第24話 洗濯は仕事を増やした。


洗濯はすぐにはうまくいかなかった。


お客にサービスを開始する前に賭場の人に試してもらうと問題が出まくった。たしかに洗濯は汚れを落として衛生状態をよくはできる。だが生地自体を痛めるしほつれや破れ、色落ちも出てくる。


前世の量産品でも洗練されていたと実感する。何十回と洗濯してもへたれ無い品質とは全く違う。天然素材の生地を紡ぐのも縫うのも全部人の手だ。品質はバラバラである。


客だって「洗う必要すらない服」をわざわざ洗って破れたりもするのはよろしく無いだろう。


このあたりは事前にこれらの可能性を書いた紙に署名してもらおう。お客さんには貴族もいるし。



「どうせならもっと大きくやれ」


「というとどういうことです?」


「今やってる王都の祭りが終われば服を下げ渡すなり売るやつは結構いる。なら安いうちに買うのはありだろう。賭場も儲かってるしな」



というわけで洗濯部門にはオルミュロイとマーキアーのような武力を持った人間に監督してもらうのは決まっていたがタラリネにもお針子をしてもらうこととなった。


使えない服は一度洗って使える部分だけ切ったり貼ったりして新たに服を作るのだ。リメイク!SDGs!!……とはちょっと違うか?前世でもこういうのが得意な友達がいた。衣類は安価で仕事にならないと趣味の範囲だったがこちらでは一着がそれなりにするし商売になる。


娼館でもお針子はいるし仕事が増えれば奴隷を助けられる……かも知れない。


新規事業に事業届が必要ということはないし親分さんがやれと言えばとにかくやるのだ。



「この前言ってた『何百人も束ねる大親分』『できることはできる人間に任せれば良い』ってのは俺の胸に響いた」



頭をグシグシ撫でられる。ちょっと痛いし下手だがそれでも親分さんなりの優しさなのだろう。



「若い頃には失敗することも多かったし、今成功してて皆食ってくことができるんだからそれでいいじゃないかって思ってたんだが……今でも人は増えてる。息子共だけでも金を奪い合ってるのは気分がいいもんじゃねえな」


「親分さん……」



この強面の暴力親父、前世基準では人を殺すこともありな商売は完全にクズだと思っていたがこの世界ではよくあることなのだ。


護衛の人が殴られるのは教育を受けていないから本当にやって良いことと悪いことがわかっていない。常識や上下関係を物理的に叩き込んでいる。……言いたいことはあるがそれでもそれで規律が出来ているし、他のマフィアから襲われることもあるから武力も必要。奴隷同士が殺し合うのだってこの国では当たり前。


パキスは理不尽に殴ってきたが、親分さんはこの怖い外見でも理不尽に殴ってくることもない。むしろ私や他の部下にもちゃんと食べているかと心配するような素振りもあった。酒や女に暴力と悪さを楽しむような性質でもない。



それでも……ここに居続けるのはやはり少し怖い。出世する私をよく思ってない人もいる。それにマフィアはいつ警察機関に襲われるかも分からないし、ショバ代だけではなく私の知らないところではもっと悪いこともしているかも知れない。


色々考えてもここにいるのが今のところベターと理解している。


ベストなのは清廉潔白な貴族様に引き取られたりだけどそんなのはなかなかない。それにここには私を心配してくれるローガンさんやマーキアー、タラリネもいる。



「私頑張りますね!」


「おう」



仕事は簡単だが設備や流れはしっかり作らないといけない。洗って欲しい人には同意書にサインしてもらって破れても文句を言わない条件で水洗いや市販の汚れ落としの薬品を使って洗濯、屋上で洗濯物を干す。


破れやほつれはできる限りうちで補修するサービスも行う。


フリムちゃんも手伝うがそれは水を出す。過酸化水素で漂白する。超音波叩き洗いをする……たたき洗いってなんだったかな?まぁ良いや。それで乾燥した衣類を部屋に集めてオゾンで更に消臭する。私がいたほうがやれることは多いがいなくてもできる仕組みを考えないといけない。


そこについでに中古服の売買やリメイクなんかもしたい。染剤も欲しいし針もいっぱい用意しないといけない。もう全部黒の染剤でよくないかな?


石鹸もほしいけど石鹸とか作り方をよく覚えてない。なんか油にか……カレイソーダ?とか水酸化ナトリウムとか言う劇薬がどーのとか入れて作るんだったかな?オゾンや過酸化水素は普通に身の回りで使っている人がいたが石鹸作りはテレビでちょこっと見たぐらいだ……こっちの薬局で売ってる?印鑑無いけど売ってくれる?



