第36話 体の傷と心の傷。
「えっ?」
すごい音がして何かがきらめいたと思ったがこれ夢じゃない。
暗い。手探りで貰い物の魔導具で明かりをつけると嫌な光景が広がっている。飛び起きると床には男の死体が2つ。寝起きドッキリにしては残虐すぎる。放送事故もんだよこれ!!?
生首の人は座るように倒れた。ぼやりと黒い靄が消えるとちゃんと頭と首より下が見えて……足に酷い傷を負っている。髪の色は金だがこの顔はあの時の不審者だ。生きてる!
「こ、ここはどこだ?王宮の……どこ、だ?」
明らかに具合の悪そうな顔をしている。それに三人分の出血でとても血なまぐさい。
何が起こっているかはわからないが命の危機であることはわかる。私も、この人も。
「わ、わかりません!仕事できただけなので!それよりも大丈夫ですか!!?」
「……毒、毒だ。こ………こは、人目はつく……しょか?」
「全然人目につかない小屋です!じゃない!毒って大丈夫なんですか!?見ますね!?水飲んでください!!」
現代のように観光マップがあるわけではないし王宮の全容も知らないから位置なんてわからない。
コップに直ぐに水を注ぐが倒れて飲めるわけがない。違う、やるべきことはそれではない!
膝の上で切れている血で真っ赤な足、毒なら血は流れた方がいい。応急処置なんかはテレビで見たことがある。あれ?水勝手に出てる?まぁ良い、とにかくバーサル様の短刀で黒目黒髪だった金髪の男の寝巻きの下を切り裂く。
「うっわ……」
結構な傷だ。水の操作で血だらけの傷の周辺を見えるように洗うが次は――
「痛みますよ!これ噛んで!」
「ぉぐ……」
ハンカチを数枚噛ませて、震える手で両頬を叩いて気合を入れて……足の傷に対して水を回して傷の表面を削るように動かす。
「おうぐぅぅっ!!!??」
「手で隠さないでください!痛いですよね?!毒を減らしています!!」
いたぶってるわけではない。
幼い頃に錆びた古い釘で怪我をしたことがある。そんな雑菌の塊のようなもの、体に良い訳がない。病院で消毒液と歯ブラシでぐりぐりと洗ったのは忘れられない苦い思い出となった。毒が傷の表面に残っているのならできる限り減らさないと傷口から吸収されて悪化する。私もすごく痛かったけど細菌感染や破傷風になれば~~なんて説明を受けて我慢したものだ。
悶える男には悪いがやらないといけない。――――………もう、この男を助けると決めた。
医者を呼んでやりたいがこの不審者は誰かと争ってここに来た。しかも外は火事の臭いがする。医者を呼んでもすぐに来るかはわからないし、外で争っている人が更に来るかも知れない。この男に殺されたばかりの二人、片方は明らかに女物のキッチリしたメイド服のおっさん……とてもまともには見えない。
脳裏には「この死にかけて倒れた若者を助けないほうが良いんじゃないか」と「もしかしたら処刑されたというのは人伝てに聞いた話だったし刑の執行中で逃げてきた悪人なんじゃないか」なんて浮かぶが可能性もゼロじゃない。
―――見捨てたほうが良いんじゃないか?そんな選択肢が脳裏にが湧き出てきて………そんな自分が気持ち悪いが、もう決めた。
私の使える過酸化水素は消毒も少しはできるはずだが……悩んだが濃度も効果もわからないものを死にかけた人に人体実験のように使って悪化させるぐらいなら水で良い。
結構な水を使って傷口は洗った。足を持ち上げて膝を立てさせ、使う機会のなかった貴族用の衣を裂いて傷口に当てる。洗ってあるし、ここにある最も清潔な布だ。
「すま……ん」
「これで強く押さえてください。私の力ではうまくいきません。それと水を飲みまくってください」
一番高そうな、ここぞというときのための服だったが包帯に使う。ぐるぐると巻いて最後に彼の手で傷口の上から押さえさせる。真っ青な顔でノロノロと動く若者だが生きるためにはやってもらわないといけない。私がやりたいところだが私の力では圧迫での止血はできない。
コップに水をいれて差し出す。
「………なぜだ?」
「毒を飲んだのなら胃の中も洗ったほうが良いです。飲んで吐いて、また飲んで飲んでください」
スープ用の器にも水を出して、料理長にもらった美味しいらしい削ってある岩塩も少しいれる。
痛んだものを食べた時は塩入りのお茶を飲んで飲んで吐いた方がいい。病院でも胃洗浄という処置がある。………あれ?毒というのは切られた部分についたのであってこの処置は無意味?それとも毒とはなにかを飲んだとかで足を水でグリグリ洗ったのは痛めつけただけ?罪悪感が湧き上がってちょっと泣きそうだ。
男は素直に飲んで――――吐かずに動かなくなった。気絶したようだ。
これ以上の処置は私にはできない。パニック気味の私ではこれ以上の処置はできない。
「人、人呼んで来ます!」
「………」
寝間着にマントを着て外に出る。ドアを開けると熱風がぶわりと頬を撫でた。
「あっつい!!?」
燃えていたのは建物の前や城の何処かではなくこの小屋だった??!
