第23話 一番酷いところがなくなればまた別の悪い部分が見えてくる。


全てのトイレとぬめる石床の掃除が終わるとまた別の問題が見えてくるようになった。



「臭い……眠れない。」



そもそもこの国ではお風呂は基本が手ぬぐいであるし、服も着っぱなしも普通で……洗濯よりも香水でごまかす。


日本では考えられないが贈られてきたものは新品の衣類ではなく、汗と香水の嫌な匂いのする中古の服が多いのである。大人気なフリムちゃんにはいっぱい贈られてきて……そろそろ部屋が埋まりそうなのだが鼻が死んでしまいそうだ。



――――……衣・食・住の住居が衣に敗北しそうである。



流石に良くない。



「フリム、大丈夫か?」


「いえ、ちょっと倒れそうです」


「どうかしたのか?」


「ちょっと直したい部分がありまして、いくつか改善案を上げてもいいでしょうか?」


「お、おう?」



睡眠は思考力を奪うというがそれは確かなようで、寝不足で自室から親分さんの部屋に行って……いつも考えていた改善案をぶつけていた。


このお金の計算、基本的に銅貨で地獄を見る。いくつかの種類の銅貨に割ってある銅貨に錆びて真っ黒な銅貨、そして磨かれた銅貨。


いくつかの使われていない割れたり穴の空いた瓶にポイポイ突っ込んでいって重さでだいたい計れば良いのではないか?もう銅貨で手を切るのも指先が真っ黒になるのも嫌である。たまにねちゃりと謎の液体もつくし。


賭場も賭場らしく清潔な服装で従業員であるという統一感があれば良いのではないか?賭場と言えば何故かバニーガールが思いつくがそういうのではなく統一された制服があればそれでいい。


賭け事も人間が殴り合うよりもペットに競争させれば面白いのではないかと、持ち込みで楽しむ人や可愛い動物で女性も増えれば男共ももうちょっと品よくするだろうし賭場の格式が上がる。


そしてなにより大切なのが奴隷の死亡率が減ったのだから余った奴隷でクリーニングしないかと。


寝る前の私は拳を作って力説した。



「そ、そこまで賭場のことを考えてくれているとは……やっぱわけぇと違うな。俺はこれで充分だと思ってたが」


「人が少ないとできることは少ないですが親分さんは今では何百人も束ねる大親分さんですからね。できることはできる人間に任せれば良いんですよ。金の仕分けだって最後に数えるのは親分さんでも仕分けるぐらいなら奴隷でも出来ます」


「だが盗まねぇか?それと大丈夫か?」


「隠す場所がないように裸にするなり持っていかれないように檻の中で作業して、見張りと出入りで金を隠さないように調べると良いです」


「なるほどな…じゃあその洗濯業ってのはなんだ?もう寝たほうがよくないか?」


「洗濯をうちで行うことで帰りの客は一泊ぐらい泊まっていくかって気になるかなと、殆ど使ってませんが寝て帰る人は多いですし宿屋もするとか」


「分かった。分かったから一度寝ろ」


「………ここで寝てもいいですか?」


「まぁ良いが、ここはうるさくて眠れねぇかも知れないぞ?」


「楽勝です」



今も親分さんの部屋では酒盛りして高笑いしている汗臭いゴリラ共がいる。


でもこいつらも親分さんもちょっと汗臭くて酒臭いぐらいで……汗と香水を凝縮して何年も寝かせたような地獄の匂いがしない。ここで寝てもふとした呼吸で背筋が凍るほどの吐き気がしないだろう。


すぐに余って使われていないソファーで寝た。



「おやすみなさい、親分さん」


「お、おう」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




起きると静かだった。護衛の人たちが静かに賭けをしていた。


起きた私を見てなんか恨めしそうにしている。……なにかしたかな私?



