第111話 大混乱の救出、3人の成否。


痩せガキがどうなったかはわからんが……風で孤児院の壁を越えて出て、情報を持ち帰ろうと移動すると既にこちらに向かってくる勢力がいた。


身を隠す前にエルストラ嬢の姿を見つけ、近くに行く。



声をかける合図もしていない。しかしお互いの姿を確認しているし大丈夫だろうと向かった。


目の前に冷たい風が吹き荒んだと思えば銀髪の男が現れ、こちらの眼前に矢が向けられている。



「……お前は?」


「モーモス、です。貴殿はフレーミス様の護衛でもあるヒョーカ殿であっていますか?」


「……あぁ、あまりに不審だった」



清掃用服に女性用の履物、それも土にまみれてドロドロだ。


うっかりしていた。



「潜入していたので……情報をお持ちしましたのでお話しても?」


「……ついてこい」



聞いていた通り、変な人である。


それはそれとしてエルストラ嬢だ。持ち帰った情報をどう評価するかはわからないがそれでも無表情で聞いてくれた。



「重要な情報ありがとうございます」



何を話しても冷静なままのエルストラ嬢、何を考えているのか分からなかったがその冷静さが頼りになる。



「わかりました―――――皆殺しにします」



いや、全然冷静じゃないようだ。



「正面からでしょうか?」


「貴方がいない間に敵の情報を風魔法で得ることが出来ました。これは 仇 討 ちで す。一人も残すこと無く殺しましょう」



……フレーミス様が既に死んでいる可能性はあった。


しかし、この人がこういうのだから信憑性はある。



「それは、確かな情報なのでしょうか?」


「はい」


「しかし、フリム様なら子供の死を望みません。やり方を考えましょう」


「そうですね」



主の……フレーミス様の死。思ったよりも怒りは湧いてこなかった。怒りよりもすっと寒気がして、ただ敵をどう追い詰めるかと考えてしまう。


この団体は先程まで殺意たっぷりなエルストラ嬢に率いられていた。正面から戦いを挑みに行き、裏からヒョーカ殿が攻め込んで魔導具を奪取する計画だ。


そこに俺が持ち帰った敵の情報を加味してどう攻めるか、どう子どもたちを守るかを決めていく。



今は周囲に敵の監視はここにはいない。ヒョーカ殿がすでに処理したそうだ。


敵の位置からして正面から向かうだけよりも裏から数人回ったほうがいい。そう話し合って、ヒョーカ殿には地下に行ってもらうことを提案……ん?あれ?いない?



「ヒョーカ殿は?」


「え?ここに……いませんね」



横にいたはずのヒョーカ殿がいない。



「……話は聞いていた。怪我人が出たのだが誰か解呪が出来るものはいるか?」



「治癒ではなく解呪ですか?」


「……そう言ったが?」


「「………」」


「………?」


「詳しくお願いしても?」



聞いてみるとちょっと離れた場所に居た一人を氷漬けにしてきたそうだ。だから解呪が居る……と。ちょっと何言ってるかわからない。


この人、かなり変だ。何を言っているか分からなかったし、状況を把握しようとするために行ってみると驚いた。フレーミス様配下のマーキアー殿とタラリネだったか、2人が倒れ、御者だったはずの1人が体ごと氷漬けにされていた。


意味がわからない。


お怒りのエルストラ嬢に何を考えているかわからないヒョーカ殿。ここは常識と良識のある自分が導かねばならない。



「えぇ……ひとまず彼女らの手当をお願いします。解呪はすぐには無理なので一旦このままにして戦後にしてもらいましょう」



この男、こちらの会話を聞きながらこれだけ離れた距離で戦闘をしていたのか?風魔法使いの自分よりも遠距離を?


というか怪我人が居るのに治癒はいらないとはどういうことだ?



「……この程度の傷なら自分たちでどうにかできるだろう?」


「……」



あれ?話しているはずなのになぜか話しが通じていない気がする。


しかし、時間もない。もしも敵がフレーミス様を殺害したのなら撤収に入るはずだ。



自分とヒョーカ殿で孤児院を裏から潜入。安全を確保して風魔法使いがその後突入、土魔法使いも壁に穴を開けて火の魔法使いも突入する。



タイミングはエルストラ嬢が正面から恭順のふりをして確実に敵の首魁を釣ってから殴り込みをかける……はずだった。



「ハハハ!手負いの獅子がこれほど強いとはな!!」


「燃え尽きるがいい」



孤児院の前で、インフー先生が敵の首魁と戦っていた。


炎が敵を包もうとするのに剣を中心に炎が消えていく。なにかの魔導具だろうか?


遠巻きに見てもインフー先生は腹からかなり出血している。



「今のうちに裏から入りましょう」


「……あぁ」



エルストラ嬢が前に出るまでもなく騒いでくれている。今のうちに裏から入ろう。


まずはヒョーカ殿と壁の内側に入って、裏から突入する人間の安全を確保する。


そもそもインフー先生が生きていて正面で戦っているなど明らかに想定外だが……そちらが注視されているのなら都合が良い。


一応、移動しながらも孤児院正面のインフー先生と敵の首魁の2人の会話は聞いていく。ヒョーカ殿は氷で知られるが空を飛んでついてきたあたり風も使えるようだ。



「しかし、貴様、人質が居るというのによく戦いに来たな。子供の命が惜しくないのか?」


「惜しいとも、しかし子供の命よりも貴様らは自分の命を大事にすると見た」


「たしかに、ガキの命なんぞよりも仲間の命が大切だが……?何が言いたい?」


「やれやれ、あの魔導具、もしも壊れてしまうとどんなに危険なものなのか分からずにやっているのか?」


「は?」


「あの魔導具が壊れれば孤児院どころかこの学園を燃やし尽くすかもしれない。流れてしまったがフレーミス君の死体が必要なんだろ?必要ということは生きて持ち帰り、報酬を受け取る気だとわかる」


「……虚言だな。魔導具一つでそんなに被害が及ぶはずがない」


「火精石の欠片を砕いたものを使った」


「馬鹿なのか貴様!!?」



馬鹿なんじゃないか?!


