第97話 帰ってきたクラルス先生と爆弾賢者。


「つかれたわー」


「お疲れ様です。これ試作品ですが意見を聞きたくて……どうぞ」



新学園長に票を入れたのはクラルス先生と聞いていた。


だから帰ってきているのだと研究棟にケーキを持って来たのだが……クラルス先生は机に突っ伏して寝ていた。



「それは?」


「ケーキです。意見も聞きたくて」


「これがあの子達が言ってた!美味しいわね!!やっぱり疲れてるときは甘いものよね!」



あの子達ということは天井裏にいたのはクラルス先生ではないようだ。


ケーキは色々試すと最終的に一番しっくり来たのが「味のすごく強いバターケーキ」のようになった。一ヶ月ぐらいゆっくり食べるようなタイプの。これはこれで美味しくはあるんだけどショートケーキの形なのにやはりなにか違う気がする。生地が前世のものと比較するとわずかに柔らかくないと言うか硬いと言うか……舌触りがなんか微妙である。もう少し改善が必要だ。


瑞々しいフルーツを挟んだもの、ジャムをかけたもの、プリンつき、カラメルをかけたプリン付きなど、研究棟に何人か人がいたときのことを考えていくつかのバリエーションで複数持ってきたのだけどクラルス先生はヒョイパクヒョイパクと美味しそうに食べている。



「これはこれで良いんですが、なにか使えそうな材料はないかなーと。料理だけじゃなくて色々聞きたくてきました」


「こんなに美味しいのに満足してないの!!?――――そうね、研究と一緒で料理も満足しちゃ駄目よね」



クラルス先生は知見も広くて色んな話が出来た。


金属に塗る錆止め用の油はこういう物が良いのだとか、サビてるならそもそも塗料を塗ったほうが良いとか……使えそうな薬草や調味料にとどまらず使えそうな材料に見識が深く話が弾んだ。



「そう言えば面白そうなことをしてるわね。お風呂と、繕い物と、洗濯と、鍛冶屋と氷室?いきなりそんなに手を広げちゃって大丈夫なの?」


「新学園長とラディアーノがいきなり大規模に進めまして……」


「たまに思い切りが良いのよね。あいつ……まぁ良いわ!私に聞けることなら何でも聞いていくと良いわ!……とにかく走り回っていて疲れたのよ。この極上のけぇきに免じてなんでも答えちゃう!!」



遠慮なく質問していく。


いない間に「どこに行っていたのか」とか「何をしていたのか」も聞きたいがそれよりもこれから使いそうな薬品についてだ。


過酸化水素水は私が出す水から生まれた謎洗剤だけど使っても良いのかとかこの学園での洗濯に使うシャンプーやリンス、洗顔料、石鹸などなど、お風呂や洗濯で大事なことを聞いた。


タラリネがやっていた服飾で使えそうな染料。果てはサビ落としに良い方法まで……「錆びた金属には砂で擦るのが良い」とか、金たわしのようなものはないがこちらにはこちらの文化があるということか。


次から次に知識が出て来て素晴らしかった。


私は食べ飽きていたし私のケーキも渡すとすぐに食べてしまった。私とエール先生とラディアーノの持てる限界だったし、多分40個はあったんだけどな。



「貴女が入学してから色々あるわね。今度は何をしでかすことやら」


「私が起こしたくて起こしたわけじゃないですよ!?」


「それは仕方ないわね」



困った子ねと私を見てくるクラルス先生だけど心外である。


私だってそうしたくてしたわけではない。


たくさん食べるクラルス先生に水を出して渡した。この体のどこにそれだけの質量が入るのだろうか?



「そう言えばクラルス先生はどうしていたのですか?」


「あぁ、ありがとうね。ギレーネの襲撃を知ったのが襲撃が終わった後だったし、私は別の仕事でずっと走り回っていたのよ……あぁ、そうね。確定情報ではないのだけど――――」