「子供?中に入った男はどうした?」
「また変質者かっ!!?いやそれよりも<水よ!出ろ!!>」
男は明らかに表の人間ではない、目以外は出ていない黒ずくめの男。
それよりもどれほどが燃えているのかはわからないが小屋の内側からでも外の熱気を感じる。
「いやすいません!もしかして王宮の人ですか!?掃除してるフリムです!火消すの手伝って、お医者さん呼んでください!!」
もしかしたら国の……なんだ?忍びの人かもしれない。それか消防とか警察の特殊部隊の人。だって口元までマスクしてるしちゃんと杖を持っている。
杖は超高価だと親分さんが言っていた。子供であってもおいそれと買うことはできない。つまりこの人も見た目に反してちゃんとした貴族の可能性がある。
小屋の中に二歩ほど戻ってとにかくドバドバと水をかける。火は火そのものに触れても一瞬なら大丈夫と動画で見たりもしたが空間ごと熱されたものは火そのものに触れなくても脅威だ。
中から入口周辺に水をかけ、外に出て振り返って見ると―――小屋の大半が燃えている。
「私の小屋がっ!!!??」
この小屋は私がこの世界で最も好き勝手できた楽園であったというのにっ!
「掃除人?いや、貴族の門弟か……ここを立ち去れ」
「<水よ!出ろ!!>―――……え?きゃっ?!」
バシャリと私の後ろで水が弾けた。
男は両手に杖を持ち、その杖の先に火のムチを作り出してこちらに振るってきたようだ。
中ではそこまで熱気を感じなかったが外では熱気だけでも火傷しそうだ。すぐに水のバリアを二重に展開して小屋に向かって放水しようとした瞬間だった。
振り返ってみるともう片方のムチが迫ってくる。
「<水よっ!!?>」
いつもの癖で高圧洗浄をビーム砲のように放つと火のムチとぶつかった。
この人もまともな人間かわからない。貴族か賊か……どちらにせよ、今のは私に当てようとしていた。二重の水バリアがなければきっと私は大怪我をしていた。
「なんだ貴様は?中の男を引き渡せば悪いようにはせん。さっさと立ち去れ」
「嘘だ!<水よっ!!出ろ!!!>」
高圧洗浄を男に向けて出す。向かってくる男と両手の炎のムチに対して。
「だっ?!」
高圧洗浄が顔面に当たって倒れた男。首がブレるほどの威力で当たって……殺してしまったのかと恐ろしくもあるが殺そうとしてきたのだから仕方ないよね。ほんの少し男を注視しても倒れてピクリとも動かない。
後ろの熱気とパキパキという木が焼ける嫌な音。すぐに小屋を消火しないと中の人が危ない。
「<水よ!出ろ!>」
人よりも大きな水の玉を生成してはよく燃えている部分に当てていく。建物の中も燃えてたらよくないし入口から中にも数発放つ。火事はよくない、それも建物の中に生きている人がいるのならなおさら………!
