第82話 水の販売とアルバイト。


天井裏に誰かいるというのはものっすごく気になった。え?なにそれ?


…………色々と思うことはあったが、寮を出てクラルス先生に連れられて商店に向かう。


まずは売り場を見に行かないかとのこと。



「貴族街で酒を冷やす仕事とか言うのをしながら水も売ってるって聞いてね、じゃあうちでもどうかな?って」


「ありがとうございます」



倉庫業なんだけど……そう思うお客さんもいるね。


私が「商売に手を広げる貴族」ならこの学園内でも商売を始めるだろう。やるとしたら何処かと手を組むことになる。


私個人でやったら確実に嫌がらせなんかもあるだろうし、そういう学外の諍いを嫌う人は学内にはすごく多い。何処かと手を組んで売るのならとクラルス先生は声をかけてくれたようだ。



「でもそれだったらクラルス先生が困ることになりませんか?」


「私?ふふっ……大丈夫よ、私に手を出すような馬鹿はなかなかいないからね。こう見えて私は力があるのよ?」



政治的に問題のある私に関わってなにかしようというのならクラルス先生は他の人に睨まれかねない。だけど少し微笑んで大丈夫というクラルス先生だが……、エール先生も何も言ってこないし信用しても良いのかな?


力もあると言うが若そうに見えて実はかなりの権力者だったりするのだろうか?いや、私もそうだが、年齢に爵位、権力は結びつくものではないか……。おもむろに地面に落ちている石を拾ったクラルス先生、蹴り遊びに使えそうな程よい大きさの石、それを―――……


クラルス先生は胸の前で石を両手で包んで……コカっと音を立てて石を砕いた。



え?力ってそういう……?


なんか釈然としないが硬そうな自然石を割り砕いたクラルス先生。ちょっと誇らしげである。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




クラルス先生の商店はそこそこの大きさで、入ってみるととにかく物が多くて薬だらけ。何なのかわからない強い臭いが充満している。


薬品がずらりと並んでいるようだが……入って大丈夫なのだろうか?


商品は所狭しと並んでいるが何が何なのかわからない。カウンターの裏の棚に入ってすぐのスペースにも色々並んでいる。ガラス製のものあるが基本は陶器製のようだ。


インク用の瓶はガラスで出来ている瓶もあるが貴族でしか使っているのを見たことがない。やはりこちらでは保管と言えば陶器なのだろうか?しかし、入れ物に艶があるから素焼きではなく上塗りがされている?


薬品臭、香辛料、香水、良いのか悪いのかとにかく色んな臭いがしてくらくらする。花のような香水らしきすごくいい香りと薬品臭が同時に感じられて鼻が痛くなりそうだ。



「クラルス様!新作の売上はイマイ、え?フレーミス様!!?」


「こんに………す”い”ませんすごい臭気で」


「ですよね!」



挨拶しようと口を開くと駄目だった。


外に連れられての挨拶となった。この臭いの中で普通でいられるって……凄いなこの子。どこかで見た覚えがある。



「改めまして……お久しぶりです、フレーミス様。ナーシュ・マークデンバイヤーです。父バグバル・マークデンバイヤーと曽祖父キエット・マークデンバイヤーがお世話になっています!」


「よろしくお願いします」



歳上のお姉さんに膝をつかれた。うちの家の人間も当然この学園に通う子弟はいる。


だけど積極的に関わらないように言いつけている。新興ルカリム家は恨まれているし、完全に私につく姿勢を表に出すと嫌がらせを受けるかもしれない。


だから私とは関係ないとしながらも情報を集めてもらうように言っていた。貴族でも両親とは別の道を進む人もいるし、何故かムカつく家族だからと派閥を超えて情報をくれる人もいる。貴族社会怖い。


うちの三大派閥の一つ、キエットが筆頭の水属性の人間が多くいる派閥。彼女はそのキエットの曾孫となる。確か両親が政争で亡くなって伯父だか叔父のバグバルに引き取られたんだったかな?



