第90話 ラディアーノとディディアーノ。


久しぶりに自分の屋敷で寝たが安心する。


いつもエール先生が一緒にいてくれることには変わりはないが、学校の寮は天井が開くし誰かいるかも知れない。


敵意はないはずだけど寝落ちしようと思えば朝までぐっすり寝落ちしてしまうお子様ボデーなのでまぁ問題ないと言えば問題はないのだが……やはり気にはなる。


一度水の腕で天井に触れてみたが開かなかった。日本家屋の板が載せられている方式ではなく、どこかにスイッチや鍵があるのかもしれない。


何度か「誰かいますかー」と聞いては見たが返事はなかった。


しかし好奇心もあってプリンやお菓子を「置いておきますね、美味しいので良かったらどうぞ」と声をかけてから講義に出るとちゃんとなくなっていた……うーむ。



ちょっと出来た時間で迷惑をかけてから顔を合わせていなかったクライグくんに話を聞きに行くと一瞬笑顔になったが……すぐに私の後ろを見てげんなりした。



「クライグくん?」


「……ちょっと現実を突きつけられまして……複雑な心境です」


「どうかしましたか?」


「………僕の名前はクライグ・ディディアーノ・ドゥラッゲンなのですが、ディディアーノは学園長の栄光からとってまして……」


「それは……」



この国の名前のシステムは複雑だ。


自分の名前に貴族であれば家名は必ず入る。そしてセカンドネームには父や母の家名や名前、尊敬する人からもじった名前などが一般的に入りやすい。私の場合は両親がタナナとレームだからつけているだけで……もしかしたら他の呼ばれ方をしていたかもしれない。


こういう名前のつけ方は地域や伝統、風習でも違うのでバラバラだ。


モーモスだったらモーモス・ユージリ・バーバクガス・ゴカッツ・ニンニーグ・ボーレーアス。このものすごく長い名前では「モーモス」と「ボーレーアス」が大事な部分であって、真ん中4つは親族や先祖の中にいた英雄の名前も入ってるのだとか。歴史の授業で学んだが好き放題に長くすることも出来るが、色々と困ることもあるようで近年短くなりつつあるようだ。



「すごいですねラディアーノ」


「僕はそんなに立派な人間じゃないですよ。たまたま知ってた薬の製法で何人も助かったのは確かですがそれを開発したのは祖先であって僕ではありません」


「いえ!ラディアーノ伝説によると様々な事を成し遂げた叡智と力を兼ね備えた歴代最強の賢者だと誰もが知ってますよ!」


「ぐっ」



すごく渋い顔をしたラディアーノ。


ユース老先生はこの学園長をあまり良く言ってなかったが……実はものすごい人なのだろうか?



「そうなのですか?」


「あれは、僕が学園長になって嫌がらせで吹聴されたものが精霊への笑い話になってそのまま本になったものだから……。第一章第一節の川の精霊と戦った話の途中まで読んだけど、僕は一方的に打ちのめされたのが正解で…………断じて精霊と戦っていない」


「そ、そんな!?では竜に丸呑みにされて生還した話は?!!」


「竜の卵の殻の研究ならしたことはあるけど……がっかりさせて悪いが僕にそんな力はないよ」


「………」



クライグくんは何やら打ちのめされているようだ。


名前には英雄のセカンドネームをつけてそれだけでそのまま一生を終える人もいる。「その名に恥じない素晴らしい人になるんだ」なんて激励はこちらでは当たり前だし、きっとクライグくんの中では学園長はさぞ凄い人物として膨らんで……そうあろうと努力したのかもしれない。


現代では見たことのないアイデンティティの崩壊をみたな。……何と言う落ち込みようだろうか。


水を飲ませたりして落ち着かせていると――――


「学園長」


「元学園長だね」


「細かいことはいいのです。今はまだ学園長の席には誰も座っていませんしね。……それより今回のギレーネ女史の暴走、本当にどこかの貴族の手はかかっていないのですか?」


「むっ……それは、調査中ですが」



周りの人にもそう言っていたようだけど、襲われた現場にいたクライグくんはそれを聞く権利がある。


隷属の魔法で私が主となってからこの質問はしていなかった。なにか隠しているかもしれないし一応問い詰めてみる。



「ラディアーノ学……コホン、ラディアーノ、今回の一件、確定ではないにしろ心当たりはありますか?<答えてください>」



声に魔力を込めて命令する。



「ぐっ……はい、ギレーネとはずっと一緒にいたわけではないので確定ではないのですがその外部からの接触があった可能性は確かに捨てきれません。この学園は広く、人も多い。ここに来るまでにもライアーム派の子弟が何人もいました。学園内にも外のいざこざは確実に入り込んできます。――――ギレーネと何者かの接触があった可能性は十分にあります」



全く、気が付かなかった。



「そう、ですか」


「はい、しかし私には確実なことはわかりません。シャルトル陛下もそれを危惧していました……フレーミス様もくれぐれも油断しないよう、お気をつけください」


「はい」



一応、ギレーネ単独の暴走の可能性は捨てきれない。


私にもそそのかしたのかも知れない人物になら心当たりはある。一度話しただけだがルカリムのご令嬢だ。


………しかし、一度溜まりに溜まった本家ルカリムのご令嬢から来ている招待状もあるし、顔を合わせて見ようかな?


