第140話 白布の花嫁達?


いつもの砦の警備、退屈とは程遠いこの砦に異変が起きた。


何十人も真っ白な布で顔を隠した女が絨毯の上に載せられてやってきた。




「そこで止まれぇ!!」



隣のリヴァイアス領との仲は最悪だ。ご当主様は「主のいなくなったリヴァイアス領は隣の大領主である俺こそがふさわしい」とか言って荒らすだけ荒らした。


精霊の御力で人は入れなくなったが奴隷商を呼び寄せて積極的に送り込んでいる。


大精霊リヴァイアスは亜人におおらかなのかオベイロスでも珍しい亜人の多い領だ。これまで家族を攫われたリヴァイアスの領民の怒りは恐ろしい。


『人間至上主義』なんて考えがあるものだから「亜人なんて売ってしまう」とか「見かければ殺す」なんて人がいるのは知っているが……ご当主様がそんな思想に染まって捕まえては売り飛ばしたり、鉱山や獣の多い森で過酷に働かせているそうだ。亜人にとって最悪の領地だろう。


殺さないだけマシかも知れないが気に入った亜人を寝所に連れて行くのは人として間違っていると思う。俺の嫁も薄くだが犬人の血が入っているしその外道さに気分が悪くなる。


俺のように亜人に友好的なものほど僻地に赴任しないといけなくて……あろうことかリヴァイアス領から一番近い砦に配備された。


俺の顔を知っている亜人の手心で俺達は生きている。なにせ亜人の身体能力は恐ろしく高く、更に血統魔法もあって馬鹿げたもので……家族を失った鹿人が日に一度は砦の分厚い壁に大穴を開けてくる。


土の魔法使いが砦の修復をしていたが常駐している兵は当たりどころ次第では死んでしまうのだから頭がおかしくなりそうだ。のこのこ修繕に出る土魔法使いはもう10人は殺されてしまった。哀れな一般兵はいつ死ぬかも分からない生活を日々過ごしている。


彼らの攻撃は裏で亜人を助けたこともある俺を俺と認識していなければ無差別である。俺も何度も恐ろしい目にあったことか。


亜人の怒りは正当なもので俺だってご当主様をどうにかしてほしい……しかしここで弱みを見せればこの領地の人間が皆殺しになりかねない。なんとか応戦しようにも亜人の力には全く敵わない。


魔法使いが「獣のなりそこない程度魔法でどうにかしてしまえば良い」と自信を持って前に出るが戦争のように人が波のように押し寄せてくる状況と違って平原に僅か数人がさん回しているのみ、目にも止まらぬ速さで動く彼らのような強者に魔法が当たるわけもなく……逆に魔法使いなどただの的となって散る。



リヴァイアスの領地にも新たな当主が生まれ――――……上の奴らがうちの領地から戦闘奴隷を纏めて連れて海から戦いに出た。


勝ったか負けたかは分からないがどちらにせよこの砦は危機的状況であり……呼吸も出来ないほどの緊張感がある。朝も夜もなくこの砦を破壊する攻撃は止まったが草原の彼らの睨む視線はそのままで……いつ攻め込んでくるのかわからず精神を病む兵士が続出している。


他所の砦では「王都からの軍がやってきた」とか「攻め込まれて落ちた」なんて噂もあるから余計恐ろしい。


こちらから卑怯者で名の知れるウーダ殿が使者として向かっていって……それから音沙汰がない。あんなのでも風の魔法使いだし何を交渉するのかは知らないが領都にたどり着いたのだろうか?リヴァイアスが降伏してくれればいいが何も知らされていない俺達はいつこちらに攻め込んでくるんじゃないかと明日にもこの砦が全滅するほどの大群が向かってくるんじゃないかと気が気でない。



そんな中で、純白の衣を来た何人かの……人?を海猫族が絨毯を下から支えてこちらにやってきた。



その、白い集団を護衛している人数は30人ほどだろうか?武装は少し過剰なまでに綺羅びやかで戦闘向きでは無さそうだ。儀仗兵に見えるが……油断はできない。



「何用だ!!」


「開門せよ!ウーダ殿との協議の結果我らはこちらに来た!!」



完全武装の我々の前に1人堂々と前に出てきて、亜人はそう叫んだ。



「ウーダ殿はどうした!」


「ウーダ殿は領都にて静養なさっている!事情を話したいのでそちらに行ってもいいか!武装は解除する!!」


「わかった!こちらに参られよ!!」



立派な鎧を脱ぎ捨てた小麦色の狐の亜人は武装はないと両手を上げて三度その場をまわって……城壁の上まで一飛びで来た。



「指揮官ですね?事情をお話しても?」


「お、おう」


「彼は、その……少しお耳を近づけていただいてもよろしいでしょうか?」



亜人に近づくなど自殺行為である。が、明らかに敵意はない。


こちらには仲間を殺された者や恐怖から槍を向ける者がいる。



「わかった。おい!槍を向けるな!!この勇士に無礼だぞ!!!」


「で、ですがっ?!」


「下がれ!!」



面識はないがおそらく彼は亜人に寛容な俺のことを理解している。


これまでもこうやって功績を上げてたことがあるが、今回のように派手なものはこれまでになかったな。


どこか言いにくそうにしている狐人の青年。彼らは比較的話せる種族だが――――



「実は、ウーダ殿はクリータのご領主様との婚儀についてお話をされた後、何を思ったのか『味見してやろう』などと新たなご領主様に襲いかかってこようとしまして……」


「なにっ!!?……いや、何でも無い!皆落ち着け!!」



あのスケベ爺が!?


