第100話 故障と呼び出し。
オープンしてしばらく……多くの問題が浮かび上がりつつも、なんとかやっている。
「本当に僕らを雇ってくれてありがとうございます!」
「「「「ありがとうございます!!!」」」」
「私はやる気あるものを好みます。人によって出来る仕事は違いますがお客様に居心地の良い空間を提供してください」
「「「「はいっ!!」」」」
孤児たちも仕事に対価がきちんと払われると知ってやる気を出している。
こんな激励はしたくなかったが……対価が自分に入らない環境が当たり前ではやる気が無くなるのも当然だ。
私はやる気のない人の場合は別の人に交代してもいいと言っているからか子供たちのやる気も凄い。
通常、孤児たちには直接の対価を払わない。この学園では学園の孤児は無償で働く。
孤児院は大きく分けて3つの収入源がある。「学園からの予算」「貴族からの寄付」そして「孤児が働くことで得られる寄付」だ。
私が支払うのは「貴族としての寄付」と「仕事への対価」だ。そして「孤児に支払う」のと「孤児院に支払う」のは私にとっては同じお金だが孤児院にとっては大きく意味が違う。
孤児は学園内の下働きの他、商店や研究の手伝いなどを行う。その際、商店であれば表向き無償とはいえ少しは孤児院に寄付をする。研究者も同じだ。
孤児たち個人に支払う場合もあるが、孤児はこの学園に残り続けるか、この学園を出ていくか……人によって異なるが選択できる将来がある。子供によっては金銭を貯めたい子もいる。
子供の中にはそもそも「孤児院のために自分への対価はいらない」という考え方もあるようだし、孤児院的には孤児個人への寄付ではなく孤児院への寄付が好ましいはずだが……それではやる気がでないかも知れない。私は働いた上でその個人たちが受け取った対価をどうするかを選択する機会があるのならそちらのほうが良いと思う。
孤児院側は雇う人数で纏まっていただく寄付が減るから良い顔はしないがそもそも寄付は寄付だしね。それにそれ抜きにしても上位貴族としての一定額の寄付はそのまま支払っているし文句を言われる筋合いはない。
……お水のもう。
現代日本では雇われの身だった、なのに、今では自分だけのことを考えて良いわけではない。今の立場では自分のみならず、自分についてくるものや周りの人の利益まで考えなくてはならない。
それはそれとして――――
「モーモス?」
「なにか?」
最近モーモスが過剰なまでに世話を焼いてきている気がする。「なにか?」と言われたがなぜ私の前で何もいってないのに膝をついているのだろうか?
「流石に命令を待って膝をついている必要は無いのですよ?」
「はっ!」
「気持ちは嬉しいですけどね、ミリーも真似しなくていいですから」
「な、なんかかっこよかったから……へへ」
クラスメイトは薬局と銭湯、両方で働いてくれている。
テルギシアとレーハはお湯沸かしを、リーズとクライグくんは壁の表面に魔導具や商品の広告を薄っすらと作ったり、人と話すのが苦手なリコライはタオルやバスローブの管理を裏でしている。
苦手の克服のために接客業のままでもいいがこれはこれで経験になるはずだ。
人を信じない訳では無いが、孤児の子供たちだけや生徒だけの環境よりは別の立場の人間がいれば不正も防げるだろう。
経営で危険な行為はいくつかある。その中でも「資金の全部持ち逃げ」はかなり危ない。
うちで働く社員たちを疑いたくはないがそういう不正もあるのだと念頭に置いて「そもそも不正しにくい体制」を作らねばならない。
嫌な気分もあるが、それでも私は彼らを導くものとして必要な処置だと思う。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
