第92話 ルカリムの本音。


「あの、それでなんで私をあんなに誘ってきていたのですか?世情を考えるなら明らかに危険なんですけど?」



エルストラさんに素直に聞いてみる。


普通に敵対勢力だし、どう考えたって会えないとわかっているだろうに手紙は続いていた。それも多くて日に10通などというとてつもない量を……殺意がすごいとも取れるが、部屋にまでは押しかけては来なかった



「それは……個人的かつ内密にしたい部分になります。お互い護衛を外して話して頂いてもよろしいでしょうか?」


「エルストラ様!?」


「この場では絶対に争いごとは起きません。わかるでしょう?」


「ですが危険です」



護衛の人からすれば私は危険人物だと思う。しかし――――


「私も2人、または外部からの攻撃がない限り、絶対に杖を使わないと約束しましょう」


「まぁ、私も警戒されてるの?」


「すいません、おば様について私は知りません。……エール先生も教えてくれなかったので」


「なら仕方ないわね!でも、大丈夫よ?私がこの場にいればルカリムのお嬢さんは……いえ、お二人共ルカリムでしたわね。エルストラは杖を抜くことは出来ないわ」



おばさまは強い魔法使いか権力者なのだろうか?



「何なら私の杖を預けましょう。だから下がって、ね?」


「―――わかりました。しかし、危険を感じたら」


「わかってる」



エルストラさんは何を話したいのか……私の後ろには杖もあるからか向こうの立場を考えても警戒は当然だろう。


渋々ではあったが、お互いの従者はいなくなった。


これでこの場は私とおば様、そしてエルストラさんだけとなった。



「まずは礼を、ルカリムの家の者としてこの招待は金の採掘にも勝るものでしょう」


「いいわよ。雷剣のブレーリグスは貴女にとっても警戒するべき相手なのね?私もコーズちゃんのことが気になってたしね」


「彼が何を考えているかはわかりませんが、お父様につけられていますから……ありがとうございます。この場ではなんとお呼びすれば?」


「おばさまでいいわよ?何ならうちの子にならない?」


「お戯れを……」


「あら?ふられちゃったかしら」



2人の様子を見つついくつも用意したお菓子の中からプリンを食べる。


やはりこの濃い卵の味はなかなかに良い。前世の卵よりも美味しい気がする。


出来上がったプリンは若干癖はあるが「これはこういうもの」と認識すれば美味しい。もうちょっと砂糖の癖が抑えられたら理想に近づくんだけど……。



「コホン。フリム―――……きっと、貴女にはわたくしからの手紙も恐怖を与えてしまったでしょう。まずは謝罪を――――ごめんなさいね」



座ったままだけどきっちり頭を下げたエルストラさん。


表情は仮面のように無表情で変わらない……今のところ殺意はないように思うが油断はできない。



「本当に怖かったですよ。この僅かな期間に本棚が埋まるほどの量は」


「……まぁ良いでしょう。それよりも聞きたいことがあるのです。貴女は本当にルカリムの出なのですか?」


「それは確証はありませんね」



水を一口飲む。


聞かれても「自分が誰か」の証明なんてすることは出来ない。証拠なんて何一つ無いんじゃないかな?



「私は路地で気がついたら倒れていました。その後はドゥッガのもとでずっと生きてきました。私自身に証を立てるものなど何一つとしてありません」


「ルカリムである証明はシャルルちゃんがしたのでは?」


「その点は王を疑うわけではないのですが当家なりの確証がほしいのです。シャルトル王は闇の大精霊の契約者。闇の魔法は解明されているものは少ないですし、王であっても一言に言われたから当家の人間であると認められるほど……当家は軽くありません」


「まぁ、それは……そうね。フリムちゃんはなにか覚えている記憶はないの?幼い頃の記憶とか……いえ、今でも幼いのだけど」



たしかにそう言われればそうだ。「王だから信じろ」と言われても信じられるものではないかもしれない。


王様の言葉では闇の魔法を使って私にかけた魔法こそが証明の一つだ。


しかし、闇の魔法が別の人間にもかけられるなら、私の両親らしいオルダースとフラーナ2人の特徴に合う子供を連れてきて新たな加護を与えることも出来るかも知れない。そもそも闇属性の「よくわからない魔法」であるし、それを根拠に「こいつお前の家の出身な!」って言われても納得できない人もいるだろう。


外から見て確実にわかっているであろう情報は「私が普通の子供ではない」ということだけだ。



「たしかに、屋根もない路地で寝ていた前はなにか教育を受けていたり豪華な家にいた気がしますが」


「ふぐっ……」



あ、エルストラさんが口元を抑えてしまった。


幼女が路地裏生活をしていたことが悲しかったのか?それとも敵である私がそんな環境だったことに笑ったのか?



