第87話 ギレーネへの罰。



「フリム、学園でも暴れ回っているようだな。報告を聞くのが楽しくなってきたぞ?んー?」


「ほっへひふぁふぁないでくらふぁい」


「よくのびるなー」



笑顔のシャルルに引っ張られる私のほっぺ、ぺしりと手を払う。


後見人としてきてくれたシャルルだが……王様なのに暇なのか?エール先生以外は「王様を持て成さないと!?」と泡を噴いて倒れるんじゃないかって言うほどに焦るので私は作っていた料理を出すことにした。



「これは何という料理だ?」


「プリンですね。卵を蒸したお菓子です」


「菓子……なのか?これが??うまいっ!!」



この国では卵が結構手に入る。しかも現世と違ってサルモネラ菌が居るのかは分からないがこの世界ではお腹をくださずに食べられるらしい。


ふと食べたくなったので卵を使ってプリンを練習していた。でも卵の濃厚な味と、砂糖の癖のあるフルーティな甘味が微妙に合わなかった。


しかしクラルス先生の薬草の中にバニラのようなものがあって一体感がグンと上がったのだ!


本当はいつもお世話になってるエール先生やキエット、親分さんに食べさせようと思っていた。その前にようやく納得の行く味になったし味のチェックも兼ねてお店の人やクラルス先生に味見してもらおうと作っていた。


シンプルなプリン、カラメルは無し。こちらの砂糖は癖が強すぎる。


まだまだ改良の余地もあったが仕方ない―――。



「エール先生のために作ったのにー」


「まぁっ!シャルル!食べるのをやめなさい!!」


「こらこぼれる!お前の分はあるだろうが!!」


「それとこれとは別です!!」



シャルル王から奪い取ろうとしているエール先生。


2人はものすごく距離が近いが……もしかしてこれは恋人というものだろうか?



「エール先生のは特別仕立てですよ」



特別仕立てと言ってもほんの少しお皿に砂糖を散りばめたのと相性の良さそうなジャムをきれいにかけただけだ。プリンには定番のカラメルによる味変がないし飽きないためのアクセントにした。


シャルルは王様なのでなし。白っぽい謎の粉が散りばめられたお皿とか騎士に「切り捨て御免!」されるかもしれない……フリムちゃんは慎重派なのだ。食べ物にチェックはなかったが。



「まぁっ!……とても美味しいですよフリム様」


「エール先生に食べてもらいたかったんで頑張ってました!」



えへへ、ふふふとプリンを食べる私達。


なぜだかぶすっとしたシャルル王。



「こういうのは先に俺に出すもんだろうが、これは美味いな……ツルツルしてて、本当に美味いな」



そこそこの出来のものは友達やシャルルの部下の人達に配ってもらった。やっぱり卵の質が違うからか固まり方が違うし調整が難しい、すぐにすが入っちゃう。


しばらく学園で何をしていたのかとか聞かれて話していると学園長とギレーネのお父さんが部屋に入ってきた。ギレーネ本人はいない。



「本当にすまないことをしてしまった。その杖で僕を貫いてくれて構わない……しかし、できれば彼女の命だけは助けてほしい。責任は彼女を御せなかった僕にあるはずだ」



敵意を感じない表情に理知的な言動。


学園長は私を捕らえるのに手を貸したわけではなさそうだ。


こちらの調査にも彼自身は何の関与もせず、そもそも留守だったと教えてもらった。



「貴方はギレーネの言い分を信じないのですか?」


「すでに調査書類も貰っている。彼女が君と君のクラスメイトへの無体なことをしたことも報告を受けた。……ルカリム伯爵の名誉への毀損、クラルスの店への襲撃、僕の名を騙る、生徒への暴行………罪は明らかだ」


