第125話 シャルルの愛のプレゼント?夜襲?


「わーらの主としてよろしくおねがいしーす」



完全に様子見のグループもいるが、狐の人の中から一風変わった人が来た。


狐の獣人の中に一人、黒色の髪の男の子が出てきた。髪の一部が白く、薄い緑色に見える。片方だけのメガネに見たことのない衣装。身長は私よりも小さいし独特の雰囲気を感じる。目立つのは大きな尻尾がモファリとはえている点か。



「私は皆さんの意見を聞きたいです。返事はありがたいですが、私を主と認められない方がいればあなた方に不利益にもなりかねません。返事は後でしますね」


「それでいー」



この子は狐の中でも偉い人なのか、明らかに年かさに見える狐の人が少し遠慮しているようだ。


彼が私にした挨拶に少しざわついたようだけど他に話しかけてくる人はいない。


まだ私への対応をどうするか決まってないようで他の種族の人は表立って話しかけては来なかった。



「お気をつけくだされ。狐は狡猾、よろしくない噂を聞くこともありますゆえ」



廊下を歩いているとナマズの人がドタドタと走り寄ってきた。



「というと?」


「他領から敵を引き入れているのは狐共だという噂をよく聞きます。御身のためにも我らが護衛を付けましょうぞ」



嫌な話だ。誰が裏切ったとか聞きたくもない。



「………そうですか、今日はもう休むことにします。護衛はいりません。認められてもいない私が兵をつけていればそれだけで誤解を生むかもしれませんからね」


「むぅ……仕方ありませんな。このプゥロ・ディ・ティオー、フレーミス女王陛下に忠誠を誓います。いつでもお呼びくださいませ」


「………先程も言いましたが私は皆の意見が聞きたいです、もしもそれまでその気であるのならその時にお願いします。それまではよく身内で相談してください」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




一人用の風呂場、外はニャールルさん達に見張りしてもらってお風呂に入る。


杖を使って部屋ごと水で覆ったから傍聴も侵入者も多分大丈夫。


熱めのお湯、昨日は洞窟のような場所で焚き火しながら寝たし、今日は大量の唐揚げを作るのに油を使った。


汗や埃、油でべとついた体にお風呂が心地よすぎる。



「ふふっ」



油を使うのが珍しかったのか、少し弾けた油で飛び退いたり毛皮が逆立つ海猫族の反応は面白かったな。


邪気もない彼らは見ていて楽しい。


しかし……ホーリーという犬人、アモスという竜人、名前を言ってなかった黒髪の狐人、それにナマズのプゥロ。他の人達も私をどう見たのだろうか?



水を浮かせてそれを眺め、よく考える。



私がいきなり爵位を得た時は完全に逃げ場がない状態だった。それしか選べなかった。――――……しかし、今は違う。自分でどうするかを選べるのだ。


人を使うのはいまだに慣れない。前世の部下にだって「お願いします」と言っていたのに、呼び捨てで「命令」しなければならない。更には部下に命の危険のある命令してその人が死ぬこともある。そんな立場は私には結構きつい。


ここに来るまでで考えていた「誰もいない領地」や「少数の人によって望まれてなる領主」ならまだこんなに考えずに引き受けていたはずだけど…………私以上に立派に人の上に立てそうな人がいて、その人が上に立つことが望まれていた。


そこにそもそも望まれてもいない私が彼らの上に立ったとしても続かないと思う。まるで嫌なタイプのコネ社員、実力は不明だが勤続年数も実績もないのに一気に部長や専務になるみたいなものだろうか。


もしも彼らに望まれて領主となれるのなら私もそうありたいとは思う。それまでリヴァイアスの領主がいて言葉が理解し合えるようにできていたのなら私にもなにか出来るかもしれない、彼らの生活の役に立てると思う。


…………だけど、誰にも望まれていないのなら、無理に彼らの上に立つことを望まない。



この世界は現代日本のように「普通に生きていて、生きられる世界」ではない。いつ、いかなる時に命の危機があるかは分からない世界なのだから選べるのなら彼らも命をかける相手を選ぶ権利はあるだろう。