上品なカップではなくジョッキのような大きなもので私の水を何杯も飲むクラルス先生。


何やら忙しかったようだが……。



「なんです?」


「ライアーム派の集団が王都に来たのよ……気をつけなさい」



少し背筋に嫌なものが走った。



「狙いは私ですか?」


「学園か王宮か、狙いはわからないけど気を付けておいたほうが良いはずよ」



この言い方、その怪しい集団はまだ全員逮捕などはされていないということなのだろう。


もしくは守秘義務かなにかでこれ以上深くは話せないのかもしれない。



「わかりました。こちらにもなにか情報が入り次第クラルス先生にも相談しますね」


「やーん、ほんとにいい子ねぇ!」


「わぱぷ」



水を何度も入れるのに対面にいたクラルス先生だけど、すぐ横に移動してきていた。私の顔は比較的大きな胸に挟まれた。


……それにしても安全に関わる良い情報を得られた。


クラルス先生には本来相談していた服の素材に使いやすいいくつかの洗剤や染料を頂いて帰った。屋敷にはこういう情報もあったと手紙にしてレルケフに任せた。私は新事業をエール先生と話し合う。



指示さえすれば工事はガンガン進むし、建物が一気にできたからか働きたい欲求の強い孤児院側が期待の眼差しで見てくる。……まだ事業内容も細かく決まっていないというのに。


ん?なんか前回来たときには見れなかった謎の巨大モニュメントが建物の屋上に設置されている?


お風呂の釜のようななにか、看板よりもわかりやすいから誰かが設置したのか?―――――――いや………。


エール先生とラディアーノには建物内の内装を任せて屋上に見に行く。



「良いところに来た!見てくれ!銅の板を使って作ったんだ!!」



インフー先生によって何かが勝手に設置されていた………。



まずは安心した。大きな建物のその上に更にビル二階ほどはある大きな謎の物体が私をかたどって作られている像ではないことに。


もしもそうなら2人の大人がいないところで破壊しようと思っていたのだが……なんだろうこれは?前世も込みでこんな物は見たことがない。


高さは5メートルぐらいだろうか?球体を水平でぶった切ったような半球の形状をして、横に階段が設置されている。……ん?反対側の階段、人が集まってる?



「い、インフー先生?」



少し笑みを浮かべているインフー先生。


なにか、インフー先生の様子がおかしい気がする。



「魔素収集式中出力温石板を改良して作ったんだ!」


「それって爆発するやつじゃなかったでしたっけ?」


「失礼な。衝撃を与えない限りそんなことは起こらないさ。これは賢者フリムとの合作だ!見てくれこの革新的な機構を!!!」



私はこんなの作った覚えが全くない。


インフー先生は浅黒い肌をしているがそれでも目の下にくっきりと黒い隈が浮いている。――――目は血走っていて、いつものインフー先生ではない。



「これはだね!陽の光を魔素収集式中出力温石板に集めることで火精石の欠片の魔素を活性化させ!この金属板の熱を集中して集める!!そして集まった熱は中出力だったこれの火力が燃え盛る火炎のごとく強くなったのだ!しかも素材の魔石の力を今までになく効率的に―――




―――――……あかん。ちょっとイカれてる。



反対側の屋上の端では私に向かって手を振って「危険じゃー」とアピールしながら石の壁の防護壁からこちらを見る賢者たち一行がいる。私もそっちに行きたい。


私もソーラークッカーのことを話してからちゃんとインフー先生に太陽光を集中する原理とかは教えたけどまさか作っていたとは……。何やってんだこの人は。



―――はその熱は天井をぶち抜いて通して通した金属を通して湯を作るのだ!!まさに画期的!革命!!そう!!革命的発明だ!!!!!更に!!!この形状にしたことでこの高さまで何かが飛んでくるということもなく安全!僅かな可能性だがっ!!そう!ありえないだろうが!暴走時も水さえ注げば底の魔素収集熱活性式超出力温石板が水に沈むことで止めることが出来る!!!まさに安全!!!」



天井をぶち抜いた……?同じことを言ってる部分があることに本人は気がついていない。子供を守ることが生きがいの聖人のような面が見えていたのだが、まさかマッドサイエンティストの一面を持っていたのか……。


おっかなだけど爆発しては下の人も危ないかも知れない。杖を持っていつでも防御できる状態で階段を登る。半球の何かを上から見てみると……ちょっと感心した。


ソーラークッカーはたしか大きめの家庭用冷蔵庫やパンチングマシンほどのサイズのものがある。これは太陽光の熱を効率良く集めて調理のやりやすい利点があるがそれのサイズアップ版だ。一番下にいつか危険だと言われた大きな板が設置されているがあれに熱が集中するわけか……しかし磨かれた銅というのは使えるのだろうか?すぐに錆びるんじゃなかろうか?