歴史の講義を聞いていると連絡が入った。銭湯の加熱システムが動かなくなったらしい。
ここ数日、雨も降っているしそんなこともあるか……。
ちゃんと報告に来てくれるのは助かる。
火の魔法使いも交代で常駐しているし私が沸かしに行く必要はないが……
「ラディアーノ、インフー先生の加熱装置が不安ですので見に行ってもらえますか?危険そうなら全員避難、自己判断で銭湯施設の人間を纏めて動いてください。問題なくても銭湯の設備の点検をしてください」
「わかりました」
一応爆弾扱いされている装置だし、壊れた場合を考えて動いた方がいい。
物はいくら壊れてもいいが人が傷つくことないようにしたい。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
自室に戻って料理も作っているとインフー先生から呼び出しがかかった。きっと装置についてだ。
銭湯ではなく地下に呼び出されたが……元々加熱装置は雨が降った際や僅かな不具合、定期的にチェックなどするようにつよく、つよーく言い含めている。
装置を外すたびに機能をチェックして安全装置の追加、温度設定、操作性の向上などするように話し合った。
きっとなにかの追加機能や安全装置の追加について話したいことがあるのだろう。
「エール先生、ありがとうございます」
「いえ……雨は嫌ですね」
エール先生が風の魔法を使ってくれていて、傘をささずとも雨は私達には当たらなかった。
インフー先生の火の研究棟は地下にある。
火の研究棟が地下にあるのは研究で火災が起きやすいためだ。火災の発生時には安全装置によって全体を水浸しにし、水の行き先にはすり鉢状の装置がある。その中央の魔法陣を踏めば地下から空を飛んで棟から出ていくことが出来る。ちょっとあの装置は楽しかった。
雨の日に来るのは始めてだったが……雨の日でも地下は雨漏りしていないようだ。
「インフー先生?」
「……あぁ、出迎えもしないですまない」
研究室をあけるとインフー先生が後ろを向いたままだった。
もしかしたら手を離せない作業をしているのかもしれない。屋上に設置された装置は複数あるし何の部品かはわからない。
「ちょっと休憩しよう。新機能について話したいこともあるしね」
「?はい」
隣の部屋に通された私達だが、いつもよりもインフー先生が酷く疲れて見える。雨の中あの重たそうな板を一人で運んできたのなら……単純に疲れているのかも?
座った私は私が持ち運んでいる携帯式コップを3つ取り出してインフー先生とエール先生、そして私の分も水を注ぐ。
「どうぞインフー先生!」
「あ、あぁ……」
「それと茶碗蒸しです。寮で作ったのですが銭湯でもこういうのを作って大丈夫なのか相談したくて」
「茶碗蒸し?頂こう」
インフー先生は茶碗蒸しは初めてだった。こちらにも似たような容器はあったし当てはまる言葉があったのだが……ネーミングセンスとしては微妙に思われている気がする。
ゆで卵と茶碗蒸し、インフー先生はあの後安全装置を多くつけたのだけど蒸気がすごく出る安全装置がある。
エネルギーのロスかも知れないが安全装置の作動の結果だし……というわけで作ってみた茶碗蒸しとゆで卵。
お菓子でも良かったのだがお風呂の後に食べる軽食として少し塩分がある方が良いかもしれない。砂糖は高価だけど塩なら比較的安価だ。この国では卵は余ってるそうだし運動をする学生も多いのだから塩味も欲しいだろうという配慮だ。
「これは……すごく滋味深い味だね」
「孤児の子たちも美味しく食べてくれますかね?」
「っ!……あ、あぁ、そうだね?」
なにか罪悪感に満ちたような顔をしたインフー先生、あれかな?あまりにも美味しくて自分だけが食べる罪悪感でも出たのだろうか?
