第83話 逆鱗。


「い、いらっしゃ……まセェ~エエェエ」


「もう!リコライ!もっとはっきり!」


「いらっ………まっセぇー!」


「どこから声出してるのよ!もっと大きく!はっきりと!じゃないと尻をゴーレムで叩くわよ?!」


「じょ、じょうだん、ダだよね?」


「ん、リーズは本気。私もやられたことある。凄い痛かった」


「ぃ………イラッシャッセェエエエエエ!!!!!!!」


「やればできるじゃない」




初めての試み、人には得手不得手というものもある。



―――微笑ましい失敗を除いて、全てがうまく行ってるように見えていた。




クラルス先生が取りまとめている薬師達も手伝ってくれて……いや、店に出せないほどの過剰在庫のお陰で棚がスカスカになるということもなかった。


薬師たちも店に置けない量の在庫を抱えていたのでむしろ結構な在庫を抱えることになってしまった。まぁなくて困るよりかは良いんだけどね。



「フリムさん!こちらでもお店をやるのですね?おめでとうございます」


「ちょうど建物に少し手直しがいるのですが頼めますか?」


「勿論」



クライグくんもお店の噂を聞きつけてか駆けつけてくれた。


ちょうどリーザリーが土魔法で床を直してくれていた。棚が使いにくかったり店先の壁がいまいちだったりと人手が足りていなかった。



「あら?何処の……ドゥラッゲンのクソガキがっ!!」


「あれ?リーズ、知り合いなの?」



リーザリーと親しみを込めてリーズと呼べと言われたのでそう呼ぶようになった。


クライグくんに挨拶しているとお店の中を直していたリーザリーがやってきて眉間にしわを寄せてクライグくんにはっきりした敵意を向けた。



「知り合いも何もドゥラッゲンよ!我がタロースの憎き!仇敵ですわ!!」


「あー、リーザリー嬢だよね?夜会で見かけたことはあったけど挨拶はしていないよね?クライグ・ディディアーノ・ドゥラッゲンだ」


「貴方に名乗る名などありませんわ!!」


「クライグ君はリーズと仲が悪いんですか?」



わかった上で言っている。


魔法使いがいるこの国で特に強い魔法使いのいる家を称賛を含めて「名家」という。その名家の中から国家を代表する家こそが「大家」となる。


土の名家と言われるのはドゥラッゲンとタロースの2家だ。ドゥラッゲンが現在の大家だが、その座にはドゥラッゲンが常に座り続けているわけではない。タロースや別の家であったこともあるが土の属性の大家はドゥラッゲンとタロースであることが近年多かった。


まぁ、そんなわけで、国家代表の座を争うドゥラッゲンとタロース、そこに所属する2人も仲が悪いわけで……。



「……リーザリー嬢、我らの家の仲が悪いことはフリムさんには関係ない。何なら彼女は政争にすら関わりがなかったんだ。この場で争いは止めにしないか?」


「先にルカリム伯爵に近づいたのはドゥラッゲンでしょう!?何も知らないフリムを……いえ、そうね。やめにしましょう」



決闘が始まるかもしれないと思ったがクライグくんが治めてくれた。


リーザリーは私を見て固まり、杖に触れようとしていた手を止めた。


ちょっとあざとい気がしたが私がいることでなんとかなりそうである。



「リーザリー・ローガ・レンジ・タロース。この私こそがドゥラッゲンから大家の座を奪う女の名よ。覚えておくと良いわ」


「いずれ争う時も来るだろう。しかし、その場は学園ではないはずだ。いずれ杖に恥じることなく、相まみえることを期待しよう」



土の名家の2人には建物の改装を任せると……競うように直してくれた。


0から建物をデザインして作ったわけではない。使われていなかった並びの建物を少し直す程度だ。ひび割れや棚、机なんかを補修してもらっている。



「わたくしのほうが美しくできましたわ!」


「強度は大丈夫かな?造形は素晴らしいが床と同じ色合いではお客さんが見えにくくて転倒の可能性もあるのでは?」


「んなっ!!!??……………そうですわね、さすが学園の先達なだけあります。しかしそちらの棚は明らかに分厚く作り過ぎでは?この店舗は香水や化粧品も置きますし野暮ったいですわ」