「そもそも彼女がなぜ私を攻撃しようとしたのか、理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」


「……それは、話さずにいたいのですが」


「今後の私と私の周囲の身の危険に関わります」



答えにくそうに渋い顔をしている学園長だが、私の安全を気にする後見人もすぐ横にいる。


反省の色の見える学園長だが言い淀んだことに対してシャルルは少し機嫌が悪くなったようだ。



「話せ」


「はい。―――――そうか、そうだよね。どこから話したものか……」




理由は長く、重いものだった。



彼女には姉妹がいて互いに伯爵の座を競うライバルであった。ある時、二人共病にかかって、学園長の薬で二人共治ったが……ギレーネだけ魔法を使うのに後遺症が生じてしまった。


伯爵となりたかったギレーネだがその夢は叶わず、自分がなりたかった伯爵に私がなっていることを妬んだ。そして、それだけではなくもう一つ、こちらが本命だが……学園長との夫婦仲は円満で…………娘がいた。


それが政争で、王様の敵として戦いに行って、娘さんは死んだ。


それも王様の護衛にまでたどり着いて戦って死んだ。―――つまり、



「私の両親と戦って娘さんが亡くなったのですか?」


「その可能性が高いと聞いている。ルカリム伯爵はどちらにせよ生まれていたかどうかだったはず。しかも政争によってオルダースもフラーナも死んでいる。明らかに逆恨みだと言うのに」



おぉ、つまり自分がなりたくてもなれなかった伯爵に私がなって、更に娘の仇の娘という「私関係あるの?」という間柄だったのか……。それにしても「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言うやつだろう。


学園で彼女の印象を調べても「普通に慕われている」はずなのに私にいきなり突っかかってきたりしたのはそういうことだったのか。



「あの政争で、この学園の人間も多く死んだ。娘の夢は『この国で一番の薬を作ることだー』なんて言っていてね、ギレーネもあれから少しおかしくなってしまっていて……いや、すまない。責めているつもりではないんだ」


「孫には孫の生き方があって、自らの杖を向ける先を決めて死んでいったのも孫。ただ……ギレーネは武人のように潔くなく、愛情深かったから……ルカリム伯爵、本当に、娘が悪かった。このとおりだ」



ずっと立っていたおじいさん、ギレーネのお父さんでこの国の学術派の偉い人、エンカテイナー侯爵が土下座した。



「エンカテイナー侯……俺は偶然とはいえ王になった。当時この国は滅亡の危機だった。だから恨みや遺恨も忘れるよう停戦を呼びかけて罪を許したというのに―――これでは俺の立場がないではないか?」


「おっしゃるとおりです。いかような罰でも私はお受けします。ですので娘の命だけは!!」


「もちろん僕の命もギレーネのためには惜しくはありません!どうかっ!!」



「………フリム、貴公が決めるが良い」




私は―――――。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




ギレーネは全権限を奪って神殿で今後一生奉仕活動が決定した。


明らかに逆恨みから礼儀と称して人を打つなど教師にはしておけない。これを伝えると学園長も侯爵様も納得してくれた。


そして騎士団は罪を許すが締め付けもする。騎士の中でも盲目的に命令を聞く者も居る。ギレーネはそういう騎士を留守中の学園長の命令書を作って―――生死問わずに私を連れてくるように命じた。


当然、騎士科指導役の担当教官は確認を怠った点で何らかの処罰の対象になるし、ギレーネは複数の罪で死罪が妥当だ。



――――しかし



「私は、これ以上の死を望みません。これで私が怒りのままに彼女を殺すようにしてしまえば彼女の一派から恨まれることになるでしょう」


「おぉ!感謝します!!」


「しかし、口ではなんとでも言えます。今後の私や私の仲間の安全のために、何が出来ますか?」



本当はミリーたちの腕の赤みを思い出せば今でも腹が立つ。他のクラスメイトもお店づくりで少し鈍い動きをしていた。ギレーネに叩かれていたのだ。


もしかしたら廊下で私がギレーネを睨み返した日にはより強く叩かれていたのかもしれない。



「フリム、落ち着け。今2人を殺そうとするな」


「すいません、私のせいで友達が棒で打たれていたのを思い出しました。殺意はありません」


「そうか、魔力を抑えろ」


「………ふー、失礼しました」



抑えきれないし杖に強く魔力を注ぎ込んでから手放す。



めちゃくちゃムカつくが彼女は裁かれる。しかし、彼女はこの学園では基本的に慕われている。


長くこの学園にいて慕われている。20年以上教職をしていたのなら当然かも知れないが、彼女を強く罰すると潜在的な敵が何百人も何千人も生まれてしまう。……スティルマとかいうこの学園の偉い人だってそうだ。それに目の前で膝をつくこの国で偉い二人、学園内にも二人の像はあって……この二人の像の前を通るときには頭を下げる人もいる。


