第98話 考えるフリムと学園長。


『風呂』それを各々が常識に当てはめて作ろうとしていたが私は待ったをかけた。



―――許されざる行為が横行する前に、こちらで日本式入浴方法をおしえねばならない。



というのもそもそもこちらでは「お風呂の入り方」が一般的ではない。


奴隷はそもそもお風呂に入れてもらえないし、基本的に平民は川や井戸水を使う。お風呂なんて言う贅沢品には魔法や薪が必要だからそれだけの余裕がないのだ。


幸い王都では公衆浴場はあるが井戸水のほうが一般的だし、良く働いた後やひどく汚れた時なんかにいきなり湯船に入るから湯が黒いそうだ。ありえない。


貴族も貴族で用意されたお湯に入るが「かけ湯」という文化がない。


しかもこの学園は国内外から人が集まっているため入浴の作法が皆違う。お湯の横に泥を用意しようとしている人がいて私がストップをかけた。


まず高価な私物はそもそも持ってこないこと、私物は孤児院の子が数字でボックスに管理する。タオルなどは孤児院の生地を使う。風呂上がりのバスローブも作ってもらってゆったりした時間を過ごせる空間も作った。


肝心の湯船はかけ湯をしてまず体を洗ってもらう。入浴マナーが出来ていないからこそ超大事なルールだと思う。……謎の飛び込み台のようなものは撤去で。


孤児の子に案内役としても働いてもらおう。お風呂マナーの指導や荷物の管理、背中を擦ってもらったり……全体の業務を考えると結構な人数を雇うことになるな。



「湯が汚れないのは良いことですね」

「これがお風呂……!」

「これだけの規模だと……石鹸を作るのも増やさないとね」

「お嬢、ほんとにあたしがはいっても良いんですかい?」


「もちろん!」


説明するためにも皆で入った。


エール先生、タラリネ、クラルス先生、マーキアー……リーズも土魔法で製作に関わっていたしミキキシカも働いてくれていたから一緒に入ろうかとも思ったけどやはりもう少し使い勝手が良くなってから、プレオープンで一緒に入って欲しい。きっといい思い出になるしね。


お互いに背中を洗う文化も込みで全部指示する。エール先生でもいきなり入ろうとしたからね……。


私もものすごく潔癖というわけではないが「お風呂自体滅多に入らない」「体の垢が冷たい井戸水で落とせなくなってやっとお風呂に入る」……そんな人がいるのに、それを許せば風呂場の秩序は台無しである。大罪と言ってもいい。


他にも「風呂場では大声で歌う」なんて文化もあるらしいが……そうだな。楽器を弾いたり歌う人の披露の場になれればと思う。無秩序に歌っては溺れた人に気が付けないかも知れないし、軽い音楽があればわざわざ邪魔しようという人は減るだろう。音楽家も披露して気に入ったらチップを払うような形にすれば………いや出来るのかそれ?わからないな。


なんにせよある程度こちらの文化に合わせてもいいができるだけ衛生面を考えられた「日本式お風呂の作法」をオーナー権限で推進する。透明な湯船は素晴らしい。


まぁ足りてない部分もあるかもしれないが、何もしなければ酷いことになっていたと考えれば介入してよかったと思う。


私の水たっぷりだからかタラリネが蕩けそうな気もする。男湯側も試しに使ってるし気になるが……モーモスの傷もこれで治るかな?男湯との間には壁があって風魔法使いも上から入ってはこれない。


どうせなのでサウナと水風呂も作った。こちらには火の魔法使いが居るし、蒸気式のお風呂の文化もあるから湯船に浸かりたくない人向けだ。泥で遊んでからその泥をまとったまま湯船や水に入るという文化は許さん。これは風習の否定になるかな?



「……うーん…………いや、でも事故の防止に…………うーん……」


「お嬢?」

「また考え込んでるようですね。こうやって我々のことを考えてくださるのはありがたいのですが移動中でも時折こうなってしまうのが困りものですね……そっとしておきましょう」



思ったよりもお風呂が深かったのでマーキアーに抱かれる。背中に大きな2つの何かを感じるが……私も大きくなるだろうか?現実は無情なものだ。……せ、せめて前世ぐらいは欲しいな。


皆で「入る順」やサウナをおしえて「汗をかけばもう一度体を洗えば完璧」と教える。お風呂には追加料金で色々出来るようにしている。こちらの世界で大量生産していない石鹸は貴重なのだ。そうだ、錆びた硬貨を持ち込むのは無粋だし、踏むと危ないかも知れない。入り口でサービスの引換券、板や棒で作ろう。



他に何をすればいい?他に何をすれば事故を減らして、快適に使えて、客の負担を少なく、満足度を増やし、人々を健康に出来る?それでいてこちらにも利益が出来て継続可能な事業に出来る?



