第91話 二人のルカリムのお茶会。


あの子がルカリムなのか、本当にあの時の子供か―――……気になって仕方がない。


朝起きて手紙を書き、昼食後に手紙を書き、夜寝る前にも手紙を書く。


できれば護衛や従者のいないところで話したいが入学したての生徒の居る区画とわたくしの活動範囲は違っている。友人に調べてもらって彼女の活動箇所を調べるも「会うならこの日だ!」という日に限って国の重要人物からなにかの招待がされる。講義の時間に直接向かおうとすれば無視できない邪魔が必ず入る。



―――――……これはきっと国王からの妨害でしょう。



彼女は一般的な生徒とは活動が違いすぎて行動も予測ができない。なんでアダマンタイト製の的を水の魔法で破壊できているのか……。彼女の起こすことには遠巻きながらではあるが見てきたがとんでもない。5つか6つのはずなのにきっと父よりも強い。


本家の人間が考えた予想とは違いすぎる。



「5つの当主など愚策、ただの傀儡人形……こんな馬鹿な策は失敗する」「良いじゃないか?家内の裏切りかねない者が向こうにつくのなら纏めて潰れてくれる。結構なことじゃないか!」「王の失態はライアーム様に有利じゃろうて」「そもそも本当にオルダースの子なのか?聞いたこともないが」「うちを裏切って向こうにつく者がいるのはムカつくなぁ」「いずれ杖を合わせることになるだろう。それまで杖を磨いておくといいさ」「いや、石で打ち殺してくれる」「当主様の機嫌が悪いですが……この奇策は当主様の姪かも知れぬものを王が玩具にしている。お怒りは仕方ないでしょうね」「そもそも水の魔法の使い手など珍しくもない」「そんなことよりさっさと働いてくれ。書類が山積みだぞ!!」「これも仕事のうちよ、酒でも飲んで落ち着け」



………名家であるタナナとレームもルカリム家に合流したため人も多くなった。


しかしそもそもフレーミスが本当にルカリムなのか、そこも疑問に思っているものは居る。そしてそうであろうとなかろうと「新たな勢力ができるのはこちらには面白くはないがどうせ失敗する」という意見でまとまった。


フレーミスが「本当にルカリムの人間かは定かではない」と言われるのも少しはわかります。


四大属性と呼ばれる水・火・風・土は世界を構成するだけあって使える人物は多くいる。市井の魔法使いを宰相が連れてきた可能性もあるがリヴァイアスの戦杖がついてきている以上、血縁の可能性は大いにある。


オルダース叔父様は父と仲が悪かったが、血筋もあって王家の護衛の一人にいつの間にか認められていたそうだ。そして政争があったからか結婚式はあげていないが、貴族院にはちゃんと記載がされている。その相手がフラーナ・レームだ。


フラーナさんはリヴァイアス家と縁が少なからずあったそうだし、水の家は他の属性の家と違って争いに向いていないから交流も大いにある。叔父様と何かの縁があったのは間違いないはずだし子を儲けた可能性は十分にある。


本家の予想は大外れで、フレーミスは事業を立ち上げるし、子供らしく馬鹿な失点もしない。見せかけだけで弱いかと思ったら風の名家で2つ名持ちの少年を打ち払う。アダマンタイト製のあの的を連続で破壊するわ。……見習いが中心とは言っても騎士を含んだ多人数相手に水の魔法で倒してしまうなんて、とても一般的な子ではない。



――――きっと、過酷な生き方をしてきたのだ。



この国には暗部がいる。噂では幼少期から厳しく鍛えられて魔法の訓練がされるそうだし、もしかしたら………。


それを証明するように『魔導師』の資格がなければなれない『賢者』にまでなっていたフレーミス。もうあれは人の姿に化けた精霊か何かではないだろうか?



