第31話 警備が仕事してくれた。
「不審者について詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
「はい」
バーサル様の知り合いの騎士にバーサル様立ち会いのもとで事情聴取を受け……その後、城が慌ただしくなった。理由は事情聴取で察しがつく。
「なに?宰相閣下の家名を名乗っただと?」
「はい」
「その黒目黒髪の男がか?」
「はい」
「ありえない、宰相閣下の係累には黒目黒髪のものはいない……他国の人間かも知れないな。――――……舐めよってっ!!おい!近衛に通達!」
「「「はっ!!」」」
そんなわけで城は「不審者絶対ぶっ殺す」と肩を怒らせた騎士が歩き回っている。
掃除は進んでいるが私も他では見たことのない不審な姿だからか何度も職質を受けている。防護服に水の玉に入って高圧洗浄をし続ける幼女。
不審すぎるからか、もう5度目の職務質問を受けた。今では騎士が一人遠くで見守ってくれている。
バーサル様も自分の作業ではなく近くにいるが……。
「もう三人目だぞ!?どうなってやがる!!」
「各自持ち場について侵入者を見逃すな!」
「――――黒目黒髪の男ってのも他国からの間者だったのかも知れないな。まぁた面通しか……」
ローラー作戦。王城内のすべての人間を総当りで何度も声をかけているようで……不審人物は一人ではなかったようだ。
そう言えばこの国の王位継承の内乱は激しいもので当時は外国からの侵略もあった。
「この人は違いますね」
「なにか特徴はないのか?」
若い、黒目黒髪、肌艶は良い、衣類は汚い。何度も話した。
「紙とインクがある。少しでいいから特徴を描いてみてくれないか?」
「はい」
羽ペン……。ボールペンはないのか?大きな羽に持ち手の部分になにか巻いてある。親分さんも使っていたが使いにくいんだよなこれ。なんとかマシなものを描けたと思う。
「おぉ、助かる!」
絵を見ながら杖を取り出して騎士様が熱で絵を書き始めた。黒、焦げ茶、茶色でうまく人相が描かれた。それをなにかの箱に詰めて……箱の上から火が出た。
なんだろうと見ていると箱の中から火で描かれた同じ絵が何枚も出てきた。火を使ったコピー機、かな。
「おぉ」
「ん?まだいたのか、持ち場に戻っても良いぞ」
勝手に出ていくとなにか言われるかもと思って待っていたのだが単純にこの人が指示を忘れていただけのようだ。面白いものが見れたし手配書によって不審者の危険度が下がると考えれば悪くない。
頭を下げて持ち場に戻ってお掃除再開。……いやもう帰らせてほしいんだけど。
もはや「戦争始まるんじゃないか?」というぐらい兵士や騎士が城の何処にでもいる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
どうやら、私に話しかけてきた不審者以外にも不審者はいっぱいいたらしい。もう両手の指の数よりも多くの不審者が捕らえられたらしい。だめだなこの国、セキュリティガバガバじゃん。
帰らせてくれよと切に願ったが城の門は閉鎖されて帰れない。
………そして私はいつもの小屋で寝る。
「絶対に俺以外が来ても開けるんじゃないぞ」
「はい」
「3回叩いた後に足元で2回だからな」
「はい」
不審者狩りから厳戒態勢となった王城は戦場に近い。戦闘もあったらしく、何処からか爆発音も聞こえた。「また直さなきゃならんのか」なんて口から漏れ出たバーサル様は慣れているのかも知れない。
従者の待機所に比べれば頑丈なこの小屋の方がまだマシだと思う。
それから次の日には宰相閣下は毒で倒れたそうで厳戒態勢、いや、開戦手前だという話も聞こえてくる。
「ケディ将軍は国境に向かって兵を動かしたそうだぞ」
「魔法省のラズリー様が捕まった」
「この国は一体どうなるんだ!?」
「やつならいつかやると思ってた」
「リーナ様の部屋でご禁制の品が見つかったそうな」
「陛下は無事なのか?!」
「ルース伯爵が倒れたそうだぞ、やはり貴族派の仕業ではないか?」
戦々恐々としながらも仕事は続く。そこかしこで人が集まって立ち話をするようになった。……私が発端でどえらいことになっている。
暗殺者仕様の闇属性の杖やナイフを装備していることでフリムちゃんは不審者扱いされている気がしないでもない。だが身元引受人が国で要職についているドゥラッゲン家でさらに水属性でかわいい幼女である。不審者を通り超えてマスコット、いや、珍獣扱いされている。