―――……やはり私自身はそう賢くない。



事前の準備で失敗すればパニックになるタイプだ。面接で全く想定していない質問をされると慌ててしまう。その程度の人間だ。


……でも、私の行動で他人の生活が不幸にも幸せにもなる。ならば考えていかなければならない。全てがこちらの風習から外れたものにはできないかもしれないがそれでも今なら改善できることもあるかも知れない。


まぁ普通の水魔法使いはこんなにお湯を出せないそうだけど……私にはこの杖があるしね。


そうだ、仕事で肩や腰を痛めている人も居るし、孤児にマッサージもおしえよう。私も6時間ぐらいパソコンに向かって仕事を続けたときには肩を痛めたものだ。何故か没頭して仕事してたんだよなぁ。


そうだ、安全とか関係なく普及させたいものがあったんだった。



「フルーツ牛乳です!」


「お、動いたわね」


「冷えているので美味しいですよ!んくっんくっんくっ……ぷはぁ~!!」



ガラス瓶ではないが陶器の容器でキンキンに冷えたものをコップに入れてもらって一気に飲んだ。様式美的に不満もあるが仕方ない。


腰に手を当てて一気に飲んだ。



「流石にその飲み方ははしたないかと」


「これはこうやって飲む作法なので!エール先生も飲んで飲んで!!」



正確には牛乳ではない。謎の魔物のだ。


私の水のほうが美味しく感じる人もいるかも知れないが隣に作った氷室付き倉庫で作っているし飲んでもらいたい。



「まぁっ!!」

「美味しいわ!後10杯頂戴!!」

「なんだいこりゃあ?!」

「っ!っ!!?」



タラリネが目をパチクリして飲んでいる。牛乳と癖のある砂糖、それと果物の相性が良い。癖があるからこそ美味しいこともある。冷やしたフルーツ牛乳は湯上がりの体には暴力的なまでに美味しく感じる。


お風呂上がりにはしっかり目のバスローブで過ごす。


隣の洗濯場で特急料金で服を洗ってもらう事もできるようにした。乾くまでゆったりとここで休めるようにするためだ。すぐに着替えて出ていってもいいがこれもサービスの一環なので皆で休憩する。休めるスペースには学園らしく学べるように……少し本をおいたりもしている。要望があったら軽食も出そうかな?


こうなれば服を洗いがてらこの施設に預ける人も出そうだな。雨が降れば帰りたくない人もいそうだ。要対策だな……メモメモ。いや、そうか。自宅にお風呂がないからこそ帰りを考えないといけない。となればそもそも雨が続けばお風呂屋さんを停止しても良いのか?そうだ、服がないなら孤児院や賭場で売られている服も持ってきて売ろうかな?金欠の生徒もいるし。洗顔料や美容系のものを少しはここでも売ろう。それと石鹸も新作はテスターでもやってもらったりとお金のない学生には配慮しなければ。金額設定も良く考えないといけない。クライグくんも設計に関わっただけあって大浴場以外に秘匿性の高い家族風呂のようなものがいくつかある。基本は大浴場だけど、孤児院の子供には小さすぎる乳幼児もいるし、一緒に入りにくい場面や困ることもあるはずだ。貴族料金、平民料金、学園長料金?いやそれは駄目だな。薬屋で服や髪に臭いもつくし、うちの系列で働いている場合には社員割引をしよう。学園の魔法使いの中でも服を乾かすのに火や風の魔法は必要なはずだ。できればアルバイトで魔法の使える人も欲しい。貴族でも金欠のレーハに任せても……。



「うーん……そうすると…………うーん…………」


「また考え込んでるようですね」

「お嬢はたまにこうなるよな」

「大丈夫なの?」

「いつものことなので」



事業の始まりに何かを考えるのはものすごく大事だ。しかし始めて見ないとわからない部分も多い。とりあえずなにか問題が起きてもうちは責任を取りませんという明記はいっぱいしておこう。うーん、そうだ子供は割引とかで年齢にすれば来やすい?学園と連携して、学生割引券や仕事のおまけに無料券を配るようにする?それはそれとして男湯にも女湯にも設置されている私の像は破壊したい」


「それは壊しちゃ駄目ですぜお嬢」


「うぎゅう」



いつの間にか声に出てしまっていたようだ。


マーキアーの胸に潰された。マーキアーは私を子供扱いしているかも知れないな。信頼の証だし良いけど。


こちらには仕事でお客様を神様のように扱うという文化はない。


しかし、やはり最低限は礼儀正しく働くように孤児たちを教育してもらう。横柄にせずお客さんを不快にしないようにするのだ。



公衆衛生が良くなるのは素晴らしいことだ。


営業前に問題点をどんどん洗い出していく。風呂のお湯を足したり加熱する道具の使い方。急造しただけあって問題も多い。いくつかある個室風呂に至っては出るとすぐ廊下で脱衣スペースが必要だ。


