第54話 謎の杖と夢と学校。


そもそもリヴァイアスのお屋敷を使う必要はあるのだろうか?


もう爵位も手に入れて、お屋敷のお披露目も出来た。


あと、やるべきことはなんだろう……生きるためにするべきことは防犯対策かな?


少なくとも意味の分からない杖との生活ではないと思う。



―――――――ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!



「入ってこないで!!?」



おまるの使用は健康である限り絶対にしない。防犯を考えると貴族にとってはおまるが良いらしいが……人に見られながらなんて無理だ。私はちゃんと個室でやる。人の視線もないような個室で……。


だがそんなことは杖には無関係とばかりにドアをぶち破ろうとしてくる。


そして触ると何が起きるかわからないから誰にも止められない。




――――……話し合わなければならない。



「なんでついてくるんですか?」


「………」


「意思があるなら肯定で二回床をコンコン叩いて、否定で床をコンと叩いて……

わからないならそのまま動かないでいてくれますか?」


「………」


「触ってもいいですか?」


「………」



こちらからの問いかけには完全に無視である。フヨフヨと浮いているだけ。


仕方無しに安全のためにも一応とっておいたあれを……磨かれて封印されそうになっていたフリムちゃんの体重よりも重いフルアーマーを再び装備する。


命がかかっているのに慎重すぎるということはないはずだ。周りの視線が「普通に手にとって見れば?」と言わんばかりだが用心できるのであれば私はそうする。


フルアーマーフリムちゃんになって魔法を使える家臣たちに集まってもらう。


多分、きっと、おそらくは大丈夫なはずだ。この杖が危害を加えようとしているならもう殺されていたはず。


今度は腕はぎりぎり動かせるように中の布の魔導具は減らす。肘の内側ギチギチで動かせないということはない。ただ鎧自体が凄く重くて動かすのがやっとで……なんとか杖に触れることが出来た。



―――何も、起こらない。



一旦下がって鎧を解除してもらう。


触っても殺されないことはわかったが……何なんだろうか?この杖。ついてくるのは………ロボットペットか?にゃーって鳴く?鳴いたら怖いけど。


一応素手で触っても何もなし。むしろ王様に貰った見せかけの杖よりも、ここで集めてもらったどの杖よりも魔力が通りやすい。魔法を使う訳では無いが触れただけですぐにわかった。


意思のある杖とか怖いんだけど……ん、あれ?



「もしかして意思があるわけじゃない?」


「というと?」


「お屋敷の中ではボフボフされてたのが今はないし、もしかしたらこの杖はそういう機能があるだけで精霊とは関係なく「そういう機能のついてる道具」なのかも知れないです」


「そういった杖は聞いたことがありませんね。王室に問い合わせていますのであまり危険なことはしないようにお願いします」


「はい」



ストーカー機能付きの杖、屋敷の制御装置かと思ったけど別のものかも知れない。現にゴスゴスボフボフされない。


杖の考えていることなんて察しようとするだけ無駄なのかも知れない。考えないといけないことは多くあるが疲れたので寝ることにする。



「もう、とにかく疲れたので一度寝ることにします」


「わかりました。準備しますね」



肉体的には多分まだ大丈夫だけど「水の中の強制移動」や「命の覚悟をしての黙祷」それに「出口の分からない迷路へ挑む覚悟」に「暗闇に閉じ込められそうになる」など精神がすり減って疲れた。


私は図太いと言われていたほうだったんだけどな。



この浮く杖について家の人間は「精霊様のすることなら」と安心している人もいるが「なにか悪いものなんじゃないか?」という人もいて……私の寝室には人がごった返している。親分さんは大きな盾を持っているしヒョーカさんやマーキアー達は順番に警護するために話し合っているようだ。



「裏切ってそうな奴に杖に触らせて見るのはどうだ?」


「ドゥッガ様、それで戦闘になったらフリム様が危ないんじゃあないですかい?」


「……たしかに」


「……………はぁ」


「ヒョーカ・カジャール、なぜため息を付いた?」


「俺が全部やれば良い」


「あァん!?てめぇしゃべっ………………



なにか怒鳴り声が聞こえる。いつものこと過ぎてむしろ眠りやすい。


私は沈むように夢に落ちていった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




デパートに取引先への手土産を買いに行った。


どうせなのでこのあたりで美味しいものでも食べようと思ってスマホで近辺の食事店のレビューを調べていく。



ふとポンポンとどこかから聞こえた気がした。



足元にボールが、落ちてきて……ボールを目で追った。


誰もいないエスカレーター。そのボールを取るものはいない。拾ってあげようにも動いているエスカレーターでは追いつけないだろう。



拾う?誰に?