「ね?ちょうどいいでしょ?」


「なるほど」



クラルス先生にも言われて本当にちょうどいいと思った。


マークデンバイヤーの家はレーム家に仕えていた家系でレーム家は私の母親、フラーナ・レームの実家。


ただ名家であったレーム家は本家ルカリム家に吸収された。しかしついていけないものは当然いるわけで……レーム家とは縁を切った人やレームの名前を捨てた人もいる。もう争いから遠ざかっていたキエットだが母親の事は知っていたから新生ルカリム家にきた。


キエットを心配した孫のバグバルが城で文官をしていたがキエットは高齢で心配だからと合流してきた。その時彼女とも顔を合わせたはず。


――――なら、彼女はうちの中でも高い位置にいることになる。



「ナーシュさん、よろしくお願いしますね」


「はいっ!父には学園で見かけたら助けになるように言われています!」



バグバルを父と呼ぶ辺り家族関係は良好と見える。思わぬ出会いもあったが水の販売はどうしたものか。


ちょっとクラルス先生は店の奥で何か用があるということで私達は少し離れた噴水で話すことになった。


このお店につく前、朝でも他の店では人が動いていたり店先を掃除したりと活気があったがクラルス先生のお店の周りだけは人気がない。


クラルス先生のお店の区画一帯、空き家の看板があるが、まさかその原因って……。



「あ、うちが原因ですね」


「やっぱり!?」



あまりにも強い臭気がドアを開く度に漏れるのでクラルス先生のお店の通りは店が出店しても閉店となるらしい。


大丈夫かな?水の販売。



「クラルス様は薬の専門家ですから学園側もやめろとは言えず「せめてもう少しどうにかしてくれ」と言われて扉が開かないと臭いが出て行かないように工夫がされていますが、開閉のたびに臭いが凄いので解決にはなってないですね」


「なるほど……ナーシュは大丈夫なんですか?」


「生まれつき臭いを殆ど感じないので!ただ強い薬を作った後は人が私を避けて通りますね……でも薬の世界って凄いんですよ!」



柔らかいクリーム色の髪を少しふわふわさせて少し興奮しているナーシュさん。


クラルス先生は物理的な力だけではなく人徳もあるようだ。クラルス先生に学んでいる師弟もいて、彼ら薬師から商品である薬が届く。


色々聞いてみると明らかな問題が浮き彫りとなった。クラルス先生はお金のために新しいものを生み出してるのではなく、新しいものを生み出すことに心血を注いでいる。


香水や美容品、それに様々な薬を作っているがそれらを同じ店舗で売るから明らかにキャパシティーオーバーとなっている。



「周りのお店を買って広げないんですか?」


「以前は数店あったようですがクラルス様は以前に学園側から文句を言われて「そんなに文句を言うなら1店だけしか出さない!」とか喧嘩して意固地になっちゃったみたいですね。売れるには売れるのでうちは問題がないんですが……やはり少しは客足が遠のいちゃって売上は降りましたし在庫を腐らせることもあるほどです………どこか他で売れれば良いんですが」


「じゃあ売れるように頑張りましょうか!」



今日は学校よりも本業にしよう!クラルス先生に私の考えを伝えて見るとあっさりOKがもらえた。



私のお願いは二点。一つは倉庫での薬品販売、もう一つは学園での販売業務のお手伝いだ。



新生ルカリム家の氷室兼倉庫はまだまだ使い切れないほどのスペースがある。


なら1階でなにか売っても良いんじゃないか。


現状は倉庫業の他に私の水がメインで売っていて、過酸化水素が少し売れるかな程度。


目ざとい豪商は自分で借りて他に借りさせてもいいか?なんて又貸しについて聞いてきたり、商売のスペースに使ってもいいかと聞いてきたこともある。一応戦争発生時の駆け込み先という裏の意味もあるし……薬はあればあるほど良い。


私の水は回復効果があるとはいえ、専門の薬のほうが効くに決まっている。


クラルス先生も学園側からは苦情も上がっていたし、弟子の作る薬品が売れずに生活にも支障が出てきていると渡りに船だったようだ。


私が関わると間違いなく多方面から睨まれるだろうけど今更である。


それと近くの空いた店舗は私が買って、水・香水・美容品・携帯食料・薬草・香辛料なんかをそれぞれ別で売れば臭いもマシになるんじゃないかと話し合って、すぐ了承された。そんなに私に水を売って欲しいのかな?