「おはようございます、私ここで寝てましたっけ?」


「疲れてたんだろ、まだちっけぇもんな」


「仕事中にすいません!」


「ガキは寝て食って育つもんだ。好きに食え、食ったら寝る前に言ってた改善案について説明しろ」


「はい?………はい」



―――――……どうやら寝る前の私はやらかしていたようだ。



というわけで洗濯部門を立ち上げることにした。


顔を知っているオルミュロイとタラリネとマーキアーに来てもらう。



「よろしくお願いします」


「洗濯って言うと何すれば良いんだ?したことねぇぞ?」


「マーキアーさんは獣人の血が濃いということなので鼻が効くと思います。最終的に匂いがマシになったかのチェックと働いてもらう奴隷たちの締め付けをしてもらいます」



やはり強制的に働けと言っても働かない人はいる。上役を作って監視させるのも仕方ないのだ。



「わぁった」


「オルミュロイさんは奴隷に基本的な洗濯をさせてください、サボったり適当な仕事をする奴らに働かせる仕事です」


「……」



コクリと頷いたオルミュロイ、この人無愛想で無表情だけど妹は大事にしてるっぽいし、ローガンさんから私をかばってくれた態度からも多分嫌われていない。



「タラリネさんは洗濯を一般の奴隷に指示してください」


「わかりました」


「これで兄妹一緒ですね!」



お兄さんは妹を気遣っているのはわかるし、これでいつの間にか売られるということもないだろう。ローガンさんのように裏で働く奴隷もいるし。



「ありがとうございます、そこまで私達のことを気遣ってくださって……!!」


「感謝する」



膝を落として私に視線を下げるオルミュロイさん。表情は変わらないが言葉通り感謝してくれているのだろう。



一般的な奴隷の選別はあとで行うが基本的に任せる。これまでは大きな汚れが出来た時だけ適当な下働きに命令して任せるだけだった洗濯をもっと組織的に人を集めて行うのだ。


まぁその前にちょっと練習。どこでやるか何人ぐらいでやるか、道具は何を使うか、誰を選ぶかなども時間もかかる。



「まずちゃんとした洗濯ができるか、生地の特性もあるので試しにこれらを使ってみましょう」



贈り物の数々で部屋を開けるのも困難となった私の部屋。そこから持ってきた服の数々。もしかしたら洗えないようなものもあるかも知れない。3人で濡らしたり擦ったりして確かめていく。


私的な目的のための職権乱用な気がしないでもないがこっちではふつーふつー……悪い女になったもんだぜフリムちゃんは。


それと収穫もあった。


使う水は私が賭場で出した水のあまりと井戸水だ。基本的に洗濯は水をいっぱい使うし、もしも私が病気で出せない時でも続くようにしないといけない。



「<水よ、動け>」



自分が出す水はある程度出す時にコントロールできる。高圧洗浄で散々練習してわかった。


しかし井戸水や既に出した水はどうか?やって見ると動かすことができた。



「<水よ、叩け>」



クリーニング屋では確か加湿器のような超音波振動のようなもので生地を叩くことでシミ取りをしていたとテレビでやっていた。


叩き洗いのイメージから「叩け」と唱えたが普通に洗っても出てくる汚れよりも更にブワリと汚れが出てくる。微細な振動はものすごい負担だけどやっていくうちに慣れていくだろう。



どうせなのでもう1つ試す。水(H₂O)からオゾン(O₃)や酸素(O)の抽出はやってみれば出来た。


オゾン(O₃)は空気の洗浄や野菜を洗うのに使える。匂いこそ生臭いし高濃度では毒性があるがそこまでの毒性のものを密閉した空間で出してそこに人が居続けるのは難しいし使えばその部屋を出れば良い。自分がどんな濃度のものを出せているかは分からないがオゾン(O₃)は時間の経過で無害となる。


そしてそれに近い過酸化水素(H₂O₂)も放置すれば普通の水に戻ろうとする作用で漂白や殺菌ができる。生地によっては使えないがそれでも水で洗うだけなんて生乾きで匂いのクリーチャーができるよりは大分マシになっているので効果はあるのだろう。生地によってはちょっとシミもできるか……まぁ臭いよりはましか………市販で使われている洗剤も買ってきて使ってみると結構マシになる。


過酸化水素で汚れは結構取れるし、乾燥した衣類を集めた部屋に人を入れずにオゾンを使えば更に匂いはしなくなると思う。オゾンの消臭効果は使い方を間違えなければ強力だから。



「結構色が変わるね」


「まぁクリーニングはそんなもんです」



普通の水で踏み洗い、超音波かわからないけど超音波水洗い、過酸化水素洗いをしてみてどの工程でもかなり色が変わる。過酸化水素にも服を入れてその辺の棒でかき混ぜているが濃度がちょっと濃かったか?漂白しすぎた。



「くりーにんぐ?」


「あ、洗濯のことで別の国の呼び方です」



生地によっては染めてから一度も洗えないものもあるのは普通だとか……。普通に洗うだけではドス黒い汚れが出るだけで……駄目になる生地もあるが、それでも人も多いしやる価値のある部門だろう。現代日本で売られていた衣類と洗剤がどれだけ優秀だったのかよく分かる。


洗った服の何枚かはマーキアーたちに上げた。使い切れないし、減らしたい。


私のつるぺったんボデーからボンキュッボンになる頃にはこの胸当ても生地が傷んでしまうし勿体ない。タラリネには私よりも大きいし着れそうな可愛い服を上げた。オルミュロイ、ごめんね。君には服がなかったから腰に巻く帯みたいなものなんだ……それ頭や顔に巻くやつじゃないんだ………まぁ気に入ってくれているならいいけど。


何にせよ、私の部屋の地獄は解消された。………いや、やっぱりもう一回部屋にオゾン出しておくかな。

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