そして幼稚園に通っているかな?ぐらいの子供が降ってきて―――――私は………。



あぁ、死んだんだ。



「父さん、母さん……」



目が覚めて声にならない声が出てしまった。


人がいるというのに。ただ、聞き逃してくれたのか?声は出ていたようで出ていなかったのか。そのまま目を瞑る。


あの子を助けようと体が勝手に動いた。


あの子が助かったかもわからない。誰も巻き込んでなければ良いんだけど。


父さんと母さん妹と弟は悲しませただろうし、仕事に穴を開けてしまった。それでも子供が降ってきて、体がとっさに動いてしまっていた。


先に死んでしまうなんて親不孝なことをしてしまったと思う反面、やった事に後悔はしていない。子供を助けるのは当たり前だし、私はそう両親に教わった。


また家族に会いたいし、日本に帰りたい。………でも無理だ。


獣の耳の付いた人間がいて、魔法があって、倫理観もなく奴隷が当たり前に売り買いされている世界。繋がりなんてあるわけがない。


なんでもあった便利な世界が懐かしい。パソコン、スマホ、3Dプリンター、電気・ガス・水道のライフライン、警察や消防に図書館、洗練されたご飯に平和ボケしていても安全な社会。


その世界は良いことばかりではなく、友人関係や仕事で頭を悩ますようなこともあった。



それでもそこには家族がいて―――とても幸せだった。



じゃあ全部諦めて死んでしまうか?生きる価値なんて無いんじゃないか?嫌な自問が脳裏をよぎるがそれは出来ない。精一杯生きるということも両親に学んだことだ。


うまく出来るかどうかではなく諦めずに生き続けるんだ。失敗も当たり前、悔しいことも嫌なことだっていっぱいある。それでも前を向いて進むのが人生ってもののはずだ。



「………」


「何してるんですか?」


「………大丈夫そうだな」



寝返りをうつと至近距離にヒョーカさんがいた。美形で銀髪、照れるとかはなく美形過ぎて何だかむかっと来る。……顔を覗き込んできたと思ったがすぐに壁に背を預けて腕を組んで目を閉じた。


一応心配してくれたのだろうか?王様派遣のこの騎士は何を考えているのか全くわからない。何も主張してくることはないし、皆が話し合っているとフラフラどこかに行ってしまうこともある。


まぁ親分さんの濃くて危険なマフィア顔を寝起きで見るよりかはよっぽど良いけど。



…………もう少し寝よう。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




エール先生特製のフルーツティーを飲み、浮いている杖を見る。



「それにしてもこの杖、何なんでしょうね」



話しかけてみても何もなし。手にとって何処かに置いてもすぅっとついてくる。箱に入れれば最悪箱は破壊される。


食卓では……一応知性のある前提で料理の目の前においてみても何もなし、いや、口が生えて食べたらそれはそれで超怖いけど。


そして魔法の練習は邪魔してくる。水を出せばそれに突っ込むし、飲み水を出してもごくごく飲んでしまう。


杖に向かって攻撃魔法は流石に使う気はないが、水は出したそばから飲んでいくので結構厄介だ。水を入れたら蓋をしなければならない。



「でもこれがあれば学校に通うのに箔は付きますね。杖との出会いはなかなか難しいのに名家の家宝であった杖なんて学生には羨望の眼差しを向けられるはずです」


「学校、学校かー……」


「はい、いつでも入学可能です」



学校、フリムちゃんの年齢と、文明の発達具合から教育機関はあるとは察していた。


貴族として特殊な事例を除いて全員が通うもの。卒業時点で王様が精霊との契約を出来る機会を設けてくれる。


一般的に8~13歳で入学、成績で卒業が決まる。更に高等学院に進むか、国に仕えるか、家業を継ぐかなどを決める。


フリムちゃんは特殊な事例として充分通わなくても良い対象に当たるらしいが爵位を得られるのは通常学校の卒業をしたものだけだ。


通わないなら通わないで舐められたり陰口を言われるだけ。別にいいんじゃないかとも考えられる。



「まだ年齢から後回しで良いんじゃないかな?」


「一応年齢は関係なく、7歳や35歳で入学したという事例もありますね」


「どんな場合にそんなことになるんですか?」


「35歳の方は他国との交流で技師として派遣されていましたが流行り病で家の跡取りが亡くなったので呼び戻されて強制入学したようです。最近の話ですね」


「それって凄く周りから浮きませんか?」


「最低限の講義を受けて試験さえ合格すれば爵位はすぐに取れますから」



かなり浮いているんじゃないかなそれって。


しかし試験さえ合格すれば良いのなら行っても良いかも知れない。


学校は普通学校と高等学校の2種類があって普通の学校では基礎的な知識を学び、高等学校で専門的な知識を学ぶ。学校と言いつつも研究施設も含まれている総合施設なので学園と呼ぶほうが一般的。


国語、数学、貴族学、軍学、歴史、魔法、礼儀作法、舞踊、音楽、刺繍……様々な勉強をして卒業する。貴族としての常識は皆そこで身につけると言うならありなのかも知れない。


高等学校は魔法科、騎士科、貴族科、商業科など学科も多岐にわたっていて、一般人も入学可能、継ぐのが子爵以上ともなれば高等学校に進学して貴族科を受けるべきだと……うーむ、年齢的にも理解は出来るが、勉強、勉強かー………。


フリムちゃんはひっそり生きたいのだけどすでにこの上なく目立ってるのは自覚してるしなぁ。裏では暗殺者が襲ってきてるみたいな報告も入ってきているし。


この屋敷の周りは騎士団がガードしてるらしいけど。



「この国で一番安全なので入学をおすすめしたいのですが」


「その部分詳しく!」


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