第35話 闇の中の逃走。



―――――あ、あの時の子か!!?名が違っていたがまさか生きていたとは?!



王位継承の争いよりも以前から私のことを家族のように見てくれていた二人の子が生きていると知った。同時にその力も納得した。きっとルーラの加護で素質のあった子が赤子からグンと伸びたのかも知れない。


でも平民の魔法使いとはどういうことだ?あれだけの素質がありながら――――素質があったからか?それとも水の家はどこも酷いことになっているとは報告を受けているし………わからんが今度は王として呼びつけてみよう。驚く顔が楽しみだ。



「なにか答えは見つかったようですな?………陛下、このような老骨の元に出向くような真似をせず御身を大切にしなされ」


「わかっているだろう?俺は暗い夜の方が調子がいいんだ」


「またそのようなことをおっしゃいなさる。良いですか?王たるもの威厳を持って――――……」



また始まった。長いお説教を聞いて部屋に戻り、大人しく今日はもう寝よう。


今日は思いもがけない良いことがあった。よく眠れそうだ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




<………!>


心地よい眠りに沈んでいたがルーラの焦るような呼び声で目が覚めてベッドから飛び退く。



「ぐっ!」



熱い痛みが足に奔るが無言で切り掛かってくる者の目に闇を当てて距離を取る。



「なんだっ!?」



周りが見えていない男は顔の闇を払おうともがいている。



「侵入者っ……だ?!!」



大声を出そうとしたがうまく出せない。頭がガンガンして吐き気がする。


この騒ぎに近衛が出てくるでもない。部屋の隅にいるはずの側近に目をやると床に倒れている。喉を抑えて動かない、無事かは分からないが……毒か。



「どこだっ!?何処にいやがる!!」


「何してる!さっさと殺さないか!」



新手か!いや、従者の待機する小部屋からだれか出てきた。姿を見るに女性、侍従のエールだが声を聞くに男のものだ。化けている!?



「何も、見えねぇ!」



すぐ横にあった花瓶を男に投げつける。激しく割れた花瓶に向かって斬りかかる男。剣は棚に当たり、調度品が大きな音を立てて落ちた。



「おい!陛下の寝室からなにかが聞こえたぞ!」


「ご無事ですか陛下!入ります!!開かないぞ!?誰か!!!」



エールが部屋に閂をかけた。この部屋は頑丈に作られているし、毒に蝕まれたこの身では二人を打倒して閂を開けることも出来ない。


すぐに隠し通路から逃げる。



「逃げたぞ!何やってる!先に俺は追うからな!」



状況は悪い。姿を変えるような国宝級の代物を出せる用意周到な敵。何も飲んでいないだろうに毒に耐性のある侍従の意識を奪えるほどの毒。吸わせたのは高位の風の術者のはずだ。


―――さらに最悪なことに俺の闇には直接的な攻撃力はないし、効果範囲が狭い。



「見える!見えるぞ!!」



後ろで闇がとれた男の声が聞こえる。


真っ暗な地下を進む。切られた足の出血は止められない。片足の感覚は痛みもない、かなり強い毒だな。



「向こうだ!追うぞ!!」



闇では視覚は奪えても聴覚や嗅覚はごまかせない。追跡から逃れられない。



「<精霊姫ルーラリマ・キス!我を守護し!我を助けよ!!>」



これで自分で魔力を操作しなくても出来得る限りの妨害はしてもらえるはずだ。


今ここに風で毒を撒き散らされれば終わりだが……何故かそうはしない暗殺者共。



王宮の地下は迷宮となっているしこの中には更に隠し通路もある。どんどん逃げるが、道に血の痕跡が残るし探知の得意な風の術者が相手だ。おそらくルーラによって視界を奪われて惑わされてもいるはずだが……距離はとれても逃げきれない。


今日は何となくいつもとは違う北の寝室を使ったが他の寝室にも敵がいたのか?それともあの寝室が使われるまで待ち構えられていたのか。


こちらも敵に見つかりたくはないが敵も兵が来ることを考えているのか音を抑えているようだ。



「はぁ………はぁっ!」


<………!…………!!>




逃げ切れたかと思ったがそう甘くなかった。闇の中の情報をルーラに見せられるがここ以外の隠し通路には他の刺客がいて、こちらに集まってきているようだ。


伯父上……!そこまでして王位が欲しいかっ!!?