ギレーネに厳罰を求めると言うことは、この人達を含めて多くの人の恨みを買ってしまうこと繋がりかねない。


子供のようにただ怒りをぶつければいいというものではない。最良の結果となるように考えるべきだ。



「――――では、僕は学園の長としての立場を退き、今後ルカリム伯爵に忠誠を誓いましょう」



「えぇ……」


「ラディアーノ、それで良いのか?」


「お義父さん、そもそも僕には学園長としての資質は乏しいです。それにギレーネから実権を奪っても伯爵になにかあれば今度こそギレーネが死んでしまうことになります。夫としてそれだけは食い止めたいです」


「……しかし、後任はどうする?」


「ユース老がいます。きっと選出されるはずです」


「待て、俺のフリムを傷つけておいてギレーネと離縁しないというのか?貴様は」



俺のというのは配下のという意味だろう。


それよりも学園長が部下になる?いやいや、情報を流したり、なにかしでかしそうで不安すぎるんだけど。


私はまだこの学園長さんを信用していない。



「はい、これ以上彼女を追い詰めてしまえば何をしでかすかわかりません。その結果彼女を慕うものが伯爵を攻撃するような事態になることもありえます」


「それではラディアーノ、貴様自身がフリムを害しないとどうやって保証するのだ?」


「隷属の魔法を受け入れましょう」


「………正気か?」


「はい、僕は妻を愛していますし、今ならこれも周りからは美談として受け入れられるでしょう。それに―――」



私を見て、言葉が止まったラディアーノ学園長。


なんだろうか?恨みではない視線だ。



「なんだ?」


「いえ、オルダースとフラーナは僕の生徒でした。娘のことは残念でしたが……ただこれ以上、あの政争の不幸を広げてはいけないはずです」



両親のことは覚えていない。私の知らないそんな部分で決意されればどうすれば良いのかわからなくなる。


ただ、彼の決意が固いことだけはわかる。これにはシャルル王も不機嫌そうだった態度を改めたようだ。



「二つ名が『調停』なだけはあるな。フリム、エンカテイナー侯。―――なにか異論はあるか?」


「ありません」


「無いです、が……一つだけ確認を」


「なんだ?」


「ラディアーノ、本当に、本当に良いのか?娘の罪に君まで咎があるものではないはずだ。私はラディアーノを本当の息子のように思っている」



侯爵が学園長の両肩に触れて向かい合った。


このおじいちゃんから見て、娘も大事だけど、義理の息子である学園長も大事なようだ。



「私に気を使っているのなら考え直したほうが良いのではないか?」


「……お義父さん、これはギレーネを御しきれなかった僕にも罪があります。愛したものの罪を償うためなら何の苦でもありません。―――エンカテイナーに汚名をつけてしまって本当にすいません」


「そこまで、そこまで娘のことを……」



ボロ泣きしてしまったおじいちゃん侯爵。


正直私は少し微妙な気分でもあるが……それでもこれでギレーネはどう裁かれるかが決まった。死刑はなし、神殿送りだ。


残りは生徒の傷の治療費、私の名誉の回復のための事実の掲示、クラルス先生のお店への賠償、騎士の怪我や装備品を学園長が支払うかエンカテイナー侯爵が支払うかギレーネの資産から差し押さえるか、学園長は離婚するのかなどなど細かい部分が決まっていった。



……ギレーネも愛してくれて、かばってくれている人がいるのだから罪をちゃんと償って反省してほしいな。

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