わたくしは彼女にとって敵になるだろう。ライアーム派閥からの襲撃は彼女のもとに何度も行っているし『避けられぬ氷雨』ヒョーカ・カジャールが打ち払ったという報告も来ている。


それでもどうしても確認したいことがある。


私の護衛を考えれば会ってくれはしないだろう。なにせ『雷剣』我々水魔法使いにとっては勝ち目のない相手だ。互いの護衛の目をどうにか振り切って会うならこの学園内でしか不可能だ。



ある日、いきなりお茶会の呼び出しがあった。



絶対無視できない相手。花が咲き誇る庭園でのお茶会。


特別な行事や国賓との接待で使われる特別な場所……とても美しいここを使えるのは特別な人間だけだ。



いえ、貴族派の重鎮なら我がルカリムにとっても友誼を結びたい相手だ。


それにこのお茶会には他にも特別なお客様も来るようである。王派閥から離れて前王兄派閥と手を組む可能性があるのなら持て成さねば……気合を入れていたのだが予想外に思いもがけない事が起きた。



―――青い髪に青い瞳の、小さな女の子が私の前に来てくれた。



「今日はよろしくお願いします」


「やぁね、かしこまらなくてもいいのよ?私は二人が争わないようにって居るだけだからね?好きに話すと良いわ」


「ありがとうございます!!」



フリムもそうだけど、なんでこの方がここにいるのよォーーー!!!!???




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




まだ彼女と会う準備は出来ていないが「お呼ばれしているお茶会に参加」ではなく「別のお茶会」に招待された。


名前は教えてもらえなかったがエール先生によって全ての予定はキャンセルされて連行されてしまった。



「誰からの招待なんでしょうか?」


「それは……「会ってからのお楽しみ!」だそうです。悪いようにはならないはずなので行きましょう。彼女が居る以上、大丈夫です」



行ってみるとおばあさんとは言わないまでも壮年の上品な奥様がいた。


それに本家ルカリムのお嬢さん。



「一度お会いしましたね。お手紙やお誘いたくさんいただきましたが立場上会えずにすいません。フレーミス・タナナ・レーム・ルカリムです。エコストラ・ローズ・ルカリムさん。それと、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「まぁ!そうね、じゃあ……おばさんと、でも呼んでくれるかしら?」



何故かすごく嬉しそうなおば様。エール先生が安全と言っていたが準備があると知った上で慌てて連れてこられたあたり…………重要人物かもしれない。


それに対してルカリムのエコストラさんは固まってしまった。



「……よろしいのですか?」


「良いのよ!エールちゃんに聞かされてないってことはそういうものなのよ!」


「はぁ」



何故かすごく嬉しそうなおばさん。エール「ちゃん」ということは仲の良い人なのだろうな。


それと本家のお嬢さんはすごく嫌な顔をした。



「フレーミス、いえ、フリムと呼ばせていただきます。改めて……エルストラ・コーズ・ルカリムです」


「間違えました、スイマセン」




――――やばい、これは喧嘩を売る作法にもあったやつだ。



あれ?違ってた??エルストラ、エルストラね。



実際会うとなって、注意するべきは本家のお嬢さんじゃなくて従者であると聞いている。


『雷剣』の二つ名を持つ彼は希少な雷の使い手である。主であるエルストラさんの存在と自身の命――――全ての犠牲を支払えば私を殺すことが出来る危険人物。


お茶会なのにお茶はなし、お互い水属性だから水は出せる。でも練習していたものを出す。



「んまっ!これは美味しいわね!!」


「ショートケーキです。でも練習中なのでもっと改良できると思います」


「この出来栄えで!!!??」



以前堅焼きクッキーをシャルルに渡してお返しにもらったお菓子で無性に食べたくなったケーキ、生クリームがあればあればあの粗い生地の甘い菓子パンのようなケーキももっと美味しくなるのでは?と試行錯誤したのだ。


まずこの国では粗い生地が多い。石臼はよくあるがそれでも碾かれた物が荒いし細かく篩いにかけられてもいない。


だから石臼の溝を細かくしてもらってより細かな粉に出来るようにクライグくんに作ってもらった。しかしこんなに細かく碾くための石臼なんてこれまでになかったから何回か作り直してもらって―――何度目かのトライだった。


柔らかい生地を作るのも発酵がいまいちな気がするし、謎動物の乳の癖も結構きつい。良い乳を作るのに必要な「品種改良」も「安定した品質の道具」もないのは結構きつい……100円ショップにも売っていたような細い目のザルや粉ふるいなんてどうやって作ってたんだろうか?


