷車の回転軸は金属同士もしくは木が擦れ合う構造が普通ですがこれが正常に機能すれば軸の寿命は桁違いに増えます」
「な、なんと??!」
ベアリングも劣化はするが木製同士や金属を擦り合わせていた時代と比べると現代のものは桁違いの寿命を誇る。バイクのベアリングなんて毎日乗るのに交換無しで十年も乗れることもあるのだとか。
しかしボルッソのものは形状が良くなかったのかもしれない。ボール部分を円柱状で作り直してもらって数回のやり直しを挟んで満足の行くものが出来た。シャーっと回転するベアリング……ただこれ金属じゃなくて石っぽいので強度が耐えれるかは不明。それを伝えてどちらも金属製品ができるまでのつなぎでいいので使ってもらうことにする。注油する油も重要となる。
「フリムちゃん、この技術は誰にも見せないようにしたほうが良いわ」
「クラルス先生?」
「ボルッソ、この技術は戦争が起こりえるわ……子供の命が惜しかったらバレないようにしなさいね」
「心得ております」
クラルス先生はまじまじ小型のアルキメデスのスクリューを見て言っている。
ベアリングはまだ荷重に耐えられるかの実験もできていないし効果はわからないだろうけどアルキメデスのスクリューは見てすぐに活用法が思いついたのかもしれない。
「それとフリムちゃん、隷属の魔法は完璧じゃないのよ?いきなりこの男を信用するのは良くないわ。この場で殺しちゃったほうが良いんじゃないかしら?」
「子どもたちの安全のためにも必要だと思います」
ボルッソファミリーには領地を改良してもらっているが「道」や「砦」よりも「未知のなにか」を作らせることで功績としたかった。
なにせ被害者はシャルルだけではなくシャルルの部下たちも被害にあっている。彼らは納得していない人もいるし大きな実績を作らせて将来的にはうちから派遣してどこの領地にも益があるように調整したい。
個人的にはこの男だけなら殺されるなら殺されるで私の知らないところでやってもらいたいが……子供のことを考えるとな。それに土の魔法使いのかなりの数の確保ができるのは私にもシャルルにも良いはずだ。
シャルルも『百人以上の子供を処刑した』なんて冷徹なレッテルが貼られずに済む。
「かと言ってこれはやり過ぎよ……ボルッソ、私はフリムちゃんみたいに優しくないわ。もしもまた裏切ろうとすれば――――獣刑が生ぬるいと思えるくらいの刑に処してあげる」
「ひぃ……は、はい、精霊に誓って」
「自分の子に誓いなさい、それと嫁にも」
「はい……」
クラルス先生はボルッソを脅したがこれ以上ここに居るのはマズい気がする。
ゆっくり移動し、部屋から出るのにドアに手をかけ……
「フリムちゃん?お話があるわ」
「ヒェッ」
足音もなく、すぐ後ろに来ていたクラルス先生に肩をポンと叩かれた。
……このあと色々説教された。
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