「うぉえ………」



胃の中のものをすべて吐き出し、休む暇もなく逃げる。幸い切られた片足の感覚は無いがちゃんと動かすことはできる。目眩も、頭の痛みも、寒気も酷い。もうここで足を止めて寝てしまいたくなる。


毒を撒き散らさないのは同士討ちを避けるためだろうか……くそっ!!


自分の使う闇では位置は分からないがルーラの指示に従って逃げる。ただ頭に直接伝わって来るがたったそれだけで意識が飛んでしまいそうだ。


敵は空気の毒と剣に塗られた毒の効果を信じてか仲間を集めるように動いている。



「このままだとジリ貧だ。ルーラ、地上に出られる道を」



何を言っているのだろうか、道は自分が知っているし、ルーラはそんなこと知らない。


わずかに聞こえる後方の足音に焦燥してしまう。


地上への出口、僅かな目印。一度しかあけられない作りの出口をあけると小屋に出た。こんなだったか?すぐに小屋の鍵を開けて外に出ると――――


「お命頂戴します」


「チィッ!!?」



すぐに小屋に戻って鍵を閉める。迫る炎はドア一枚で受け止めた。


地下に戻って他の出口から……!



「いないぞ?どうなってやがる」


「静かに、一度ドアが開いた気配がした。外に出たのかもしれん」



息を殺し、目の辺り以外を闇で覆い隠す。このまますれ違って通路に戻りたいがこの狭い小屋でそれができるだろうか?


息を殺すのも大変で、視覚も闇で覆ってしまいたいが闇は自らの視覚も見えなくする。


彼らの目のすぐ前に闇が少しだけあるのわかる。完全に見えなくすると風で知覚するだろうしこのまま外に出そうとルーラはしているのだろう。


このまま出て言って相打ちにでもなってくれればいいが、そう上手くは行かないかも知れない。息を潜めて物陰で待つ。自分の顔まですべて闇で覆って隠れてしまいたいが、呼吸でも闇は舞い散る。気が付かれていないようだし、首よりも上の闇を減らして一息で殺せるように……。


「ギャアアアアアアア!!!??」


「―――っ!!?」



掃除道具や荷物の置かれた台。いや、ベッドの上に誰かいて、驚いてか叫んだ。


俺も驚いたが、敵も同じく驚いたようだ。



「なんだっ?!おぐぁっ!!?」

「バーディ!!何処に!?うぐっ!」



声に向かって剣を向けた一人の首を短刀で裂き、全体重で驚いた顔の男の胸のあたりに突き刺す。


震える指先、指先に力が入らず短刀を手放した。



「誰だ!!?」



おそらく女の声だった、敵ではなさそうだが信用もできない。



「生首ぃ!!!!???」


「お前はっ?!なんでここに!」



あの少女が、フリムがいた。



「――――あっ、これ夢だわ」



「こっちだ!急げ!!」

「ちぃっ?!」



床の下から複数の足音がして、すぐに地下からの出口を塞ぐ。



「フリ、ムだったな」

「あ、はい。恨んでますか生首さん」



寝ぼけているのだろうかこの娘は?歪む視界に、場違いな少女と男たちの死骸を見た。


チリチリと小屋の外側が燃える気配がする。退路はないがあれだけの叫び声に加えて今頃近衛は大騒ぎしているはずだ。ここが王宮のどの辺りかはわからないがそれでも外の術者を気付いた誰かが倒してくれればまだ望みはある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る