水魔法が重宝されているというのは事実らしく、取調べした貴族様や職質してきた貴族様も悪かったなと謝罪の言葉とお菓子や花、ハンカチやアクセサリーを持ってきたりもした。
「我が家に仕えるが良い。待遇は保証しよう」
「あ、俺が目につけていたんだぞ!?貴様何処の家のものだ!!」
「ロート家だ。貴殿に我が家以上の条件を出せるとは思えないが?」
「ノルク様から贈り物です」
「―――すいません。私は今の主を裏切る気はありません」
これはお断り案件だ。少し前の自分なら貴族に保護されるのは理想だと思ったかも知れないが今はそうではない。
争うように私に貢ぎ物を持ってくる貴族様達だが理由はわかりきっている。
「は?商家に仕えるよりも貴族に仕えたほうが良いだろう?」
「なぜだ?この馬鹿に仕えるのに比べれば今の主に仕えたほうが良いかも知れないが」
「馬鹿にしてるのか?ログノア家の次男坊、喧嘩なら杖を出せよ?」
「フォかね、で!……ごほん」
久しぶりに噛んだ。貴族に囲まれて思ったよりも緊張しているかも知れない。
バーサル様は不審者だったら対処すると約束してくれているが貴族達からの貢物合戦の防波堤にはなってくれなさそうだ。むしろドゥッガを裏切るのかという目で見ているかも知れない。
「お金で主君を裏切るような人間は信用できないでしょう。私は今の主君を裏切るつもりはありません。お引取りくださいませ」
「………」
「ほう」
「頂いたものもそういうつもりならお返しいたします」
これが正しい回答かはわからない。贈り物や仕事のオファーはおそらくこの世界ではとてもありがたいことで……前世基準で考えると大企業からのヘッドハンティング、いや宝くじに当たったようなものかも知れない。
だが、一時の好待遇に騙されてはならない。
水魔法を使える人間がいれば貴族の生存率は上がる。だから平民の私に目をつけたのだ。使い勝手の良い給水器兼任目の保養となるマスコット……それに肉の盾も兼任するかも知れない。
争いがなければ貴族のもとで生きるのも良かったかも知れないが、この城の状況を見るにその道は危険すぎる。
頭を下げたままいるが誰も何も言わない。怒ったか?流石にバーサル様や騎士様の前で凶行は行われないと信じたいがどうだろうか?無礼討ちくる?今すぐ虫形態に移行すべき?
「―――…いや、いい、それは君のものだ。無理を言ったね」
「うむ、平民にしては忠義をわかっているじゃないか、励みなさい」
「贈り物はお収めくださいませ。受け取っていただけなければ叱られてしまいます」
「主君への忠義は大切にしなさい」
あれ?思ってた反応と違う。
……後でバーサル様に聞くとこの国の王位継承では裏切りは当たり前だったし。金で安全が買えるならと誰でもやるのだろう。
「だから、贈り物だけ受け取って裏切るなんて当たり前だった。だから平民なのにそれも返そうとしたから感心したんだと思うぞ」
「そういうものなんですかね」
「うむ!ドゥッガは良い部下を持ったのだな!」
私についてくれているバーサル様の知り合いの騎士であるフォーブリン様と食事を食べて話を聞いた。
いかつい顔でこの人も騎士というよりもマフィアという方がしっくり来る。禿げ上がった頭に大きな傷跡、何よりも顔が濃くて眼力が凄い。
そして腕の筋肉とか私の胴ぐらいありそう。声も大きい。
「もっと食え、ガキは食うだけデカくなるからな!」
どう見ても裏社会の住人で「金返せよゴルァ」とか玄関先で言いそう。城で働く女の子に「ヒッ!誰か!?騎士様呼んで!!?」って声を上げられてた。騎士様なのに。
彼はドゥラッゲンの家と仲がよく、親分さんとバーサル様の三人でよく遊んでいたのだとか………何回通報されたのかな?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
―――――……しばらくして、私にとって良いニュースであり、同時に最悪の知らせが届いた。
不審者達は処刑された。私に話しかけてきたあの青年も見つかって………一緒に処刑されたそうだ。
たしかにあの青年は不審者だった。それでも、20歳ほどの、未来ある若者で――――……私は胃袋がひっくり返るほど吐いた。
もしかしたら私の証言のせい?もしも勘違いだったら?でも、もしかしたら本当に不審者だった?
私がやったわけじゃない。それでももしかしたら私が過剰に反応してしまったから、それともこんな世界だから彼は死んでしまった?
気分が悪くて、その日は何をしたのか覚えていない。
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