よく考えると男女での個室の使用は禁止にしないと。ここは健全なお風呂屋さんである。


エール先生と個室風呂でゆっくりしていると人が入ってきた。



「すまない、少し時間はいいだろうか?」


「学園長?」


「妹が本当にすまない」



何度かあって話したが、人目がある場所ばかりだった。


流石にお風呂中に謝罪に来るなんてTPOを考えてほしいが余人の入らない機会なんてなかなかないしね。



「何なら皆の前で正式に謝ってもいいが」


「いえ、前エンカテイナー侯爵にも謝罪と慰謝料をいただきました。もう充分です。それよりも一緒に入りませんか?お疲れのようですし」


「わかった、入らせてもらおう」


「あ、かけ湯してから入ってくださいね」



堂々と脱ぐ幼女こと学園長、戦いに赴いて死んだ娘のいたギレーネの姉。つまりおそらくは40は超える。


だと言うのにどう見たって若々しい。



「すごく若く見えますね」


「あ”?………コホンあぁ、そうだね、私のように精霊との契約で若く見えるものはこの国ではそこそこいるよ」


「へぇ」


「レージリアの妖怪爺は知ってるのだろう?宰相の、それにルリーナも」


「宰相は知ってますがルリーナさんとやらは知りませんね」



誰だろう?レージリアといえば宰相閣下のはずだ。


しかしルリーナというのは聞いたことがない名前だ。いやどこかで聞いたことがある気もするが。



「あれ?仲がいいと聞くぞ?ほら―――」


「学園長、それ以上言えば彼女の恨みを買うかも知れませんよ?」


「あぁ、済まない。悪魔を目覚めさせてしまうところだった。私は昔から失言が多くてね。ありがとう。ま、まぁレージリアの妖怪爺も君の水があっていたのか凄まじく若返っていたよ。ふくくっ」



近づいてきてわかったが、この幼女学園長……少しお酒が入ってる気もする。


幼女なのにお酒とは、なにかよろしくない気がしてならない。



「学園長?」


「あぁまた、それと学園長はやめてくれ。なりたくてなったわけでもない」


「ではエンカテイナー侯爵閣下ですか?」


「それも嫌だな。フィレーネ・シヴァイン・エンカテイナー。フィレーと呼んでくれ。最年少の賢者フレーミスよ」



堂々としていて、どこか偉そうな新学園長。


彼女の妹であるギレーネとは問題があったけど彼女の態度からは私への侮蔑や敵意は感じられない。



「じゃあ私もフリムでお願いします」


「よろしくなフリム。なんだ?君も見た目より話せるじゃあないか?」


「………闇の加護の影響かもしれませんね。それよりギレーネのことですが」


「寛大な処置、本当に感謝している。あの子はあれだけのことを犯したというのに……そうだ、そうだなぁ……ギレーはな」



ギレーネのことについて、ラディアーノのことについて、前エンカテイナー侯爵について……彼女は思うことはあっても私に恨みなどはないそうだ。


昔は仲が良かった姉妹で、何度も競い合った仲だった。しかし、病気を境に軽口も言えなくなってしまったそうだ。



「思えばあの頃からもう、どこかおかしくなっていたのかも知れないな」



フィレーは学園ではなく王宮の研究機関で働いていた。学園でも研究はするが王宮の研究は最優先かつ秘密裏に進めるものもある。


彼女は魔法力はあるものの、容姿も子供に戻ってしまって爵位継承に問題がでてしまっていた。


だから婿養子とはいえラディアーノが侯爵位を継ぐかラディアーノとギレーネの娘が爵位を得るはずだった……。というのに娘さんは政争で死亡。フィレーも姪っ子のことは可愛がっていて、爵位を継ぐつもりにならなかったそうだ。



「全てはあの政争が悪い。いや、シャルトルもライアームも巻き込まれただけかもしれ…………んが………………な………………………」


「あの、それはどういう?」


「………………」


「フィレー?」


「のぼせてるみたいですね。すぐに出しましょう。風呂で長話が過ぎましたね」



そこそこ熱めのお風呂だったし、ほんのりとお酒の臭いもするから湯当たりしたようだ。幼少期のギレーネとのライバル関係であった姉妹関係の話とラディアーノへの愚痴が長かった。


しかし、ちゃんと話しては居なかったが敵対しない様子なのは安心した。ギレーネの次はその姉が殺意むき出しで襲いかかってくるとか最悪だからね。

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