第86話 学園裁判。


ギレーネはユース老率いる賢者たちによって捕まっていた。


コロシアム形状の大きな修練場で客席も満座の中でその裁判は行われる。


広い会場で幾つかの集団に分かれて固まっている。


一つは私のグループ、一つはギレーネの捕まったグループ、それとなにかの資格でもあるのか偉そうな人が別のグループが居る。ざわつく観客席に……段上では書類を持って走りまわって忙しそうだ。


私の仲間は騎士達を捕まえているしクラスメイトは近くに待機してもらっている。取り調べとかで他の騎士が連れていきたいそうだが証拠隠滅されてはたまらない。


魔導師と賢者たちはギレーネを捕縛しているし、一定の発言権や地位を持つものはそれぞれ別のグループで固まっていて、学生たちは観客席に押し寄せてきている。


インフー先生によると私がギレーネを殺してしまえば問題がさらに大きくなるからという処置だそうで………私が彼女に直接詰め寄ることは出来ないでいた。



「あの小娘こそ!この国の害虫よ!!どこの娼婦の子かわからないじゃない!!!」



「なんで騎士が負けてるのよ!!」



「離しなさいよ!!キ ィ ィ イ イ イ イ っ !!!!」




ギレーネの叫び声が聞こえてくる。私は私でムカついてたまらないし言いたいことは大量にある。


たしかに私は両親をそんなに覚えていないがそんな事を公衆の面前で吐く品位がわからない。しかも私が嫌いだからって私の仲間を率先して、教育の名目で傷つける意味がわからない。ぶっ殺したい」


「フリム様、漏れてます。抑えてください」


「ふー…ふー……フー………もうダイジョウブですワ」


「全然大丈夫じゃないです」



杖に高ぶりのままに溢れる魔力を注いでいく。感情のせいか、もう魔力も一杯にまで回復してしまっている。もしかしたらこの会場のどれだけの人間が敵になるかわからない。


これから偉い人たちの到着を待って公開裁判を行う。学園内には裁判所もあるようだが修練場でも行われることもあるらしい……私はいつでも魔法が使えるようにただ待つ、杖に魔力を込めるのも意味があるしね。



かなりの時間、ギレーネの叫び声を聞いて待っていたが風の魔法使い達が空を飛び、天馬と馬車を伴って修練場にやってきた。


降りてきたのは学園長にこの学園で最も力をもつエンカテイナー侯爵。そしてシャルルと知らない中年男性、更に馬車が続き護衛や国の重鎮らしき人達が続々と降りてくる。


みんな私を見てなにか言っている。シャルルもこちらににこやかな顔を向けた後、騎士達の後ろに下がらされていた。



「そ、それでは裁判を始めます。学園高等法院長スティルマがこれまで集めた事実を元に互いの罪状を申し上げます」



中央に裁判官のような女性が現れた。明らかに学園長やシャルル王に対してビクついている。



「立会に学園「スティルマ!互いの罪状ではなく!小娘の罪状を述べなさい!!」


「し、しかし」


「ギレーネ、宣誓の最中だ。それに互いの主張は違っていて当然。それを言い合って争いを仲裁するのも僕の仕事だ。知ってるだろう?」



横からギレーネが口を挟んだが銅像で見たことのある現役学園長が奥さんであるギレーネをたしなめた。


あれ?騎士は「学園長の命令」と大声で言っていたがこの人は敵じゃないのだろうか?



「あなたっ……!」


「立会に学園長としてラディアーノ・エンカテイナーがここに座る」


「フレーミス・タナナ・レーム・ルカリムの後見としてシャルトル・ヴァイノア・リアー・ルーナ・オベイロスがここに座る」



なんでシャルル王が来てるんだろうかと思ったが保護監督責任者と言うか後見人だった。


偉そうな人たちが名乗っていって席に付き、罪状が述べられた。「容疑」ではなくはっきりと「罪状」と言っているが、こちらの裁判の仕方などしらないが行われた行為がどの罪に当てはまるかをはっきり「罪」として述べるようだ。


私への罪状は授業放棄から始まる脅迫、殺人未遂が主軸で、なぜか私が娼婦の娘でその辺の庭で粗相をしているだとか、奴隷や平民を平気でむち打ち、その魔法力を持って学園内を我が物顔で傍若無人を極めた大魔王みたいに主張された。



しかも正当な権利を行使しようとした騎士団を襲撃したのだと。



私の仲間の腕の傷痕はギレーネが行ったものではなく私がやったものだとか………荒唐無稽な者も混じっているが誰の話だろうか?



「これらのギレーネ・バリュデ・エンカテイナーの主張に対し、フレーミス・タナナ・レーム・ルカリムは反論はあるか?」



スティルマは明らかにギレーネと仲が良さそうで、私に対してさっさと認めろと言わんばかりの顔をしている。


ギレーネが騎士を動かしたことを考えればこの人も信用ならない。



「全て嘘ですね。そもそも――――」


「こちらには証人が多数いますが?」



こちらには?