人は対面してこそ何かを察することが出来ることもあるものだ。


電話での声色だけで相手の疲れや浮かれ具合がわかるように、面と向かって話して観察することで「もしかしたら彼女がなにかした」という疑念が晴れるかもしれない。そうじゃなくてもなにかの情報が出てくるかもしれない。


ついでに私がちょっと壊してしまったお店の修繕費もクライグくんに渡しておく。水の腕で石畳や、路地から上がる時に掴んだ瓦を壊してしまったしね。



お店はと言うと……表向きちゃんと営業はしているものの路地がおかしなことになっている。


クラルス先生のお店を含めて建物が横並びに連なっているがその後ろは大きな研究棟の敷地の壁しかない。


だからその路地は基本的にお店の人間しか使わないのだが……今回の襲撃でクラルス先生率いる薬師達は「自分の大切な収入源を狙われた」とでも思っているのか薬師様方で路地裏に集まって店の裏から「不審者はいないか?」と店先を睨みつけていたり路地裏で薬を作っていたりする。完璧に薬師が不審者である、すりこぎ棒の持ち方がおかしい。


クラルス先生しか彼らに命令は出来ないが襲撃の日から姿を見かけてはいない。こういう仕事が起きたときのトラブルバスターでもあるそうだから裏でなにかしている可能性もある。どこにいるかわからないが天井裏にはいてほしくないなぁ……。



そうしてしばらくは平和に学園生活を過ごしていた。



モーモスが偶に怪我して帰ってくるが襲撃とかではなく誰かと喧嘩しているようだ。


一度問い詰めようとしたのだが――――


「これは男同士の、そう、友との戦いで出来たものであって、決してやましい傷ではないです。この杖にかけて誓いましょう!」


「そう、なんですか?」


「はい、頭でっかちで傲慢なやつを叩き直そうとしています!」



この学園では騎士科があるように戦闘訓練もある。生徒が怪我をしていても不思議ではない。


モーモスは私の役に立つ方法をキエットに聞いていたこともあって学園での情報収集や魔法を鍛えているようだ。偶にダーマやミキキシカたちと一緒に訓練しに行ってるのを見かけることもある。


私も私で学生として授業を頑張っている。


まだついていけるがなかなか講義というのは難しい。ただ、問題とにらめっこしていると講師が私の顔色をうかがって来ている気がする。……もう少し表に出さないようにしないとな。もしくは「騒ぎを起こした問題児」に見られているのかもしれない。


そう言えばモーモスの従者がなにか話していないかと思ったが何も喋らないようだ。


何も言わないなら喋らせればいい。そう思って隷属の魔法を使えばいいんじゃないかと聞いたが、隷属の魔法は何やら条件が細かくあるようでだいたい喋る前に死んでしまうらしい。


魔法をかけられたラディアーノは私の命令なしではそう離れられないし、効果の強弱も個人差があるのだとか。……ギレーネも隷属とは魔法の種類が違うが罰として魔法にかけられていて神殿外には出られないようになっている。悪さをしようとすれば怪我をするそうだ。


闇の魔法で洗脳や従属が簡単にできるのならシャルルも統治に苦労はしないよね。


条件なんかもよくわからない魔法だが分類としては闇属性の魔法である……こういう部分があるから闇属性はあまり良く思われないのかもしれないな。




本家ルカリムのご令嬢との対談をしたいところだが、本家ルカリムの周りの人についてもう少し情報を集めてからの方が良いらしい。話し合ってからでは何か重要な情報を隠されたりする可能性がある。


ちょっと刑事さんの気分だ。普段の習慣や出入りしている人間、好きなお菓子まで予め調べておくことで私が接触した後に激しい変化があるかを見れたり出来るかもしれない。私と関わった途端に自作のお菓子を用意するようなら毒を疑える。


そもそも調べてもらってはいたが……もっと詳細に調べた上で話さないといけない。


タンスが埋まりそうなほどのお茶会の招待状を出してきているのがそれは彼女の意思なのか実家の指示なのか……彼女はパーティで私にルカリム家の証はあるのかと問い詰めてきたが………。



―――私は私で準備がある。彼女が何をしてこようとしても、全てにおいて彼女と対峙しても負けないように準備をするのだ………!!!



「もう少し優雅に、真っすぐ歩きましょうね」


「……はい」



いや、礼儀や立ち振舞は負けるな。向こうは生粋の令嬢だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る