第32話 嫌な気分でも仕事は続……かなかった。


―――……私のせいじゃない。


だって、私は他の人が聞いても不審だった人を通報しただけで。捕まえてもいないし、取り調べをしたわけでもなく……裁判をしたわけでもない。……ましてや刑を執行したわけでもない。


だけど後味が悪い。


あの青年は本当にまともな取り調べや裁判を受けたのか?


苦しんだだろうか?やはり私が原因だったんじゃないか?冤罪だったんじゃないか?



大人の私の精神が嫌な考察をしてしまう。答えが出ないとわかっているのにもしかしたらもしかしたらと……。



「大丈夫なのか?この子」


「腹でも痛いのかも知れないな」


「それは辛かろう」



気がつけば泥だらけで仕事していた。


像だけではなく変色してヌルヌルのとれない外階段に手すりなど、仕事する場所も多い。王宮は広くてこんなの何ヶ月仕事しても終わらないと思う。


ブラシで良く手入れされている場所でも高圧洗浄で綺麗になっていく。一人でじっとしていると嫌な妄想が膨らんで自分でも嫌になるし、無心で仕事する。



「フリム、手を止めろ」


「はい」



いつの間にか高そうな服を着た貴族様が近くに来ていたようだ。バーサル様もフォーブリン様も手伝ってくれる。看板の設置がされているがそれでも通る人はいる。


頭を下げて通り過ぎるのを待つ。



「もう少し気を張ったほうがいい。間者は大分減ったがそれでもまだいないとは限らんのだからな」


「……っ!はい」



たしかにそうだ。10人以上の不審者が捕まったのだ。台所の黒い悪魔と同じで、もっといるかも知れない。それももしかしたら仲間が捕まったことへの恨みを私に向けている人がいるかも……。


そう思うと急に怖くなった。できるだけ二人の巨体に隠れるようにしよう。


もっと目立たないようにしたいが贈り物を持ってくる貴族はいるし、お茶会とかにも誘われて物凄く目立っている。お茶会は「そんな身分でもなく、主の許可がないと無理」と答えるとたいてい引き下がってくれる。強引な相手には顔の怖い騎士様と監督者が対処してくれる。


更に数日、目立つとわかっているけどトイレや炊事場も掃除を申し出たことによってより気にかけてくれる人も増えた。


やはり人間清潔な方がいい。メイドや侍従の人はトイレが綺麗になって私のことを役に立つ妖精とでも思ってくれているようで……少し気にかけてくれるようになった。


そんな作業をする時間があるなら上から続けるように言われている仕事の範囲を終わらせたいところだが、終わればまた次の仕事が入って際限がない。


バーサル様が「いいかげんにしろ!」とキレて仕事を監督者指示で中止したのだけど……あの小屋の中に閉じこもっているのは気が滅入って仕方なくて「大丈夫です」と断って作業するようにしている。


人の目が多ければ流石に変な人も来ないし、恩を売ることでやはり安全度は上がる。


今では防護服も王宮の様々な端材から生まれたバージョン2や王宮料理長特製のステーキを食べることが許されているほどだ。



「美味しいですか?」


「はいっ!!」



料理長のおじさんは貴族だけど料理大好きという変わった人であった。料理する足場というのは結構お湯が捨てられたりして汚れるそうで、料理長は両足とも同時に滑って転んだ。その際、腰と肘をやったらしい。見習いのお兄さんに「ここも掃除してくれ」と頼まれて高圧洗浄していると確認でやってきて喜ばれた。肉ウマーである。


多くの食材を見る機会というのはなかったけど、この国の食材は自分の思っているものとは全然違っている。


葉っぱが私の体よりも大きなほうれん草らしき野菜や焦げ茶色の人参っぽいもの。サイみたいな動物の解体……。ちょっと文化が違いすぎて面食らうこともあるがそれでもわかるものもあって、なんだか落ち着く。卵はやはり同じ形で、パンも麦の粒が3倍ぐらい大きいが同じようなものに思う。



「どうかしましたか?」


「料理って楽しいのかなって」


「やってみますか?」


「良いんですか?」


「もちろんです。この厨房は私だけですし、貴女を見ているように言われたので……材料は何を使いますか?」



料理長さんはまだ腰の療養で辛いらしいが専用の厨房でノロノロ新作の料理を試作していた。バーサル様に「こいつを頼みます」と料理長に預けられたフリムちゃんである。


たくさんの材料があって目移りしてしまうが……どうしようかな。


これでも自炊していたし大抵のものは作れる。が、ここはそもそも食材が違う。犬がいて人もいる以上、地球と同じような生物はいると思うがこの厨房に見知ったものは殆どない。



「パンとさっきのお肉と野菜をいくつか良いですか?」


「どうぞ、ここにある食材であればお好きにしてください。私はそこで寝ているので厨房からは出ないように」


「はい」



幼女が料理というのに刃物の扱いや火への注意もない。やはり変な人だ。


いろいろ試してみて……イメージに一味足りない。サイのような動物のお肉はA5ビーフのように素晴らしい味である。みずみずしい葉野菜も自己主張は弱いが歯ごたえが良い。チーズはイメージそのまま、ちょっと味は薄いがちゃんとチーズ。


パンは基本固いがそれでも外側に比べれば内側までガチガチというわけではない。包丁で何種類かのパンを切って柔らかめの白い部分と既に焼かれている肉を薄めに切る。今までこちらで食べたことのある野菜に、味も見た目もチーズらしきものを挟む……なにかソースが欲しいな。