これは自室で作ったものだけどなかなか美味しく出来たと思う。中の具は基本的には食堂の残りだけど茶碗蒸しにすることで全く別の美味しさとなった。
かき氷とアイスが珍しくてお腹を壊す子もいたし、食べ物の選択肢は多くあったほうがいい。たんぱく質は成長に良いしたくさん食べてもらいたい。
「インフー先生?お疲れですか?あの板はやっぱり運ぶの重かったですか?この雨の中だし」
「そうだね、疲れてるのかも知れない―――――……美味しかったよ」
「だったら良かったです。それで、余った蒸気でこういった卵料理を作って販売したいのですが、蒸気を出す機構に安全装置をつけられますかね?こんな感じで」
絵に描いて自分のしたいことを伝える。私は屋上には常に誰か居るべきだと思っている。
いつ暴走するかわからない装置がある場所で働かせるのは酷かもしれないが賢者たちによって安全装置が幾重にも追加されて最初の設備からはもう原型もないほど進歩している。
とは言えなにかの問題が起きたタイミングで人の目があったほうがやはり大きな事故は防げるかも知れない。予兆は熱か音か臭いか……全然わからないが………。
「あぁ、蒸気を逃がすのに噴出口を分ければそれだけ蒸気は逃げる。しかし、やはり熱に関することは火属性の人間がしたほうが良いね」
茶碗蒸しとゆで卵を食べながら3人で屋上の設備について話していく。
インフー先生と私、それとエール先生からも別の視点の安全対策が考えられていく。
インフー先生は開発者だけあってあのクリーンエネルギー湯沸かし器を中心とした安全機構を考えるのに優れている。
私は蒸気をパイプごとに分配したり、蒸気でヤカンのようにピーって音が鳴るようにできればより良いのではないかと提案。多分笛みたいに穴があれば作れるだろう。
そして具体的に屋上で卵を調理するとして何処に設置するか、エール先生は階段から調理場の段差をなくして転けないように配慮し、クリーンエネルギー湯沸かし器に対して爆発しても大丈夫なように石の壁を2重に設置することを提案。
インフー先生はやはり顔色が悪い。汗もかいているようだし……風邪かな?便秘とかだったら仕事は急かさずにいよう。
「インフー先生?大丈夫ですか?」
「――――……君は、何のために頑張ってるんだ?」
どうかしたのだろうか?やはり私から色んなアイデアや確固たる知識のもとに出てくる知識が不気味だったのだろうか?
それにしても何のために頑張っている……か。
「私には、私についてきてくれる人もいますしね。エール先生や仲間たち、モーモスやクラスメイト、子供たち……。私一人だけなら何処か別の国に行けば良いかも知れません。でも皆の期待や生活を背負っている以上、頑張らなきゃって思ってます!」
正直な感想だ。今ならこの国からだって逃げることは多分できる。
今なら水の魔法と現代の知識があればきっとどこの国からも重宝されるし、全てのしがらみを無視して遠くに逃げれば……とも思うがそうも行かない。
今の私には私を支えようと頑張ってくれている人がいる。
モーモスが膝をついて私に傅くように、親分さんが人生を賭けてくれているように、エール先生やシャルル王、ユース老やクラルス先生、ミリー達……皆が助けてくれている。
――――……なら私もそれに応えないといけない。
「―――――――……そうか」
「大丈夫ですか?インフー先生?」
インフー先生は先程までの渋い顔が嘘のようにスッキリした顔となった。
「あぁ、すまない。ついてきてくれ」
「はい」
研究室に向かう。こちらの部屋にはあの大きな板はないようだし向こうの部屋のあるのだろう。
茶碗蒸しとゆで卵の容器とコップを纏めておく。コップは私がいつでも飲めるようにいくつか私が持っている。水を出せるのは私だしね。
少し容器を拭っているエール先生よりも先に部屋を出る。あまりこういう部分でインフー先生を待たせるのも失礼になるし私が先に部屋に入った
―――ゴガガガガンッ!!!!
今私が通ったドア、そこに上から壁が降ってきた。
「――――えっ?」
後ろにいたエール先生が見えない。
―――……意味がわからない。
「済まない。賢者フリム。ここで死んでくれないか?」
視界を埋め尽くすほどの激しい炎が迫ってきて―――――私は何も出来なかった。
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