第124話 市場調査?


以前「その国を見るには人を見ろ」と尊敬している上司に言われたことがある。


経済を調べるのに様々な指標がある。


数値も大事で分析のためには絶対に抑えるべきものだがその数字がどんなものだからその数字になったのか?数字ばかり見ていても見えないものがある。



「何を見ているんだ?」


「人や建物、色々ですね」



一応私達は目立たないように三人ともフードを被って市場に出ている。


私の好きにさせてもらって色々見て回っているが……路地の奥を見て止まった私をシャルルは不思議に思っているようだ。



日本では当たり前に時間を守るが海外ではそうではないとよく言われる。だがその理由は様々ある。


現代日本では見ることも殆どない土の道だが国によっては雨でぬかるんだ道は車が通れなくなることもあるし、固まった轍は歩く人の体力を奪う。結果として町に野菜を売りに行く農民は困るし、急病や事故が起こったとして道が仕えなければ医者にもかかれず命を落とすこともある。学校にだって行けないかもしれない。


雨が降った。それだけで人の経済活動に支障をきたすこともある。



―――――これは現代でも海外ならある話だと上司に言われて当時は驚いたものだ。



雨は自然のものだから人がどうこうできるものではない。もしかしたら「行けたら行くよ」なんて言葉があるが日本でも雨一つで橋が流されていたという話は多くあったそうだし、昔の名残があるのかもしれないな……断り文句なだけかもしれないけれど。



経済はその結果を数字で表すことが出来るがその経済を作るのは人だ。人の生活を見れば経済を知ることが出来る。それを調べるのが私は楽しかった。


人には衣食住が必要だ。しかしそれだけでは足りない。


衣食住、私にはどれもまともになくて……餓えを経験した。お腹が空いてクラクラしながら仕事で水を出す。水瓶は食材が置いてある場所にあるから本当に手を出したくて仕方がなかった。


――――……食べ物がいつ手に入るかもわからない。手に入る確証もないのは気が狂いそうだった。親分さんのくれたちょっと傷んだ食べ物ですらどれだけ満たされたことか。


親分さんのもとで少しはマシな服と小さくても部屋をもらえた。でもそれだけじゃダメだった。人には衣食住のみならず、さらに「安心して生きられる未来」が必要だと思う。



この領都の道は綺麗なもので石畳にゴミも落ちていない。人の顔はうつむくこともなく、活気にあふれているように見える。―――路地裏を見ても今のところ倒れている人はいない。



「な、なぁお?」


「何を見ているか……どんな暮らしをしているかなって、そうだ。露店の辺りに案内してくれますか?」


「「「にゃー!」」」



海猫族、鳥ではなく青い猫だが彼らはどこにでもいてついてきていたりもする。行く先の木の上で寝ていたりするのは少し和む。


物珍しいのか近くに寄ってくる猫たち。上だけ着ていたり帽子をつけている子もいるが多分種族的なものであって服がないわけではないのだろう。



「「おぉ」」



市場は活気だっているが騒ぎにならなくてよかった。


宰相はしぼんでついてきてくれているが、きっとオーガモードのままなら大騒ぎになっていたと思う。



「らっしゃいらっしゃい!今日はいい魚が釣れたよ!!」

「………」

「コッコココ」

「買ってかない?」

「なぁーお!んなんなぁぁ!」



まるで動物園のようだ、しかし見てすぐに問題がわかった。


言葉が通じていないから無言の人もいるし、同種族にだけ声をかけている。しかも硬貨だけではなく物々交換で品を見せあっている人もいる。


露店で見てもどうせ私には声が通じないと思っているのか何も言ってこない。



わんわんにゃーにゃーと伝わらない言葉で値段の交渉をしている姿はたくましいが……なんというか喧嘩にならないか不思議と怖く思う。サバンナとかの動画で動物が戦う直前に見えなくもない。


屋台は様々なものを売っているし見て回る。


人種が違うからか異国に来たように不思議に感じる。売り物も光に煌めく布に、羽飾り、何かが詰まっているのだろう壺。食品もよくわからない野菜が吊るされ、鼻にほんのりとツンとした香りが漂ってくる。


