第110話 マーキアーとオルミュロイ。
目から血を流しながらオルミュロイが飛びかかって来る。
オルミュロイも見た目は人間に近いが、膂力はリザードマンそのものだ。
「こっちだ!こっち!来い!!」
「兄さん!!お願い!目を覚まして!!!」
「ウ ォ ガ ァ ア ア ア ア !!!」
盾を鳴らしてオルミュロイを引き寄せる。タラリネを傷つけさせる訳にはいかない。
タラリネの声も届いていないように見えるがこちらに向かってくるのはありがたい。
頭をもぎ取りに左から来た爪。身を低くして逃れ、ふくらはぎに向かって斬りつけて離れる。――――浅いが肉を斬ることが出来た。
「ゴォググ……グルウワァァアアア」
手は払う事しか出来なかったのに……動きが悪くなっても、リザードマンは水場では俊敏に動く。それを考えればようやく五分かね。
殴りかかってくるが避けるだけならなんとかなる。
―――いや
爪や拳を受けるたびに盾がひしゃげていく。……もう、腕が上がらないね。
荒れ狂って何度も向かってくるのを必死で避ける。掴もうとしてくるのは剣で打ち払っていく。
本人に意識がないからか攻撃が単調だがあまりにも力が強い
「シャアアア!!!」
「兄さん!やめて!……いたっ」
向かってくるオルミュロイ。
割り込んできたタラリネを腕で薙ぎ倒し、わずかに固まった。
「グッ!……いい加減に、しなっ!!」
ほんの僅かな隙、意識があるのかないのか知んないけど……腹の真ん中、全体重をかけて渾身の蹴りを放ち……オルミュロイは吹っ飛んだ。
建物の壁を割ってそこで倒れた。やりすぎたか?
「マーキアーさん!大丈夫ですか!?」
「あぁ」
「―――足がっ!!」
蹴った足が抉られていた。オルミュロイの爪に引っかかって裂けたのだろう。
「見た目だけさ。それよりオルミュロイはどうなってる?殺しちまったかもしれないね」
「いえ、兄は……」
ゆらりと起き上がったオルミュロイ。
「兄は頑丈です」
「……そうみたいだね」
「タラ……リネ………?」
「兄さん!」
起き上がってきたオルミュロイだがフラフラと胸を抑えている。
隷属に逆らっているのだろう。
「――――その傷、俺……俺が?……マーキアーもググググッ!!?」
体に与えたダメージよりも、更に苦しいはずだ。
隷属にあれだけ逆らうなど死んでいてもおかしくない。
ドゥッガ一家の隷属はそう弱い魔法使いがしているわけではないし……オルミュロイにそれだけ耐性があるということか、それとも生命力がありすぎるのか………。
レルケフによってオルミュロイがかけられた命令は「殺せ」だ。あたしたちが引けばあたしたちを追ってくるか、見かけた人間を無差別に殺すか、命令したレルケフの元に向かうかだ。
「グゥウウ!!マーキアー!殺してくれ!!」
……ここまでか?
「やめて!」
あたしもオルミュロイも傷を負った。
オルミュロイからすればあたしを倒してしまえばもう誰も止めることができずにタラリネを殺してしまう。それは兄妹で助け合ってきたオルミュロイにとっては耐えられない。
首や目は狙ってこなかったが今なら……。
「すま……ん」
「いや、いいよ。あたしはあんたといれて楽しかったよ」
妹想いのこの男に、妹を殺させる訳にはいかない。
長いこと奴隷をやってると抗って死ぬことも出来ずに命令を聞くしか無くなる。……よく分かるよ。
「兄さん、マーキアー?」
タラリネに戦士としての眼力はない。あたしがしようとしていることも、オルミュロイがしようとしていることもわかっていない。
タラリネに傷を作るかも知れないが死なせる訳にはいかない。
剣を肩に載せ、呼吸を整え、力をためる。
「………ありがとう」
―――普段無口なくせに、礼を言うんじゃないよ。
運が良ければ失血だけで死なないかも知れない。鱗も固いしね。だが一撃で終わらせるためにも集中する。
首を狙って飛び込む。本人が首を差し出している今しかない。
今ここで、こんな事ができるのはあたしだけなんだから。
ッ――――!!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
まずいな。この学園、思った以上に広いし人も多い。