自然に魔素という謎のフリーエネルギーを集めてコップいっぱいの湯を沸かせる程度の魔導具だったものに、光と熱を集めて効率を上げたと推測できる。しかし、それは掛け合わせるものではなく、別の物として話したはずなのに……。


きっと、思い切ってつけちゃったのだろう。


インフー先生は火の賢者であるし、応援してくれる人もいるのだろう。でなければ地下研究棟からだってとっくに追い出されているはずだ。


地下研究所の水の流れる先がすり鉢式になってる安全装置に近いな。



「雨の―――「雨の日が続いても計算上2日までなら温めることが出来る」



インフー先生、子供のことになるとすごく優しいが、いや、この研究も孤児院の子供や私のためかも知れない。張り切ったのだと思う。


うん、お風呂屋にはお湯を温めることから電気代……じゃない、私が出すお湯と、必要そうなら温めるために火の魔法使い、つまり人件費は必要だ。その分を自然でクリーンなエネルギーで補ってくれるのは良いことだと思う。


だけど、自分の使う施設につけるには販売実績がたくさんある……ベストセラーとして何十年も売れている実績のある製品が良い。リコールが一度もないような製品こそ安心に使えるというものだ。



「―――……安全なんですか?」


「もちろん!!屋上で何もない空間、しかもこの光を集める銅は卵を割ったような形状をしているだろう?だからもし万が一のことがあっても火を吹くのは上にだけさ!」


「………」



安全、安全なのだろうか?


私でもすぐに分かる問題点は銅板のサビや雨で水が溜まった時に底の……なんだっけ?クリーンエネルギー風呂沸かし爆弾?は水が干上がるまでは熱を集めないそうだが稼働もしてないし実験もしてないから安全に止まるか分からない。


取り外しも簡単にできるがそのときはインフー先生が来てくれる。


安全、安全か……。



「責任を持って俺がこれを保証しよう!本体にも安全機構を加えた我が人生最高傑作ダっ!!!」



両手を広げて感動しているインフー先生。かなり怖い。以前にクラルス先生とエール先生が警戒したのも理解した。


彼は明らかに普通には見えないし、今の状態では見えてないものもあるかも知れない。



「一旦寝てからもう一度不備がないかお願いします。<水よ>」


「だわばぼぼっ?!」



研究棟を6回も燃やした人の保障などあってないようなものだ。


水でインフー先生の口をふさいで持ち上げ、研究者と賢者たちのもとに引き渡すとすぐに手や口を縛られて連行されていった。



うーん、できればこの謎設備も持って行ってほしいんだけどな……。



孤児の安全を考えて「使用上の注意喚起」することや「安全には安全を重ねないといけない」と開発した専門家一名を強制的に寝かせて賢者たちで問題点を洗い出した。


危険性のある道具であると知っているクラルス先生に話すと学園中から先生方が集まって新学園長も呼び出されて緊急会議が始まった。


起きたインフーは洗い出された問題点と指摘の多さから最終的には設計図を他の賢者たちに公開。ラディアーノとユース老が水が溜まった状態で風の影響を受けた時の金属の根本の強度の指摘されたことでインフー先生は謝罪した。


ゴロンと金属の半球の台座が折れたとして、火精石の欠片?とかいう何かの素材を使ったそれが建物に落下した場合の可能性を聞かせると一度寝て落ち着いたインフー先生は真っ青になっていた。


他にも「子供が使うのだから手すりをつけるべき」「もしも風が吹いたら体重の軽い子供は天井から落っこちてしまうかも知れない」「登れないように柵をつけるべき」「水魔法使いがいなくても水を満たせるだけの貯水槽を設置する」「汚れを落とす時、中で掃除していて日が照ったら鍋の中のようになるから火の属性持ちではないと耐えられない」「取っ手の長いブラシや、落ちない工夫が必要」などなど様々な改善点が出た。


それにしてもだいたい誰だこんなの許可したのは?新学園長?学園一の爆弾賢者の事をここまでとは知らなかった?勘弁してください。これからは貴女の部下ですよ?



いや、その、注意とか改善よりも取り外してほしいのですが……え?皆で作った?だから、もう安全?…………………………………………いえ、何でもないです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る