第89話 選挙と騎士と誰かの声。


選挙は結構長く続くらしい。


ラディアーノ学園長の辞任は計画されたものではなく急なものだ。


学園の研究者の中にはオベイロス国の内外にフィールドワークを行っているものもいる。全員帰ってくるまで待つ訳では無いだろうけどすぐに決まるものではないみたいだ。


まぁ私には関係のないことだ。私にも票も冗談のように数人分だけしか入っていない。選挙に関わりたくない大人が何人か絶対に当選しない人に遊びで入れているようだ。なんなら学園のアイドル、小さな猫のクルルちゃんが私よりも票数を獲得している。



襲撃してきた指導役の騎士及び生徒の取り調べは別部署の騎士によって苛烈に行われているようで―――――……ほんの少しだが襲ってきた騎士達が可哀想になった。


襲ってきた騎士のリーダーだった人は以前から人の話を聞かない部分があったようである。以前からの悪評もあって誰もかばう人はいなかった。更に「騎士の名誉を穢した」とかで他の騎士達は寝かす暇もなく次々と背後関係を洗うという名目の元、取調べをしたようだ。


……この学園専属の騎士もいるけど騎士科の生徒にとっては卒業して国に仕えるのが騎士科の理想の就職先だ。今回の一件、私の後見人のシャルルは王様で、騎士科にとっては最高の就職コースの雇い主である。


なのに「将来の雇い主が後見する人物への襲撃」など国家反逆罪を適用されてもおかしくはないし、勿論そんな人材は雇う方も困るだろう。指導役を学園に派遣した騎士団にも厳しく監査が入り、おまけに他の騎士団にもその流れは広まった。


シャルルは「いや、良い機会だった」なんて朗らかに言っていたが私を出汁にして騎士団内部にもメスを入れたようである。


生徒たちは情状酌量の余地はあるとは言え、騎士として最悪の事件の引き金を引いたのだとして激しく叱責されて罰を受けている。


生徒の彼らも最高の就職先を失ったとは言え……他にも貴族や商家、傭兵のような道も残っている。このまま退学してしまえば汚名だけが残ってしまう彼らはこれから更生してくれると助かる。私も彼らにまでは酷い目にはあってもらいたくない………というか何十人も居る彼らの親がモンスターペアレンツになっては怖いのだ。



げっそりした顔で生徒は謝ってきたが先導した騎士に至ってはムキムキだったはずなのにもう骸骨のようになって―――以前の立派な鎧甲冑の姿はどこにもなく、ズタ袋のような服でやってきた。


爵位を持つ貴族だったのに平民に落ちて、財産取り上げ、私への配慮でギリギリ生き残れるかどうかの刑罰にかけられたそうだ。


……取り調べの後、疲弊しきった状態で危険な獣の居る森に試練と称して装備無しで放り出しされて――――恐ろしい目にあったらしい。目の下にくっきり隈が浮かんでいて僅かな音にもビクついている。



これからは学園で下働きとして平民の身分でありながら奴隷以下の生活となるそうだ。



裁判をしようとしていたスティなんとかさんはこれまでの裁判に疑義がないかをより詳細に取り調べられているそうだ。



私のもとには生徒の保護者や指導役の騎士の家から慰謝料も来ている。


しかも彼らの家族だけではない。「彼らの親戚」からも「私達は関係ないんだ」というお手紙とお金まで来た。「どうか敵対しないでくれ」「悪いのは奴らでちゃんと縁も切った」「魔法の的にしようが餓死させようが好きにしてもらって良い、何ならこちらで絶対に何も出来ないように処理いたします」などなど……。なんなら私の全然知らない関係のない人も離婚があったとかびっくりするような報告が続いている。


辺境の親族が謝罪に来るほどで―――改めて私の持つ「伯爵」という地位にびっくりする。


挙動のおかしな騎士の引率をした人は流石に可哀想な気も少しはするものの……手助けはしない。この人は絶対してはいけないことをしたのだ。


でも、学園やシャルルが死人が出ないように配慮してくれたのは本当に良かった。襲ってきたのなら、どうしようもないのなら相手は殺しても仕方のないこともあるはずだ。


シャルルを襲ってきた炎のムチ使いだって私の魔法の結果死んでしまったと聞く。自分とシャルルの命を守るためにやったことだ。それでも私は………やはり人の死というものが「取り返しの付かない大罪」であるという先入観があるのだと思う。


しかし、もしも……もしもギレーネがミリーを殺していたのだとすれば?