別の国の学校なんぞとは桁が違う。普通は領地に一つ学校があるものだがこの国では王都に集中して教育に力を入れているようだ。しかも研究機関に騎士や魔法使いの育成機関も一緒にあるからか警備が厳重だった。
神殿経由で入れた15人、運の良いことに目標を恨んでる婆がいた。
狭い部屋できつかったが気心のしれた仲間だし外よりはマシだ。外の連中と連絡を取って襲撃を考えるが……人が足りていない。
まぁ予想はついていたしわかっていたことだが………ままならんな。いつでも外から騒ぎを起こせる人員は居るし王都で撹乱もしている。「たかが小娘一人に」とも思ったが小娘自身の力量がとんでもない。
騎士団を正面から一人で蹴散らすなんてオリハルコン級冒険者に相当する。
子供の騎士が相手だという話もあるが……見ていた部下は「あれこそ水の精霊だ」と言っていた。ギレーネは彼女を蔑むようなことばかり言って役に立たない。……まぁ、潜入にちょうどいいしそこまで期待はしていない。
毒殺するのが早い気もしたがそうすると死体が持ち帰れない。
良くて生け捕り、最低でも殺して死体と杖を持ち帰ることが決まっている。
学園の中に入ればそれなりに警備は緩むと思ったが学園内には暗部でも育てているのか……一人犠牲になってしまった。犠牲は無駄にしない。
目標を調べていくとちょうど良いやつがいた。目標であるフレーミスの家の重臣の息子。学園内の酒場で年若い主の愚痴をこぼし、管を巻いていた。
「たくよぉ、なんで俺が……」
「よぉ、景気のいい話かい?」
明らかに機嫌が悪そうだが、こう言う輩の相手は慣れている。
「そんなわけねぇだろぉが」
「俺には良いことがあったのだよ。ちょうどいい奢るから飲もう!店主!この御仁に一番いい酒を!!」
「おぉ?良いのか?」
「あぁ、俺が良い気分なのに横で管を巻かれれば気分も下がる。俺は外から来てここのことはわからんし聞かせてくれよ。乾杯!」
この国の酒、かつて4つあった水の名家の酒は目玉が飛び出るほど高かったがそれだけ美味かった。そして、レルケフとは仲良くなれた。
これがなかなか気があう。
俺は貴族の出だがチンピラと変わらなかったし、こいつも父が貴族の出だったが賭場暮らしだ。
レルケフは銭湯で働いていたがそこで計画は加速した。
俺の国にまでその名を轟かせていた『悪夢』のインフー。国境線の一部は奴一人が現れたことで変わってしまった。夜になればインフーがどこからか現れて俺達は焼き払われる。まさに悪夢のようだった。
街一つを吹き飛ばすほどの火力があると謳われた奴には孤児院という弱点があった。
奴が作った魔導具はとんでもなく有用らしいが同時に危険でもあるらしい。それ自体も手土産に出来そうだがそれを使えば戦場を支配した奴が味方になるのは頼もしすぎる。
銭湯にあるそれを雨の間にレルケフによって孤児院に運びこませた。
「やぁインフー先生。話があるんだ」
「誰だ?」
「オルゴ……『竜剣』のオルゴだ。戦場の貴様が懐かしい、今でも震えが……―――まてまて。子供の命が惜しかったらやめておいたほうがいい」
すぐに杖が取り出され、一気に部屋が熱くなった。
一言「子ども」と言った途端に動かなくなったインフー。
「なん……だと………?」
「孤児院は俺が掌握させてもらった。言うことを聞かないのなら皆殺しだ」
「はなしを、聞こう」
「いいね、そう来なくっちゃな」
銭湯にあった危険な魔導具を取り外して孤児院に持ち込んだこと。俺の部下が孤児院を掌握していること。
これは賭けでもあったが、悔しそうなインフーをなんとか味方にすることが出来た。
「妙な真似はしない方が良い。もちろん何人か監視はつけさせてもらう」
「……わかった」
後は30ほど居る外の部下に連絡、部隊を分けて準備をさせる。
移動に10人、王都を荒らす目眩ましに10人、足りない人員の補充に10人。
これだけいれば王も狙えるかも知れないが大分やられて減ってしまった。
流石に王城は騎士が警戒していて難しい。狙える獲物の中で狩り殺せる相手を狙うまでよ……大物すぎても持って帰れないでは意味がない。
―――悪いが手柄にさせてもらおう、ルカリムの小娘よ。
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