第53話 リヴァイアス家の秘密の間。



「うぺっ!?」



水の中をウォータースライダーのように移動して最後には投げ出されてしまった。


水のバリアは衝撃で弾けてびしょびしょになってしまった………見えないゴスボフさんがなにかしてくるんじゃないかと気が気ではなかったが、ゆっくり体を起こす。


周りには財宝があった。剣や杖、開いたままの宝箱に詰められた金貨。天井の魔導具は作動していてとても明るく。財宝をより輝かせて見せてくれる。


左右の壁には多数の武器が飾られている。いくつか何もない場所がある。



「………」



――――金銀財宝に浮かれるようなフリムちゃんではない。セキュリティの目の前で金銀財宝に喜ぶ?こういうのは手を出したら殺されたり呪われるって相場が決まってるのだ。まずは脱出経路をゆっくり探すが………入り口の水路しか出入りできそうな場所は見当たらない。


高い壁、高い天井、左右には美術品や絵画、大きな樽の数々……財宝とわかるものが大量にある。部屋の一番奥には3段ほど上がれる小さな階段。その奥には玉座のような椅子があって、椅子の前には大きな杖が浮いている。


玉座の後ろの壁にはリヴァイアスの紋章の刺繍のされた巨大な布で一面を覆っている。


浮かんでいる杖は私よりも大きく、何やら高価そうで意匠が凝っている。



………なんかそれっぽい。セキュリティっぽい!!



でも私をここに連れてきた精霊的な何かが見ているのだとすれば迂闊には触れない。


ゆっくりと一歩ずつ玉座に向かって進み……階段の前で膝をついて胸の前で手を組んで頭を下げる。



うちの家にお盆に来たイギリス人の友達がお墓参りについてきたことがある。



なんでわざわざ墓参りなんぞについてくるのかと聞くと理由は「友達の家なんだから当然だろう」と言っていて……まぁ悪さはしないだろうとついてくることを許した。家から近かったしね。


ブラウンの髪にダークブルーの瞳の酒飲みの女友達。日本のように手を合わせることはしなかったが彼女なりに今の私のように祈ってくれた。


その姿は他宗教であっても関係なく敬意を感じられた。



見えない精霊が私の心を読んでいるのかは分からないがぶつかってきているということは視覚がある。そして本棚の隠し扉を……とてつもなく分かりにくかったけど私に教えようとしたのなら知性もあるはずだ。


この家の流儀やしきたりというものは分からないがかつての友人のように祈って……敬意を払っておいて悪いことはないだろう。



黙祷のようにしばらくこの家について祈った。なぜ、どのように、どうやって滅んだのか、私は知らない。しかしたった数年前まではここに人がいて生きていた。


お屋敷は広かった。いくつも部屋があって、何代にも渡って存続していたこの家にはやはり子供が遊ぶような部屋があったり、老人のための衣類や眼鏡がそのまま残っていた。食べ物も飲み物もなにかがあったその日のままで………ここで育ってここで死んでいった人がいたはずだ。



故に死者へ、ただ安らかに眠れるように――――そう願って黙祷を捧げた。



しばらくすると変化があった。


ふとなにかの気配がして目を開くと玉座の近くで浮いていた杖が目の前に来ていた。



「………」


「あの、なんで私はここに招かれたんでしょうか?」


「………」


「お屋敷のセキュリティどうにかしてもらえます?」


「………」


「えっと、私がこのお屋敷を使うにはどうすればいいですか?」


「………」



杖は何も答えなかった。あれかな、これは魔導具で人が近づくと飛んでくるのかな?



何だか一人で話していたのが恥ずかしくなって――――一度帰ることにした。



矢印で「制御装置ここ!!ここだよ!!スイッチ押すだけ!!!」とか書いてくれてるとありがたいのにな。慎重すぎるかも知れないが死にたくないし。


部屋からは何も持っていかない。なんか呪われそうだし。


私から何が伝わったかは分からないがゴスボフさんも何もしてこない。ということは顔を見せただけでもう帰っても良いということか?



一応腰を折って頭を下げてから出入り口に向かう。


ここに掃除機のように吸われてきた時、水路の中は迷路のようにいくつかの分岐があったしどうやって来たかわからないからその点は恐怖を感じる。


帰れるかな?