きっと許せなかったと思う。許せなくて、どうしようもない恨みから学園長の制止も無視してこの手で殺してしまったかもしれない。


私の対応は正しかったのか?悩みながらも考えてしまう。


ギレーネにもっと厳罰を願って、奴隷にして死ぬまで働いてもらっていたらどうなっていたか?死刑になるように厳罰を求めていたら?――――今回、死刑のような厳罰な処置を私が求めてしまえば……もしかしたら私の思いもつかない人に私は恨まれていたかもしれない。そうしたら今ではなく将来に誰かが傷ついていたかもしれない。


寛大と思われているようだが、逆に甘すぎて付け入る隙と見る人もいるのではないだろうか?


こちらでは人の命が現代よりも軽い。もしも私がこちらの人格しかなければもっと簡単に考えたかもしれないが私にはまだそんなに冷酷には出来ない。



―――――これまでの自分のことを考えてしまう。



魔法がもっと使いにくかった……意識がふっと浮上したあの路地の私、もっと小さい頃の記憶も僅かにはあったが世間知らずで常識も知らなかった。しかし賭場など、この水魔法があれば抜け出せていたはずだ。………いや、周りの状況の分からない身元不明だった私が一人で生きていけたかというと、無理だと思うし情報も保証もなく脱出するという選択肢はなかったはずだ。


モーモスへの対応はあれで正しかったか?モーモスは努力する子だった。―――ただ我儘だったし、決闘でナイフを私に突き立てようとした。受け入れなどせずに打ち払って殺してしまえば良かったのか?そうすれば毅然な態度によってギレーネの嫌がらせもなかったかもしれない。


ギレーネは授業と称して私に暴言を吐いて賄賂を要求してきた。嫌われている部分もあったりおかしいと評する人もいたがこの学園内で支持者も多く、権力を持つ彼女に初めから殺意があったのならいきなり暗殺者を送ってくるなりした方が効率が良かったはずだ。だから、きっと彼女にも葛藤があって、彼女にとっては軽い嫌がらせだったのだと考えられる。


しかし私はモーモスの境遇を知って、放置しておけば殺されるかもしれない命を投げ出したくはなかった。彼は彼で私に仕えようと努力をしている。ギレーネも色々考えて……きっとこれが正しい。そう私は思う



間違ったことはしていない、はず。



色々と終わったことであるというのに考え込んでしまう。私の選択肢は間違ってないか?これで正しいのか?



―――これまでの行動の結果が、自分や自分の周りのものに今後影響を与えるのだ。考えずにはいられない。



パキスだって教育を受けていないチンピラだった。もしかしたら殺していたほうが―――いや、親分さんやドゥラッゲンとの関係を考えても、私の現代で培ってきた道徳観がこれでいいと言っている。


ギレーネも私に関わらなければという部分が厄介だが基本的に素晴らしい人物という評価がされている。私の両親とギレーネの娘さんとの確執は知らないが、今後神殿で娘さんへの祈りを捧げて誰も傷つけることなく過ごしてほしい。


人の命が現代日本よりも軽くて身近にあるこの国だからこそ、自分の行動に自分のみならず大切な人たちの命がかかっている。だからこそ……………………こうやってうじうじ悩んじゃうんだよなぁ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




モヤモヤしつつ、氷室の氷の補充に帰って皆の分のプリンも作る。


卵は比較的多く手に入るしプリンを作るのに氷は役に立つ。


とは言え加熱の工程で魔法を使ってお湯を作り続けるって結構難しい。温度計もないし、水からお湯に温度変化させるのに熱くしすぎても蒸気になるし水の全てを均一な温度に加熱する操作を蒸し時間の間ずっと行うのは難しい。うっかりするとプリンの後ろ側が固まってなかったりする


