第37話 最後まで足掻くフリム。


相手はこちらを侮ることなくムチを振るってきた。


水のバリアが2枚、それと高圧洗浄で迫るムチを切り裂き、向かってくる男に向かって放水を当てる。


格闘では幼女の私は太刀打ちできない。


ムチは水のバリアによって体に直接当たる訳では無くとも衝撃が私を襲う。水のバリアは火のムチの1層目で勢いが減って2層目でこちらに大きな衝撃を与えて来る。直撃ではないけど既にボロボロの体では衝撃だけでも痛すぎる。


だが、放水の威力は至近距離で当たれば男も吹っ飛ぶが……当たるとわかっている水では大したダメージにはなっていないように思う。


近づかせたくはない私、近づいて仕留めたい男。お互いに当たりどころが良ければと火と水で争うが膠着状態が続き……焦ってしまう。


彼は明らかに戦い慣れた動きで私の水の直撃を避けようとするし、彼の火と違ってこちらの水のほうがどう考えても消耗が激しい。そして私の後ろでは消火しきれなかった小屋が燃えている。



「諦めろっ!」


「うぐっ……嫌だっ!」



水のバリア二層で声が聞こえにくいが火のムチや火の玉が当たって弾けるとはっきり声が聞こえる。


放水は相手が近づけば近づくほど当てやすいし、当たれば体ごと吹っ飛ばせている。



―――――………一歩間違えればどちらも死んでしまうかも知れない危険な泥試合。



だけどこれでいい。時間が経てば誰か来るかも知れない。本当なら消火もしたいがそこまでは手が回らない。


しかし、これだけ大声も上げて、火事も起きているというのに、ここに人が来る気配はない。


どんどん減る魔力に、殺意を持って迫ってくる男に……命の危機を感じる。もしも私に知識が全く無く、水の魔法も使えなかったら………それはもうどうしようもないかも知れない。きっと誰か人を呼びに行っていただろう。それが正解かもしれない。



迷うばかりの私でも、足りてないかも知れないけど、それでも私が原因で人が死ぬのは嫌だった。


何も私は博愛主義者で「全ての命は平等で助けるべきだ」なんてつもりはない。日本にいるときでも他所の国の戦争や紛争、自然災害に少し心を痛めることはあってもなにかしようとは思わなかった。


そんな薄情な私でもエスカレーターでボールが……子供が降ってきた時、助けずにはいられなかった。



フリムになってからは苦しいことばかりであった。


殴られて痛む体、どう動けばいいかわからない状況、奴隷や貴族というここの常識、反社会団体の所属、自分の命が他人に脅かされる日常………。


それでも奴隷が殺し合っているのは辛かった。助けたかった。無理やり戦わされている人ばかりではないがそういう人はいただろう。どれほど無念だったか。死体となって積み上げられていた彼らのためにも拳で戦う拳闘を提案したが、それでも誰かは傷ついてほしくはなかった。ドゥッガ一味は路地で寝る人たちからも金を巻き上げていて……本当に苦しかった。


彼らの命が消費されて食べるご飯は、味気ないものだった。


遠くの知らない人の命は私の手が届かない何処かでの話だ。しかし落ちてきた子供も小屋で倒れていた青年も、私の手の届く範囲に来てしまった。


こんなのは偽善かも知れない。ちっぽけな自己満足のためかも知れない。


それでも私が私であるために、目の前の困った人を助けるのに何処までやるのかを決めるのは私自身の決断だ。



何度目かのムチの衝撃が私をたやすく転がす。



「とった!!」


「……てないです!!!」


「なんっ?!うぉがっ!!?」



辺りの水は私の水だ。汚れと混じるほどに使いにくくなるが少しぐらいなら操れるように準備していた。


足場の水をずらし。両足ごと巻き取って横に滑らせて、体の中心にありったけの水を放水する。


これまでで一番吹っ飛んだ男。渾身の一撃だ。もう魔力も半分を切った。


彼の方を見ながら片手で熱気を感じる後ろの小屋に向かって手探りで水を出す。……もうこれで、終わった?