思わずヒョーカ殿と同時に固まってしまった。



「失礼な、あれは人類を豊かにする画期的な―――あれ一つで大きな銭湯の湯沸かしをしてい のだ、当た 前だ  ?」



距離が離れて聞き取りにくくなった。壁の内側にまで入ると流石に入り口よりも建物に耳を傾けないといけない。それにこれ以上は風を使って聞くまでもなく、激しい攻防が始まったようで入り口から戦闘音が聞こえてくる。



ヒョーカ殿に敵のいた配置を伝え、ちらりと痩せガキの部屋に耳をやる。まだ死んでなければいいが……ん?


裏で待機している仲間に突入の指示を出した。ヒョーカ殿は建物の上から孤児院に侵入、自分は痩せガキの部屋に入る。


結構な血の跡もあるが本人はいない、それに何だ?この熱は……床に穴?


穴に血の痕跡が続いている。穴の奥に耳をやると声が聞こえた。



「大人しく開けろ!」


「こじ開けるぞ!!」



ガンガンと金属の板を叩く音に開けろ開けろと声が聞こえる。


まさか痩せガキ、地面を掘って地下に向かったのか?



―――あれ程動くなと念を押したのに。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




この建物から出て情報を持ち帰ろうと思った時、たまたま敵の巡回を感じ取って時間が出来てしまった。それに情報を持ち帰るのなら伝える方法は口伝でなくとも良い。ペンを使って紙に書き記そうと考えた。


だから一度痩せガキの部屋に入って見ると、争った形跡に腹に短剣が刺さったままの痩せガキが倒れていて……インクもあった。


一度見捨てようとした手前、その痛ましい姿に罪悪感を覚えたがやるべきことは情報を書き上げることだ。紙とインクがあればそれで書き記せる。



「……う…………」



音を立てないように静かに書いていると後ろから声がした。



「……生きてるのか?」


「………」



近付いてみると腹に刺さった短剣以外は目立った傷はない。


失血の量も恐ろしいが……ここまできたのなら見捨てることもできんか。



「痩せガキ、聞こえてるかわからんが治療する。声を出すなよ」


「………」



虚ろな目をしたままの痩せガキ。声を出して敵が集まれば今度こそ見捨てることになる。


エール女史に「特別な薬を皆で持っておくのは大事です。特に風魔法使いは駆けつけて薬を使えるのだから必ず持つべきです」と教わった。


自分の分はフレーミス様の危機に使うと決めていたが……よく考えればこいつも持っているかも知れない。


一応こいつもフレーミス様に近い立場の重要人物である。部屋を調べると……運の良いことに持っていた。


薬瓶に俺の頂いたものと同じ印がされている。



「…………ぅグッ……」



声は外に飛ばすようにしていたが剣を腹から抜いても反応は薄い。腹から剣を引き抜くのは本当に気持ちの悪い感触がする。


吹き出す血、傷口に秘薬をかけた。同時に飲ませないといけない薬を飲ませようとしたが……。



「飲むんだ」


「………」



―――飲まない。そもそも意識があるのかわからない。……仕方ないな。



傷を癒やす秘薬を使えば必ず飲み薬を飲まないといけないと教わっていた。


保存のために硬く固められた親指ほどの薬の塊、指で潰して少し柔らかくしてから飲ませる。


指でほぐす度に薬独特の匂いがする。



「これを飲まなきゃ死ぬ、役に立たずのまま死ぬ気か?痩せガキ」


「……」



少しずつ口に含ませると飲み込んでいく。あまりの不味さからなのか吐き出そうともするが食わせていく。


後、もう少しあるが、……建物の上の敵が離れていった、今しかない。残りは口に突っ込んだ。



「俺は行く。決して動かずに寝てろ、運が良ければ助かるかも知れない」


「………」



くそ、紙とペンもあったのに、見捨てられなかった。


一度は離れようと決めて、ここには情報を書くためだと自分で考えていたはずなのに……!




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




―――そんな中途半端な別れをしてエルストラ嬢と合流。その後部屋に戻ってくるまでそう時間はなかったはずだが……薬が良かったのか、痩せガキがいない。



土の魔法使いによる穴あけはよくあるが、痩せガキがこれをしたのか?したんだろうなぁ……あの阿呆が、風魔法使いとして土の穴に入るなど自殺行為だが……いてもたってもいられず気がつけば穴に進んでいた。


穴は斜めに地面を進んでいて、少しは見えるが穴の先がどうなっているかはわからない。腹が支えそうになるがそれでも進むと……やはり地下室の天井に繋がっていた。


扉を土で固めて座り込んでいる痩せガキ、横に大人が倒れているがおそらく敵だろう。


子供はこの高さまで届かないから逃げられなかったか、大部屋の空気が酷く蒸し暑い。


どうすれば良い?なにをするのが最も役に立てる?



――――子供を助けるか、魔導具を持ち出すか……誰か呼びに行くか。


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