第96話 奴隷解放。
レルケフは普通に頭を下げたし、普通に従ってくれている。
もしも反抗的なら水魔法で倒した後に隷属の魔法をかけてもらおうかとも考えたが従順である。
親分さんに何人兄弟がいるのか知らないけど国外に居る一人は商人をやっていて見込みがあるそうだ。他の兄弟ではミュードが力はないが礼儀作法はそこそこ出来る。他はチンピラが基本で……その筆頭がレルケフ。
親分さんよりは弱いが身体強化が使えるかも知れない、体格が良いから単に力が強いだけの可能性もある。
まぁ今は人員不足だ。いくら使えなくても荷運びぐらいは出来るだろうし、荒くれ者の代表のような人間でも環境が人を変えることもある。
正直ボコボコにされた時の記憶も完璧に覚えていないわけではないが……理不尽な暴力は怖かったような気がする。
だから、とても複雑な気分だ。内心「こいつは子供になんてことしやがる」といった思いもあるが「私が私である」と前世を思い出したのはきっとあのタイミングだ。
あの後、全身痛くて痛くて……今思えば自分で飲む水がなければ死んでいただろう。
彼は横柄な態度はあるようだけどチンピラ世界ではトップクラスだった人間が現状下から数えた方がいい立場となっている。少しずつ適応してくれて、誠実な人間になってくれるのであれば……私から言うこともない…………かな。
……まぁいいや。マーキアーの鎧を追加分合わせて5着、洗濯場に持っていく。
「あたしにこんなのもったいないですぜ!!?」
「いざという時に武器もあったほうが良いでしょ?」
女性にしてはガッチリしているマーキアーは鎧甲冑姿がかなり似合っている。
洗濯の仕事で賭場であれば持ち込まれるのは普通の服だけだがこちらには騎士科もある。「武器や鎧の丸洗い」と言う仕事は結構あるようだ。
大きなサイのような生物が食用で見たことはあったがそういう魔獣と騎士科は戦うこともある。
戦闘によって血肉が身につけた装備に付着することはよくある。そういう汚れはある程度落として学園に帰ってくるそうだけど、完璧に落とせない場合も多い。だから従者に磨かせるなり学園内外の鍛冶屋や魔導具店に持っていくなりする。
しかし、汚れ落としと言えば基本は水だし、知識のないものがやればすぐに錆びる。洗って、サビは軽く研磨、後は油を薄く塗る。凹みを直したりはしない予定だけど金物の職人や革の職人と提携もしくは雇えれば追加料金でやっても良い。
洗濯屋でここまでやる気はなかったが「こういう物も綺麗にしますよ!」というアピールで展示物として鎧甲冑や武器を持ち込めば……それだけうちの人間がいざという時に武器が手元にある状況となる。
マーキアーは色んな場面で頼りそうだ。
見た目からしてこう、力強くてかっこいいんだよね。女性だからガチムチマッチョほどの威圧感はない。それに荒事になりそうでも「まぁまぁ旦那方」と割り込んで明るい雰囲気で仲裁してしまう。
洗濯場はお風呂場と隣接しているし、女湯の揉め事も対処しやすいだろう。
服飾はまだしないけど洗い物と一緒に繕い物ぐらいならするからタラリネがいてくれればすごく助かる。オルミュロイは男湯の仕事を任せよう。兄妹で洗濯と一緒に人を教えてくれれば……。いや、その前に――――
「3人はこれからも私を支えてくれますか?正直に答えてください」
「あたしは、今のままでも満足してるさ。奴隷として殺し合うしかなかったあたしをお嬢は使ってくれてるしね」
「――――俺は働く。それだけだ」
「私も働きます!やりたいことをさせてくれるなんて嬉しいです!」
オルミュロイは少し心配だ。
もしかしたら以前の奴隷商人を事故で殺してしまった経歴から、自由意志で誰かに仕えるのは想像もできないのかも知れない。
「―――それは奴隷階級でなくなっても、ですか?」
「「!!?」」
「えっ?えっ??」
マーキアーは仲間に借金を被せられて奴隷落ちになったし、オルミュロイとタラリネは村の口減らしのような形で奴隷になった。
それが真実かどうかは分からない。当事者でもないし彼らが嘘をついているだけかもしれない。でも彼女たちの表情に嘘はなかったしその経歴に嘘がないのなら彼ら自身に罪はない。
私は彼女たちには幸せでいて欲しい。そのためには―――