「裁判長!今こちらにはと言いましたね!!裁判を正当にする気がないのならこちらも考えがありますよ!?」


「当官を脅すか!!」


「さっさと罪を認めなさいよ!!」



どこかのギレーネの声が聞こえた気がしたが周りの賢者に止められたようだ。学園の全てが敵というわけではないのだろう。


それよりも、この裁判自体が作られた茶番の可能性もある。



「黙れ!!騎士団が動いたのは学園長の指示だと聞いている!!!この学園内で権力があろうとも!!いわれなき罪で膝をつくことは私には決してない!!正当な裁判をする気がないのであれば貴様に裁判を行う資格なしと当方は判断する!!!まともに続ける気がないのであれば杖を取るが良い!!!!」



強い言葉で高い位置に居るスティルマに杖を向ける。


権威に対して萎縮するようなことはない。事前に大人しくしておくようにエール先生には言われていたが裁判で一番偉い人が買収でもされているなら大人しくしている意味がない。



―――こんな大きな会場で、こんなに大事になるとは思っても見なかった。そもそもなんで彼女に突っかかられるのかも意味がわからない。



しかし、向かってくるというのならやらねばならない。




「――――待ちなさい、双方の事実関係も明らかでないうちに口を挟むべきではないが……僕の肩書が出た以上、口を挟ませてもらおう。スティルマ。君に与えた職権を僕の権限で全て剥奪する」


「そんなっ!!?私はこれまで学園に仕えてきました!これからも仕えさせてくださいまし!!」


「これは問題解決のための一時的な処置だ。君に問題がないのであれば権限は戻すと約束する」


「っ!?」



学園長に言われて下がった法院長。学園長は法院長の席に座って手元の書類に目を通しだした。



「学園長!こちらは貴方の名前で襲撃を受けた以上!公平性に欠けると思われますが?!」


「あなたっ!こんな小娘の言葉を聞いてはいけま  」



ギレーネの口を黙らせてやりたいと思ったが賢者の誰かに黙らせられていた。


そもそもこの人はギレーネの旦那。私にとって全く信じられない相手だ。



「ルカリム伯爵。君の意見はもっともだ。」



学園長は書類を見る目を止めて、よく通る声でこちらに歩いてきた。



「しかし、この場をどうにか出来るものは僕だけだろう。君に僕の杖を預ける。僕がおかしな裁定をしたのなら僕の杖を好きにしても良い。ギレーネ、僕の公平性は知っているだろう?君に疚しい事がなければ君から貰った杖はちゃんと僕のもとに返ってくるさ」



杖を反対に持って、私に手渡そうとしてきた学園長。リヴァイアスの杖を持って警戒していたが……本気で戦意は無さそうである。


その表情には敵意や殺意、嘲りというものは何処にもない。何処か申し訳無さそうな、悲しげな顔をしている。……私に杖を渡すとすぐに学園長は席に戻った。


しばらくその場は静まり返り、書類に目を通していく学園長に視線が集まる……不思議な状態が続いた。


私は学園長の杖を持ってその場で待つ。


前世でも裁判なんて経験はない。何が正解か全くわからない。



「そもそもなんで王様来たんでしょうか?」


「それはフリム様の後見人ですし、裁判になるのはわかっていましたから来てもらわないと困ります」



エール先生に聞いてみた。国政を放置してきても良いのだろうか?後見している私がこんな事になって……怒ってはいないだろうか?


答えが帰って来る前に、学園長が手を上げた。



「やはりか……。この席に座る以上、こんな事は言いたくなかったよ。スティルマ、これだけの事態になって……なんでルカリム伯爵の報告書に何も書かれていないんだい?」


「そ、それは……」



白紙の罪状、見えないと思って罪をでっち上げる気だったのか?



「ギレーネ、僕が留守の間に僕の名前を使ったね?」


「………」


「残念だよ。君は幼い頃、学園に優遇されて嫌な思いをしたというのに。その学園を正そうとした君が、学園を私物化して一人に私怨をぶつけるなど。―――本当に悲しいよ」


「それは……違う、違うの!!」


「君はこの国の品位を上げた。貴族は気品を持って平民を嬲ることなく、平民は身分差を知って貴族を敬う。そんな良い国を作り上げてきた君は僕の誇りだった。しかし君は私怨でその品位を大きく傷つけた。僕やお義父さんの信頼もね。残念だよ」


「そんなっ!ごめんなさい!!許して!!?」



ギレーネは本気で学園長に謝罪しているようだ。そんなにもギレーネが素晴らしい人物には見えないのだが……それに私怨とはどういうことだろうか?立派な貴族ならお金に困ることはないだろうし、賄賂の要求が原因ではないだろう。


私からすれば初対面から突っかかってきていたように思うのだが……なにか私がしてしまったのだろうか?



「謝るべきは僕ではない。しかも、もう謝っても許されないことをした」


「でも、どうしても、どうしても許せなかったのよ……」


「――――――……君の気持ちも少しはわかるよ?だけどね。娘は娘の生き方があった。君も娘も、やり方を間違ったんだよ……」



ガックリ項垂れてしまったギレーネ。


何だかよくわからないが、ギレーネは旦那さんに諭されて黙ってしまった。


その後、私の主張は全面的に認められた。というか白紙の私に関する書類とは別に何かの書類を渡されていたようで私の主張をする度に書類と確認作業をしている学園長。


あれかな、エール先生はシャルル王の元侍従だけど一般的には知られていなかった。裏で何があったかは報告が行っているはずだし、それらの証拠をまとめたものなのかもしれない。


先程まで私もやる気満々だったけど……年配の人のガックリ来た部分を見てしまって責める気も失せてしまった。


それにしてもエール先生経由で届けられた書類がなければ学園で集まっていたはずの証拠材料は全く無かったのか。もしもエール先生が何もしなかったらきっと裁判はとんでもないものになっていたはずだと思ったらゾッとする。


……後でエール先生の肩でも揉もうかな。


確認作業は終わったが判決は後日発表となった。事実確認の調査の必要があるからとのことだ。

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