クソ外道が!俺等をこんな危険な砦に飛ばしておいてあいつは一体何をしてやがる!!?



「すまんな動揺してしまった。……それで、ウーダ殿は?」


「クリータとリヴァイアスのこの慶事に酒宴をひらいて盛大に歓待していたのですが、かの御仁は水のリヴァイアス秘蔵の名酒を浴びるように飲んで酔って姫君に向かってそう叫び、勢いよく立ち上がりまして……酒にやられたのかクラリと倒れてしまいまして、城にて療養中です」


「そうか……」



えぇい惜しい!そのまま死んでしまえば良いものを!!



「大きな声では言えませんが彼には愛する奥方様と息子がいると聞いています。ですのでできれば内密に進めたいのですが」


「わかった、上に伝えよう……で、婚儀であれば1人のはずだがこの人数は何だ?」



全身を白い布地で覆っていて男女の区別はしにくいが素顔は隠されて見えないまでも僅かに見える素肌から女性とわかる。


しかし婚儀というのなら1人のはずだが、白い布の女性の集団は30人はいるだろうか?従者にしても衣装を合わせる必要はないはずだ。



「姫君からの命です。今のご当主様は大層な女性好きと聞きます。ウーダ殿によるとクリータとリヴァイアスはこの婚儀が成功すれば平和がもたらせられると」


「――――だから?」



何となく言いたいことは予想できた。


しかしその……俺の予想通りのことを言うんじゃないかと考えると――――頭の血管が破裂しそうである。



「各種族の美姫を集めてこれからの平和のために一緒に嫁ぐことにしたようです」


「………」



あの蛙領主に、美姫を、集めた?………いかん、怒りでウーダ殿のように俺も倒れてしまいそうだ。



「姫君はオベイロス王都で名を馳せた美姫、ですが経験豊富なクリータの領主様は多くの妻がいると聞きます。彼女たちに勝利してリヴァイアスの平和を勝ち取るためには流石に1人では難しい。だから彼女たちが選ばれました」


「不満はないのか?」



マーヨニーズ姫は美姫で、聖女とも娼婦とも聞く。いや、賢者として争いをなくすための婚姻か?


正当な婚儀の約定があったというのは聞いたことがあるが、領主となったのだからそれを守ろうとしている?


リヴァイアスに認められた彼女は身を挺して争いをおさめようというのだろうか?……いや、荒れたリヴァイアスなら家臣共に贄のごとく嫁がされようとしている可能性もあるか?


――――……わからんな。



「リヴァイアスに認められた姫君の命令であればそれは精霊のお導き、これだけの数で嫁げば流石に姫君も前妻共にいびられることは無いでしょう」


「なるほど」



どちらにしろ美姫と名高い姫君にうちの豚は釣り合わない。それだけはわかる。


……腹が立つが、彼女たちをどうするか、砦の前に待たせるのも手だがもしもあの鹿共がこの婚姻に反対なら彼女らごと攻撃されかねない。その場合は責任者の俺の首が晒される。


中で待たせることで岩や槍を投擲されることは無くなるかもしれない。このまま通してしまえば慶事であっても「亜人を正面から通した」と無駄に声の大きな上役に俺の首はやはり晒される。



…………中で待たせるしか無いか。



まずは花嫁となる彼女ら以外の武装や人数を確認させよう。この砦は女は全員逃していないし調べられるものは1人もいない。村から誰か呼んでこないと。


……それにしてもあのクズにこれだけの嫁か、クソが。


下を見ると花嫁となる亜人の中に目立つ巨体がいる。翼に尻尾、それにあと超大きな胸も。一昔に暴れまくった竜人を思い出すがあれはもう死んだはずだし別人だろう。彼女と牛人らしき巨体を支える海猫族がプルプルしているのが見える。


しかし、ウーダも若い頃は腕利きで名を轟かせた魔法使いだったってのになんて馬鹿な……セーダ殿もああなるのだろうか?


白い布地は婚儀の儀式用で青のリヴァイアスらしくないのは「貴方の色に染まります」という意思表示らしい。クソが、領主死ね。



「失礼、これをどうぞ。……まだ名前を聞いてなかったですね」



マントを狐人族の彼に差し出す。


亜人の中でも服を気にしないものもいる。


彼はほぼ獣の姿だがわざわざ脱いできたのは敵意のない現れであるし、完全武装の砦にたった1人で出向くなど真の勇士である。男か女かは分からないがちゃんと服を渡して然るべきだろう……だが、ひとまずはこれで我慢していただこう。



「狐人族、リットーと申します。リットー・フクツティクト・マイシクアライゼ・トピッシュル・クシバ・ウマ・イントーエケン・マミチュリュー・キュキュ。リットーとお呼びください。部族の慣習で長くつけられましたがあまりの長さに親も覚えられていませんから」


「なるほど、リットー殿、この砦を守護するクイン・ラインバです。この出会いに精霊の導きのあらんことを」


「はい、できればいつか良い酒を飲み交わしたいものです」


「勿論だ」



名前の長い狐人だがまともに信用は出来そうだ。


一旦砦の中で彼らの様子を見て、上に指示を仰ぐことは決まった。領都まで迎え入れるにしても追い返すにしても流石にこの数は報告が必要である。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「全員、死なずに帰ってこれるかわかりませんが勝てるように頑張りましょう」


「「「はいっ」」」


「特にアモスさんは危険な役割ですが覚悟は出来ていますか?」


「うむ、全ては民のために」


「いい言葉ですね!では、民のために!!」


「「「「「「民のために!!!」」」」」」」


「全員行動開始です!作戦通り行きますよ!!」


「「「「「「はいっ!!!」」」」」」

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