「私は、三人にはこれからも仕えてほしいと考えています。どうでしょうか?<命令です。本心で答えてください>」
命令して、膝をついた3人。
仕えてほしいと言ったがそれは本心でもあるが売ったり放逐するんじゃないかと疑われる前にそういう道もあると示しただけだ。
もしも解放後、どこかに行くというのならそれでも良い。
彼らの人生に奴隷という鎖はいらない。
私の元は危険であるし、危険と彼らが判断するのならお金を渡してそこでお別れだ。
奴隷のまま私を守ってもらったほうが私は安全だが……私はそれが嫌なのだ。
「あたしは、お嬢が良ければお嬢と居たいです。情も移っちまったし、根なし草のあたしを、使い捨てればいいだけの奴隷なのに、それでもこうやってあたしのことを自分の身が危なくなるかも知れないのに解放しようとしてる。これほど仕えがいのある方はなかなかいないよ」
「俺は、解放されるのか?解放されても殺されて終わりではないのか?」
「私は、仕事も楽しいですし、フリム様と一緒にいたいです!でも故郷にお金も送りたい、です」
命令をすると少し話しにくそうだ。しかし必要なことだから仕方無いだろう。
オルミュロイは事故でもあるが商人を殺した。彼からすればどこに恨みが残っているかはわからないし、奴隷であるほうが安全な可能性もある。
「人の生き方は誰かに強制されるものじゃない、されるべきじゃないです。だからどんな道を選ぶかは自分で決めるべきだと思います。オルミュロイは解放された方が危ないと判断するのならそのままでも大丈夫です。―――でも、そうですね、奴隷からタラリネが解放されれば奴隷の身分よりも胸を張って学園で生徒として学ぶことも出来ます。学びながら働けばそれはタラリネの将来のためになります」
「っ!!」
奴隷でも何かしらの理由で学生をしている人はいる。ただ奴隷の身分は流石に嫌な顔をする人もいる。しかし奴隷と平民であれば学力が基本的に必要だが……平民でも特殊技能があれば学園は受け入れる。今なら過酸化水素水を扱える専門家として学がなくとも入学は可能なはずだ。
ラディアーノ元学園長も若い頃は実家の薬の製法を覚えていてこの学園に受け入れられた。ならこの国で最も扱いに慣れているタラリネにも可能なはずだ。
ちょっとずるい気もするし無理なら働いてもらいながら学ぶなりして入学試験を受ければいいだけだ。
「2人はどうするか良く話し合ってください。マーキアー、貴女も気持ちの整理をする時間は必要ですか?」
「いいえ、でも本当に良いんですか?」
いつもはサバサバしているマーキアー姐さんでも少し困惑しているようだ。だって、私に何のメリットもないように思えるしね。
「私はマーキアーを、マーキアー姐さんを信じてますよ?」
「わかりました。この身、お嬢の自由に使ってください」
「違いますよ。マーキアー姐さんの体と心はマーキアー姐さんのもの、どう生きるかはマーキアー姐さんが決めるんです。――――……あ、でも私のところにいてくれるなら今なら高待遇ですよ!」
「なんだいそりゃあ………人生何が起きるか分からないもんだねぇ」
膝をついたマーキアーに握手を求めたのだけど、マーキアーはその手を自分の頭に載せて、数秒目をつぶった。
なにかの決意だろうか?マーキアーの頭を撫でれば良いのだろうか?
少し撫でてポンポンしておく。
「俺はこのままでいい。妹のことは頼む」
私とマーキアーの横でボソボソ話していた2人だが結論は出たようだ。
「わかりました。タラリネはそれでいいですか?」
「はいっ!私は読み書きもやっとですよ?私なんかが学生様だなんて……」
「そこは秘策があるんですよ!まぁ勉強したほうが良いとは思いますが……きっとその経験は未来の貴女のためにもなります。これからよろしくお願いしますね」
膝をついているタラリネにも手を差し伸べた。
私は伯爵、彼女は奴隷。普通ならそんなことはしないものだが私は彼女を信頼している。
彼女もありえない状況に少し面食らっていたようだけど私の気持ちがわかってくれたみたいで私の手を取って立ち上がってくれた。それだけの信頼が私達にはあった。
「はいっ!これからも兄共々よろしくお願いしますっ!!」
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