海が近いからか磯の香りもするし、並べられた魚の生臭さに解体された肉も置かれているのは衛生上大丈夫なのかとも思うがそういうお店にはとびきりきつい香りの何かを吊るしているからか虫は集っていない。



「ニャールルさんあれは、何に使うんですか?」



いつの間にかついてきていたニャールルさんに市場のアレコレを聞いていく。


ちょっと私自身が楽しくなっている。本当ならすぐに王都に帰って怪我で療養してる皆のことも心配だったり、ギレーネは反省しているか、瀕死だったラディアーノにも話をしないとなとか……やることは山積みのはずなのにだ。


しかし、問題の解決のために空いたこの隙間時間、見たこともない文化に触れているのは楽しすぎる。



「にゃー」


「あっちのは?どうやって食べるんですか?」


「んなぁお、にゃおにゃー」


「なるほど!ちょっと交渉お願いしてもいいですか?」


「なー」



吊るされた変なものはなにか?何故露店で大きな亀がでんと座っているだけなのか?あの肉は?あの魚は?あれは?


ニャールルさんに耳打ちして聞いていく。お金はシャルルがいくらでも出してくれるので問題はない。


相手はこちらを物珍しく見てくるがニャールルの交渉で目に入ったものを買い上げていく。



「爺、俺もこういう場に詳しくはないが……こういう時の女性は普通、装飾品や香水、それに服を買うものではないのか?そう習ったぞ?」


「儂にも何をしているのかはわかりませんな」


「……肉を全部買い上げたみたいだな、爺の食事を買っているのかもしれんな」


「そうですのぉ」



お金が使えてよかった。主流は物々交換だけど硬貨での支払いもできる。


すり減っていない真新しい硬貨はありがたがられて割引もしてもらえた。


海猫族の人たちに城に運び込んでもらったし後は帰るだけだが……どうしよう、裏路地とか行って治安も見てみたいがちょっと暗くなってきたし暗い路地は危険すぎる。曲がり角から現れるドスッグリッは危険だと親分さんに教わったことがある。


露店も減ってきたしもう見るものはないと思ったが、シャルルの言うような装飾品はなぁ………。


現代日本でも装飾品を持つのは常識だ。私も冠婚葬祭、男避け、友人とのちょっとしたイベントなんかでTPOを考えて使ったりはしていたけど普段から使うものなんて髪留めぐらいであったし、ネックレスやイヤリングですら最小限にしか持っていなかった。


ちょっと便利そうな形の髪留め、それもなにか魔法の道具らしきものが目についたがそのまま帰る。


できれば産地や仕入れ値も聞きたい。この領地の特産品とかなら商売になるかも知れないし……しかし、値段のかかれていない装飾品店とか怖いな。食べ物だったら普段から皆が手に入れるものだからニャールルさんも相場がわかるがこういうものはピンからキリまであるし相場がわからないそうだ。


木彫りの謎の煙の出る顔とか、ごろごろ置かれた石とか、ブラシのお店も気になる。


使用用途が不明なものでも「売買」している以上価値があるのだろう。煙の出るトーテムポールの顔みたいなものは見た目で目について気になったし、石は全くの用途不明。ブラシは獣人が多いからか種類が大量においてあったから別の意味で気になった。買いはしないけど。