水は自分で出せるし、小さなポーチには堅焼きクッキーがある。ハンカチに探索用の小さな光の魔導具に……それと王様から貰った効果ゼロの見せかけの杖。



「<水よ。我が身を包め>」



ほんの少しだけ卵状の水のバリアの内部に酸素を多く入れて息が続くようにする。


水路の中がどうなっているかは分からないが、きっとお屋敷の敷地内の範囲だ。そう脱出は難しくはないだろう。


まさか水路の奥にこんな場所があるなんてな……これは見つからないわ。水の膜の中で周りの水を操作して進んでいく。真っ暗な通路はそれだけで怖すぎるけど、来ることが出来たのだから出口はあるはず。


帰ったらあの杖に触って良いのか?触ればこの屋敷を制御出来るのかを調べてまた来よう。


今の段階で迂闊に触って殺されれば元も子もない。



「うぅおっぷ?!」



水路に入ってほんの僅か、また抗えないほどの力に引き込まれて……水の中を移動していった。


洗濯機のようにぐるぐる回る視界に気分が悪くなりながらバリアの維持……出来ずに水路の角でぶつかり、水中を釣られた魚のように引き上げられ………多分、元いた水路に戻された。



「………もうちょっと優しく戻して欲しい」



しかし打ち上げられたフリムちゃんだが、多分はいった場所に戻ってこれた。



しかし暗くてよく見えない通路である…………持ち物チェック!エール先生にもらったハンカチ!無い!灯りの魔導具!無い!暗くて良く見えないが無い!クッキー!無い!問題ない!!杖!ある!意味はない!


暗さに目が慣れてきてわずかに見えてきた。先程の部屋は明るかったからなお暗く感じるのかも知れない。


ぐぬぬ、薄暗すぎるここで光源が殆どないのはきつい。元の通路……だよね?階段の先、本棚の出入り口からほんの僅かに光が漏れてるのはわかった。


………あのドアがもしもゴスボフさんによって閉じてしまったら。そう考えると怖くて仕方なかったのでとにかく急いで階段を登る。全身ずぶ濡れの服が気持ち悪い。



「はぁ……はぁっ………!よっし!!」



なんとか階段を駆け上がって見知った部屋に出る。


暗闇だけでも怖いのに、暗くて灯りもなく閉じ込められる危険性はあまりにも怖い。



――――ゴガッ!!



「ひぇっ?!」



命からがら、なんとか部屋で深呼吸していると後ろからなにか音がした。


ゴスボフさんよりも強く、なにか固いものがぶつかった音。



―――――フリムちゃんには予想外のことが起きた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「おかえりなさいませ、えっとそれは?」


「ついてきました」


「………ついて、来た?」


「一旦帰りましょう」


「…………はい、おめでとうございます?」


「おめでたいかはわからないです」



水路の奥にあった大きくて豪華な杖が、ついてきた。







水を操作することで服のずぶ濡れ状態はほとんど問題なくなったが、少し湿ってる気がする。


いやそれはそれとして、この浮いてるこれはなんだろうか?


馬車の中についてきたそれを改めて見ても大きくて派手な杖である。フリムちゃんの背よりも高い位置にある青い宝玉のようなものなんて占い師の水晶玉ぐらいあると思うけど幾らぐらいするのだろうか?



「あの、貴方には意志がありますか?」


「………」



やはり何も話さない。話せないのかも知れない。


触れてもいいかはわからない。かと言って馬車の外に出して放置して良いものかわからないし、そもそも「ついてくるのか」「ついてこれるか」「ついてきて良いのか」更に「他の人が触ってもいいのか」……全く何もわからないので一応丁寧に扱うことにする。


というかついてきて良いのかこれ?なんでお屋敷手に入れようとして杖がついてくるのだろうか?


精霊様がこれについているとして攻撃的になられるよりもいいけど……これ持ち出してる間リヴァイアスのお屋敷が大丈夫なのか調べてもらわないと。



「エール先生、これはどうすれば良いのですかね?なにか文献などはありますか?」


「リヴァイアス家当主の持っていた杖だとは思いますが……ちょっと意味がわかりません」


「ですよね」



物知りなエール先生でもこういうものは珍しいらしい。


すぐに屋敷に着くと家臣たちから盛大に出迎えられた。良くわからないけど成果っぽいもんねこれ。


だが向こうの屋敷が使えるようになったかはわからない。調べてもらうと以前と同じく壁を一度感じるそうで、セキュリティはそのまま生きているようだ。



「えっと、触ってもいいってことですか?」


「………」


「貴方に意思はありますか?」


「………」


「意思があるなら動いてください」


「………」


「水の球いります?<水よ>」


「………」


「なんだこれ」



水の球には反応して杖は水の球に当たった。濡れただけである。しかしそれ以外ではずっとフヨフヨと浮いて私の近くについてくるだけである。


攻撃するつもりがあったのなら水路を出た後でもフリムちゃんを攻撃可能だったはず。ただ容易に触って良いかはわからない。



――――……なんだこれ?


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