命を誰に賭けるか、どう使うかを決めるのは彼ら一人一人であるべきだ。私はシャルルを守る時に何も持っていなかったけどそれだけは選べた。



お風呂を上がってゆっくり休む。熱々のお風呂、クラルス先生のシャンプーとボディソープでしっかり洗った体でスッキリである。ただ、服はいつでも誰か来るかもしれないから新しい外着のまま寝る……夜行性の獣人もいるらしいし、来客が来るかもしれない。


寝るのは個室かと思ったが防犯上シャルルたちと一緒だ。



「どうかしたのか?」


「なんでも無いですよ」



複雑である。


イケメンかどうかはさておき、昨日も思ったが男性と同じ部屋で寝るのに相手が全く自分を意識していない。いや、まぁフリムちゃんは現在幼女の寸胴ボデーであるから子供だし当たり前といえば当たり前だ。


成人未婚女性の意識が邪魔をしているだけと自分でもわかっているんだけど……何故か渋い顔をしてしまうぐらいには複雑な心境である。



「そうだ、これをやろう」


「なんです?」


「見てただろう?」



ポイと渡されたのは髪飾り、露店で気になっていたやつだ。



「え?あ……アリがトウゴザいまス?」



一瞬で顔が熱くなった。男の人からプレゼント!!?しかも「そう言えばイケメン」のこの男から?!!



「うむ、たまにはそういうものも身につけるが良い……どうかしたか?」


「なんでも……ない、です」



シャルルがどういう意図で渡してきたのか?いつもなら「考えすぎ」と友人に言われるような性格なのに、全く何も考えられない。


手の中の髪飾りが不思議と重さ以上に重く感じる気がする。



「本当に――――ありがとうございます」


「気に入ったか?」


「はいっ!」



物の善し悪しは正直分からないが、雑に贈られてくる貴族の贈り物なんかよりも「私が見ていたから」買ってくれたものであるということが嬉しくて仕方ない。


元気に返事することで子供らしさを出して逃げてしまったが、許してほしい。ちゃんとしたプレゼントなんて本当に久しぶりだったの――――



「よかった、これとこれとこれもやろう」


「……………………ワーアリガトーゴザイマスー」



――――シャルルは駄目だな。女心がわかっていない。


スネを蹴ってやろうかと思ったが、渡された石とブラシと煙のでていたトーテムポールの頭のような物を横に置くことにした。なんか呪われそうで抱きかかえたくないし慎重に降ろした。


ついでに2人のお風呂用のお湯を張って、シャルル用の水差しと宰相用の水瓶にも水を入れて……今日は寝た。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




アモスの兄貴のかっこよかった演舞の終わり。あの人間は現れた。


一目で、一嗅ぎであの小さな人が継承者だとわからせられた。――――だけど認めたくはなかった。認められるわけがなかった。


以前のご領主様達は本当に優しくて、他領の人クズ共が獣人を売るように言ってきても絶対に許すことはなかった。貴族という群れの中で苦しい立場に立たされてもだ。


獣人には脆弱な人間よりも特別な力を持っているものが多くいる。海の中で泳ぐことなんて普通の人には出来ない。雪山を駆け抜けることも、素手で獲物を狩ることもない。――――だから獣人は価値があり……金にだってなる。


人の売り買いなんて他所では当たり前、売れるのなら売ったほうが利益になる。なのに自分が不利益になっても許すことはなかった。そんな領主様だからこそ兄貴達も俺等も、亀の爺も狐も猫も本気で仕えることが出来た。領主様なき今だって海では毎日魚人が賊共と戦っている。


この数年、苦しかった。新たな獣人は信用できないし、古い奴らだって何を考えているかわからない。共通語を理解していた人共は俺らを裏切って情報を流していた。


種族会議ではこれまでの功績もあるし、実行したとされる人は全員牢屋行きだ。殺しはしないでも野放しには出来ない。殺しても良い罪だが刑の執行ができるのは領主様のみ。


時間がどんどん俺等を蝕んでいく。


獣人はそれぞれ言葉が違って何言ってるかわからん。イライラするし、襲ってくる獣人は他所の人に隷属していたりして…………どんどん不穏になってきた。情報を流していたはずの人共を捕まえたのに……まだどこかで誰かが敵と通じているはずだ。無防備な村が襲われ、家族や仲間が傷ついた。