「もう良いのか?」



買いたい物は買えた。見たいものを全部見れたわけでは無いがそれでも収穫はあったと思う。思わぬ収穫もあったし。


シャルルも海猫族に商品を指でさしてお金を渡して交渉していたし、それなりに楽しんでいたのだと思う。



「はい、暗くなる前に帰りましょう」


「そうか」



城に戻って気合を入れる。シャルルと宰相はどこかの部屋に戻って……私はニャールルさんと厨房だ。


大きな厨房なのに人は少ない。



「なぁお、なぁー……」



最近は同種族同士で食事することが殆どでここは使われていない。


厨房は火も使うし包丁もある。言葉が通じないと危ないのだ。だから同じ種族の料理を食べるようになってあまり使われていないのだと。


……まぁ好都合だ。



「手伝ってくれますか?」


「「「にゃー!」」」



食材を指示を出して切っていく。ほんとはもっと大きくしたかったが種族差もあるし火の通りもわからない。


実験で先にいくつか作ると海猫族の人は驚いていたが試作は結構理想の形に近いものが出来た。



「にゃー?」


「熱いですから」


「………に”ゃ”っ”!!」



「あぁもう言ったのに、お水どうぞ」



ちょっとしたとトラブルはあったが無事できたし、広間で話している人に持っていく。ちゃんとシャルルたちも呼んだ。



「それは?なんですかのぉ」


「唐揚げです。ちょっと作ってみました……よかったらどうぞ」



広場で種族ごとには纏まって話し合っている人たちはそれなりに疲れているようだ。数人で大皿を運んで行く。


ナマズっぽい好意的な印象の人に聞かれて答えたけど唐揚げってこっちでは見ないけど料理名とかあるのだろうか?


私も一皿ずつ食べていく。大皿ごとに味付けは少し変えてある。



「カラアゲ?ほぉっほぉっ!!!??これはいけますなっ!鳥の旨味が歯ごたえの良いザクザクの中に封じ込められていて!素晴らしい!!」


「宰相は遠慮してください。残ったら食べてもいいので」


「そんなっ!!?」



宰相ならどんな量でも一人で食べきってしまうだろう。一応多めに大皿から一つずつ取って渡す。味付けも濃いと食べられかもしれないし皿ごとに味付けは違う……毒見役みたいな感じもするがもちろん毒はいれていないし、集めるとそこそこの量になったから宰相としても食べる味の種類も確保できたしホクホク顔だ。水も注いであげた。


唐揚げ……鳥に軽く下味をつけて油で揚げたもの。食用油があったので作ってみたのだけどそれなりに美味しく出来たと思う。


特に露店で見つけた白胡椒のようなスパイスがいい味を出している。こぶし大のピスタチオの殻のような物を削るとそのまま白胡椒の味がする。この辺りではよく使われる調味料のようだ。



「みなさんもどうぞです」


「これが王都の……味!?」

「熱いけどうまいな!!」

「……………」

「UMEEEEEEEEEEE!!」



バリバリと食べ尽くす勢いの獣人の方々、私はガリガリするほどの唐揚げよりもカリカリ程度、いやしっとり目の衣にジューシーな唐揚げのほうが好みだ。しかし表面の衣が思った以上に固めになったし、生姜やにんにくに近いスパイスは加熱して苦味がほんのり出てしまっているので個人的には要改善ポイントである。


しかし肉汁の旨味が衣にしっかり閉じ込められているし溢れる肉汁が美味しい。少し冷めたものもべとつかずに噛むと旨味が出てくる。味が物足りない人のためにも塩コショウとレモンのような果実の絞り汁、それと水の腕で作ったマヨネーズも一緒に出したが強い肉の味と相性が良い。


下味をもうちょっとしても良かったかもしれないが肉の味が思った以上にしっかりしていてザックリした衣と塩コショウだけでもがあるだけでも十分に美味しい。


揚げ加減がわからなかったし種族で口の大きさも違うから小さめに作ったが今度作る時はもうちょっと大きめにしよう。



アモスもヒョイパクヒョイパクと各皿の唐揚げを口に入れては尻尾を床に叩きつけていて……多分美味しいんだよね?本人も蝙蝠みたいな羽があるし、翼のある生き物を食べるように勧めたから怒ってるわけじゃないよね??



それと今回一番の収穫……昆布があったので昆布のおすまし的なものを作った。昆布はそのまま似た味のものがあって売られていて最高だった。和風の昆布出汁にこのあたりでよく使われる野菜を少し入れただけ。


昆布は生のまま亀人が食べるだけらしくスープにしたのには少し驚かれたが受け入れられたと思う。



だって、唐揚げもスープもかなりの量を作ったのに……宰相の分は残らなかったから。

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