前世の知識は様々な部分で役立つ。化学の知識もうろ覚えだが魔法に使えているし商売や博打なんかは全てが手探りではなく「ある程度の正解」を知っているからこそできることだ。それに人の立場や行動……様々な部分を読み取って推察し行動している。



洗濯はこの国に完璧にマッチしているかというと……そうではないかも知れないが暴力的な仕事ではないのがいい。仕事があればそれで収入が出来て食べていける人も増える。


前世では針なんて100均で何本でも売っていたがこちらでは1本で銅貨22枚もする……手作業で穴を開けるのが難しいとかか?地下の武器の整備してた人に頼んでみよう。



賭場でははなんか変なレースが出来ていた。こちらの世界にもいる犬。路地裏で一人でいると強敵らしいが私の場合はパキスが追っ払ってくれていた。


ルールは簡単。一番早くゴールに着いた犬を予測する。当然動かない犬もいるし、迷う犬もいる。


初めはわかりやすく単勝システムでいいと思うが複勝や連番システムも導入しよう。


可愛い犬が来ればそれを見るのに女の子も来ると思う。となれば男どもがパンツ一丁で倒れていたり野蛮な振る舞いも減るだろう。うちの男どもも美人がいれば少しは身綺麗にしたり働く意欲も湧くというものだ……前世でもそうだった。男ってやつは………。


番犬にも導入するためにもゴツいのも既に捕まえてきているが可愛らしいサイズの可愛らしい犬も用意してもらおう。



「やはりその魔法は汚れがよく落ちますね」


「ありがと、でも私は繕いものは出来ないからね。タラリネには期待してるよ」


「そんなぁ」



褒めると照れてくねくねしているタラリネとはすごく打ち解けた。


タラリネは針仕事がとても上手い。皮膚の下が硬いとかで針が刺さらず、手先が器用でずっと服を繕う仕事をしていたそうな。



「でも無理はしないでもいいからね、お水も好きに飲んでよ?」


「ありがたいねぇ」


「………」



マーキアーとは仲良くなれる気がする………ただオルミュロイとはどうも打ち解けられないでいる。目があっているが何も言わず表情も変わらない。



「兄さんも嬉しそうです。喉が渇くと私達リザードマンは辛いですから」


「え、これで喜んでるの?」


「兄さんはとてもわかりにくいですから、ほらこの辺り喜んでいるように見えません?」



立ち上がったタラリネはつま先立ちで座っているオルミュロイのほっぺを人差し指でぶすりと突き刺した。結構な力なのか首ごと傾くオルミュロイだが表情に変化はない。



「「見えない」」



笑ってると言いたいのかも知れないが全く変わっているようには見えない。



「そう言えば3人はどうして奴隷になったの?言いたくなかったら良いけど、できれば聞いておきたい」



仲良くなったとは言えマーキアーさんとオルミュロイさんのいた剣闘奴隷は犯罪奴隷が多い。敵国の兵士だったとか、大きな犯罪をしたとか。望んでなるものもいるそうだがそれでも、一緒に仕事をしていくなら聞いておくべきだ。


椅子に座ったマーキアーさん。こちらをちらりと見て一息大きく吐き―――まっすぐこちらを見て話し始めた。



「あたしゃ魔物狩りの冒険者やってたんだが仲間が借金こさえてとんずら、娼館で働くよかマシだし武器持って戦ってたわけさ」



聞きにくい話だったがマーキアーさんは少し笑って普通に答えてくれた。



「オルミュロイさんとタラリネさんは?」


「……私達は住んでいた湿地が日照りで枯れて食べ物がなくて、人の血が濃い私達は村から売られて、えーと、その」



言いにくそうにしているタラリネ、今の段階で村から売られたとか重すぎる話だが更に重い話なのか?



「―――――俺が主人を殺した。タラリネは悪くない」



聞きたくないような話だった。ただその理由も聞くべきだ。



「なんでさ?話が繋がってないよ?」



どう声をかければいいか困っているとマーキアー姐さんが言ってくれた。


オルミュロイが激怒するような原因でありそうな……「タラリネに無体なことをする」ような気は私には全くないが、オルミュロイが何をしたかは知るべきだと思う。魔法で縛られた奴隷は主人を害することは出来ないはずだが何か抜け道があったのか?



「兄さんは話も下手なんです……。その、私達はリザードマンなんですが、ここに来る途中で買った奴隷商人が私達をもっとリザードマンらしい強そうなのを想像をしていたらしくてこの外見で「騙されたー」って怒りまして、そのまま酔って私を殴って兄さんが事故でご主人を殺しちゃいました。………その商人はドゥッガ様に借金をしていてここに来ました」


「事故というのは?」


「兄さんが隣の部屋にいて、兄さんは鍵のかけられたドアを破ろうとして小屋ごと倒れました」


「お、おう?」



意味がわからない、ドアを開けようとして小屋が倒れた?



「小さな小屋だったんですが梁が大きくて商人さんに当たっちゃったんですよね、私も危なかったです」


「……事故だ」



故意ではない、が、事故であれば主人を殺すことができるのか。覚えておこう。


オルミュロイは私に敵意は無いように思うが、それでも他の奴隷はわからないしね。これから彼らにはそれぞれ他の奴隷やお針子が部下につく。となれば当然私もその彼らと触れ合うこともあるだろう。

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