「おいおい、ガキ相手に何やってんだ?」

「こっちに卑怯者はいたのか?」

「向こうは片付いたぞ」


「気をつけろ、小さいがとんでもない水を使うぞ」



「………最悪だ」



吹っ飛んだ男に近づいてきた別の刺客達………増えた。



「ここまでか………もういいフリム、俺を差し出して生き残れば良い」


「不審者さん!?」



後ろから王様と言われていた不審者が出てきた。その辺にあった木切れを杖に小屋から出てきた。


顔は真っ青だが出てきてくれてよかった。私の力では男の人を運ぶことはできない。小屋の裏側が何処まで燃えているか分からなかったし、下手すればもう死んでいる可能性だってあった。



「お前のせいでこの国はめちゃくちゃだ!!」

「王兄殿下万歳!死ねっ!!!」

「なぜ優秀な兄たちが王になる邪魔をした!?」


「近寄らないでください!<水よ!!!>」



両手を石畳について水に触れる。水の玉を体の周りにいくつも浮かび上がらせて威嚇する。


魔法は遠距離から発生させづらく、自分の近くからのほうが出しやすく操りやすい。―――なら落ちた水に私から近づけばいい。


虫のポーズ、いや、カエルのポーズ。土下座のようなものだけどこれは降伏ではない。足を巻き取られた時に足を痛めたし。立っていられないだけだ。



「ここまでだ。お前まで死ぬことはない。お前はよくやった」



真っ青になっている顔でそんな事言われたって……、殺されるとわかっているのに、見捨てられるわけが無いだろう。



「そうだ!諦めてさっさとこっちにそのクソ野郎を引き渡せ!!」

「今ならお前は殺さないっ!」

「その王を殺せば許してやる!!」


「<水よ>」



嫌なことを言ってくれる。流石の私だって、限界までやり尽くして、その上で無理ならあきらめも付く。



「<穿てぇぇ!!!>」



私の変わらない回答。もはや前に放つだけの全力の攻撃だ。周囲の水を槍のようにいくつも固めて前に撃ち続ける。人に向ける攻撃の要領は掴んだ。水は圧縮して前に放っても霧散するし、放水を当てても一瞬では人を倒すことはできない。塊にして圧縮し前に射出する。どんどん抜ける魔力だがまだ私はやり切ってはいない。


木に当たれば木の幹だろうと抉って折れていく。人に当たればそれだけで大怪我をするだろうし、もしかしたら殺してしまうかも知れない。



「……すまない、しかしもう俺のことは良い」


「不審者さん、成功するかは、わかりませんが、最後に、足掻いて、良いですか?」



まだなお見える敵に向かって放ち続けるが、新たな敵が杖を振ると私の水のバリアのように見えない何かが水を逸らして水は直撃していない。



「許す。どうせ何もしなければ死んでいた命だ」



最後の足掻きだ。これが成功しても失敗しても死ぬかも知れない。それでも……



「私を――――」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆













気がつけば外でバシャバシャと激しい音がしていた。


フリムはいない。誰か人を呼びに行ったか?…………マズい!外にはっ!?



落ちていた木切れを杖に外に向かう。外を覗くと―――フリムが何度もムチで打たれていた。



それでもこの建物を……俺を守ろうとしていた。薄い衣は裂け、頭から血を流し、片足と片腕は動かせていない。


そんなになっても、俺を助けようとしてくれていて。……もういいと諦めもついた。


毒への耐性はつけてきたが、それでも何もしなくてももう死ぬかも知れないこの体を守るために、無駄に少女の命が散ることもない。


隙を見て俺が逃げれば彼女も逃げられるかも知れないと考えもした。一対一で風の使い手でないのなら彼女だけでも逃がすこともできるかも知れない。……しかし、敵の増援が来てしまった。


床に這いつくばってでも魔法を使うフリムだが、もはや何もしないでも倒れて死んでしまいそうだ。鼻血が出て、片目も腫れていて、とても痛々しい。


息も絶え絶えに最後に足掻きたいというので許した。



「私を抱きしめて……座って私を抱きしめて動かないでください」


「………わかった」



意味が分からなかったが……それでもそれは意味があるかも知れない。風の騎士であればそうやって人を運んで飛ぶこともある。もしもこの子が二属性持ちなら悪くない賭けだ。


思った以上に小さな体、彼女も片足は動いていない。できるだけ優しく抱きしめ……小さな体に無数にある傷に心が痛む。



「<水よ!>」



言われたとおりにすると水の膜が3層、4層、5層と幾重にも張り巡らされた。


これは……味方の増援を待つまで防御魔法で耐え凌ぐ構えか?


水槍らしき魔法から生き残った刺客たちが水にぼやけてこちらに向かってくるのがわかる。



「衝撃に、備えてください」


「……なん―――」



意味が分からず、問いただそうとしたが―――その前に目の前の全てが吹っ飛んだ。

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