「………」


「………」



明るい雰囲気のおば様も手を口元に当てて固まってしまった。私でも同じように幼女に「路上生活して困窮していた」なんて言われたら固まるかも知れない。


昔の思い出か……日本語でない言語がわかる以上、教育は受けていたはずだ。そう言えば……。



「四角くて、青い人がいた気がします」


「四角い?」



なんか四角い人が記憶に引っかかった。


正方形の箱、辺が四角く青いなにかだったような………?



「なんというか、顔とか服は全然覚えていないのですが額縁のように四角かったような気がします」


「それは……」


「きっとそれは父でしょうね。……あの髭ですから」


「なるほど、変な覚えられ方してるわね」


「該当する人がいるのですか?というか信じてもらえるのでしょうか?」


「そうね。………わたくし、おそらくだけど何度か貴女を抱きあげたこともあると思うのよ」



近所のおばちゃんに「昔あなたのオシメ換えたこともあるのよ」と言われるようなものだろうか?言われても覚えてないけど。



「そう、なんですか?」


「そう、それが確認したかった。………信じてもらえるかはわからないけど、私は貴女が生きていて嬉しいの」


「いや、そう言うなら刺客を送るのやめてくださいよ。そちらの屋敷を出入りしていた人間がこちらにきてるのですが」



つい突っ込んでしまった。


新生ルカリム家には大事にはなってないが刺客は送り込まれてきている。ヒョーカやドゥッガが対処してくれているが、できればやめていただきたい。


「送ってない」とか「無関係な人間だ」と言われればそれまでだし、口に出さないようにエール先生に注意されていたが「嬉しい」とか言われてついつい突っ込んでしまった。



「それは……本当にごめんなさい。ルカリムの家にも事情があるのよ」


「謝罪よりもどうにかしてほしいのですが……」



ほんの少し心苦しそうなエルストラさんだが、もしかして表情に出にくいタイプなのだろうか?



「わたくしは、そうね。――――フリム、貴女に提案をしたいの」


「なんでしょうか?」



「うちに来ない?派閥ごとでもいいし、貴女一人だけでも良いわ……今ならわたくしの力で絶対に貴女だけは護ってみせるわ」



胸に手を当て、私に語りかけてくる少女はおそらく本気だろう。









「無理です。どう考えても殺される未来しか見えません」



熟考して、言われた言葉になにか裏はないかとよく考えてみたが……どう考えたってYESとは言えない。


そもそも守る気があるのかも怪しいし、そうしようとしたとして実現できそうにない提案だ。罠の可能性のほうが高い。



「………しかし」


「貴女が守ろうとしてもその保証もないですし―――……もしかすれば本心からなのかも知れませんが、私には断る選択肢しかありません」


「……………そう、ですか。ですが、私は諦めません。いつでもわたくしに頼ってくださいまし」



丁重にお断りして、今日のところは話を打ち切った。


彼女自身には邪気は感じられなかったが状況はきっとそれを許さない。それに派閥ごと連れて行こうとしたらシャルルに私は殺される。


シャルル暗殺犯の疑いのあるライアーム派閥、それを支持する本家ルカリムからすれば私の存在は現状最悪の存在と言って良いかも知れない。


たしかに私は安全を重視している。もしも本家ルカリムが安全なら………まぁそれはそれで一つの道かもしれないが現状有り得なさすぎる。



「ところでおば様は誰だったんですか?」


「んー、後でエールちゃんに聞くと良いわ……そうそう、クッキー美味しかったわよ?それじゃあね!」



今日はクッキーは作ってないんだけど……?


後で聞いてみるとあのおば様は貴族派のトップにしてシャルルの叔母、目の荒い菓子パンのようなものを作ってくれた人だった。………ロイヤルファミリーの一人だ!!!


いや、それは確かに本家ルカリムも敵に回せない相手だわ……お礼にケーキでも持っていこうかな?

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