なにかソースをいれることでまとまりが生まれると思うが良さげなものはない。最悪ほんの少しの塩をかければいいかと思ったが塩は岩塩で重かったし削るのに結構力もいる。


酒があるし酢もある。日本の卵よりも小ぶりで種類が違うであろう卵を割って容器に入れて、塩少しと酢も加える。これを混ぜながら少しずつ油を入れてマヨネーズの完成……なんだけどフリムちゃんにはそんな腕力も持久力もない。



「<水よ。掴んで回れ>」



気密性の高いシェイカーがあれば良いのだけどそんな便利そうなものはない。大きなボウルに大きな匙を使い、匙を水球に浮かせて持たせ、高速回転させる。


水球は思ったように操作ができる。浮かせたまま、水を動かし、水をまとめたままいればそれだけで面白い水だが活用法はないかといろいろ試してみた。


今ではちょっと離れた箒だって水で取れる。失敗すると箒が壊れるかフリムちゃんが箒の柄につつかれるか水が自分にかかることもあるが結構慣れた。


水の操作は高圧洗浄で放つだけよりも難しいが便利である。連日の掃除でこの幼児ボデーは疲れていたが魔法であればまだまだ使える。



何度も試作していい加減疲れたが料理長が起きてきた。



「なんですかそれは?」


「マヨネーズです」



工場見学で見た知識で作ったマヨネーズ。他にも謎の調味料もあったのだけど問題があった。ここにある調味料が「加熱しないと食べてはいけないようなもの」もあった場合致命的なのだ。なぜかお腹を痛めてると思われているがそんなものを食べれば本当に痛めてしまう。だって魚を漬けているような調味料あったもん。



「随分たくさんありますがそんなに多く使う料理なのですか?」


「どうせなら皆さんに食べてもらいたいと……駄目でしたか?」



大量にできたマヨネーズ。卵の味、酢の味、塩の味、油の味……どれも少し癖があって分量の調整をするうちに結構な量になったのだ。


卵は小さいのに黄身の味がすごく強いし、酢は米酢よりも癖がある。油はサラダ油のような味も癖も控えられたものではなくアマニ油とオリーブオイルを混ぜたような美味しいけど癖の強めのもの。塩も岩塩で砕いて溶かすのが大変だった。


最終的に全部混ぜて調整を重ね、現代のマヨネーズよりもやけに美味しいものが出来たが……怖い部分もある。卵は全部水で洗ってから割ったがサルモネラのような菌が繁殖している可能性もある。そして酢の殺菌力が弱かった場合だ。


だからフレッシュなマヨネーズの自作は危険だと海外でニュースを見たと思う。生卵が気軽に食べられる日本とは違うのだ……食べたくて作って味見もしまくったけどうーん、食中毒のリスクも有るかな。しかも他の人にも食べてもらうなら集団食中毒もありえる?


……卵がいっぱいあったし使いたかったのだ!



「いえいえ、そういうことなら。味見しても?」


「んー、お腹壊す可能性があるので数日後に食べるのがおすすめです」


「一体何使って作ったんですか?」



説明するとなんとなくわかってくれた。



「つまり酢の物を腐らせにくい効果を使って卵をこう、卵?でこうなったと……?すいません、もう一度聞きます。なんですかこれは?」



酢漬けはこちらにもあるしなんとなくわかってくれたようだがよく考えたらマヨネーズを考えて作った人って凄いな。


なんで卵と酢と塩を混ぜてそこに油を足して根気よく乳化させたんだろう?食に対するこだわりというか探究心がなせる技だったのかもしれない。



「マヨネーズです。できたてはできたてで美味しいですが酢の力が行き渡って安定した頃に食べたほうが良いかも知れません」


「なるほど、いただきますね」


「料理長!!?」



パクリと食べてしまった料理長。


よほど美味しかったのか料理用に多めに小分けしたものを全て食べきってしまった。



「こ、これはとんでもない料理ですね」


「違います調味料です」



震えるようにマヨネーズを見つめる料理長さん。



「調味料……つまりこれはなにかに使うためのもので完成ではない、と?」


「野菜や、パン、お肉にかけて使うものです。あの、お腹壊すかも知れませんよ」


「構いません。どうせ腰の痛みで一日の大半は寝ていますし……美味い。こんなにもまろやかでコクが有り、酸味が心地よい。これだけでも美味しいのに野菜にも、肉にも、パンにもあう………こんなに美味いものがこの世にあったとは……………」



泣いた。そのへんの野菜や肉やパンに付けてもしゃもしゃと食べながら大の大人が泣いた。


いや、料理を褒められるのは嬉しい。けどこれはドン引きだわ。



「これは?」



目指したのはサンドイッチだが置かれていたパンは種類があってすんなりうまくはいかなかったのだ。


目星をつけた大きなパンは表面が固くて無理だった。一番柔らかかった丸くて大きなパンを水平に切ってハンバーガーの形状にしてみたものとで2種類試作している途中だった。


包丁が重い、パンが固い、フリムちゃんが非力の三点セットによってうまくいかずにちょっと硬いパンのバケットサンドイッチとハンバーガーに近いものが出来上がった。



「サンドイッチとハンバーガーです。組み合わせたら美味しいって思ったんです」



本当はふんわり柔らかい白いサンドイッチが作りたかったけど理想と現実は程遠い。バーガーもサンドイッチもパンの硬さで美味しさが決まると思う。まだまだ改良の余地がある。



「サンドイッチ……一つ頂いても?」


「もちろんです!でもまだ試作品で満足はしていませんが」


「っ!!?こ、この味で未完成?!馬鹿なっ!!!??」



マヨネーズ信者が一人生まれた。大きく切ってしまったパンにマヨネーズをもっさり載せて食べる姿は恐ろしい。既にお椀に一杯はマヨネーズを食べてるんじゃないだろうか?

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