だから竈や加熱用の魔導具を使うがそれはそれで調理器具がガスコンロや電気コンロのように一定の加熱ではないからこれも難しい。


そもそも電源やガスの規格が統一されているということもなく、メーカーで均一に作られて同じ火力で使えるなんてことはまったくない。


ゼラチンや寒天、くず粉があればもっと簡単に出来るがそれは仕方ないな……いつか代用できるものが見つけられると良いのだけど。



「美味しいですのぉ、ありがとうございますですじゃ」


「ウメェな!こんなになめらかで上品な菓子がこの世にあるなんて……」



キエットとドゥッガにもプリンは好評である。


キエットが蕩けそうな表情を浮かべているがすごく珍しい。



「そういやぁ」


「ウォッホン!」



私にはダダ甘のキエットだけど、ドゥッガに向けて厳しい視線を向けた。


筆頭家臣であるドゥッガだが、貴族としての生活には慣れていない。その点キエットは水の名家の家宰として以前働いていた経験からドゥッガに色々と教える立場である。他の臣下がいない場面ではキエットはドゥッガに厳しい。



「…………そう言えば、息子は役に立ってますか?」


「ミュードですか?充分役に立ってますよ」


「そうじゃな……いや、そうですか、役に立っているのなら良かったです」



ミュードはモーモスに従者としてついているが残念なことにギレーネの過ぎた教育を報告はしなかった。ミュード自身も急に貴族の近くで働くことで別の教育係に初めは叩かれていたそうだし、仕事も多いから授業中は侍従専門の部屋に引っ込んで別の作業をしていた。責めることは出来ない。



「あぁ、そういえば学園で知り合った生徒にナーシュ・マークデンバイヤーという子がいまして」


「ほう!」

「え?ナーシュちゃん?」



うちの重鎮、キエット・マークデンバイヤーが居るところにバグバル・マークデンバイヤーは常にいる。キエットはすごく年をとっているし孫であるバグバルは心配性なようでなにかと転けないかといつも心配して移動もつきっきりである。キエットが動かない場面ではバグバルは静かに財務処理を続けている……もちろん彼にもプリンを出した。


いつもは置物のように存在感もなく仕事を続ける彼だが娘の名前が出て驚いたように会話にはいってきて……ちょっと笑いそうになった。



「はい、賢者クラルスの薬品店を任されていまして、とても優秀なのですね。賢者クラルスとは縁があって共に商売をすることになったのですが、学園で並びの小さなお店を5店舗ほど買って、それら6店舗の販売責任者として活躍しています。なかなかの働きです」



実際、ナーシュ先輩の働きは凄い。薬師先生方のほうが専門知識はあるが大量に置かれた商品の全てを記憶していたし、接客マナーが出来ない薬師先生と違ってまともに接客も出来る。他の先輩を連れてきた時も年上や同期がだらけそうになっても仕事の場で手を抜いたらすぐに裏の路地まで連れて行って厳しく指導していた。


学生で初めての仕事といえば「学生気分」と言われるように振る舞い方がきっちりしていないこともあるが彼女はそういう部分が嫌なようできっちり仕事してくれた。


本人は謙遜するが任せてみると搬入店舗以外の店舗全ての商品の在庫を覚えていてちゃんときっちり接客できるのは有能すぎると思う。現代のように全ての商品に説明書きがあるがあるわけじゃないし、壺に入れられた状態なのにほぼすべての効能を把握するなど有能を通り越して人間か疑いたくなった。



「ほほー」


「ナーシュちゃんが……それよりどんな契約にしたのか詳細を頼みます。それと5店舗ほどとはどういうことですか?」


「バグバル、そうやって詰め寄るんじゃない。だから落ち着きがないと言われるんじゃ」


「しかし爺」


「だいたいフリム様に向かって何じゃ?その口の聞き方は………」



ちょっと口が悪いというかぶっきらぼうな話し方のバグバルはキエットにいつもたしなめられている。バグバルが王宮で働いているときもこういう部分で疎まれていたというのだから……マナーというのはやはり最低限はあったほうが良いのだろうな。


怒られているバグバルだがそこには成長を期待するキエットの愛を感じる。……先輩の父親ということは顔に見合わず良い年齢のはずのバグバルが改善するかは分からないが、それでもこれはこれで愛の形なのだろう。


祖父と孫、そしてナーシュの関係は良好なようでちょっとほっこりしてしまった。


少し苦い顔をしているドゥッガだがキエットは私以外には結構厳しくしているのかもしれないな。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








「なんで!なんでなのよっ!!!??なんで私が……」




「私は間違っていない、間違っているのは………」




「そうよっ!!こんな事になったのはあの子が……フレーミスが悪いのよ!!!」




「―――――こんな場所に、私は居ていい人間じゃない」

















「――――――なんだよ。あいつだって間違えてんじゃねーか」


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