2人ともたった1人で二棟直してしまったが、最後の一棟は2人で同時に店内に入ってきて文句を言い合いつつもとんでもない速さで直されていく。


わだかまりなど無いように2人共言いたいことを言って……私の水を飲んだ。



「……確かに、作り直そう」


「……わたくしも手直ししますわ」



目を離してしまうと決闘しかねないし、空気が少し怖いし居にくいが2人がいる場には私がいるようにしている。


2人だけなら喧嘩する間柄でもその場に明らかに小さな子供がいれば喧嘩も起こらないかもしれないからね。


私は私でミキキシカたちと在庫の確認や商品の陳列、製作者である薬師さんがいる間に作った薬の効能、使用方法、注意点、保管方法、薬の名前、値段、商品にかけた想いやキャッチフレーズ、これらを聞き取ってポップを作っていく。


モーモスもいれば意見が聞けてよかったのだが放課後は矯正教室に行っている。顔に青あざがあったりもしたがそれは矯正授業で一緒の生徒と殴り合ったそうだし、少し心配である。……この薬がアザに良いらしいし買ってあげよう。



ダーマもミキキシカの言う通りに陳列したり商品を運んでいっている。


ミリーは大荷物を割れないように運んでくれているし、クラスメイトのレーハやノータも手伝ってくれている。


薬師達への聞き取りで商品に説明書を追加していく。皆には「これ本当に必要か?」と変な目で見られているが必要である。


そもそも『店員が店の商品を全部1人で覚えて、中身が異なる似たような陶器入りの薬を売る』なんて前世では考えられない。しかもそれぞれ値段や注意書きもなしにだ。


薬師の人たちはどれが何の薬かわかるそうだが……やはり誰でもわかりやすく売るって大事だと思う。



仕事をお願いするとクラスメイトが食いついてくれて助かった。



「本当に働けばお金がもらえるのですか!!?」


「一般的に働く程度だから貴族にしたら少ないですけどね」


「構いませんわっ!!コホン、で、わたくしの仕事は何でしょうか?」



レーハさんは貴族だがお小遣い程度のお金を支払うと言うとものすごく食いついた。


エール先生によると彼女の家は政争で借金の保証人になっていたらしく、借金相手は借金を積み重ねた上で滅亡。現在は貴族としては赤貧と言えるほどの生活をしているらしい。


それでもプライドがあるのか私のグループで一緒に食べることもなく、いつも変わった時間に1人で食べていた。試験の時に魔法で私にマウントを取ろうとして失敗してから恥ずかしそうにしていたが……だんだんと慣れてきた。気にしてなかったのに。


ノータは平民の女の子で家は商家だ。最近になって2人は仲が良くなったのか女の子同士一緒に行動してて何だか可愛い。一緒に御飯を食べているのを見かけるようになった。


他のクラスメイトもお店づくりには参加してお店作りは進んで……思ったよりも早くお店は開店、すぐさま軌道に乗った。



「この商品の説明と値段はわかりやすくていいわね」

「斬新だわ!」

「試験香水もね。それに作ってる人のこだわりが書いてあるのもいいわね」

「可愛らしい表示も素敵ね!」



壺や陶器で出来た容器はこちらでは常識の保存の方法だし詰め替えることもできずにそのままだが……それでも見分けるためにリボンを付けて整理した。できれば容器も安い壺の形状ではなくおしゃれなものにしたいがまずは在庫の一掃からだ。


テスターも置いておいたりしたし、この国では見ない売り方だと思う。店舗外では行列ができているが入場制限をかけている。一気に入られるとスリも怖いし薬品類を割っちゃうかもしれないからね。


クラルス先生の審査で展示品は痛んでいる物は弾かれているがそれでも「使えるけど痛み気味」というものも残っているが表示の上で安く売る。開店セールである。


薬品の溜まりに溜まった強烈な臭いもなくなって快適なお店づくりが出来た。空気も陳列も、不便な部分は魔法使い様に任せて「売りやすい環境」を作るのだ。……資材の搬入や職人の手配もなしに「すぐお店が形になる」あたり、魔法ってとんでもないな。


2人は土の魔法使いとしては凄い部類らしいが……元の建物があったから出来たのかもしれないが、それにしても自由自在にリフォーム可能なんて土魔法は便利過ぎる。


クラルス先生のお店と私のお店で合わせて並びの店舗が6棟ある。

クラルス先生のお店には特定の扱いの難しい専門的な薬と水を販売し、他は――

・香水と美容品と水。

・薬草と香辛料と水。

・携帯食料とお菓子と水。

・ビタミン剤のような取り扱いの簡単な薬と水。

で販売物を取り分けることが決まった。


基本的に全店舗で水は売るが、薬を作ったり魔道具に使うなどの特殊な用途には「名前と量を控えること」「危険な用途に使わない」という同意書をかいてもらう。さらに量が欲しければそこからは会員制で審査が必要だ。私と敵対しないような相手じゃないと売れない。