「うぐっ!!?」
何かが足に当たった気がして、いきなり天地がひっくり返った。
眼の前が光るようにチカチカする。石畳の地面に顔からぶつかった。
「―――――子供を殺す気はなかったが……死ね」
「……あぁっ!」
男は死んでもなく、気絶もしていなかった。
とっさに出した水のバリアを貫通して追撃のムチが私の体を打った。泣くほどに痛いが泣こうとも守っていてもなんにもならない。――――誰も助けてはくれないのだから。
思い切りとにかく前に向かって高圧洗浄を放つ。
ムチで打たれた体も痛いが一番先に当たった腕がとてつもなく痛い。だけど痛みは無視して戦わねばならない。手加減も何もなしに全力で放った水は制御が甘くて一点集中というよりも消防車の放水のようになってしまった。
「なんっ!?うぉばっ??!」
「離してっ!!いぃっ!!?」
自分の放水魔法で男を吹っ飛ばせたが私に巻き付いたムチによって私も引きずられて、地面を転がることになった。魔法のムチだけではなく普通のムチも持っていたようだ。
全身ぶつけて痛む。転がってるうちにムチは外れて………すぐに男を確認する。結構離れていたが油断はできない。
痛む体を無視して立ち上がって向かい合う。
「何なんだお前は!!!もう充分だろう!?大人しく中の男を引き渡せ!!!」
返答は高圧洗浄。だが――――
「これがお前の限界かっ!?俺もかつては娘がいた!お前のようなものを痛めつけたくはないっ!!」
飛距離が足りない。高圧洗浄は勢いよく出すだけに遠距離にまで飛ばすことはできない。すぐに霧散してしまう。慣れている高圧洗浄と違って消防車のような放水であれば届くかも知れないがそもそも人を倒すほどの威力がこの距離で出るかはわからない。
なんとなく練習した水刃も切れるどころか水風船が当たるぐらいの威力しか無い。
「なぜだ、あの愚鈍な王のせいでこの国は多くのものを失った。王位を得たくないなどと抜かしていたのにやつのせいでどれだけの人が死んだと思っている!水魔法の名家の者も何十も死んだだろう!?なのになぜ加担する!!?」
激高する男だがそんな事情を私は知らない……。知らないけど、私はもう決めたんだ。
「私は……私は王様が何をしたかは知りません!」
「ならば差し出せ!あんな極悪人が生きていて良い筈がない!!」
罪人だとしても、王だとしても、どんな人でも、私は可能な限り助けると……見捨てないと決めた。
「あの人が王だろうが罪人だろうが!それを見捨てて生きて!その生に何の価値があるんですか!!?罪があるなら生きて裁きを受ければ良い!!私はもう何かを見捨てて後悔したくはない!!!」
この世界で私はいろんなものから目を背けてきた。『自分の安全のため』そのために言いたいことも言えず、媚びて、騙し、嘘を付き、人が殴られているのを止めることもできず、暴力の関わった金銭で食べてきた。―――――それは私の身を守ったが心を大きく傷つけてきた。
美味しいご飯を食べても何処か罪悪感があって、悪いことばかり思い返してしまう。そんなのは嫌なのだ。
不審者が殺された時、私はほんの少しの安心もあったが酷い後悔に苛まれた。彼がどんな人物でどんな人生を歩んできたかは知らない。もしかしたら極悪人で、この人の言うように死んだほうがいい人間かも知れない。それでも……この男が手を下すのを黙って見ているのも正しくはない。それをしてしまえば、私はずっと後悔する。
寝起きでこんな状況、悪夢であって欲しい。
全身の痛みも激しい。勝算もない。私ではこの男を倒すことはできないかもしれない。あっさり殺されて無駄死にするかもしれない。まともな判断じゃないかもしれない。それでもここで立ち向かわないと私は私じゃなくなる!!!
「私は、あの人がどんな人だろうと……私が見捨てることはありません!!」
傷ついた人間を……死ぬとわかっていて放っておく事も、ましてや殺させるようなことは決してできない。
「そうか………幼くとも騎士か」
男は一瞬だけ目を伏せたが右手の杖をこちらにまっすぐ向けてきた。
「すまんが、死んでもらおう。俺にも背負うものがある」
彼にもなにか理由があるのだろう。諦めるでもなく、戦いを止めるでもなく、彼の手の先の火が膨らんだのがわかった。
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