「薬師にとって等級の高い魔力水はなくてはならないわ、それに私は無臭の魔導具を使ってるけど……店から出るだけで臭いが漏れてか生徒が吐いてるのも見たことがあってね……そろそろなんとかしなきゃって思ってたところなのよ」



完全にクラルス先生と行動することになるがエール先生も信頼しているみたいだし悪くはないだろう。


学園外の政治に関わりまくってるが希少な薬を腐らせるよりも売りたいという建前もあるし、臭いで文句が来るのなら少しでも売れる努力をすれば外部の人間が関わってすれば幾分はましになるだろう。


利益は出るかは分からないがこの学園では働いて稼ぐ生徒や商人の師弟もいる。


黒字にするために努力はするが赤字でも学内で私を助けようとする人が増えるならそれでいい。



「というわけでナーシュ、使えそうな人材の紹介をお願いします。ゴミみたいな性分の人に頼まれたりした場合は自己判断で断るか、難しそうなら私が断るので裏で相談してください。それとこれは学園内での活動費です」


「い、いただ!?いただきすぎデスワ?!」



王様を助けて貰った報酬や貴族となってからお金は余っている。キエットは常に私に忠誠を誓って働いてくれているし、いざということが起きそうなこの国でお金を貯めておいたって良いことはないように思う。


前世では銀行に預ける性分だったが、安全や健康のためにお金を使うのは賢いと思う。赤字になっても必要経費として考えよう。


人の上に立ってしまっている現状、お金をただ貯めこんだって死んでしまえば意味はない。しかし。大金を動かすのはストレスがかかるな。水のもう。



「これはキエット達の培ってきた信頼でもありますし、今後貴女には色々任せることになると思います。よろしくお願いしますね?ナーシュ先輩」


「ワ、わかりましたデスワ」



流石に一抱えの金貨の袋は驚かせすぎたのかもしれない。


学内活動資金というとバグバルもすぐに出せるように用意していたがまさか娘にそのお金が渡るとは思っていないだろうな。


学園側に商売の許可を取ろうとすると事務員さんたちには泣いて喜ばれた。香水を買おうにも店内では薬品臭も酷くて何がなんだかわからないし、最悪店に入った時点で失神することもあるそうだ。


文句を店主であるクラルス先生に言おうにも薬師としても賢者としても力を持つ彼女に強く意見できるものはそういない。


クラルス先生はこれまでに何があったのか知らないがまだ学園を許していないようでクラルス先生自身が店を広げるのではなく、私が店舗を広げる形になった。


香水や美容品もクラルス先生に一度売ってもらって、それを販売するスタイルである。


腐ったりだめになったものはクラルス先生が引き取るし、私もクラルス先生から引き取った金額からプラス10%でしか儲けを出さないことで話がついた。これから商売するのにあたって材料費の高騰や様々な問題もでてくるだろうけどそう言った部分は一緒に考えて行こう。


周りのお店を自分のお店として買い取ってそこで売ればいいのに……そう少し思うがそれほど学園側とクラルス先生一派の間には何かあったのかもしれない。


この学園には商人の師弟もいるが、商人は売れる商材である「クラルス先生印のおくすり」を買い取って売ったこともあるそうだが………薬はちゃんと薬剤師の処方の元、ちゃんとした用法を守らないと駄目だよね。


それに超高額で売りさばこうとしたり、薄めて売る馬鹿もいたりとクラルス先生はグチグチ文句を言っていた。公正取引の法整備や倫理観の欠如がうかがえる。



うちの教室のメンバーにも声をかけて放課後は手伝ってもらうことにしよう。



貴族であるリーザリーとテルギシアは無理かもしれないしモーモスはインフー先生の矯正授業を受けている。しかし他の子達なら学業優先だけどアルバイトにちょうどいいかもしれない。

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