……まぁ普通はその場で一杯飲むのはオーケーだ。持ち帰りは許さないが生徒が健康になるのはいいしね。


最後の一棟は物を売らずに「薬師さんと私が商品を搬入する」のと「特殊な薬草や薬に使う資材を学園外から売りに来る人のため」の倉庫兼業者専用の搬入店舗となった。それとスタッフ用の休憩スペースでもある。


並びの6店舗は全てのお店が裏の路地で繋がっているし、薬師さんは必ずクラルス先生のお店と搬入店舗に1人以上常駐する。他の店舗で何か問題が起きたり、わからないことがあれば助けに行ける体制となっている。


薬師さん達には困窮している人もいるから単純な儲けよりも従業員が助かるようにしたい。


私が全店舗で必要な水を補充しても良かったのだけど「伯爵にそんなことさせるなんて!」と、周りの人に止められた。平民の皆がすごくホッとしていた。搬入店舗で大きな水瓶に貯めたらそれを店員が補充することとなった。


私は搬入店舗で大きな水瓶に入れるだけでいいが……私も絶対裏から見に行ってやる!




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




商品説明や可愛らしいポップ、なにより酷すぎる臭いがなくなり売上は好調だ。


薬師さんも「こんな売り方があったのか」と喜んでいるし、これまでよりも自分の作った商品についてしっかり売ってくれると感心してか、裏から見に来てくれる。


特に売上が良いのが私の水だ。全身ほんのりだが回復できるし疲れも怪我も良くなる、さらに魔力持ちには美味しく感じる。その場で飲む一杯はオーケー、生徒も先生方もこれを目当てに飲みに来るほどだ。


お店で店員をやる生徒たちには商売自体が初めてでミスもあるが仕方ないだろう。それにこちらでは「お客様は神様だ」という風潮もないし、面倒な客はすぐに叩き出される。力量的に無理だった場合には賢者クラルスの薬師一派が後ほど襲撃しに行くことになる。



―――――……何もかもうまく行っているように見えて、あんなことになるとは……思ってもみなかった。



オープンして少し、まだまだぎこちないこともあるし精神的な疲れが見えてきた。ナーシュ先輩に至っては他の先輩従業員の取りまとめもしていてとんでもなく忙しそうだった。


しかし、彼らの働きに対してお給料は普通よりも少し多めに払っているし、こういうのは慣れや経験といったもので緩和されるはずだ。しかも今は在庫一掃も兼ねてのセールをしているからお客さんが増えているのもある。


疲れたように笑うミリーやミキキシカの、その腕を見るまで……私は全てがうまく行ってるように思えていた



「どうしたのその腕?」



汗をかいて働くミリーの腕に、赤い線が見えた。


私の水は「飲むだけじゃなくてかけるのにもいいから」と教えるとミリーは私から隠れるように店舗の裏に移動し、袖を被って―――おびただしいほど赤い腫れが無数に重なっていた。



「なんでも無いよ!ちょっと失敗しただけだから」


「ミリー、それはなんでも無いってレベルじゃないよ!?」


「れべ?なに」


「あぁ、もう!!ミキキシカ!正直に話しなさい!!」


「実は―――ギレーネが……」



すぐに皆を呼び出して話を聞いた。


目の前が真っ赤になる程に、腹の底から怒りが込み上げてくる。



これほどの怒りを感じたのは前世でもなかった。



すぐにあのクズをこの学園から抹消しようと、杖を手に取り、搬入店舗から出ようとした時だった。



「何よ!?まだ買い物してる途中でしょう!!?」


「この店の営業を停止する!責任者であるフレーミス・タナナ・レーム・ルカリムは殺人未遂の容疑がかけられている!!大人しく縄につくように!!!隠し立てするな!!」


「ふざけんな!」

「騎士科の横暴だ!!」


「煩い!貴様らも牢にぶち込むぞ!!これは学園長の許可を得た正当な行いである!!さっさと散れ!!!突入!!!!」




――――店に、騎士達が突入してきた。

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