これはリヴァイアスが「領地」だからなめられるのだ。「王都」になればそうはならないとリヴァイアス王国であるといっていたりもして自分たちなりに工夫もした。


もしもオベイロスの王が真に王であるのなら、援軍を送ってきても良いはずだがそれもない。


むしろ外からの敵が増えていることからオベイロスの王こそが敵の可能性もある。以前の領主様方が死んだのもきっと……。



現れたあの人クズは確かに御領主様を思い出させる匂いがした。しかし、信用して良いはずがない。何故か人クズはめちゃくちゃうまい肉を出してきて機嫌をとってきたが信用できるものではない。おい!そっちの肉は俺が狙っていたのだ!


気のいいダグリムは既にオーガにボコられていたし、ラオーの亀爺は何も言わない。



夜に海からの大規模な襲撃があった。



リヴァイアサンの継承の儀式は聞くところによるとうまく行ってもすぐにはその力を発揮できないらしい。しかも、これまで入っては来れなかった人族が揃えられた武具を身に着けてきやがった。外の敵にとっては最大にして最後の好機だろうな。――――やっぱ誰かが裏切ってやがる。


魚人の首に鎖で船に繋がれて引かされていた。


見た顔もあるが見たことのない顔の魚人もいる、海での戦いで捕まっていた連中、それに外の領地でも集められたのだろう敵ども。


無理やり隷属させるには心身ともに叩きのめすことが必要だし、隷属させられても抵抗力の強いものはすぐには命令には従わない。首には血が滲んだ傷が遠くからでも見える。


血が沸き立つほどにムカつく。


壁の外、これまでになかった規模の敵、万はいるだろうか?揃えられた剣は明らかに軍隊だ。最悪なことに精霊の宿るものも見て取れる。


しかし、海から来た船団なら海ごと都を囲む大壁がある以上、こちらが有利。


少し沖まで続くこの分厚く高い領壁、普段陸地では日陰が出来てかび臭くなることもあるが海では無二の強さを誇る。


魔法使いであってもこの壁を壊すことは難しく、飛び越えてきても海の種族が内にいる。撃ち落としやすいし、壁にも陸地にも仲間がいる。


入ってくるには大きな海門があるがそこだけ守ればどんな兵力だろうと攻略はできないはずだ。



「ホーリー様!」


「なんだ?」


「海門が……海門が開ききって、鎖が使えなくなってます!!!」


「なっ?!」



海の門が開ききっている。敵が少しぐらい現れても船を使うものはいるし問題ないはずだったのに……犠牲なしでは勝利できなくなってしまった。



そんな中、人クズが現れた。猫どもに囲まれたそいつは――――杖を軽く振った。



船団は水上にありながら巨大な水の玉に飲み込まれた。



中の船がギュルギュルと回った後に乗っていたものは水の玉ごと壁の此方側の空の上に持ち上げられ、水の玉から落とされていく。



冗談のようだった。海をそのまま持ち上げて振り回すなんて……壁の此方側の海には魚人や戦船で待機していたものがいるし、落ちてきたものを捕まえていくだけであっさりと戦況は決まった。


人クズは船の先に繋がれた魚人のためか船をひっくり返して城壁の上に載せ、魚人をつなぐ鎖を外していた。


ひっくり返されている船内にはまだ敵がいるかも知れないし乗り込んで制圧していく。



「へばりついてるやつがいるぞ!」

「抵抗すんな!!」

「な、何が起こったんだ……?うぐぁ!」

「助けてくれ!こっちは無理やり奴隷にされたんだ!子供もいる!」

「すぐ行く!!!」



船には何十何百と人が乗る大きなものだ。中には振り落とされなかったものも多くいた。それを天地をひっくり返すかのようにまとめて持ち上げてしまう……空が見えなくなるほどの頭上の水と船………ありえないものがすぐ近くにある。毛が逆立つほどに恐ろしい。


これがリヴァイアサンに認められた者の力なのか……これまでのご領主様よりも凄まじく、圧倒的で理不尽で――――神々しいまであった。

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