それにステンレスがこちらにはないから錆びない物を作れない。だから油を塗ったりするけど粉ふるいにそんな事はできない。作ってるうちに金属が分厚くなって重くなるし、網目にばらつきもある。


こちらにも似たようなものはあるけど私の思うような細かなものがない。金属という先入観から解放されて清潔な布で行って何度も挑戦して……やっと試作品となれる程度に美味しいものが作れた気がする。


強い癖を取り除くべく袋に入れて叩いたり、動物性の乳なら酢でフレッシュチーズに出来るかもと工夫した。


ほんのり乳を加熱して、酢やレモンを入れることで凝固が始まってそれを布で濾すことで固形のチーズと乳の脂肪分が無くなった液体に分離する?というのを友達に食べさせてもらったことがある。


その友人はそのチーズはそこそこ痛みやすいのに「チーズだから長期保存可能」という考えの元、保管の仕方を間違えて食中毒になっていた。お見舞いで正しい作り方をコンコンと教えてくれたから覚えている。


そうやって固めたモッツァレラチーズにしてみたりもしたが……ちょっと微妙。いや、食べれるし美味しいは美味しいけど私の中の「チーズケーキの味の基準」は前世の洗練されたものだから「すごく美味しい」とはどうしても思えない。


しかし、これはこれで味は良いし固めてモッツァレラ、バラバラでカッテージなんて日本人的な雑なくくりで出来たそれも使って色々作る。


甘く煮るお茶があるのならそれも試して見るし、チーズだろうと生クリームだろうと実験のためにあらゆる過程で砂糖を入れてみたり……こちらで使われる食材を様々な組み合わせで作ってみた。


日本人的には「少ない最小の材料で、より美味しく、より素材を引き立てて調理する」みたいな風潮はある。しかし「美味しい料理」は必ずしもそうやって作られるものではない。


アメリカのお寿司だって天ぷらやアボカドを使って本来の日本料理では無いものだった。分子料理なんて食材が食材なのかもわからなくなるほど科学の力で料理を作る。


日本の料理だって古くは海外から様々な料理がやってきていろんな工夫がされて発展してきたはずだ。食材の風味を活かした調理をするのも日本人かもしれないが「枠にとらわれず発展させる」のも日本人だと思う。



プリンがエール先生とシャルル王に絶賛された結果……『お菓子』が外交や接待にも上出来なレベルで使えると判断された。



「私のためにフリム様が……!」


「エール先生が喜んでくれるならそれで良いんですよー」



エール先生にはいつもお世話になってるし、お礼も兼ねてお菓子作りをすると凄く喜ばれた。


まだまだ味にまとまりがなくチグハグな部分はあるがデコレーションは頑張っていた。


悶々と悩むときにはなにかの作業が一番である。以前はパソコンで数値を見て、うちこみ続けていたなぁ……。



そうして作られたショートケーキとチーズケーキ、まだまだ研鑽が必要な部分もあるが……それでもかなり美味しく作れたように思う。



「その、エルストラさんもどうぞ」


「―――いただきますわ。んくっ!?…………」



予想外にショートケーキを食べたがうつむいてしまったエルストラさん。


毒かも知れない前提のお菓子であるからこそ食べないのなら警戒されているとわかる。もちろん毒を入れた訳では無いがどうかしたのだろうか?


エルストラさんの後ろから従者の人が前に出てきた。毒だとでも思ったのかもしれない。


エール先生も対応できるようにか私の後ろから一歩前に出たがエルストラさんが待ったと彼に手を向けた。



「……お嬢様?」


「大丈夫です――――……驚くほど美味しかっただけですから」



プルプルしていたエルストラさん。喜んでくれたのは嬉しい。


こんなに喜んでくれるならもうちょっと美味しいものも振る舞いたくなる。



私も一口。



甘くしすぎていない生地に甘くて美味しい生クリーム。挟んだ果物の酸味がいい味を出している。見た目もなかなかに良い。横につけたプリンや粉砂糖も可愛い。


こんなに柔らかくて濃厚なお菓子はこの国では食べたことがない。残念ながら生クリームは少しくどいし、作ったチーズももうちょっとコクがあったほうが好みではあるが上手く出来ているように思う。



もうちょっとクオリティを上げてから出す予定だったが……先制攻撃は上手く行ったようだ。

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